サラリーマン野宿旅

野宿実例集 No.04  ありそうでなかなかない湖畔の野宿


 森に囲まれた静かな山間の湖。その岸辺にテントを張り、湖面を眺めながらのキャンプ。夜は辺り一面に有り余る程ある流木を使って焚き火を起こし、炎の揺らめきを見つめながら思いにふける。

 キャンプと聞くと素人はそんな夢を描くだろうが、そんなに世の中はあまくはない。この日本でそんな理想の野宿地は滅多に見つからないのだ。

 日本はダムが多いため人工の湖だけはあちこちに腐る程ある。しかし湖は観光対象になりがちで人が集まり過ぎる。また元々急な谷間に作られるので、なだらかな岸辺がない。湖の周りはほとんど切り立った崖に囲まれて、テントを張れる岸がないどころか、水辺まで下りることすらできないケースが多い。場合によっては危険だという理由で、柵で囲われ近づくことも許されない。

 自然の湖などでは比較的広い岸辺があり、キャンプに適した場所を持つが、そんないい場所を見逃しておく訳がない。大抵有料のキャンプ場が作られるとか、公園や貸しボートなど人を呼ぶ施設が建てられている。またアウトドアブームで、旅をしているのではなく、キャンプそのものが目的のキャンパーが多数出没する。夏休みの最盛期は狭い湖畔が溢れかえっている。

 野宿旅ではあまり余人に交わることはしない。また人工的に整われた環境での野宿は好まない。その為野宿の旅人は日本の湖から締め出されてしまうのだ。しかしそう悲観したものでもない。時期さえ外せば、騒がしかった湖畔も静かになる。誰も居なくなった湖畔を一人占めにした野宿は魅力的だ。


下小鳥湖の湖畔 下小鳥湖畔。この時は水が少なく湖畔が広かった。

 9月21日、夏が過ぎ秋の気配がし始めた季節にちょっとした休暇が取れ、岐阜県飛騨地方を旅していた。高山市の方から西に向かって国道158号で小鳥(おどり)峠を越え、小鳥川に出てからは県道90号古川清見線を小鳥川沿いに北上、右に古川への分岐を見てそのまま県道478号舟原荒町線を国道360号に出る荒町へ向かっていた。国道360号と言えば河合村から白川村へ越える天生(あもう)峠がある。今日最後の目的はその峠越えである。

 古川への分岐から1Km程で小鳥川の左岸に渡る。ここら辺りはもう川か湖か判然としない、湖のしっぽの部分である。橋からすぐの道路脇に待避所があり、車を止めて湖畔を眺める。今日は日曜日の為、対岸に車が数台止めてあり、釣り人が何組か釣り糸を垂れている。橋の手前に右岸に下りられる道があるのだ。調べるとこちら側にも岸辺に下りられる道が待避所の先にあった。早速車で下りて行く。渇水期で湖畔が広々としている。キャンプには絶好である。対岸の釣り客が目障りだが、明日は平日。夕方には皆帰ってしまうだろう。天生峠はあしたのお楽しみとして、今夜はここで野宿と決定する。


湖畔のキャンプ テントを設営。場所は慎重に選ぶ。

 テントの設営場所を探しながら湖畔を散策する。どうせテントを張るなら一番良い所に張りたい。寝心地がいい様になるべく地面が平らで、できれば草が少し生えていてクッション代わりになるとよい。焚き火をしても安全な様に林から離れていて、それでいて近くに薪となる枯れ木が多い方がいい。湖面が眺められる様に少し小高い所がいい。道路から隠れて見られずに済む場所がいい。草木に邪魔されず眺めがいい所がいい。

 どこかの混雑したオートキャンプ場の様に早い者勝ちで場所取りする必要はない。今日ここでキャンプする人間は私一人なのだから。20分程時間を掛けてベストと思われる場所を見つけた。そこに車を移し、テント設営に掛かる。エアマットやシュラフなど寝る準備をテント内に仕立てたら、次は薪集めである。

 それにしても対岸の釣り客が気になる。丁度テントを張った真っ正面にアベックがいる。女性のほうは釣りが初めてらしく、男性に教わっている。しかし釣りをしているのか、ふたりでいちゃついているのか分からない。どっちかはっきりしろ。薪を集めながらどうしてもそちらに目がいってしまう。

 日が落ちた。例のアベックも帰り、暗くなった湖畔を最後の釣り人の車がヘッドライトを点けて去っていく。目論見通りこれでこの岸辺一体は私の貸し切りとなった。


テント設営 向こうに湖面があるのだが、夜になっては何も見えない。

 いくら眺めが良い場所ても暗くなっては処置なしだ。野宿の夜は焚き火で楽しむ。吟味して選んだ場所だけあり、テントを中心に半径数mの範囲で十分の薪が得られた。夕食の後、焚き火の傍らでココアを飲みながら一時を過ごす。本来ならアルコール類を呑むのだろうが私は全く呑めません。完全な甘党です。

 たまに通る車のライトが対岸の林を照らして流れる。薪の最後の一本が燃え尽きて、辺りは暗闇となった。焚き火の燠(おき)だけがぼんやり赤い。テントに潜り込み、横になりながらこんどはローソクの明かりで地図など眺める。野宿の夜は普段の生活にはあまりない淡い光のなかで過ごす。アルコールに酔わなくとも早々と眠気がさしてきた。


小鳥湖 朝の下小鳥湖。朝靄に煙る。

 目を開けるとテントの中が明るい。朝だ。外に出る。湖畔の朝は清々しい。

 ここはいいキャンプ地だったが一つ難点がある。トイレの問題だ。あまりにも開放的で隠れる場所がない。下半身に心残りを覚えながらの出発となった。

下小鳥ダム湖畔公園 下小鳥ダム湖畔公園。左がトイレ。

 しかしダムに向かって進むとその手前に公園があった。トイレもある。さっそく使わせてもらう。野宿の旅人は人工物は好まないがトイレは別である。


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