サラリーマン野宿旅
砂浜でのキャンプは誰でも憧れる(と思うのだが)。日本は回りを海に囲まれているのだから、海辺に出ることはたやすい。しかし海辺は工業地帯と化していたり、断崖絶壁が続く海岸であったりと浜は意外に少ない。そしていい浜は当然のごとく海水浴場と成り果てている。野宿旅の旅人がキャンプができる砂浜は努力をしないと見つからない。
7月28日、今回の旅に出てから11日目、北海道の旅を済ませ、室蘭よりフェリーで青森県は下北半島の大畑港に着く。今日はこのままこの津軽海峡に面した海岸のどこかで砂浜キャンプをしようと企んでいた。
大畑町は本州最北端の地大間崎から、北東の果て尻屋崎まで続く海岸線の途中にある。大畑町より海岸沿いの道路を尻屋崎方面に向けて走りながらいいキャンプ地はないかと探す。大間崎から尻屋崎まで弓なりに反った海岸の一番窪んだ付近(地図には東通村浜ノ平とある)では、道は海岸沿いより1Km程離れた所を通る。
こういうところが狙い目である。地図にも載ってなく、道路標識もない脇道に入り込むのだ。うまくすれば海岸に出られる。ここで努力が必要なのだ。そう簡単にうまい砂浜には出くわさないからだ。入った枝道は途中で通行止だったり、崖の上に出てしまったりと失敗が多い。脇道を出たり入ったりの繰り返しになる。この努力を惜しんではいけないのだ。
しかし今回はさほど苦労はしなかった。これも長年の野宿旅による勘のお陰である。この勘というものはなかなか説明できないのが残念だ(説明できても教えない)。
出たところは海と崖に挟まれ、細長く続いた砂浜であった。人気はない。背後が崖なのがやや不安を感じる。いざという時の脱出を阻まれるからだ。いま浜に下りて来た道からあまり離れない所にテントを張る。
実を言うと野宿旅をしていながら私は自然オンチである。潮の干満が分からない。月の公転と万有引力に関係することは知っているのだが、実際にいつ満潮になりいつ干潮になるのか、そして満潮の時は何処まで浜が沈んでしまうのか実際的な知識がない。もしかするとテントを張った所まで波が来てしまうのだろうか。へたをするとこの浜全部が沈んでしまうんではないか。不安が募る。そこで波打ち際に目標となる杭を立てた。この杭と打ち寄せる波との距離を時々目測し、潮の満ち引きを常に把握しておこうとするものだ。
浜には残念ながら流木がなかった。ところが丁度北海道の兜沼キャンプ場で買った薪一束を車に積んでいた。6日前に買っておきながら使う機会がなく、海を渡ってここまで持って来てしまったのだ。これで焚き火ができる。
エアマットを膨らませ、焚き火の側に置いて横になり、浜辺の夜を楽しむ。眺めることはできないがこの津軽海峡のむこうには北海道がある。沖合いにイカ釣り舟の明かりがあちこちにきらめいている。いい夜なのだが、時々例の杭が気になるのがたまに傷。それに気を付けていたのだが、焚き火の火の粉が飛んだらしく、エアマットに穴があいてしぼんでしまった。その夜は砂浜だから寝心地に問題ないが、翌日からの野宿に苦労する羽目となった。
テントも浜辺も沈むことなく朝は来た。尻屋崎の先端近くより朝日が上る。テントを撤収していると、近くの漁師の息子が一人走ってきたと思ったらそのまま海に飛び込んでいった。沖に繋いである舟まで泳ぎ、何処かへ漕ぎ出して行く。私は泳げない。潮の干満も分からず海を怖がっている。その子の方が私よりよっぽど海に関する知恵があり、海と深く関わっている。それに比べれば浜辺の野宿など子供だましでしかないのである。