サラリーマン野宿旅

野宿実例集 No.10  立入禁止で野宿


 野宿地探しは、キャンプをするべくして存在するキャンプ場などを探すのとは訳が違って、いろいろ苦労させられるのだ。 当然のことながら、「ここで野宿していいですよ」などと野宿の旅人にとってやさしい看板が出ていることなど、今の日本にはないのである。 旅人はおずおずと周辺を見回し、ここにテントを張っても怒られないかな〜と考えて、こわごわテントを張り、小さな物音にもびくつきながら一夜を過ごすのである。 それどころか「キャンプ禁止」、「立入禁止」と無情な看板に、哀れな旅人が追い立てられることもしばしばである。 しかし時と場合によってはそれらの看板を無視せざるを得ないこともある。例えば突然の病に襲われた旅人は、意に反して法を犯さなければならない場合もあるのである。

野宿地 昨夜は倒れ込む様にテントの中に横になった
翌朝5月5日 一晩ぐっすり寝たら体調も回復 (宮川防災ダムの湖畔 岐阜県宮村)
昨夜の雨でテントの周りはぬかるんでいた。


 ちょっと前まで国道の同じ所を行ったり来たりして、目的の峠道の入口がなかなか見つからないことにいらいらしていた。 その国道は交通量は少ないかわりに飛ばす車が多く、のんびり走りながら道の分岐を探すことができない。 それで諦めかけていたころになって、やっとその道を発見した。もう4回くらいそこを通った後だった。

林道入口 やっと見つけた峠道
岐阜県清見村 国道257号より分岐した赤谷沿いのダート道


 ここは岐阜県清見村内の国道257号より分岐し、赤谷に沿って進む道で、名もない峠を越えて宮村に抜ける林道である。 国道よりかなり低いところに架かる橋で馬瀬川を渡る。橋は国道からは見え難く、橋を目印に分岐を探していたのも、なかなか分岐を見つけられなかった原因の一つである。 すぐに未舗装となり、追い立てられる後続車も全く無いのどかな峠道に、苛立って興奮気味だった気分もどうやら落ち着きを取り戻してきた。

林道途中 やさしい土の道が続く


 いよいよ楽しい峠越えだ。道は赤っぽい土の路面で、何となくふんわりした感じの優しい道が続く。 今日の日暮れも近いので、この林道沿いで野宿地を探そうと思うのである。いい野宿地が見つかるといいのだが。


 ところがである。しばらく走っていると、何だか体の具合が悪くなってきた。一難去ってまた一難である。今回の旅も家を出発してからもう6日目になる。 そろそろ旅の疲れが溜まってきたのかもしれない。頭痛と軽い吐き気がする。熱も出てきたようだ。風邪でもひいたのだろうか。 おまけに天候が崩れそうである。今夜は雨になるだろう。こんな時は野宿は諦めてホテルや旅館に泊った方が無難なんだが、もう林道に入り込んでしまった後だ。 林道を抜けた先でホテルや旅館がある一番近いところは飛騨高山市である。しかし今日は5月4日、ゴールデンウィークの真っ只中だ。 こんな時期にたった一人の泊まり客をすんなり泊めてくれるほど、観光地の旅館というのは甘くはないのだ。 以前にも何度と電話をしてもなかなか予約が取れず、苦い思いした記憶がある。そんな無慈悲な旅館など当てにはできぬ。 ここはなんとしても野宿地を探さなければならない。体を休める為にも、早く見つけ出さなければ。

峠   峠
峠 奥が清見村 左に林道が分岐するもゲート止め           峠 奥が宮村 舗装が始まる    

 しかし気は焦っても全く野宿地を見出せぬまま、遂に峠まで着いてしまった。峠から枝林道が分岐していたが、ゲートがかかり入り込めず、やはり本線沿いで探す他に手はない。 ところが峠から宮村側は舗装路が始まっていた。道が良くなれば通行量が多くなり、ますます野宿地探しが困難になる。落胆した気持ちで峠を下り始めた。
 
 道は舗装されていても幅は狭く、両脇は草だらけで野宿できそうな場所は相変わらず見つからない。 こうなったら途中僅かにある待避所に車を止めて、車内泊でもしようかと思っていると、予想通り通行する車があった。 人目に付くのは野宿の旅人としては忍びない。どうすればいいんだ。体調は悪化する一方で、もうふらふらである。


 しかし一つ望みがあった。宮村に下る途中、宮川防災ダムと地図に記されて、小さな貯水池があることになっている。そこでならどうにか野宿ができるのではないか。
 
 実はこの峠道に入る前から既にこれは計算されていたのだ。野宿地というのは思わぬ所で見つかることもあるが、反対にここぞと思う所で必ず見つかるという保証もない。 しかし見つからないからといって、日が傾くのをやめてはくれない。最終的にはとにかくどこかで野宿しなければならないのだ。 そこで条件は良くないかも知れないが、最低限の野宿はできるだろうと思われる場所を用意しておくのだ。 しかも初めて訪れ何の予備知識もない地域について、情報量の少ない道路地図からそうした場所を嗅ぎ分けるのだ。 これこそは熟達した野宿人のなせる技なのである。体調悪化で機能低下を起こしてはいるが、私の頭のコンピュータは緻密な計算を続けていた。 「宮川防災ダムに行けばどうにかなる」と。

立入禁止!! 病気の旅人の前に無情に立ちはだかる看板

 そして計算通り、着いた貯水池の周辺には野宿ができそうな湖畔があった。釣り人がちらほら見掛けられたが、場所を選べばあまり目立たない様にテントは張れる。 それではと車道より湖畔に降りようとしたその瞬間、無情な看板が行く手に立ちはだかった。 立入禁止!!
 
 それにしてもイクスクラメーションマークを二つも付けなくてもいいじゃないか。 念の為、他の湖畔に降りる道も調べてみたが、全てにこの看板が立っていて、湖畔への車の乗り入れを固く禁じている。 かなりの執念深さだ。車道脇に車を置いて、野宿道具を担いで湖畔に降りればいいのだろうが、もう体力の限界である。 見れば釣り人の中には車を湖畔に乗り入れている者もいる。今は非常事態である。強行突破することにし、車のまま看板の脇を通って湖畔に降り立った。
 
 とにかく体をゆったり休める場所を確保しなければならない。最後の力を振り絞ってテントを張り、中にマットを敷き、シュラフを開いて倒れ込む様に横になった。 当然そのまま夕食をとることもなく、じっと体を横たえ、苦痛に耐えていた。熱のせいか半分寝ている様な半分目覚めている様なもうろうとした状態が続く。 時々目を開けて見るテントの中は、だんだんと暗くなり夜となっていった。案の定雨がテントを叩く音が始まった。しかし心配するほどの大雨にはならなかった。 一度テントの近くに車が一台近づいてきた。釣り人の車だろうか。まさか監視人の車で、哀れな野宿人を追い出しに来たのではあるまいか。 耳をそば立てていたが何もおこらす、暫くしてその車は立ち去っていった。


 随分長く横たわっていた。お陰で再びテントの中が明るくなり始めた頃には苦痛もかなりひいていた。もそもそテントの外に出てみる。 昨夜の雨でテントの周囲はかなりぬかるんでいる。それに霧雨がまだ少し降っている。本当はもっとのんびりしたいのだが、何しろ「立入禁止!!」である。 泥で汚れたテントを丸め込んで、そそくさと出発とあいなった。
 
 昨日の病が一体何であったのかは分からない。ただこれまでの旅で幾度かこの症状になったことがある。そしてその治療法はとにかく休養をとることであるのも分かってきた。


☆実例集目次