サラリーマン野宿旅
野宿実例 No.23
 
山小屋で野宿  真夜中に外でうごめく人影が・・・
初掲載 2001. 6. 4

 
 丸山林道は今回も通れなかった。山梨県の増穂町と早川町の境である丸山峠を越えるこの林道は、以前から通行止が多く、一度も越えたことがない。今回は時期的にも早くてダメだろうと思っていたが、案の定であった。増穂町側から上って、池の茶屋という所まで来ると、その先に冬期閉鎖のゲートがかかっていた。
 
 丸山林道は冬期閉鎖
 
お 知 ら せ
この林道は冬期閉鎖
ため一般車通行でき
ません         

期間 自平成11年12月10日から
    至平成12年 5月20日まで
         鰍沢林務事務所
 
 それを確認して、次は野宿地探しのモードとなった。時間も4時半を回っている。いい頃合である。しかし、ここに至る間には、よさそうな所は見当たらなかった。丸山林道が通れないとなると、池の茶屋で分岐している池の茶屋林道が最後の頼みの綱である。この林道は櫛形山への登山道路で、数キロで行き止まりとなる未舗装林道らしい。幸いこちらは通行可能であった。
 
池の茶屋 
 
手前方向は丸山林道で冬期閉鎖
右は増穂町へ下る道
前方に池の茶屋林道が分岐する
 
 池の茶屋周辺案内図
 
池の茶屋林道入り口 
 
この先にいい野宿地があればいいのだが・・・
 
 林道を進むと直ぐに、左手に雪を頂いた山並みが望めた。方向からすると、丸山(1911m)が見えているのだろうか。今夜の野宿は、寒さ対策を十分しよう。池の茶屋はそこに立つ看板の標記によると標高1674mあるそうだ。池の茶屋林道はあんまり上って欲しくないものだ。
 
 池の茶屋林道途中より
 
雪を頂いた山々が、今は寒々しく見える
 
 林道脇には良さそうな野宿地は無かったが、林道終点に大きな広場があった。その一角に小屋が建っている。ここはちょっとした登山基地となっているようだ。
 幸い広場にも小屋の中にも誰も居ない。それに、一台の車も停められていない。この時間に誰も居なければ、もう今日は人がやって来る心配はないだろう。非常にラッキーである。迷わずここで野宿することとした。時間は5時。野宿地探しがいつもこんなに楽だといいのだが。しかし標高は約1,850mあり、やはり夜の冷え込みが気にかかるところだ。
 
池の茶屋林道終点 
 
向こうに見えるのが山小屋
 
 さて、どこに寝るかだが、広場やその周辺は広くて、テントを張る場所なら全く不自由しない。でも、折角小屋があるのだから、それを使わない手は無いのだ。テントを張ったり片付けたりする手間が省けていい。防寒の点ではテントと小屋のどちらがいいか分からないが、少なくとも丈夫な外壁で囲われた小屋の中の方が、安心して眠れるというものだ。まさか、クマは出てこないだろうが、気持ちの問題で小屋の方が勝っている。

 小屋の周囲にはまだ雪が少し残っていて、地面がぬかるんでいた。滑らないように、靴が汚れないようにと荷物を小屋に運び入れる。小屋の中には板敷きの低いテーブルがあり、狭いがその上にエアーマットを敷いて寝ることにした。エアーマットの周囲には、いつもの野宿に必要な小物が入った野宿バッグや、ロウソク、懐中電灯などを並べる。夕食は土間にコンロを置いてできる。小屋の一画にはトイレもあり、言うこと無しである。

 
 山小屋
  
大きな看板が描かれている
反対側に入り口があり、左右にはガラス窓が設けられている
  
 野宿準備が一段落したところで、ちょっとやってみたいことがあった。以前からクマ対策をいろいろ考えていて、そのひとつとして、クラッカーを買ってみたのだ。パーティーなどで使う、円錐形をしていて、紐を引くと火薬の破裂と共に、紙テープなどが飛び出してくる、あれである。大きな音でクマを追い払おうという魂胆だ。それをひとつ試しに鳴らしてみようと、今回の旅に持参してきたのだ。
 野宿バッグからクラッカーを取り出し、夕暮れの小屋の外に出た。クラッカーを広場に向けて構える。子供の頃に返ったように様に、少しワクワクする。どんな大きな音がするかと、ビクビクしながら紐を引いた。
 ところがパンッとひとつ、気の抜けたような弱々しい音。これは何かの間違いだろうと、もう一発発射。しかしまたもや、情けないくらい小さな音。広場にコダマするくらいの轟音かと思いきや、全くの期待はずれであった。クマ撃退策などには到底なりそうもないのである。クラッカーなんてこんなもんだっけ?。子供の頃鳴らした時は、もっと大きな音がした気がするが・・・。
 
 夕食は牛丼とワカメスープ。なかなか豪勢に聞こえるかもしれないが、単なるレトルトと即席である。小屋の中で黙々と食べる。
 気温は日が暮れるとどんどん下がり、温度計の針は6度を指している。5度を下回ると警戒警報発令である。私の体がもたないのだ。今夜は少し覚悟が必要なようだ。
 それに最近エアーマットの調子がおかしい。どうも少し空気漏れを起こしているようなのだ。朝までもてばいいのだが。
 
 夜が更けた。こうした小屋の中での野宿は、ちょっと薄気味悪く感じる。ローソクの明かりが部屋の中をボンヤリ照らしている。ガラス窓は真っ黒い板のようで、外の様子は何も見えない。逆に外から中を覗かれるんじゃないかと不安である。まさかこんな夜中に人がやって来る訳はないが、急に窓に人の顔が浮かび上がったらなどと想像すると、恐ろしくなってくる。かえって窓などない閉ざされた小さなテントの中の方が、よっぽど落ち着けるというものだ。夜更かしせずにさっさと寝ることにした。
 
山小屋の中の様子 
  
中央の板のテーブルに寝た
 
 真夜中にふと何かの気配を感じて目が覚めた。耳をすますが、何も聞こえない。気のせいかとも思ったが一応あたりを見回す。すると小屋の壁の下の隙間から、僅かながら光が差し込んでいる。窓の外もボンヤリ明るいようだ。車のヘッドライトか。誰かが車でやって来たのだろうか。しかし、こんな山奥のしかもこんな夜中に、一体何をしに来たというのだ。
 シュラフに潜り込んだまま、目だけキョロキョロと窓を注意して見ていた。そして暫くすると、人影が窓に現れた。
 世の中、何が怖いといって、人間が一番怖い。世間では連日残虐な事件が報じられている。野宿ではクマが怖いが、人間も同様に怖い存在である。
 窓の外をうごめく影は、どうやら一人のようだ。しかし暗くてどんな人物だか全く分からない。相手がどういう素性の者か、何の目的があるのかはっきりしないと、非常に不安である。人影は窓の近くでしきりにうろうろし、怪しいことこの上ない。
 小屋の中で人が寝ていることには、気付いているのだろうか。まさか、中に入ってくるんじゃあるまいか。そうしたら、どうしよう。クラッカーでも鳴らしてみるか。護身用のナイフを握っていた方がいいのだろうか。それとも、こちらから先に声を掛けてしまおうか。
 いろいろと考えを巡らす。その間にも不審者は小屋の周囲をうろついている。4、5分もしたろうか、やっと人影が窓から消えた。しかし、壁の下から差し込む光はまだ消えず、更にまだ暫くは、シュラフの中で神経を研ぎ澄ましている時間が必要だった。
 そしてやっと光も消えた。車の音はしなかったが、立ち去ったのだろう。少し警戒して起きていたが、何事も起こらないのでまた眠ることにした。
 
 無事に朝がやってきた。案の定、エアーマットは潰れていたが、どうにか一晩寝心地は確保できた。
 朝は冷え込んだ。気温を調べると3度である。暖かいシュラフをなかなか抜け出せない。登山用にと持ってきた厚手の靴下に履き替え、やっとの思いでシュラフから起き出した。
 小屋を出てあたりを見回す。すると、広い広場の反対側の隅に、1台の車が止まっていた。どうもあれが昨夜の犯人らしい。眺めていると直ぐに一人の男が車を降りて、こっちに向かって歩いて来るではないか。背は低いが、肩幅の広い体格のがっちりしている男だ。まさか朝の挨拶に来るはずもないだろうし、何の用があるのだろう。逃げ出す訳にもいかないから、そのまま男が来るのを待った。

 男の話しでは、今朝気が付くと車のバッテリーが上がっていて、エンジンがかからないとのこと。昨夜、エンジンをかけっぱなしで寝ていたら、いつの間にやらエンジンが止まってしまったらしい。ブースターケーブルでお互いの車のバッテリーを繋ぎ、エンジンをかけさせて欲しいらしい。快く承諾した。
 男の足元を見ると、この寒さに裸足でスリッパを突っかけていた。つわものである。でも、顔つきは気の良さそうな田舎のおじさんで、安心した。

 早速、ジムニーを移動させ、相手の車に寄せて停めた。ブースターコードはおじさんが持っていた。なかなか手馴れた感じで、コードを繋いでいく。難なく車のエンジンはかかり、おじさんもホッとした様子だ。
 ジムニーを戻そうとしていると、おじさんが手を出してこちらに何か渡そうとする。見ると手のひらに500円玉が一枚乗っていた。こういう時はお互い様だからと断っても、しつこく渡そうとする。ついには私のジャンバーのポケットへ押し込んでしまった。それならばと、有難く頂くことにした。後でジュースでも買うことにする。

 小屋に戻り、出発準備をしていると、おじさんが登山の支度を整えて、小屋の脇から登る登山口へとやって来た。上から下までなかなか様になった登山姿である。どうも昨夜は登山口に立つ案内看板などを確認していて、小屋の近くをうろついていたらしい。真夜中なんかないやって来るもんだから要らぬ心配をしたが、単なる登山が趣味のおじさんだったのだ。

 さっそうと登山に出掛けていったおじさんに刺激されてか、私もちょっと山歩きをしてみることにした。折角ここまで来て、野宿だけして帰ったのでは面白くないというものだ。
 朝食を済ませ、野宿道具もすっかり片付けた後に、櫛形山まで往復してみた。頂上からはあまり展望がきかなかったが、途中の雪道を歩いたのは面白かった。

 
 櫛形山山頂
  
 旅が終わってエアーマットの修理をしてみた。バスタブに水を張ってマットを沈め、穴の開いた個所を探すのだ。マットを水に沈めるのが一苦労である。やっと穴を見付けて修理。ところがまた漏れる。風呂場で格闘すると、別の所から泡が出ているのが見付かり、また修理。それを4、5回繰り返したが埒(らち)があかない。どうも次々に穴が開くようである。使い始めて5年くらいだが、もう寿命と諦めた。また新しいのを買おう。
 例のクラッカーは他に使い道などないから、相変わらず野宿バッグの中で邪魔者扱いされている。どうしたものか。
 


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