サラリーマン野宿旅
野宿実例 No.27
 
体調不良の林道脇野宿
 
長野県小谷村・姫川小谷林道脇の空き地にて
 

 
 今日も今日とて野宿旅。本日これからの旅のお目当ては乙見山(おとみやま)峠。長野県の妙高高原町と新潟県の小谷(おたり)村を繋ぐ県境越えの峠である。道は妙高小谷林道。峠前後は未舗装を残し、ちょっと長く、ちょっと険しく、なかなか楽しめる峠道である。かれこれ8年ぶりの再訪だ。
 
 峠道につきものの通行止にあうこともなく、妙高高原町側から無事に乙見山峠を越え、小谷村へと下ってきた。すると、急に腹具合が悪くなってきた。ちょっと前から嫌な兆候があったので、峠に登る前の妙高高原町で見つけた公衆トイレに寄っておいたのだが、その時はまだ下痢をした訳ではなかった。しかし、今は明らかに下ってきている様子だ。多分、時間の問題でこらえきれなくなるだろう。これはいかん。
 
 妙高高原町(撮影 2001. 7.29)
 
県道39号・妙高高原公園線
この先が笹ヶ峰を経由して乙見山峠へ
左に黒姫高原への県道が分岐
道の右手に公衆トイレがあった
 
 旅先でのこうした腹痛はいつものことで、元々胃腸が弱い上に、旅での環境の変化や疲れなどが重なって不調をきたすのだ(生理現象を参照)。しかも今回はこの腹の痛みには思い当たるふしがある。昼食で食べ過ぎたのが悪かった。
 
 今はちょうど梅雨も過ぎ、本格的な暑さがやってきた7月下旬である。夏の旅はこの「暑さ」というのが大敵だ。炎天下の車の中はもう地獄も同然。その中にほぼ一日中居るのだから、たまったものではない。燃費が悪くなるのでエアコンも点けっ放しと言う訳にはいかず、スイッチを切れば途端に灼熱地獄だ。その上、昨夜も野宿で旅の疲れが溜まり、体はもうバテ気味である。
 そこで、せめて昼食ぐらいは涼しい所でと思ったのだ。いつもならカセットコンロで湯を沸かしてのカップラーメンか、よくてもコンビニ弁当を買って川原などで食べる。そこを思い切って奮発し、ちゃんとした店屋に入ろうというのである。
 昼時にちょうど通り掛った国道沿いで、間違いなく冷房がきいていそうな店を物色する。そしてちょっと立派なトンカツ屋を見つけて入った。トンカツ専門店なのにトンカツではなく、安い焼肉定食を注文すると、山盛りの丼飯に山盛りのキャベツが付いてきた。普段から小食のくせに折角お金を払うのだからと、それらを残らず全部平らげてしまった。いつも食べる量からすれば、ほぼ倍近くである。それがいけなかった。もったいなくても残せばよかった。
 
 妙高小谷林道を走りながらも額には脂汗がにじみ、それは暑さのせいばかりではなかった。どこかに手頃な茂みはないかと探している内に、寂しい林道は終り賑やかな県道に出てしまった。側には山荘が立ち、観光客もちらほらたむろしている。それなのに残念ながら肝心なトイレがない。
 
 そこから選べる道筋は二通りあった。突き当たった県道を左へと国道148号方面へ下るのと、県道を右に入って更にその先の湯峠を越える姫川小谷林道方面へ進むのと。トイレも問題だがそろそろ今夜の野宿地も考慮しなければならない。
 以前、県道を左に下るコースをとったことがある。もう夕暮れで、沿道に野宿地を探すが見つからず、県道終点まで出てしまった。進退窮まり結局近くの川原の工事現場で、惨めな野宿をした記憶がある。そうとなれば、いまだ未経験の湯峠方面へと進んだ方が、まだ野宿地の可能性があるというものだ。
 
 腹の具合はやや小康状態になっている。この間にトイレの方も何とかしたい。湯峠へ向けて少し進むと、右手にキャンプ場への分岐が出てきた。そこに立つ看板には「雨飾高原キャンプ場」とある。そこに泊まるかどうかは別にしても、トイレが借りられるかもしれない。ちょっと寄り道になるが、行ってみることにした。
 
 分岐した道は全線走りやすい舗装路で、その終点にキャンプ場はあった。広い駐車場の隅にトイレがあるのを目ざとく見つけ、早速トイレットペーパーを握り締めて駆け寄る。しかし、何と男性用のトイレには個室がなかった。小の方だけのトイレだったのである。とんでもない話しだ。
 
雨飾高原キャンプ場 
 
一般駐車場の外れにあるトイレ
男性用には個室がない
 
 地団太を踏んでいても仕方が無いので、キャンプ場としての正規のトイレが別にあるだろうと管理棟の方へ歩いて行った。キャンプサイトにはテントが数張り張られ、ぽちぽち利用客もあるようだった。
 
 ところが肝心なトイレがこちらにも見当たらない。どうも管理棟の中にあるようだ。ちょっと離れた所から入り口の中をのぞくと、売店らしきものがある。客も何人か居て係りの者と話している。トイレだけ借りるには入りにくい雰囲気だ。このキャンプ場を利用するなら、当然ながら堂々と使えるが、それには勿論お金が掛かる。腹具合も今のところ急を要していないので、暫し迷った末、旅を進めることにした。トイレも野宿地も他で探そう。
 
 本線に戻り、そのまま湯峠へと向かう。湯峠から先の林道は長い間災害による通行止になっていた区間だ。それが気になったが、今回は通行止を示す看板が一切ない。到着した峠にはゲートがあったが、それも開いていた。
 
 湯峠を下り始めると、それまで落ち着いていた腹も一挙に下る様相を呈した。突然の様態の変化に、もう対処のしようがない。本来なら茂みを見つけて穴を掘ってという過程を踏むのが野宿旅での礼儀なのだが、もうそんな余裕はありそうもないのだ。咄嗟に見つけた林道脇の待避所に車を止め、グローブボックスにかねてから用意してあるトイレットペーパーを掴み取り、慌てて車の陰にしゃがみ込んだ。道の直ぐ側らだが、こんな時、寂しい林道では通りかかる車などほとんどないので助かる。
 
 とんでもない粗相をしてしまったが、出すものを出すと、一先ず落ち着いた。でも、体調は依然芳しくない。林道を走っていても、体がフラフラする。この様子では今夜の野宿には耐えられないかもしれない。かといって、どこかに宿をとる当てもない。これから下る小谷村で、気のきいた安宿が探せるだろうかと、ボンヤリした頭で考えていた。
 
 峠から数Km程も下っただろうか、道の右手にちょっとした広い空き地を見つけた。とりあえず車を乗り入れ、辺りの様子をうかがう。テントを張って野宿するには非常に手頃な場所である。車道からも適度に離れて目立つこともなく、地形も安定していて危険な感じはない。
 
 林道脇に見つけた空き地
 
野宿には良さそう(林道から見たところ)
 
 ここを今夜の野宿地とするかどうかは別として、とにかくこの場で体を休めることにした。一人旅では自分だけが頼り。何事も自分の体力と知力で乗り切らなければならない。今は休養すべきと頭が警鐘を鳴らしている。
 
 最後の力を振り絞り、荷室からエアーマットを出して空気を入れる。どうせ休むなら、気持ちよく休みたいのだ。車の中では狭いし暑いし、地面に直接寝転ぶのでは腰が痛い。よくキャンプ道具としてアルミマットを使っているのを見かけるが、あんな物じゃ寝心地が悪くていけない。空気を入れるのが大変だが、エアーマットが一番である。
 
 やっとの思いでエアーマットを膨らませ、木陰の下を選んで敷き、その上に倒れこんだ。夏の日はまだ高く、こんな野外では暑くて寝られないかと思ったが、動かずじっと横たわっている限りでは意外と涼しい。風も少し通る。時折頬や腕をなぜて過ぎる風が気持ち良い。目を閉じてうとうとする。車が1台通り過ぎていったようだ。後はセミの声ばかりである。暫し眠った。
 
エアーマットに倒れて休む 
 
前に林道が通る
 
 1時間程も経ったろうか、目が覚めた。体調は幾分いいようだ。それより無性に喉が渇いてしょうがない。何か冷たい物が飲みたい。普段自販機などめったに使わないが、この時ばかりはお金を払ってでも飲み物が欲しいと思った。それ程に事態は切迫しているのだ。しかし、勿論この周囲に自販機も店屋もない。
 
 手持ちの飲み物も切らしていた。旅先では飲み物を買わない代わりに、普段からスーパーなどで500ml入り50円などと安売りしているペットボトルのジュース類を買い込んでおき、それを旅に持って行くことにしている。冷たくはないが、非常に安上がりである。今回も2、3本用意してきた筈だが、この暑さに既に飲み干していたのだった。
 
 今飲めるのは、家から車に積んできた20リッターのポリタンクに入っている、東京都純正の水道水だけである。これならまだ10リッター以上と、飲料にするには十分過ぎる程残っている。だが、胃腸を壊しているのに生水をそのまま飲む訳にはいかない。仕方がないので、お湯を沸かすことにした。
 
 カセットコンロに火をつけてアルミ製の片手鍋を掛ける。生ぬるい水は直ぐに沸騰した。唇を火傷しないように注意しながら鍋ごとすする。この暑さにお湯など飲んでもどうかと思ったが、ところがどうして、これがなかなかうまいのだ。夢中で200ml程のお湯を飲み干していた。それでも足らず、また沸かして飲む。真夏に飲む白湯がこんなに美味しいとは知らなかった。
 
 喉の渇きが癒されると、少し元気が出てきた。改めて周囲を見回せば、やはりここはいい野宿地である。野宿地の程度を上・中・下で表すとすると、まずは上の部類に入る。
 
 そうは言っても、別段いい景色が眺められるでなく、野宿に便利な綺麗な沢が近くに流れるでもない。普通の人なら見過ごしてしまう様な単なる空き地である。でも、崖崩が心配される様な険しい地形ではなく、空は開放的に開け、テントが張れる十分広い空間がある。夏にはうるさくて困る雑草がはびこってない土の地面があり、寝転んでも気にならない程度に平らである。
 
 またここは、人里から遥かに離れた深い山の中という訳でもないのがいい。道を湯峠方向に戻ればあの雨飾高原キャンプ場はあるし、県道沿いの山荘もある。また、道を下れば程なくして小谷村の大綱集落に着くはずだ。人を嫌った野宿ではあるが、あまり文明から隔絶してしまうと心細いのである。いざと言う時にはやはり人の助けが要る。その為にはある程度人里に近い方がいい。また、人が全然来ない様な所では、代わりにクマが出て来るかもしれないのだ。何よりも安心して安らかに一晩過ごせることが、いい野宿地の条件なのである。
 
 一時は宿に泊まろうかとも情けない考えが浮かんだが、このままこの地で野宿することに決心がついた。今日はもうジタバタせず、ここに落ち着くとなれば、後はやることをやるだけだ。白湯を飲んでからまた一休みした後、体調を気遣いながらもテントを張ったり、テントの中にエアーマットやシュラフを敷いたりと、いつもの野宿支度を始めた。もう夕方の6時を過ぎているが、夏の日は長い。日暮れまでまだ充分時間があるので、のんびりのんびり作業する。
 
 ここに野宿と決定
 
いつもの様にテントを張る
 
 今夜のこの空き地は私一人の独占である。好きなところにテントを配置し、好きなところに車を停める。野宿の支度が終れば、空き地の中を歩き回ってみる。でも、周囲は草木に覆われ、隣接する林道以外にはどこにも簡単には出られそうになかった。林道とは反対側の草の向こうには、多分横川が流れる谷があるようだが、ここからは谷の様子は何も見えない。
 
 こんな風に誰も居ない山の中でひとりで野宿していると、いろいろ余計なことも考えてしまう。こんな場所でもクマが出るんじゃないかと、恐ろしい想像も頭に浮かぶ。もしクマがこの空き地に出て来るとしたら、どこからだろう。林道の入り口からだろうか。それとも、この藪の中からだろうか。周囲を見渡しながら、ちょっと背筋が寒くなってくる。
 
 手持ち無沙汰だから余計なことを考えてしまうのだ。焚き火でもして気を紛らわせようかとしたが、周囲に適当な枯れ枝が無い。仕方ないから車の中に溜まっていた燃えるゴミでも燃やすことにした。
 
野宿の準備ができた 
 
今夜のこの場所は独り占め
 
 夏の日が西の山に隠れると、空気は一段と涼しくなった。この分ならテントの中でも今夜は暑さで寝苦しい思いをせずに済みそうだ。体調もずっと回復してきて、そうすると僅かに食欲も出てきた。区切りもつけたいので軽く夕食をとることにした。どうせレトルトや即席物しかないが、なるべく消化の良さそうなうどんや蕎麦類を選んで食べる。
 
 食事が済む頃には薄暮である。テントの外ではランプなどの明かりを使う習慣が無いので、焚き火をしない限りは、さっさとテントに入ってしまうことにしている。
 
 テントの中ではローソクの明かりで過ごす。最近、テントの上から吊り下げられるようなローソク立てを自作し、これがなかなか便利である。それまでは、中にローソクを立てた空き缶をテントの床に置いていた。それだと明かりが下から上へと差す。これでは本など逆光になって読みにくい。これからは上から明かりが照らされ、広げた地図なども見やすい。しかし、時々頭をぶつけて危うくローソクが落ちそうになるのだった。
 
 でも、今夜は疲れているので、明日の旅の計画なども立てることなく、早々とシュラフにもぐり込んだ。昼間ちょっと寝たのでなかなか寝付けないかと思ったら、直ぐにもまぶたが重くなってきた。ローソクを吹き消すのを忘れずに、後は目を閉じた。虫の音が聞こえる静かな夜である。昼間に1度車が通ったきり、後は誰一人通る気配がなかった。 
 
 翌朝は4時ごろ起床
 
テントを出て辺りを見回す
 
 深夜に怪しい物音に邪魔されるようなこともなく、勿論クマが出てきた様子もなく、平穏無事な朝を迎えた。時計を確認すると4時を少し回っている。昨夜は早々と寝てしまったので、睡眠時間は7時間以上ともう充分である。
 
 昨日の体調不良もほとんど回復していた。旅先で今回の様な不調をきたしたことがこれまでも時たまあった。そんな時も、一晩野宿すると大抵どうにか回復してくれていた。やはり休養が一番のようである。
 
 シュラフの中である程度目が覚めると、次にはとにかくテントの外に出てみることにしている。朝、最初にテントを出る時は、何となくドキドキする。一晩で周りの様子がガラッと変わっているなんてことはないだろうが、何となく漠然とした不安があるのだ。テントの入り口のジッパーを開け、その隙間よりちょっと外を覗く。まずは異常なし。靴を履いてテントから出る。直ぐに立ち上がり、ぐるりと周囲を見回す。誰も居ないし、クマも居ない。これで一安心である。こんなことをこれまで何回も繰り返してきた。それで別段変わったことに遭遇したことはない。でも、また繰り返してしまう。
 
 小さなテントの中に入ってずっと夜を過ごす。その長い時間の流れがテントの外の世界を変えてしまっているのではないかと思えてならない。テントはさながらタイムマシンの様である。そして確かに昨夜とは違う野宿地がそこにあるのだ。大きく世界が変わった訳ではないが、テントの外には朝のすがすがしい空気が満ちていた。草木や地面は朝露に濡れて新鮮である。空はこれから登る朝日の前触れに白み始めている。思わず深呼吸をしてみる。ついでにちょっと冷えたので、近くの草むらに寄って小用も足す。これが朝の日課なのであった。
 
 いつもの様にテントの中を片付け、テント内にあった物は全て車に移す。テントも夜露をはらってたたみ、後はいつもの即席ラーメンの朝食のはずだが、腹具合がちょっと気になったので、ラーメンはぬくことにした。また、いつもなら野宿地を出発する前にトイレも済ますが、昨日下っているので、今日は省略とする。
 
 さっさと支度を終えると、5時前には姫川小谷林道の続きを走り始めていた。野宿の朝はこうでなければいけない。体調も今のところ大丈夫そうだし、空を見上げれば今日の天候も良さそうだ。ただ、一つ難題を抱えていた。それはこれからどこに行ったらいいか分からないのだ。とりあえず林道をこのまま姫川温泉方面に下りるしかないが、その先、皆目見当がつかない。まあ、どうにかなるさ。
 
 結局この後、国道や北陸自動車道を延々と走り繋いで、富山県福光町の刀利ダムまで突っ走った。目的はブナオ峠ただ一点である。しかし、そこには通行止の看板が出ていて、どうにもならないのであった。
<初掲載 2002. 9.25>
 

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