サラリーマン野宿旅
くま熊、クマ
 
野宿のクマ対策
<初掲載 2001. 3. 4>
 
はじめに
 
 くま、熊、クマ。現代日本の大多数の人にとって、それは動物園で柵や鉄格子越しに眺めるだけの動物の一種類に過ぎない。しかも、シロクマやパンダ(パンダはクマか?)なら別だが、黒い毛皮の塊としか思えないツキノワグマやヒグマなど、動物園の子供たちに人気がある筈がない。クマの檻の前で、人だかりができているなんて光景は、お目にかかったことはない。
 一般人にはほとんど関心のないクマではあるが、新聞やテレビニュースなどで、山菜取りに山に入って襲われたとか、餌をあさりにクマが山里まで降りて来たなどと報じられ、時々ギョッとさせられる。この日本にも動物園以外にクマが生息するんだ、と改めて知らされるわけだ。

 しかし、所詮ひと事である。これは自分も注意しなければ、などと思う境遇にある人は少ないだろう。それに、クマによる被害は思ったより件数は少なく、不幸にもクマで命を落とす人は、年平均一人居るか居ないかだとのことだ(下に示した参考文献参照)。スズメバチで年間40人近くの人が亡くなり、交通事故で1万人が死んでいることに比べれば、クマの被害はずっと軽微と言える。
 日本人全体で考えれば、1年の間に被害に遭う確立は、約1億2千万分の1ということになる。これは宝くじで3億円当たる確率よりずっと低い。長年夢見て、毎年懲りずに宝くじを買い続けているが、いまだサラリーマンを辞められないでいる。それを思えば、クマに襲われる確率など限りなくゼロに近いとしか思えない。クマに襲われる前に、宝くじで大金持ちになり、野宿などしなくても旅ができる身分になる確率の方が高いのである。

 普段、冷暖房がきいたオフィスビルの中で、のほほんとパソコンに向かっている我々善良なサラリーマンにとっては、尚更クマなど無縁の存在としか思えない。しかし、その平凡なサラリーマンがひょんなことから野宿旅など始めたりすると、本人の認識がないまま事態は一変していく。ある時、自分の目の前にクマが現れてギョッとするのだ。
 ☆動物 でも書いた様に、本当に自然のクマは居るのである。クマが生息するのは動物園のオリの中だけではないのだ。都会育ちのひ弱なサラリーマンが、頑丈な鉄格子で守られること無く、生身でクマと対峙する。普段の生活とのギャップは激しい。どう対処していいかなど分かるはずがない。

 日本に於けるクマの被害は少ないと言えど、日本に於ける野宿人口も、これまた非常に少ない。一般人に比べれば、野宿する者が被害を受ける確率はずっと高くなる。野宿の旅をする者はクマに関する知識を習得し、普段から防御対策を備えておいて損はない筈である。それ程切実な問題とは言えないが、黙って何の対策も施さなければ、ある日突然、悲惨な目に遭うかもしれないのだ。
 

 
 
クマはどこに居るのか
 
 ところで、クマはどこにでも居るわけではない。どこに居て、どこには居ないのかをはっきり知っていれば、絶えず怯えている必要はなくなる。

 大きな地域的に見ると、北海道にはヒグマ、本州以南にはツキノワグマが生息する。

 北海道のヒグマはほぼ全域に渡って生息するらしいので、一旦北海道に上陸したら、どこに行っても危険地帯と考える方がよさそうだ。大きな都市の近郊なら大丈夫かと思ったら、市街地から数キロも離れていないところで、「最近クマが出没したので、ご注意ください」などという看板を見つけ、慌てて野宿を中止した時がある。
 北海道で野宿をするなら、やっぱり正規のキャンプ場が安心である。しかしそれも100%確実ではなさそうだ。上磯町の湯の沢水辺公園で野宿した時に、下に示す「ひ熊注意のお知らせ」というビラを渡された。話を聞くと、そのキャンプ場の至近距離で、クマの出没が目撃されたとのこと。何十人ものキャンパーで賑わっているキャンプ場なら、ヒグマも近付かないだろうが、少人数でキャンプしている時は注意した方がいい。
 数年前にもその沢水辺公園で野宿したことがある。昼間は公園を散策する人などもちらほら見掛けたが、夜になってキャンプする者は他に誰も居なかった。最初、これは貸切だと喜んでいたが、夜中になるとさすがに寂しく、怖くなってきた。その時のクマへの心配は、あながち間違いではなかったのだ。

 一方、南の方の九州以西は、安全地帯である。誰も奄美大島や沖縄なんかにクマが居るとは思わないだろうが、学者先生方によると九州のクマもほぼ絶滅したと考えられているそうなのだ。宮崎県の椎葉村など、あんな山奥深いところで野宿しても、クマに関してだけは何ら心配する必要はないのである。
 しかし、野生のクマが絶滅したというのは、野宿者にとっては安心なことだが、自然が失われ種が滅びてゆくことを考えると、喜んではいられない。

 次に、四国はどうだろうか。まさか瀬戸大橋や明石大橋などを渡って、クマが本州から移動する訳ないから、もともと四国にクマが居なければ、四国も安全地帯ということになる。しかし残念ながら(あるいは喜ぶべきか)、剣山の近辺に僅かながら生息するらしい。しかし非常に狭い地域に限ったことなので、剣山を除いて四国は概ね安全なのである。

 残るは本州であるが、こちらは広いし、クマもあちこちに分布しているので、なかなか生息地域を把握しにくい。北の東北地方は言うに及ばず、西の中国地方までクマは広い範囲に点在する。なんと東京近郊でも、奥多摩や丹沢などに、数は少ないが生息するらしい。ある時、丹沢に隣接する道志道を走っていたら、猟師が射止めたクマを山から下ろして来たのを見掛けたことがある。

 クマの詳細な分布図を手に入れて、ここはダメだ、ここは大丈夫だなどと、いちいち確かめながら野宿する訳にもいかない。北海道と本州について、クマに遭遇するかどうかは、もう確率の問題と諦めるより仕方がない。あとは後述のクマ対策を行って、クマの被害になるべく遭わないように心がけることだ。

 
来園者の皆様へ       
    ひ熊注意のお知らせ
 
 1.食物はキャンプテントの外に出しておかない。
 2.ゴミは指定の場所へ置く。
 3.周辺の山林へ入る際は、一人で入らないで複数で行動し、鈴や笛などで音を出して歩く。
 4.山林へは、食物、飲物を捨てない。
 5.夜間や早朝、日没間際及び雨降り及び曇天時には、特に注意する。
 6.ひ熊を目撃したら役場へ連絡する。
湯の沢水辺公園管理者
 
 
野宿の食事の後始末

 上に掲げた「ひ熊注意のお知らせ」中で、
 は単独行動を戒めているが、我々のモットーは一人旅である。しかも野宿をする為に山にはよく入り込む。本稿のテーマはそうした状況で、如何にクマの被害に遭わないかを考察することである。一人旅も野宿もしなければ、もとからクマなどとは何の縁もないのである。
 ただし、鈴や笛の使用は有効と思われる。
 
 は一見、注目に値するかのようだ。あまり知られていないヒグマの習性を表しているからだ。すなわち、ヒグマがよく活動する時間帯をさし示していると考えられる。
 まず、夜や朝、日没は活発に活動するのだ。言ってしまえば、日が暮れてから朝までずっと要注意なのである。次に、日中も雨の日や曇りの日は、やはり危険なのだ・・・。
 と言うことは、晴れた日の昼間以外は全て、「特に注意する」必要があるという意味になる。これでは何の指針にもなりゃしない。
 
 は善良な一般市民の義務として、もっともなことである。しかし、ヒグマを目撃しても、通報できない事態にまで陥らなければいいのだが・・・。
 
 
 以上を除く1、2、4は、どれも飲食物に関する注意と言っていい。クマは視力はあまり良くないが、臭覚と聴覚が格段に優れているそうな。遠く離れていても、僅かな臭いに釣られてクマはやって来る。ただでさえ会いたくないクマを、臭いでテントに引き寄せてはいけないのである。
 
 まず、クマの危険があると思える野宿では、テントの中では食事をしない。野宿の夕食ではレトルトカラーなどを食べるのが常識だが、テントで食べると、カレーのおいしい匂いが、いつまでも中にこもってしまう。また、テントに匂いが着いてしまうかもしれない。人間でもおいしそうに匂うのだから、クマなら尚更だろう。こんな危険なことはないのである。
 夕食に限らず、お菓子などもテントの中には入れないことにしている。と言っても、夜のテントの中はやることがなく暇である。そこで、食後の口寂しい時の為にも、せいぜい飴やガム程度ならいいだろう。

 余った食料は、ビニール袋にしっかりしまって、車の中に入れておく。よく、木に吊るすなどと言うが、実際にやってみれば分かるが、なかなか大変な作業である。それに、車の中なら密閉性があり、匂いがもれにくいんじゃないだろうか。

 余った食料と言っても、未開封のインスタントやレトルト食品なら、もともと匂いもしないだろうし、しまうのは簡単である。問題は、食べ残しや空き袋の始末である。少々胃腸の具合が芳しくなくても、食事は無理やり残さず平らげるように努めている。パックにこびり付いたご飯粒や袋に残ったカレーの汁も、ペロペロ舐めてとにかく自分の体の中に収めてしまう。外に出ていれば僅かな量でも匂うが、体内に入れてしまえば大丈夫である。一人の野宿ならば気兼ねはいらないし、こんな野宿旅なら誰も見ている者は居ない。遠慮なくカレーの袋をペロペロやるのである。

 しかし、そこまでしても、ゴミ袋の中は食べ物の匂いでいっぱいだ。野宿する者のマナーとして、燃えないゴミをやたらに捨てる訳にはいかない。ゴミ箱が都合よく見付かればいいが、野宿旅ではなかなかあるものではない。よって、何日か野宿旅を続けていると、車に放り込んである燃えないゴミ用のビニール袋は、食べ物が入っていたパックや袋でだんだん太ってくる。試しに鼻を近づけてみると、レトルトのカレーや牛丼、すき焼丼、焼きそばパンやメロンパン、カップラーメンに魚肉ソーセージ、そんな匂いでごちゃ混ぜである。ゴミ袋を2重にしてしっかり縛ったりするが、クマに対しては効果などないかもしれない。やったことはないが、消臭スプレ−を使ってみたらどうだろうか。
 
 ところで、我が愛車ジムニーは少々傷んでいるので、隙間風は言うに及ばず、時々雨のしずくが顔にかかるときがある。暖房や冷房は、スイッチを切ると瞬く間にその効力を失う。匂いを閉じ込める機密性などぜんぜん期待できない。やっぱり念入りに舐める以外に手はなさそうなのであった。

 
 
クマを寄せ付けない
 
 クマが寄って来ないように匂いを出さないだけでなく、クマの聴覚が優れているのを逆用し、積極的に音を出して寄せ付けないようにするのも極めて有効である。
 
 
ラジカセ
 
 一人旅だと話し相手が居ないので、ただ押し黙ってテントを張り、夕食を作って黙々と食べ、テントに入って静かに過ごし、シュラフにもぐっておとなしく寝るだけである。音といえば、夕食を作っている時にポケットコンロがシューシューと鳴る音や、焚き火をした時に時折木がはじける音くらいなものである。人生についてしみじみ考えるには非常にうってつけなのだが、クマ避けの点では静か過ぎて困るのである。まさか、四六時中、大きな声で独り言をしゃべったり、歌ったりする訳にもいかない。

 そこで、自分の代わりに機械にしゃべったり、歌ったりさせればいいのである。手っ取り早く「ラジオ」がまず頭に浮かぶ。しかし、野宿は辺鄙な所でやるものだ。当然ながらラジオの電波も届きにくい。受信状況が極めて悪く、夜になってようやく、遠くのNHKが受信できるくらいだ。電離層で反射してくる電波なので、近くのNHK局ではなく、かえって遠い局が入る(天気予報が役立たなくて困る)。雑音が多く、音も途切れ途切れで、全く役立たない。

 それなら、カセットテープを流せばいい。テープならいつでもどこでも安定した音量が出せる。ちょうど持ち運びに手ごろなラジカセを持っていなかったが、これは自分の命の問題である。お金には代えられない。いろいろ探した結果、コジマ(有名な電気店)の広告の品1、480円也を思い切って購入した。そして、ある夏の北海道の旅で、いよいよ実践の運びとあいなった。

 それは、小さな沢の川原での野宿であった。ラジカセに単一乾電池4個をセットしてテープをかける。テントサイトにビートルズ(歳が分かってしまう)が流れた。ラジカセの近くで聞いていれば、それなりに音楽を楽しめるだけの音量は出せる。しかし、試しに10メートルも離れてみると、近くを流れる沢の音の方がずっと大きいではないか。小さなラジカセの音など、この大自然の中では極めて微力なのであった。
 それに、一つ大きな見落としがあるのにハタと気が付いた。なるべく経費節約で、これ以上ないという程、安いラジカセである。よってオートリバースの機能などない。60分のカセットテープだと、片側30分するとテープは止まって音がしなくなる。いちいち30分おきにテープの入れ替えが必要なのだ。起きている時はまだいいが、寝てしまったら誰が入れ替えてくれるというのだ。大きな誤算であった。
 
 それと、どうも乾電池を使うというのが性に合わない。もったいないのである。テント内の明かりに、電池式のランタンなどではなく、もっぱらロウソクを使っているくらいだ。ラジカセで好きな音楽を聴きながらも、どんどん電池が減っていくと思うと、クマ以上にきがきではない。大きな音でラジカセを鳴らせば、それだけ電池の消耗も激しい。ついついボリュームを絞ってしまう貧乏性なのであった。

 結局、初日の野宿からラジカセはほとんど使うことがなかった。勿論、眠りについた後の肝心な夜中も、オートリバースなしでは使いようがない。川原の石が自然と転がり落ちる音にもびくついて、ほとんど眠れぬ夜を過ごした。

 その後、その安物のラジカセを使う機会は全くなく、今では押入れの中で埃をかぶっている。一時、オートリバース付きの高級品を買おうかとも思ったが、やはり乾電池という消耗品を必要とするのが気に掛かる。それに、野宿で大きなラジカセは邪魔だし、自然の中にまでそんな機械物を持ち込むのは、やっぱり似合わない。川原にはビートルズが流れるより、沢の流れの音が響いていたほうがいいのである。

 
 
 ラジカセよりもう少し自然な音がないかと考えると、よく山歩きですれ違った登山者が、腰に鈴を着けて歩いているのを見掛ける。鈴といっても猫の首に着けるような小さな物ではなく、カランコロンと低く大きな音が出る。牛の首にぶら下げるカウベルの小型版と言った方がぴったりだ。前から、なかなかオシャレでいいなと思ってた。
 この鈴は、もとから登山者のクマ避け目的に作られていて、登山用具がそろっているスポーツ店などをのぞくと、確かにそれらしい物が売っている。しかし、値札を見てびっくりした。数千円もするのだ。これではオートリバース付きのラジカセが買えてしまう。そんな大金を出してまで鈴ごときを買う気にはなれない。
 何か代用品はないかと、いろいろ思案していた時、カウベルに似ているなら、本物のカウベルが手に入らないかと考えた。牛が居るのは牧場だ。牧場と言えば岩手県の小岩井牧場を思い出す(唐突過ぎるか?)。あそこなら本物がなくても、土産物のカウベルが如何にも売っていそうな観光牧場だ。まさか、土産物を買う為だけに、岩手県まで行く訳にもいかないが、東北地方は2年に1度くらいは旅をする。そのついでに買うことにした。
 1999年の夏に機会がめぐり、普段は滅多に立ち寄ることなどない小岩井牧場の土産物店に入った。うろうろ陳列棚を探すが、なかなかお目当てのカウベルは見付からない。それでもやっと片隅に1個のカウベルが目立たず吊るしてあるのを発見。どう見ても人気がある土産物などではなく、牧場だから仕方なく申し訳程度に一個置いているといった感じである。
 鳴らしてみると、なかなかいい音がする。値段は500円。まあまあリーズナブルだが、安いとは思わない。しばらく買うかどうするか迷ったが、岩手くんだりまで来て手ぶらで帰るのもなんである。思い切ってそのカウベルをつかみ、レジに向かった。

 それ以後、クマの危なそうな野宿では、カウベルを腰に着けている。テントを張ったり、薪を拾い集めたりしている時は、心地よい音が響いている。実質どれほど効果があるか分からないが、そのカウベルが鳴っていると何となく安心していられるのだ。精神安定剤のようなものである。わざと大きな動作をしたり、座っている時は時々手でカウベルを振らしたりしている。いくら鳴らしても、電池の消耗がないのがいいのである。

  
 
クマを追い払う
 
 それでも、万が一、クマが目の前に現れてしまったらどうするか。クマが出てきてからカウベルを振っても、それはもう手遅れである。クマは人間の気配を察すると、自分の方から逃げて行くが、自分が人間に発見したことをさとると、逃げる場合もあるが、人間を襲う可能性の方がずっと高くなると言う。
 
クラッカー
 
 ピストルや猟銃を使えれば、クマを射止めないまでも、追い払うことはできるだろう。しかしこの日本でそんな物を所持することは難しい。誰でも簡単に使える物が何かないかと考えていた時、テレビでヒグマを追い払うのに爆竹を鳴らしている光景を見た。なるほど、爆竹なら大きな音がするし、簡単に手に入る。
 しかし、クマが出てきてからマッチで火を点けている暇などある訳ない。そこで、もう一工夫して、クラッカーではどうだろうか。パーティーなどで使う、円錐型をしていて、紐を引くと破裂音と共に紙テープが飛び出すあれである。
 早速、会社帰りにドンキホーテ(有名なディスカウントショップ)に寄ると、10個入って確か180円くらいだったと思う。これならダメ元である。一袋買って、野宿用のバッグに潜ましておいた。
 ある野宿でこのクラッカーのことを思い出し、これはひとつ予行練習でもしておこうかと思った。幸い周囲には誰一人いない山の中である。人の迷惑になる心配はない。何となくわくわくしながら、闇夜に向かって紐を引いた。
 どんな大きな音がするのだろうかと、実は身構えていたのだが、短くパンとひとつ、気の抜けたような音である。今のは不良品かもしれないと、もう一つやってみた。同じことだった。
 クラッカーなんて、大昔の小さな子供の頃に2、3度経験があるだけだ。子供の時はもっとびっくりするような大きな音がしたと思ったのだが、大人になってみれば、まさしく子供だましとしか思えない。睨み合うクマに対し、このクラッカーで立ち向かう気には、到底なれないのである。
 
 今でも残り8個のクラッカーは野宿バッグに入っている。他に使い道がないからしょうがない。それに、テントサイトの近くで異様な物音がしたり、テントの中に居る時に外で獣の気配がしたら、鳴らしてみようと思っている。それなら少しは追い払う効果があるんじゃないかと淡い期待を持っている。
  
クマ撃退スプレー
 
 クマが至近距離に迫ったら、もう追いたてる手だて何もないのだろうか。実はあるのである。正確な名前は覚えていないが、クマを撃退するスプレーが存在するのだ。外見は一般的な殺虫スプレー缶などと変わらないが、出るのは殺虫剤ではなく、トンガラシなどの刺激物である。
 これをクマ目掛けて吹き掛ける。単なるスプレーには変わりないので、届く距離は数メートルと短い。持続時間もたった5秒だ。猛然と突進してくるクマにうまく吹き掛けられる程、冷静でいられるかは疑問である。
 しかし、スプレーの効果は抜群のようだ。実際に怒り狂ったクマでも退散するという。しかし、クマに効果があるくらいだから、吹き掛けた人間もただでは済まない。刺激物によって目や鼻など体中の粘膜や弱い皮膚が悲鳴を上げるらしい。数時間は人間活動が行えなくなる。しかし、自分の命には代えられない。護身用にクマ撃退スプレーを、是非1本腰に下げておきたいものである。
 
 ところが、スプレー1本がなんと1万円近くするのだ。アウトドアショップに行って、手に取ってはみたものの、到底買う決断は下せなかった。
 ホームページ作りにいいスキャナーが欲しいと前から思っている。いいスキャナと言っても、今持っている画質が悪く時々動作不良し蓋が壊れた安物より、ちょっとましな1万数千円の普及品である。クマ撃退スプレーと違ってスキャナなら、買えば間違いなく活用できる。そんなスキャナでさえ、もう何ヶ月も買うのをためらっているというのに、使う機会などまずないであろうクマ撃退スプレーが、買える筈がないのである。

 独身貴族で、それ程お金に困っている訳ではないので、スキャナはそのうち買い換えることにはなるだろうが、クマ撃退スプレーを買うきっかけはありそうもない。しかし、後で、やっぱりスプレーを買っておけばよかったと、後悔する羽目にならなければよいのだが・・・。

 
いよいよクマが襲ってきたら
 
 不幸にもクマに遭遇し、クマ撃退スプレーもないままクマが襲ってきたら、一体どんな行動を起こせばいいのか。
 
逃げる
 
 人の心情としてはやっぱり逃げたくなる。しかし、クマは逃げるものを本能的に追いかける習性があるという。クマは足が速いし、木にも登る。普段運動不足で足腰弱いサラリーマンでは、逃げおうせる訳がない。
 但し、車という逃げ場所はある。バイク旅では無理だが、車の旅なら一応板金で囲われた空間がテントの近くにあることになる。そこまで捕まらず逃げ込めないだろうか。

 それで、野宿する時は、なるべくテントの脇に車を寄せて停めている。それは野宿道具の出し入れに便利だが、同時に何かあったら車に逃げ込む為でもある。
 そして、必ず車の全てのドアの鍵を開けておく事にしている。助手席のドアも荷室のドアもである。どこからでも直ぐに入れるようにだ。
 さらに、車はなるべく脱出路の方向を向けて停め、車のキーも差したままにしてある。うまく車の中に逃げ込んでも安心できない。クマは窓ガラスを割って突進してくるかもしれない。
 夜中に逃げることを想定し、暗くても車でうまくテントサイトを離れられる様に、脱出経路も確認しておく。近くに崖などあって、そこに落ちたのでは元も子もない。

 こうしていろいろ考えをめぐらしているが、今のところこれらの配慮が役立つ場面に遭遇していないのは幸運である。それと、ハタと思い当たったが、クマが心配なら初めから車内泊にすればいいのである。わざわざテントで寝る必要はない。ジムニーは狭くて車内泊に向かないが、テントの中で眠れぬ夜を過ごすよりいいではないか。

 
ナタ
 
 本だったか新聞だったか忘れたが、ある人が自分のクマ対策について語っていた。
 要旨は大体次の様なものである。

 1.何かで音を出してクマを寄せ付けないこと
 2.不幸にもクマに出会ってしまったら、慌てて逃げ出したりせず、
   クマの方からおとなしく立ち去るのを待つこと
 3.それでもクマが襲ってきたら、その時は意を決して戦う

 最後の「戦う」とういのが、印象的であった。戦って勝ち目があるのだろうか。足柄山の金太郎ではないが、実際にクマを投げ飛ばして倒したとか、倒すまではいかなくても、途中でクマの方が逃げ出したという実例はあるようだ。やられるままでいるより、それはそれなりに潔い気がした。
 
 但し、素手などでは勝ち目がない。柔道や護身術でさえも身についてないひ弱なサラリーマンが、どうやって戦うのか。
 そこで、武器が必要となる。所持していても違法とならなくて、それでいていざという時に武器になる物はやっぱりナタである。ナタはナイフなどより威力がありそうだし、野宿のいろいろな場面で利用価値がありそうに思える。
 
 旅の相棒のジムニーには、いつもナタが一本入っている。野宿旅以外の車通勤している時でも、常時入っている。一見物騒な話しであるが、他に仕舞っておく所がないだけだ。
 もとは、野宿で焚き火にする為の薪作りに使う積もりで購入したが、ナタくらいで薪などおいそれとできるものではないことを実感した。本格的に薪を作るには、ノコギリや両手で振り下ろす斧が必要だ。それに、物凄い体力と腕力と時間がいるし、一つ間違えれば自分が怪我をする。か弱いサラリーマンは余計なことをせず、おとなしく枯枝でも拾い集めて焚き火をする方がいいことが分かった。
 
 普段の都会のサラリーマン生活では、尚更役立つ場面のないナタである。もったいないから、一応車に積んでいるようなものだ。そして、野宿の夜には、テントの中の枕元に置いておく時もある。これでクマを倒せる自信など全くないが、野犬ぐらいなら少しはどうにかなるかと思っている。

 
死んだ振り
 
 下北半島の旅で、車から遠く離れて山中を歩いていた。そこは観光地で有名な仏ヶ浦だが、冬期ということもあり、その時は自分以外誰一人として居ない寂しい場所となっていた。海岸での見物を終え、崖の上の駐車場に戻る為、長い山道を登っていた。
 ふと見ると、前方の草陰に大きな黒い塊があった。夕暮れも近く、目も悪いので、一体それが何であるかよく分からない。単なるかん木かとも思ったが、足を止めて様子をうかがおうとした。
 次の瞬間、黒い塊は頭をもたげた。体が一瞬にして凍りついた。その獣と目が合ってしまう。直ぐに死んだ振りをしようかと考えたが、体が言うことを聞きかない。咄嗟には地面に伏せることさえできないのだ。
 
 しかし、その獣は襲ってくることはなく、暫しこちらを凝視していたが、また前のように頭を下げた。何か餌をあさっている様子だ。こちらは力が抜けて、へなへなとその場に座り込んでしまった。とにかくクマではなさそうだ。獣の顔には少し白い毛が混じっていた。後で動物図鑑を調べると、それは日本カモシカだった。

 逃げ場もなく無防備でクマと対峙したとき、石を投げたり棒を振り回すなど、下手な事をすると逆効果だそうだ。クマは怒って襲ってくる。その場で死んだ振りをする方が、よっぽどましな対抗策だ。
 下に示した参考文献には、どのような姿勢をとればいいかも書いてある。簡単に言うと、腹部を守ってうつ伏せになり、両腕を首筋にまわして防御するのがいいらしい。
 しかし、仏ヶ浦ではカモシカだったので事無きを得たが、いざという時、死んだ振りでさえなかなかできたものではない。恐怖で体が思うようには動いてくれないのだ。それに、普段の生活で地面に伏せるなんて行動は、まずすることはない。咄嗟にやり慣れないことをしろと言われても無理がある。イメージトレーニングなどしてみるが、本番でうまくできるか全く自信がないのである。
 
 
 仏ヶ浦で出くわしたカモシカは、こちらの帰り道を塞いだまま、なかなか動こうとしなかった。このままじっとしていても仕方がないので、そいつを遠巻きにして通り過ぎることにした。恐る恐る歩き出す。真横あたりまで来た時に、写真を一枚撮り、後は一目散に車まで逃げ帰った。やつはいつまでもふてぶてしく餌をあさり続けている様子だった。写真は慌てて撮ったので、残念ながら完全にブレてしまって、ぼんやり黒い塊が写っていただけだった。
 その後、1999年の夏にも仏ヶ浦を訪れる機会があった。しかし時間の調整がうまくいかず、駐車場に到着した時はもう日が暮れていた。それに、以前にはなかった「クマ注意」の大きな看板が立っているではないか。ここにもやっぱりクマが生息していたのだ。海岸へ下りる道を数十メートル歩いてはみたものの、怖くなって諦めたのだった。

 
 
結論
 
 結局、どれをとってみても、クマ対策の決定打とは言えない。やるだけやって、後は運を天に任せるしかないのかもしれない。金に糸目をつけない人なら、クマ撃退スプレーを購入するといい。でも、そんな人は、はなから野宿などする筈ないのである。
  
 参考文献
 
 「山でクマに会う方法」 米田一彦著 山と渓谷社
 
☆ヒグマ
 
☆サラリーマン野宿旅      ☆目 次