サラリーマン野宿旅

旅先での病や怪我


 旅先で困ることはいろいろある。例えば暗くなっても野宿地が見つからないとか、夜中に強風でテントが飛ばされたとか、クマに出くわしたとか、誰も通らない様な寂しい道で車が溝にはまったとか。でも最終的に自分自信が無事に旅から帰ってこれれば、それはそれで問題はない。野宿道具を失っても(安物ばかりだからどうでもいい)、万が一車をダメにしてしまっても(こちらはちょっといたい)、物ならサラリーマンを続けてまた買いなおせばよい。やはり大事なのは自分自信である。自分の体の代替品はない。体が資本。体が自由に動かなければ、バイクや車を運転して旅を続けることもできない。ちょっと風邪をひいただけでも、一人旅となると非常に困ることとなる。また旅では交通事故に遭って、怪我などしない様に気をつけるのは当たり前だが、他にもちょっとしたミスで思わぬ怪我をする時がある。野宿旅は楽しいのだが、楽しい旅を続けるにもいろいろ心配りをしなければならないのだ。


腹痛

 体質的なものなのだろうか、私は1週間から10日程度の旅に出ると、途中1、2回は腹痛に見舞われ、その内の大半は下痢を起こす。これは旅を始めた当初より引きずっている問題で、大変困ったものなのだ。元々ご幼少の頃から戸外で泥だらけになって遊び回るより、屋内でおとなしく静かに読書などにいそしむ方が多かった。それだけ心身共に繊細でデリケートに生まれついている。思えば子供の頃からよく神経性の下痢を起こしたものだ。ちょっとしたことでも感じやすい心を痛めていたのだ。本来、野蛮な野宿旅などする様な人間ではないのである。それがのこのこ一人で辺ぴな山の中などに出掛けるものだから、たまったものではない。でこぼこで曲がりくねった峠道を延々と走る。ガードレールもなく一歩間違ったら谷底に真っ逆さまだ。またクマでも出そうな山の中、ひとりぼっちで野宿をする。頑丈なコンクリートの壁に守られ、ふかふかのベッドに寝るのとは訳が違う。真夜中にテントの外から聞こえる物音一つにもびくついてしまう。これでは身体的、精神的な負担がないはずはない。それがついには胃腸にきてしまう様だ。

 ところがこれへの対処法がなかなかない。腹痛を感じてから薬など飲んでも全く効果がなく、ただただ痛みに耐えるしかない。そして結局下痢に襲われる。その代わり、出す物を出してしまえば、嘘のように痛みは取れてすっきりする。大変なのは急の我慢できない下痢をどこで始末するかで、旅の途中、都合良くトイレがある訳はない。これまでかなり悲惨で恥ずかしい目に沢山遭ったが、それについてはまた別の話とする。

 何か予防法はないかとも思うのだが、暴飲暴食を控え、なるべく消化にいい物を選び、規則正しく食事をとってはみても、そんなことはほとんど関係ない。気を付けていても無駄なときは無駄だし、逆に無茶をしても平気な時は平気である。だた朝食に即席ラーメンをとるのはあまりよくない様だ。野宿の朝、いつものラーメンを食べ、キャンプ道具を撤収し、そして車で走り始めて1、2時間ほど経った頃、おもむろに下腹部に異常を感じることがある。しかしそれをラーメンだけのせいにする訳にはいかない。朝の早いうちは、まだ胃腸も十分目覚めず食欲もぜんぜんわかない。でも何も食べないのはかえって体に悪いと、食べやすいラーメンにする。不完全な胃腸に油っこいラーメンの取り合わせがいけないのかも知れない。でもおいしく食べられ何の異常も起きない時の方が多いし、安くて調理が簡単で具とスープが同時に得られて寒い朝などには体が温まるというラーメンの数多いメリットも捨て難く、旅での朝食のラーメンは未だに定番の地位を譲らない。

 もう一つ腹痛を起こす傾向として、旅に出た最初の数日間に多い様に思われる。まだ旅のペースがつかめていない時期だ。やはり旅はいつ出掛けても不安が伴う。サラリーマンとしてはそんなにちょくちょく旅ができる訳がないから、半年ぶりだとか、下手をすれば旅らしい旅は1年間ご無沙汰だなんて時もある。だから毎回旅の初日、家から出て早朝の道を走らせていると、旅への期待でわくわくする気持ちと一緒に、何となく気の重さも感じる。その日のねぐらの当てもないまま、どんどんわが家より遠ざかっていくのである。今日の夜は一体どこに居ることになるのだろうか。いい野宿地に出会えるだろうか。天候はどうか。トラブルなど起きなければいいが。前日まで続けてきた普段の決まりきったサラリーマン生活から、一転、先の見えない旅暮らしとなるのである。簡単には気持ちは切り替われない。不安があって当然である。それがまた胃腸にくるんじゃないだろうか。しかしどうにか1日目をクリアし、2日、3日となれば、それなりの困難に遭っても、旅の生活にリズムができ、気持ちにもゆとりが生じる。そうなると腹痛も影を潜めてくれることとなる。


風邪

 一般的に最もポピュラーな病気が風邪であり、私にもポピュラーで飽きもせず毎年1、2度ひどい風邪を繰り返している。何度かかってもうっとうしい頭痛や焼けるような喉の痛み、止めどない鼻水はいやなもので、ついでに腹痛まで伴っては耐え難いものがある。苦痛にはめっぽう弱いのだ。こんな時、普段だったら即刻有給休暇で布団の中でおとなしくしている。こんな時でもないと取りにくい有給休暇だから、まとめて2、3日休む。少しでも苦痛が残った状態で、ただでさえ苦痛な会社の仕事などやれるものか。完治するまでは出社拒否である。これが小さな会社を自分で経営していたり、店などの自営業を営んでいたら、おいそれとは休めない。ここれへんがサラリーマンの気楽なところだ。自分一人いなくても会社は滞りなく回転していくのである。
 普段のサラリーマン生活ならこういくが、旅先では風邪をひいたからといって、直ぐに布団に潜って休める訳ではない。旅はある意味でサラリーマンよい大変なのだ。まして一人旅では自分だけが頼り。自分が行動を起こさなければ、何も進まない。風邪をひいて休みたいと思っても、安心して休める場所を自分で確保しなければならないのだ。だからちょっと風邪気味かなと思ったら野宿など諦め、直ぐに旅館やホテルを予約してしまう。野宿ではテントを設営したり、食事も自分で作ったりと、これでなかなか体力を使う。それにシュラフよりもベッドや布団の方がよく休めるに決まっている。山の中で日が暮れて、近くにホテルや旅館も何もないなら仕方がないが、そうでなければなるべく近くにある大きな都市や町を調べ、一目散に直行する。幸いこれまでに旅の途中でひどい風邪はひいたことがない。風邪かなと思ったら、早々に宿に着いて安静にし、ゆっくり一晩眠ると大抵翌日は体調が戻っていた。また万が一、本格的な風邪をひいてしまった場合にも、その宿に連泊して回復を待てばいいと思えば、少しは気が楽である。とにかく無理をしないで早く休むことである。


旅酔い

 これは私特有のことかもしれないが、旅の途中でかなりの確立でかかる、ある種の病があるのだ。それは車を運転している最中に起こる。最初何となく気分が優れないなと思っていると、その内頭痛が始まり、体が非常に気だるく、軽い吐き気やめまいが起こる。ついにはブレーキやクラッチを踏む足にも力が入らず、膝に震えまでくる始末である。額に手を当てると微熱もあるようだ。これは旅が何日か続いた後によく起こる病だから、原因はまず疲れだと思う。それと旅では長時間車を運転するので、車に酔ったのかもしれない。快適な直線路ならいいが、やたらとカーブが多く、常にハンドルを右に左にと切らなければならない道ばかり走っている。時には未舗装のでこぼこ道で、左右だけではなく、上下にも揺られっぱなしである。それにただでさえ車を運転するということは緊張を強いられるものだが、延々と続く断崖絶壁の道などを走っているのでは尚更である。こうした揺れとストレスで発病するのだ。この病を仮に旅酔いと呼んでおく。旅酔いは私の持病といってもよい病である。

 治療法はこれもとにかく休むことだ。移動途中でも、安全な場所を見つけて車を止め、シートを倒して目をつむる。場合によってはうとうと少し眠るとよい。そうして1時間も休息すると、どうにか旅が続けられる程度に回復する。しかしその日はもう無理はせず、早めに野宿にするか、奮発して安宿にでも泊まることにしている。旅酔いは体が疲れていますよという赤信号だから。

 この旅酔いにかかると、車を降りても体がゆらゆら揺れている感じがする。宿に着き、洗面所で下を向いて顔を洗っていると、床が動いている様に思える。日がな一日車の中で揺られていては、旅酔いにかかるのも無理はないのだ。


船酔い

 旅では時々フェリーを使う。また滅多にないが一般の観光客の様なふりをして観光船などに乗る場合もある。そんな時、船酔いなどに全く無縁の者なら、のんびり船旅を満喫できていいのだろう。しかし船酔いを起こしやすい者は、乗船が気が重くてかなわない。海は荒れないだろうか、揺れの少ない所に居場所が確保できるだろうかと気がもめる。折角の旅もこんな心配事があっては楽しさが半減してしまう。残念ながら私もそんな船酔いに悩める一人なのだ。

フェリー
小樽港に停泊中の新日本海フェリーしらかば

 船酔いは自分の体調にかなり関係するようだ。元気はつらつな時は、波の高い海に小さな観光船で大揺れに揺れ、あちこちで船酔いを起こす者が続出しても、自分は何ともなくけろっとしている時がある。逆に少し風邪気味などで体調が思わしくない時は、ちょっとの揺れであっさり船酔いにかかってしまう。また純粋に体調だけではなく、多分に気の持ちようもある。船に酔ったらかなわないなと心配していると、てきめん船酔いになってしまうのだ。中には船酔いは気持ち次第だと、精神論の様に断言する者もいる。自分の体験では気持ちの持ち様も確かにあるが、体質やその時の体調の方が支配的な様に思う。マインドコントロールで、自分は船酔いなどにかからないと言い聞かせても、かかる時はかかるのである。

 短距離のフェリーや観光船なら乗船時間が短く、運悪く船酔いに見舞われたとしても、1、2時間もすれば揺れることのない陸地に戻ることができる。不思議なもので陸に上がってしばらくすれば、船酔いなんか嘘のように治ってしまう。気持ちの悪さも少しの時間、我慢すればいいのである。ところが長距離フェリーではそうはいかない。航路が長いとそれなりにフェリーの船体も大きく、小さな船に比べて揺れはぐっと少ない。これなら大丈夫だと思ったら、大間違い。時間が経つにつれ、大きな船独特のゆったりした揺れがじわじわ効いてくる。結局数時間後には船酔いに見舞われてしまったなどということになるのだ。長距離フェリーはそれからが大変である。例えば東京から北海道や九州へのフェリーなどは30時間前後もかかる。地獄の苦しみが延々と続くのだ。

 なんにしろ、船酔いにかかったことがある者は判るが、あの苦しみからはどうにかして逃れたいものだ。そこで涙ぐましい努力が払われることとなる。まず乗船前に体調を整えておかなければならない。暴飲暴食はもってのほか。胃腸の具合が悪くては、船酔いにかかりたいと言っている様なものだ。前日の夜には十分な睡眠をとり、乗船までの間、万全の状態を維持しなければならない。冗談ではなく、ほんとに船に弱い人は、次の日に船に乗らなければならないと思っただけで、憂鬱になるのだ。夜更かしなど、してられない。乗船当日の旅程はなるべく楽なものにし、体に無理を掛けない様におとなしくしている。疲れて風邪などひこうものなら、最悪である。

 乗船後のことは乗船後のことで、いろいろ策略を練る。長距離フェリーでは、やはり寝台を確保したい。私は宿泊が伴わない場合でも、比較的長い時間のフェリーなら、寝台を予約することにしている。いつでも横になって休める場所があるというのは、非常な安心感につながる。そうして確保した寝台に、最悪酔ってしまった場合の準備をする。もどした時の為に、ビニール袋を数枚重ねたものや、ティッシュなどを枕元に置く。タオルを用意し、いざという時には水に濡らして額に当てられる様にする。濡れタオルを額や頬に当てるだけで、随分気分が楽になるものだ。それからお菓子やジュースなどの僅かな食料を買っておく。ひどい船酔いを起こすと、もうベッドから起きあがる気力もなくなる。当然食堂まで食事に出かけたり、自販機のある所まで辿り着くことさえもできない。かといって30時間も飲まず食わずという訳にはいかない。そんなときの食料である。これはもうサバイバルである。それ以外のあまり使わない荷物はバッグにまとめて、下船などの時にあまり手間取らないよう身支度を整えておく。最後に、一目散に駆け込めるように、トイレの場所を確認する。万全を尽くし、いつでも船酔いにかかってもいいと思えば、気が楽になる。心のゆとりができれば、船酔いにもかかりにくいというものだ。

 準備としてもう一つ検討に値するのは、薬の力を借りるかどうかである。私は普段は内服薬は滅多に使わない。風邪をひいてもよっぽどひどくなければ、風邪薬など絶対に飲まない。それにひどい風邪は一般の市販薬など効いた試しがないので、結局飲まないこととなる。ビタミン剤なども関心がない。病気の時は安静にして、自然治癒力に任せるのがいい。栄養も普通の食べ物をバランス良くとり、ビタミン補給はミカンでも食べていればいいのだ。得体の知れない錠剤など、体の中になど入れたくはない。
 しかし、こと船酔いについては別である。わらをもつかむ気持ちで、得体の知れない錠剤だろうが、液体だろうが喜んで飲むのである。それに私の経験では酔い止めの薬は効果てきめんなのだ。特に錠剤のものより液状のものの方が効くようである。薬屋の広告などでその液体を安売りしていると、まとめて購入しておく。風邪薬を常備している人は多いだろうが、酔い止めの薬を多量に常備している人は少ないのではないだろうか。そして船に乗る予定の時は、忘れず十分過ぎる量を持って行く。
 服用は乗船前30分となっているが、長距離フェリーなどは乗船した後も、出航準備でなかなか動き出さない。やっと動き始めたと思っても、大きな船体をゆっくりゆっくり方向転換などして、波の静かな湾内から荒れた外海に出るまでは更に時間がかかる。慌てて薬を飲む必要はないのだ。乗船した後、先ほどの船酔い対策をしたら、薬瓶を一本ポケットに忍ばせ、もう一本はバッグの直ぐに取り出せる所に仕舞い、いそいそ船内散歩に出掛けるのだ。

乗船
トレーラの積み込みと乗船を待つ乗用車(オーシャンイースト 徳島港にて)

 船酔いは暑苦しいとかかりやすい様に思う。少し肌寒いぐらいの方がいい。客室などで必要以上に暖房が効いていたりすると気分が悪くなり、ついには船酔いに発展する可能性がある。船酔いを恐れるあまり、客室にじっと閉じこもっていては逆効果だ。そんなこともあり、なるべく外のデッキなどに散歩に出る。出航前、車両甲板の中へ一般車両が次々飲み込まれていく。トレーラによる貨物の積み込み作業が幾度も繰り返される。タラップを使って徒歩で乗り込んでくる乗船客もちらほら見掛ける。時間に遅れ、大きな荷物を抱えて階段を駆け上がってくる者もいる。出航時間近くになって港にバイクが走り込んできた。乗船手続きが間に合うのだろうか。そんなことを高いデッキの上から高見の見物である。
 やっと出航時間になって、給水用のパイプが外され、ともづなが巻き取られ始める頃になると、やおらポケットから薬瓶を取り出し、左手を腰に当てて、ぐっぐっと一気に飲み干す。これでもう安心・・・、と心に言い聞かせる。後はまた船が湾外に出るまで、風に吹かれながら景色を眺める。岸から遠く離れてしまえば、海ばかりで見る物はなくなる。見るべき景色がある内にせいぜい見ておく。

デッキ
デッキにに出て、景色を眺める(オーシャンウエストの船上にて)

 船内散歩もいいが、いつまでも外のデッキに出ている訳にはいかず、客室やらロビーなどを一通り偵察するのにも1時間とはかからない。用もないのにうろつき回っていては不審がられてしまう。船内散歩を続けるにも限度があるのだ。でも他に船の上ではなかなかやる事がない。だからといって読書だけは絶対にやってはいけない。読書は大抵テーブルの上に本を開き、うつむきかげんで細かな活字を追いかける。こんなことをしたら一発で酔ってしまう。読書以外にも長い間下を向いている様なことは厳禁である。危なくてうかつなことはできないのだ。なるべく顔は前を向いている。できたら船首を向いていた方がいい。船は前後の揺れより左右の揺れの方が大きい。その左右の揺れをよく見極める。船が揺れるがままに身を任せてはいけない。船の揺れに対して反対方向に体を傾け、常に上半身が垂直になる様にコントロールする。船が揺れても三半規管を揺らさないのだ。

船内
船内散歩をする(新日本海フェリーしらかばの船内)

 こうした涙ぐましい努力にも関わらず、船酔いにかかる時はかかる。経験的には薬を飲んだ時はほぼ船酔いを免れているようだ。それは薬に効果があるのか、それとも薬が効くと信じ込んでいる私の精神的な問題なのかは定かでない。


怪我

 怪我は突発的にやってくる。病気なら兆候があるし、大抵は既にかかったことがある病気の繰り返しで、その病気の程度も大体見当がつく。いつもの持病なら対処方法も百も承知である。その点怪我はちょっとした擦り傷で済むかもしれないし、骨折等の大怪我になるかもしれない。誤ってナイフでちょっと指を切っただけでも、流れ出した血を見てびっくりしてしまうのだから、骨折などしようものなら全くどうしていいか判るはずがないのだ。

 旅を始めた頃は、準備だけはといろいろ用意していった。消毒液や傷口につける軟膏、包帯に三角巾と取り揃え、いざという時にほんとに使えるだろうかと疑問に思いながら、半分気休めのつもりで旅に持っていった。しかし幸運なことに今までそれらに出番が回ったことはない。最近はもうそんな大げさな物は面倒なので持っていかなくなった。包帯など持っていくより、バンドエイドでもあった方が、指のささくれや、あかぎれなどと何かと役立つのである。

 元来物事に慎重で、臆病なたちであるから、普段でも滅多に怪我はしない。まして一人旅の最中は、怪我をしそうなまねは避けるようにしている。使い方など忘れた三角巾を持っているより、怪我をしないように注意するほうがましである。


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