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天辻峠 (隧道)  「今月の峠」1998/ 7/ 6 掲載


天辻峠(トンネル)
天辻隧道 (大正11年開通)
雪に埋もれた隧道の西吉野村側入口

新天辻隧道
新天辻隧道 (昭和34年開通)
国道168号の西吉野村側入口
さようなら あいさつ運動実施中 西吉野村」

 性格の本質は極めて保守的なくせに、それでいて何か新しいことにチャレンジしなければいけないと、頭はかってに考えてしまう。このままでいいのか。同じことをいつまでもしていては情けないではないか。自分から積極的に変わっていかなければならないんじゃないのか。ときどきこんな強迫観念の様なものに脅かされる。この時もそうであった。おとなしく普通の道を走っていればいいものを、ジムニーを買って最初の冬休みに、これまた買ったばかりのチェーンを車に積み、雪道を求めてのこのこ旅に出た。

 奈良県十津川村方面より国道168号を北上していると、いよいよチェーンを着けなければ走れない状態になってきた。前もって家でチェーン着脱の予行練習を十分してきた甲斐があって、装着は難無く完了した。予行練習をきっちりしてくるあたりはこれも性格である。初めての雪道走行も暫く走っているとだんだん慣れてきて、のろのろながらも自分としては快調な走りができる様になってきた。ただ快調と思っているのは本人ばかりで、後続車が何台か詰まってきた。仕方ないので大塔村より新天辻隧道を西吉野村へ抜けた先で脇によけて停車し、後続車を先に行かせる。そこでふと見ると旧道の入口があるではないか。林道永谷天辻線とでている。耳元で雪の林道も体験しろとささやく悪魔がいる。本心は恐くて仕方がないのに、まるで吸い込まれるようにその道に入り込んでいった。

 普段でさえこんな旧道を走るものなどいないだろうに、こんな積雪状態では尚更である。半分氷の様になった雪の路面に車の轍の跡は全くない。そこを歩く程度の速度で慎重に進む。後ろを振り返ると真っ白な路面に私がつけたばかりのタイヤの跡がくっきり残っている。ある種の優越感を感じる。さっきまでの国道では雪道に慣れた地元車に追い立てられる身であったが、今は私一人の天下である。

天辻隧道内
天辻隧道内
大きなツララが下がっていて、車が通れない

 緊張しているせいか時間の経つのも忘れて、気が付くと前方にトンネルが見えてきた。天辻隧道だ。やっと半分来たんだと、ほっとしたのも束の間。トンネルに近づいて唖然とした。トンネル内部に無数の氷のツララが下がっている。しかも中には大きなものが何本かあり、車が通れないではないか。無理して通れば巨大なツララが折れて、フロントガラスに落ちてくる。トンネル入口に立って暫し考える。怪がでもしたら詰まらない。残念だが引き返そうか。

 その時またしてもあの脅迫観念が。こんなことくらいで音を上げてどおする。難関を突破しなければ、男じゃない。車にとって返し、荷台に積んであったシャベルを握り締め、トンネルへ入っていった。

大塔村
大塔村側を下る

大塔村
大塔村側
国道までもう少し ここまで来ればもう安心

 アイスバーンと化しツルツル滑るトンネル内部の路面に、へっぴり腰になりながらシャベルでツララを叩き落とすという危ない作業を繰り返す。大きな氷の塊が足元に落ち、大きな音がトンネル内にこだまする。そうやって何本かのツララを退治したことで、車は無事天辻隧道を通過することができた。尚もどんな難関が待ち構えているかと、大塔村側をこわごわ下るが、大したこともなく、やがて人家が現れた。

 その後も相変わらず強迫観念は私に付きまとっている。そのお陰で何度か恐い目に遭い、ジムニーもあちこち傷を負ったが、いまのところ人命のほうは無事である。しかしやっぱり私にこんな旅は柄じゃないんじゃないだろうか・・・。


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