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おろふれとうげ (峠と旅 No.017-2) しばしば霧に包まれる旧道の峠道 (掲載 2026. 8.17 最終峠走行 2026. 7.16) |
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オロフレ峠の行止り箇所 (撮影 2026. 7.16) |
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この峠については「行止りの峠」(掲載 1997. 7. 5)などと称して簡単に掲載してあった |
序 |
<掲載動機(余談)> |
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<所在> |
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<地理院地図(参考)> 本ページでは地理院地図上での地点を適宜リンクで示してあります。 |
<区分(余談)> |
<立地(余談)> |
<水系> |
峠にあった道路史碑の石碑 (撮影 1996. 7.22) |
<峠道の経緯> |
史誌 |
<旧道の道筋> |
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<航空写真> 地理院地図の1974年〜1978年の航空写真 |
その道筋は、峠から登別川の右岸側を屈曲しながら下り、峠直下で左岸に入り(地理院地図)、現在のオロフレトンネルの坑口近くに至るものだった(地理院地図)。地理院地図では「798」の標高が記されている地点である。それ以降はほぼ現在と同じ道筋になるようだ。旧道区間は約2Km程になる。 |
峠の登別市側 |
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<登別駅> |
登別駅 (撮影 2026. 7.18) |
特に登別駅は歌にも歌われた登別温泉の大観光地を控えた観光基地である。登別市観光交流センターという施設が併設され、情報を得るにも便利だ。他にも雨を避けて休憩したり、トイレを借りたり、昼食を摂ったりと利用価値は高かった。以前の旅はこうした人が集まる場所が苦手で、人があまり来ない寂しい道ばかり走っていた。最近はやや図々しくなったようだ。 |
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登別駅にあった周辺案内図 (撮影 2026. 7.18) |
<道道350号分岐> |
道道350号分岐 (撮影 2026. 7.18) |
分岐の看板 (撮影 2026. 7.18) |
<登別温泉(以下暫く余談)> |
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登別温泉の温泉街の様子 (撮影 2026. 7.18) |
来る者は拒まずで、日本を観光先として選んだことは、それはそれでいいことだと思う。出来ればいい思い出を持って帰国し、リピーターになってくれるといい。しかし、私が経験したような小さなトラブルは尽きないことだろう。これは受け入れる日本側の対応だけでは、解決しない問題である。 |
地獄谷 (撮影 2026. 7.18) |
大湯沼 (撮影 2026. 7.18) |
北海道は好まれる旅行先としていつも上位にあり、私もこれまで10回旅をしている。登別温泉の地獄谷なども訪れたことがあると思うが、一枚の写真も見付からない。
自分は他の観光客とは違うぞという気概があり、記念写真など滅多に撮らなかった。しかし最近は旅のスタイルも大きく変わり、こうした普通の観光地を普通に観光している。登別温泉の奥に位置する大湯沼なども見学した(地理院地図)。手軽なデジカメということもあるが、登別温泉だけでも100枚近く写真を撮っている。11日間の旅行で、2千枚以上に登る。 |
日和山展望台 (撮影 1996. 7.22) |
日和山展望台から見る大湯沼 (撮影 1996. 7.22) |
<余談> |
<カルルス温泉> |
カルルス温泉付近 (撮影 2026. 7.18) |
カルルス温泉の案内看板 (撮影 2026. 7.18) |
<カルルス温泉内(余談)> |
カルルス温泉の様子 (撮影 2026. 7.18) |
旅館などの案内看板 (撮影 2026. 7.18) |
カルルス温泉では寿橋(ことぶきばし)で右岸に入り、上流側の東雲橋(しののめばし)経由でまた道道に戻った。道道からは直接は登別川の流れは見られない。カルルス温泉の案内では東雲橋を渡ると川のせせらぎが聞けると記している。
峠から望む登別川の谷は険しいの一言だが(後述)、この付近の流れは優しいようだ。 |
<登別側ゲート箇所> |
カルルス温泉から道道に戻って来たところ (撮影 2026. 7.18) |
登別側ゲート箇所 (撮影 2026. 7.18) |
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登別側ゲート箇所を市街方向に見る (撮影 2026. 7.18) |
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<壮瞥側ゲート箇所> |
壮瞥町側の道道2号 (撮影 2026. 7.16) |
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壮瞥町側ゲート箇所 (撮影 2026. 7.16) |
<登別側ゲート箇所以降> |
対向車は皆ヘッドライトを点灯 (撮影 2026. 7.18) |
深い霧が立ち込める (撮影 2026. 7.18) |
<原生林(余談)> |
オロフレ第7覆道に入る (撮影 2026. 7.18) |
オロフレ第7覆道の中 (撮影 2026. 7.18) |
オロフレ第7覆道の峠側坑口 (撮影 2026. 7.18) |
<第6覆道> |
オロフレ第6覆道 (撮影 2026. 7.18) |
オロフレ第6覆道の峠側坑口 (撮影 2026. 7.18) |
<第6覆道の先> |
第6覆道の先 (撮影 2026. 7.18) |
「オロフレ峠 7Km」の看板 (撮影 2026. 7.18) |
<第3覆道+第1覆道> |
オロフレ第3覆道に入る (撮影 2026. 7.18) |
オロフレ第1覆道の峠側坑口 (撮影 2026. 7.18) |
この覆道の連続からオロフレトンネルに至る区間は、史誌にあったように昭和52年より12年もの長い歳月を掛けて改良を行った峠道最大の難所である。その間にいろいろな変遷があったものと思う。覆道も追加されたり改修されたりが繰り返されたことだろう。 |
<第4覆道> |
オロフレ第4覆道 (撮影 2026. 7.18) |
オロフレ第4覆道の峠側坑口 (撮影 2026. 7.18) |
<第5覆道> |
オロフレ第5覆道に入る (撮影 2026. 7.18) |
<オロフレトンネル> |
オロフレトンネルの壮瞥町側出口 (撮影 2026. 7.18) |
オロフレトンネルの壮瞥町側坑口 (撮影 2026. 7.18) |
<オロフレ橋> |
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オロフレ橋を渡る (撮影 2026. 7.18) |
<展望所> |
トンネルの先 (撮影 2026. 7.18) |
右手に展望所 (撮影 2026. 7.18) |
<道路史碑の石碑> |
展望所の様子 (撮影 2026. 7.18) |
道路史碑 (撮影 2026. 7.18) |
後で比べてみると、やはり30年前に写した峠の石碑(前出)と全く同じである。峠にあったような気がしていたが、記憶違いだろうか。トンネルによる新道の開通後に建立したことは間違いない。
元々ここに立っていたとしたら、この展望所も30年前には既にあったということになる。峠にあるよりもこちらの方が人目に付くだろう。 |
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オロフレ峠 道路史碑 (撮影 2026. 7.18) |
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「オロフレ峠 道路史碑」の碑文 (撮影 2026. 7.18) |
この大雨の中、これから旧道を登って峠を見に行っても仕方がない。オロフレ峠はいつ来ても霧に悩まされる峠であった。壮瞥町にある洞爺湖周辺の観光は数日前に済ませてあったので、ここから再び登別市側に戻ることとした。 |
峠の壮瞥町側 |
<壮瞥町側より峠へ> |
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黄渓橋 (撮影 2026. 7.16) |
過去2回訪れた時は、こんな立派な黄渓橋はまだ架かっていなかった。1989年5月発行のツーリングマップには、黄渓橋付近は「一部未舗装」と出ていたくらいだ。私が通った時に未舗装だったか記憶にないが、大規模な改修前であったことは確かである。黄渓橋の完成は1997年11月とのこと。 |
右手に展望所 (撮影 2026. 7.16) |
展望所からの眺め(1/3) (撮影 2026. 7.16) |
展望所からの眺め(2/3) (撮影 2026. 7.16) |
<洞爺湖を望む> |
展望所からの眺め(3/3) (撮影 2026. 7.16) |
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洞爺湖を望む (撮影 2026. 7.16) |
<余談の続き> |
「オロフレ峠 4.6Km」の看板が立つ (撮影 2026. 7.16) |
「オロフレ峠 4.6Km」の看板 (撮影 2026. 7.16) |
<旧道分岐付近> |
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オロフレ峠まで2.7Km (撮影 2026. 7.16) |
<旧道分岐> |
右に旧道分岐 (撮影 2026. 7.16) |
ゲート箇所 (撮影 2026. 7.16) |
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左に道がある (撮影 2026. 7.16) |
<もう一つの峠道?> |
<余談> |
<工事箇所> |
工事箇所を通る (撮影 2026. 7.16) |
峠 |
<峠へ> |
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オロフレ峠 (撮影 2026. 7.16) |
<峠の様子> |
オロフレ峠(1/4) (撮影 2026. 7.16) |
オロフレ峠(2/4) (撮影 2026. 7.16) |
オロフレ峠(3/4) (撮影 2026. 7.16) |
オロフレ峠(4/4) (撮影 2026. 7.16) |
<バイク旅(余談)> |
峠の様子(1/4) (撮影 2026. 7.16) |
峠の様子(2/4) (撮影 2026. 7.16) |
峠の様子(3/4) (撮影 2026. 7.16) |
峠の様子(4/4)看板 (撮影 2026. 7.16) |
<壮瞥町側の眺め> |
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壮瞥町側の眺め (撮影 2026. 7.16) |
<看板・石碑など> |
看板類が並ぶ (撮影 2026. 7.16) |
大観望の碑 (撮影 2026. 7.16) |
峠の看板 (撮影 2026. 7.16) |
峠の看板(裏) (撮影 2026. 7.16) |
<ジムニーの旅(余談)> |
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峠の看板 (撮影 1996. 7.22) |
<建物> |
頑丈そうなトイレ (撮影 2026. 7.16) |
レストハウスがあった付近 (撮影 2026. 7.16) |
<レストハウス> |
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駐車場の様子 (撮影 1996. 7.22) |
登別市側直下の様子(1/3) (撮影 2026. 7.16) |
<登別市側の景色> |
登別市側直下の様子(2/3) (撮影 2026. 7.16) |
登別市側直下の様子(3/3) (撮影 2026. 7.16) |
<遠望> |
登別市側の遠望(1/4) (撮影 2026. 7.16) |
登別市側の遠望(2/4) (撮影 2026. 7.16) |
登別市側の遠望(3/4) (撮影 2026. 7.16) |
登別市側の遠望(4/4) (撮影 2026. 7.16) |
橘湖を望む (撮影 2026. 7.16) |
登別川の谷は鋭く、同時に狭いのであまり視界は広がらない。それでもなかなかの遠望が楽しめる。谷の奥に小さな湖が見えた。多分、橘湖(地理院地図)のようだ。カルルス温泉に近く、そこよりより徒歩40分とのこと。日本で唯一の私有の湖だそうだ。 |
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峠を稜線方向に見る (撮影 2026. 7.16) |
<登別川=「赤き川」?> |
<行止りの先> |
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登別市側から峠を見る (撮影 2026. 7.16) |
<登別市側旧道の様子> |
登別市側の道の様子(1/2) (撮影 2026. 7.16) |
登別市側の道の様子(2/2) (撮影 2026. 7.16) |
<旧道の道筋> |
登別市側に続く道 (撮影 2026. 7.16) |
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旧道は右手の大岩を巻いて来る (撮影 2026. 7.16) |
続いて峠からも見える右手の大岩(地理院地図)を巻き、峠足下へと戻って来る。大岩を巻いた直後の道は肉眼でも確認できる(右に写真)。 |
大岩を巻いて下る道 (撮影 2026. 7.16) |
30年振り、3回目の再訪となったオロフレ峠だが、これで初めてどんな峠なのかこの目で見ることができた。前の2回は峠は深い霧の中だったので、写真も殆ど撮っていない。できたらこの30年間の峠の変遷が示せたら良かったのにと思う。
しかし、霧の中のオロフレ峠をバイクで恐々と訪れた時のことは、今でも懐かしい記憶としてしっかり残っている。 |
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<おわりに(余談)> |
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<走行日> <1997〜2026 Copyright 蓑上誠一>
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