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コマクサ峠
  こまくさとうげ  (峠と旅 No.354)
  車坂峠と地蔵峠を結ぶ未舗装林道の峠道
  (掲載 2026. 8. 6  最終峠走行 2010. 5. 5)

   
   
   
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コマクサ峠 (撮影 2010. 5. 5)
手前は長野県東御市滋野、奥は同市新張(必ずしも正確ではない)
道は湯ノ丸・高峰林道(一般には「湯の丸高峰林道」と記述)
標高は2,061m (地理院地図の記載より)

本峠は車坂峠地蔵峠を結ぶ林道途中にある
車坂峠は既に掲載してあったが、地蔵峠の方はまだだった
本峠を掲載したかったが為に、前回その地蔵峠を掲載したのであった
それ程この峠は気になる存在だ
しかし、単に標高が高いというだけではない・・・

   
   
   

   

<2,000m超えの峠>
 本峠の標高について、現地に立つ峠の看板には「2040M」と出ていた(現在、この看板はない)のだが、地理院地図では「2061」と記されている。本稿では2,061mを採用する。
 
 それにしても車道が通じる峠として標高が2,000mを超えることは珍しい。主な標高の高い峠を挙げてみる。
●大弛峠:2,360m(地理院地図
●渋峠:2,152m(地理院地図
  道の最高所で2,170.8m(地理院地図
●麦草峠:2,120m(地理院地図
  道の最高所で2,127m(地理院地図
〇大河原峠:2,093m(地理院地図)、正確には車道は通じていない
● コマクサ峠:2,061m(本峠)
〇山田峠:2,050m(地理院地図)、正確には車道は通じていない
●北沢峠:2,030m(地理院地図)、一般車両通行止
●車坂峠:1,973m(地理院地図
 他には乗鞍岳の近くで飛騨山脈を越える県道84号の畳平(地理院地図)などは標高2,715mと極めて高いが、ここは峠としては認知されていない。
 
 大河原峠は車で峠まで行けるが、本来の峠道方向(茅野市方面)には車道が通じていない。この峠を除くと、コマクサ峠は麦草峠に次ぐ車道第4位の峠ということにもなる。
 
<掲載動機(余談)>
 これは事件だ。本峠は随分前に一度だけ訪れたことがあり、その存在は知っていた筈だった。しかし、最近まで全く意識に登らなかった。それは、どうにもこの峠が峠らしく思えず、峠として全く眼中になかったからだ。 ところが、ひょんなことで標高の高い峠をAIに聞いてみたら、コマクサ峠を挙げて来た。本ホームページ「峠と旅」では「標高三大峠」と題していろいろな標高の高い車道が通じる場所を掲載してあった。しかし、そこに「コマクサ峠」の文字は無かった。これは遺憾と思い、ここに掲載することとしたのだった。

   

<所在>
 道は概ね東西方向に通じ、東側は長野県東御市(とうみし)滋野(しげの)になる。直前は小県郡(ちいさがたぐん)東部町(とうぶまち)の大字滋野であった。
 
 西側は同市新張(みはり)で、やはりその直前は東部町の大字新張であった。地蔵峠の住所と同じになる。
 
 峠は「大字境」に位置することになるが、この住所には諸説あるようだ(後述)。

   

<地理院地図(参考)>
 国土地理院地理院地図 にリンクします。


   
本ページでは地理院地図上での地点を適宜リンクで示してあります。
   

 本峠の場合、こうして住所を示してもほとんど意味をなさない。峠道沿いに滋野や新張の集落や人家は皆無である。
 
 本来、峠道は市街地や集落などの主要な2地点間を結ぶことが殆どだ。例えば前回の地蔵峠は群馬県嬬恋村の田代集落と、長野県東御市の新張市街を結んでいる。 古くは東御市(信州)方面から田代にある鹿沢(かざわ)温泉へと湯治客などが足を運んだ峠道だった。一方、本峠は滋野や新張の住民が直接利用するような峠道ではない。その林道開削も昭和30年代以降と思われ、比較的新しく通じた峠道だ。

   

<立地/中央分水嶺南麓>
 本稿の表題にもあるように、本峠道は車坂峠と地蔵峠を結ぶ林道である。両峠は浅間山(地理院地図)方面から西の湯ノ丸山(地理院地図)へと連なる群馬・長野県境を成す高い峰の上に位置する。 ここはいわゆる中央分水嶺(大分水嶺とも)である。通常、中央分水嶺は日本列島を北東から南西へと連なるが、ここでは逆方向の西から東へと通じる。北が群馬県、南が長野県になる。本峠道はその中央分水嶺の概ね南斜面を横断して通じる。
 
<山腹横断道路>
 こうした山腹横断道路の立地では必ずしも峠、すなわち道の最高所が生じるとは限らない。本峠の場合、中央分水嶺上の東篭ノ登山(かごのとやま、地理院地図)から南の三方ヶ峰(地理院地図)へと県境を外れて派生した尾根の鞍部を越えている。そこに道の最高所が出来た。その尾根をもう少し麓側に下った箇所を通っていたら、峠は存在しなかった訳だ。

   

<大字境?>
 ところで、地理院地図などでは東篭ノ登山〜三方ヶ峰の尾根を滋野と新張の境としていて、よって峠はこれらの大字境となる。しかし、一部の地図では大字境が全く別の所に描かれていて、峠はスッポリ滋野側に入っていることになっていた。地理院地図の住所表記でも「正確な所属を示すとは限らない」と注意書きがある。
 
 滋野や新張の中心地は麓に流れる千曲川沿いにあり、県境近い山間部では境界が分かり難い。また、あまり意味を持たないかもしれない。ここでは地理院地図の方を採用するが、必ずしも正しいとは限らない。

   

<山腹横断道路/万沢林道の例(余談)>
 本峠道の様に峰の片側の山腹を横断するように開削された林道の例はままある。比較的この近くで直ぐに思い出すのは、四万(しま)温泉のある国道353号と野反湖へと通じる国道405号を繋いで通じる万沢林道(新湯林道とも)である。
 
 国道353号は木ノ根宿(きのねしゅく)道と呼ばれる古道の峠道に相当する(峠は多分ここ)。群馬・新潟の県境を越えている。一方国道405号は野反峠地理院地図)を越える峠道の一部になる。野反峠自身は県境上にないが、その先で群馬・長野の県境を越えて行く(車道未開通)。多分その古道は県境上にある地蔵峠(地理院地図)だろうと思う。
 
 万沢林道はその2つの峠道を群馬県側で繋いでいるが、偶然ながらその途中に道の最高所が存在するのだ(地理院地図)。道に隣接してちょっとした広場があり、一度その空き地で野宿したことがあった。
 
 当然ながらそこに峠名などなく、私もそこが峠だなどと思ったことはない。しかし、コマクサ峠の事例を考えると、複雑な気持ちだ。

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万沢林道の最高地点 (撮影 2006.10.22)
(四万温泉方面から見る)
ちょっとした峠の雰囲気
野宿の12年後に妻と一緒に訪れた時

   

<湯ノ丸・高峰林道/2つの高原>
 本峠道は湯ノ丸・高峰林道と呼ばれる。地蔵峠周辺が湯の丸高原と呼ばれ、車坂峠を中心とした一帯が高峰高原(たかみねこうげん)となる。その2つの高原を結ぶ道として湯ノ丸・高峰林道と名付けられたようだ。 どちらの高原も元はスキーリゾートとして観光開発が行われた。車坂峠は標高1,973m、地蔵峠も1,732mとなかなか高いが、スキー場がある関係上、冬期も通行可能な峠道になっている。但し、湯ノ丸・高峰林道の方は冬期通行止だ(詳細後述)。  

   

<車道開通(推定)>
 車坂峠は昭和30年(1955年)代に観光用林道として小諸から峠まで有料の高峰林道が通じたそうだ。昭和34年にはスキー場が開設され、国鉄バスも運行された。また、昭和59年からは3年計画で小諸市が改修工事に着手し、改修された道は「チェリーパークライン」と名付けられた。
 
 一方、地蔵峠は昭和35年(1960年)には長野県側から峠までバスが開通したそうだ。湯の丸高原と高峰高原を比べると、湯の丸高原の方がやや規模が大きなように思える。しかし、車道開通はほぼ同時期だったようだ。
 
 湯ノ丸・高峰林道の開通は当然ながら両峠の車道開通後となるだろう。よって、早ければ1960年前後には林道開削が行われていたかも知れない。また、林道途中にある高峰温泉は昭和57年(1982年)に今の場所に移転して来たそうだが、それ以前には林道が全通していた可能性が高い。
 
 参考まで、地理院地図の年代別の航空写真(1974年〜1978年)を見ると(地理院地図)、既に湯ノ丸・高峰林道ははっきり写っている。

   
   
   

車坂峠から本峠へ

   

<車坂峠の住所>
 本峠の東側起点は車坂峠になるが、ちなみにその峠の長野県側住所は小諸市(こもろし)だ。よって本峠道は途中で小諸市から東御市へと市境を越えることとなる。
 
 小諸市から下の住所は、文献(角川日本地名大辞典)などでは大字菱平(ひしだいら)としていて、これまでそれを採用していた。しかし、地理院地図では峠付近の住所は小諸市以下が不確定になっている。 また、一部の地図では甲(こう)とも出ている。更に、峠に立つ高峰高原ホテルの住所は「小諸市高峰高原」だ。この「高峰高原」というのは便宜的な表記だろうが、分かり易くていい。

   

<車坂峠の標高>
 文献(角川日本地名大辞典)には「1,968m」と出ているが、現地に立つ標柱や地理院地図では1,973mとなっていて、そちらを採用する。車坂峠は広々とした明るい峠で、浅間山への登山口にもなる。

   
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車坂峠の標柱など (撮影 2010. 5. 5)
「一、九七三メートル」と書かれている

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車坂峠周辺の案内図 (撮影 2010. 5. 5)
中央に湯の丸高峰林道が描かれる

   

<林道起点>
 湯ノ丸・高峰林道は峠から若干群馬県側に下った所に立つ高峰高原ビジターセンターの脇から始まる。
 
 ちなみに、群馬県側の住所ははっきりしていて、吾妻郡(あがつまぐん)嬬恋村(つまごいむら)大字鎌原(かんばら)となる。しかし、ビジターセンターやその下にあるスキー場のホテルなどの住所は「小諸市高峰高原」と出てきたりする。中には「長野県吾妻郡小諸市高峰高原」とおかしな住所表記しているサイトもあり、混乱させられる。
 
 多分、長野県側の道の方が良く整備されていて、車坂峠へのアクセスが便利だからだろう。郵便物などの配送も、専ら小諸市側から行われるものと思う。

   
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車坂峠の群馬県側 (撮影 2010. 5. 5)
右正面が高峰高原ビジターセンター
左手の建物は飲食店の類かと思うが、休業中の様子だ

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湯ノ丸・高峰林道の起点 (撮影 2010. 5. 5)
高峰高原ビジターセンターの脇から始まる

   

<林道起点の様子>
 林道入口には「高峰温泉、池の平湿原、湯ノ丸・地蔵峠」などと案内がある。ただ、林道看板などはほとんど見られず、道は狭いがあまり入り難い印象は少ない。高峰温泉までは約1Kmと近いので、訪れる車は多いようだ。

   
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比較的最近の林道入口の様子 (撮影 2015. 9.15)

   
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湯ノ丸・高峰林道 (撮影 2010. 5. 5)
未舗装

<湯ノ丸・高峰林道へ>
 湯ノ丸・高峰林道は入ると直ぐに未舗装路となる。しかし、細かな砂利が敷き締ったよく整備された道で、普通乗用の車も問題なく走れている。
 
 道は暫く群馬県側に通じ、若干下り気味である。こんな点もあまり峠道らしくない。

   

<スキー場>
 右下の群馬県側にスキー場施設が見える(地理院地図)。最初は昭和34年に開設されたそうだが、今は立派なホテルも隣接され、高級そうなリゾート施設に思えた。ちょっと近寄り難い雰囲気だ。

   
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スキー場施設を望む (撮影 2010. 5. 5)

   

<道の様子>
 未舗装ながら概ね道幅は十分確保され、殆ど水平移動の直線路で、走り易い道が続く。
 
 途中、リフトの下を潜って行く。5月に訪れたが、ゲレンデにはまだ多くの雪を残していて、一部は滑れるのかと思えた。しかし、道が通じる部分は完全に除雪されていた。

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道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
林道としては走り易い

   
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この先でスキーリフトを潜る (撮影 2010. 5. 5)
中央の山は水ノ塔山、左手は東篭ノ登山だと思う

   

<群馬県側に眺め>
 スキー場があることもあってか、沿道は開けている。群馬県側に広く眺めが広がる。県境にそびえる2200m超えの水ノ塔山(地理院地図)や東篭ノ登山が前方に良く見える。

   
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林道を横切るゲレンデの様子 (撮影 2010. 5. 5)

   
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高峰温泉 (撮影 2010. 5. 5)

<高峰温泉>
 走り易いとは言っても未舗装林道の先に立派な宿泊施設があるというのがちょっとめずらしい。高峰温泉は標高約1,950mの県境上、やや長野県寄りに立っている。「ランプの宿」とも謳われているが、車坂峠から林道沿いにここまで電線が通じている。 利用客は多いようで、自家用車が何台も駐車されているのを見掛けた。
 
 高峰温泉は昭和57年(1982年)にこの地に移転したそうで、それまではどうやら車坂峠の長野県側にあったようだ。高峰高原開発の草分的存在だったとのこと。

   
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高峰温泉の前 (撮影 2010. 5. 5)
手前が車坂峠方面、奥が地蔵峠方面
ここは群馬・長野の県境上
看板に「ランプの宿」と出ている
「標高 2,000m」ともあるが、正確には1,950m弱

   
   
   

高峰温泉以降

   
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ゲート箇所 (撮影 2010. 5. 5)

<長野県側へ>
 高峰温泉の目の前で道は群馬・長野の県境の峰を跨ぎ、長野県小諸市に入る。道は車坂峠から概ね下って来た。県境を越えた先もまだもう少し下る。通常の峠道なら県境の峰が道の最高所、すなわち峠となるのだが、コマクサ峠では単なる通過点に過ぎない。思い切ってコマクサ峠の峠道の起点はこの高峰温泉とした方が、すっきりするかもしれない。
 
<ゲート箇所>
 直ぐにゲート箇所がある(地理院地図)。車坂峠から高峰温泉までは、宿を営業している関係上、多分通年通行が可能なのだろう。しかし、ゲートから先の地蔵峠までは、通行規制がある。地蔵峠側にも同じようなゲート箇所が設けられ、その間は車の通行が制限される。

   

<林道通行止期間>
 看板によると、以下の期間が通行止になる(2010.年5月現在)。
● 5月 1日〜11月20日:午後5時〜翌日午前7時通行止
●11月21日〜 4月30日:終日通行止
 
<道程>
 尚、車坂峠から高峰温泉まで1Km、高峰温泉からコマクサ峠まで3Km余り、コマクサ峠から地蔵峠まで約4Km余りで、全線でも9Kmに満たない林道である。

   
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ゲート脇に立つ看板 (撮影 2010. 5. 5)
左は深沢歩道案内板

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通行止の看板 (撮影 2010. 5. 5)

   

<深沢川(余談)>
 ゲート脇に「深沢歩道案内板」と看板があり、深沢川(地理院地図)沿いに通じる歩道が案内されていた。高峰温泉の脇から深沢川沿いへと山道が下っているようだ。深沢川は千曲川(信濃川水系)の一次支流になる。
 
<東御市へ>
 深沢川の中・上流部は小諸市(こもろし)と東御市(とうみし)との市境になっている。ゲート箇所から300m程で道は深沢川の源流部を横切る(地理院地図)。何の看板もないが、そこまでが小諸市(菱平?)、そこから先は東御市滋野(しげの)になる。

   
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深沢川源流部を過ぎる (撮影 2010. 5. 5)
この付近から先は東御市

   

<水系・水域>
 いつもなら峠に関係する水系・水域を詳しく調べるのだが、今回のコマクサ峠に関しては、あまりそれにこだわっても仕方がなさそうだ。 あえて示すなら、峠の東側は深沢川水域で、西側は地蔵峠に関わる所沢川(しょざわがわ)水域になるようだ(正確には後述)。しかし、峠道はそうした川沿いに通じることはなく、源流部となるの峰の山腹を横切って行くばかである。

   
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道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
未舗装路が続く
この付近は珍しくガードレールがない

<道の様子>
 長野県側に入ると、当然ながら長野県側に景色が広がる。道の左手(南側)に深沢川の谷が鋭く下っている。こうした眺めの良さは、山腹横断林道の特徴である。
 
 高峰温泉以降、道はほぼ水平移動を続けている。路面は未舗装のままだが、依然として走り易い林道だ。法面が崩れている箇所もあり、ちょっとした険しさも感じさせてくれる。 軽の四駆のパジェロ・ミニに乗っていたが、なかなかいい取り合わせに思えた。一方、何でもない普通乗用車もよく通るので、拍子抜けする林道でもある。

   
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道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
険しい割には時々対向車が来る

   

<道の様子>
 それでも標高2,000m前後に通じる林道である。冬期の積雪は厳しく、落石なども多いことだろう。路肩が崩れ、ガードレールもへしゃげている箇所が見掛けられた。危険と隣り合わせの道である。気を抜いて走れるような林道ではない。

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道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
一部崩れている

   
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車坂峠方向を望む (撮影 2010. 5. 5)

<尾根沿いへ>
  道は県境となる主脈の峰沿いから、東篭ノ登山から南の三方ヶ峰へと延びる尾根沿いへと、深沢川源流部を巻いて大きく弧を描いて進む。峠に向けて徐々に勾配も増した。
 
 振り返ると、県境となる主脈沿いに通じていた道が望める(左の写真)。更に高度を上げると、高峰温泉からその奥にあるスキー場施設までも見通せるようになった(下の写真)。2,000m近い高地にこれだけの施設があるのが、不思議に思える。

   
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高峰温泉を遠望するむ (撮影 2010. 5. 5)
その奥にはスキー場も見える

   

<景色>
 尾根上の峠に近付くに連れ、雄大な景色が広がる。深沢川の谷が険しいことを物語っている。「深沢」の由来も、そんな所にあるのではないだろうか。一方、峠を過ぎた新張側の所沢川水域では、一転して緩斜面になる。 眺めの良さはこの滋野側の方が勝るようだ。これこそ峠道のクライマックス、と言いたいところだが、やはり県境の峰を越えない峠道である。どこか景色も峠らしさを欠いているように思える。

   
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峠手前で広がる景色 (撮影 2010. 5. 5)

   

<峠直前>
 標高は2,050mを超え、沿道には残雪も見られるようになる。雪解け水で路面がぬかるんでいる箇所もあった。しかし、ガードレースは概ね完備され、安全が行き届いた林道である。峠直前は道が鋭く尾根を回り込み、険しい深沢川の谷は背後に消えた。代わって広々と開けた尾根上に至る。

   
   
   

   

<峠の様子>
 尾根が複雑に屈曲している為、峠の前後数100mは概ね南北方向に道が通じる。峠の手前にゲート箇所があり、黄色と黒のストライプのバーが立っている。ゲートを過ぎると道が「く」の字に曲がるが、そのちょっと先辺りが峠になるようだ。 峠は広々としていて、見た目にはピンポイントで峠の位置を見定めることはできない。

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峠の手前 (撮影 2010. 5. 5)
ゲート箇所のバーが立っている

   
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峠を背にゲート箇所を見る (撮影 2010. 5. 5)
手前の看板には「池の平湿原→」と案内がある

<池の平湿原>
 峠の手前方向になる南側は三方ヶ峰の北東麓に広がる盆地状の地形を成し、「池の平湿原」と呼ばれている(地理院地図)。何でも三方ヶ峰の旧火口になるそうだ。木道などが整備され、散策が楽しめるらしい。

   

<峠の看板>
 峠部分の西側に東屋が一棟立っている。その前辺りに「湯の丸高原 池の平」、「コマクサ峠 2040M」と書かれた看板が立つ(下の写真)。
 
 この付近一帯は池の平湿原などの散策の為の登山基地になっていて、周囲にはいろいろな看板が立つ。しかし、「コマクサ峠」の文字が見られるのはこの峠の看板ぐらいであろう。 また、地理院地図やツーリングマップ(ル)などの一般の道路地図でもこの峠名は見たことがない。稀にウェブ上の地図に「コマクサ峠 2,040m」などとあったりするが、この標高の表記などからして、情報源はこの看板が元ではないかと思う。 地理院地図の等高線では峠は明らかに2,060mを超えていて、2,061mとしっかり数値も書かれている。

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コマクサ峠 (撮影 2010. 5. 5)
車道脇の路肩より地蔵峠方向に見る

   
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コマクサ峠から西方を見る (撮影 2010. 5. 5)
東屋の手前に峠の看板が立つ

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峠の看板 (撮影 2010. 5. 5)
標高はここでは「2040M]と書かれている

   

<峠名>
 峠名となる「コマクサ」は小さなピンク色の花の名で、高山植物の一種だそうだ。池の平湿原で見られることから、峠名に使われたのだろう。峠の看板の両端にその花の絵が小さく描かれている。
 
<カタカナの峠名(余談)>
 こうした由来なので、峠名がカタカナになっている。カタカナの峠名は少なく、井出孫六氏による「日本百名峠」には出て来ない。峠と旅ではクナジロ峠ブナオ峠など、いくつか登場する。ブナオ峠の由来はブナの木に関係するようだ。クナジロ峠いついては全く分からない。最近北海道を旅し、30年振りにオロフレ峠を訪れた。近々掲載してみたい。

   
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峠の新張側(1/3) (撮影 2010. 5. 5)
林道は舗装路面に変わる
左手の建物は避難所・指導員詰所
正面の山は西篭ノ登山だろう

<峠の新張側へ>
 峠部分は辛うじて鞍部の形状をしているものの、非常に広くなだらかな尾根上なので、やはり峠らしく見えない。狭い切り通しなどなく、空は終始開けっぱなしだ。
 
<アスファルト舗装>
 ただ、峠の新張側に入ると、道はきれいなアスファルト舗装に変わる。多分、未舗装と舗装の境目が、滋野と新張との大字境、すなわちピンポイントでのコマクサ峠になるのだろう。しかし、この雄大なロケーションの中では、滋野も新張もあまり関係ない。
 
<避難所>
 峠周辺は平坦地が広がるが、大きな建造物は少ない。新張側に入って直ぐの左手に最も大きな建物が立つが、それは避難所兼、指導員詰所となるようだ。最近は「池の平インフォメーションセンター」などと洒落た名で呼ばれるようだが、昔ながらの木造の山小屋風である。
 
 視界はほぼ真北を向いて開けている。正面間近に見える山は主脈上の西篭ノ登山(地理院地図)のようだ。

   
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峠の新張側(2/3) (撮影 2010. 5. 5)
左手奥に駐車場がある

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峠の新張側(3/3) (撮影 2010. 5. 5)

   
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駐車場 (撮影 2010. 5. 5)

<駐車場>
 避難所の建物の先は一段下って大きな駐車場になる。無料で停められた(時期による)。峠道が北に下る手前の高台に位置していて、眺めがいい。トイレなどが完備される。

   
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駐車場より峠方向を望む (撮影 2010. 5. 5)
広々としている
大きな建物は避難所・指導員詰所

   

<看板類(余談)>
 何かの参考に、峠周辺に立っていた看板の内、主な物を以下に掲載する。
 
<「ノ」と「の」(余談)>
 全くの余談だが、「湯ノ丸」と「湯の丸」、「池ノ平」と「池の平」など、世の中では「ノ」と「の」が混在して使われる。こういう場合、本稿ではなるべく地理院地図の記述に従うことにしている。地理院地図では「湯ノ丸山」、「池の平」である。よって林道名は「湯ノ丸・高峰線」とした。
 
 しかし、地理院地図でもスキー場は「湯の丸スキー場」で、山は「高峯山」、温泉は「高峰温泉」である。こうした使い分けは慣例的な面が大きいのだろうが、どうにも手に負えない気がする。

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「湯の丸高峯自然休養林」の看板 (撮影 2010. 5. 5)

   
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湯の丸高原の看板 (撮影 2010. 5. 5)

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池ノ平の看板 (撮影 2010. 5. 5)

   
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規則に関した看板 (撮影 2010. 5. 5)

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池の平湿原の看板 (撮影 2010. 5. 5)

   
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昼食風景 (撮影 2010. 5. 5)
おにぎり、カップラーメン、魚肉ソーセージ、ペットボトルのお茶

<昼食(余談)>
 こんな見晴らしのいいのんびりした所なら、昼食もおいしく食べられる。カセットコンロで湯を沸かし、カップ麺とコンビニのおにぎり、魚肉ソーセージといった粗末な食事でも、充分に楽しめる。 周りはリュックを背負った登山客ばかりなので、気兼ねは要らない。駐車場の片隅にシートを広げ、クッションを敷き、裸足になって一時をのんびり過ごす。
 
 西篭ノ登山の左の肩の先に雪を頂いた山が望めた。最初はどこだかさっぱり分からなかった。今回地図で調べてみると、どうやら四阿山(あずまやさん、地理院地図)のようだった。鳥居峠に関係した山で、日本百名山の一つになる。群馬県との県境を越えた遥か先にあるのだが、よく見通せたものだと思う。

   
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遠く四阿山(あずまやさん)を望む (撮影 2010. 5. 5)

   
   
   

峠より新張側へ

   

<新張側>
 峠の新張側は完全舗装のこじんまりした道が下る。終点の地蔵峠は標高1,732mと、車坂峠側(1,973m)よりぐっと低い。よって峠との高度差は約330mある。滋野側の道は若干のアップ・ダウンがあったが、新張側は終始しっかり下る。
 
 一般車用の駐車場に続き、バスなどの大型車用の駐車場前を過ぎる。入口脇からは「地蔵峠歩道」が始まる。車道とは別に地蔵峠に至る遊歩道が設けられているようだ。

   
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左に大型車用の駐車場入口 (撮影 2010. 5. 5)

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地蔵峠歩道入口 (撮影 2010. 5. 5)

   

<緩斜面>
 道は確実に下って行くが、周囲の様子は穏やかそのものだ。ゆったりした緩斜面が広がる。滋野側の深沢川の谷とは大違いである。地理院地図の等高線を眺めてみても、滋野側では密集しているが、新張側は弛んでいる。こうした対比は峠道によく見られるが、その点ではコマクサ峠にも峠らしさがあると言える。

   
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沿道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
緩斜面の地形が広がる

   

<中央分水嶺を越える?>
 道は終始県境の峰を右手(北側)にして進む。よって左(南)側が谷側になる。ところが、ちょっと進むと谷は右手に沿って下っている(地理院地図)。地理院地図を確認してみると、それはどうやら地蔵峠から群馬県側に下る湯尻川(地理院地図)の本流の様に読み取れる。
 
 地蔵峠のページでもちょっと触れたが、浅間山方面から湯ノ丸山へと至る主脈は中央分水嶺であり、概ね群馬・長野の県境を成している。しかし、主脈の稜線は複雑なので、必ずしも県境はそれに一致しない。
 
 特に西篭ノ登山から地蔵峠付近に至る県境線は、分水嶺の稜線からの乖離が大きいようだ。峠道は終始長野県側に通じるのだが、実はコマクサ峠で一旦中央分水嶺を越えていたらしい。信濃川水系から利根川水系に足を踏み入れていたのである。

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右側が谷になっている (撮影 2010. 5. 5)
ここは利根川水系・湯尻川水域

   

<中央分水界上の峠>
 コマクサ峠はどうやら中央分水界上に位置するということが分かった。それが今回の最大の収穫だ。一般の道路地図や地理院地図でさえ、県境線は太くはっきり描かれていても、分水界の線が描かれることはない。それでこれまで気が付かなかった。改めてコマクサ峠を一人前の峠として見直さなければならないようだ。

   
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中央分水嶺を回り込む (撮影 2010. 5. 5)
湯の丸スキー場のリフトが見える
奥には湯ノ丸山を望む
開けた稜線上だ

<再び信濃川水系へ>
 峠から2Km弱で道は湯の丸スキー場の頂上部に至る(地理院地図)。リフトの前を横切り、そこで中央分水嶺を越える。その後やっと所沢川水域に下ることとなる。
 
 車坂峠からの水系・水域の遷移を整理する。
●車坂峠〜:利根川水系・大沢川水域
●高峰温泉〜:信濃川水系・深沢川水域
●コマクサ峠〜:利根川水系・湯尻川水域
●湯の丸スキー場頂上〜:信濃川水系・所沢川水域
 
 コマクサ峠が中央分水嶺上に位置するというのは大歓迎だが、峠道が3回も中央分水界を跨ぐというのは、ちょっとやり過ぎだろう。

   

<スキー場>
 更に少し下ると湯の丸スキー場のリフトを潜る(地理院地図)。まだまだ多くの雪を残していた。池の平では駐車場の片隅に残っていた雪で、小さな雪だるまを作って遊んだ。季節外れの雪遊びだった。
 
<沿道の様子>
 沿道は極めて穏やかだ。滋野側ではガードレールが欠かせなかったが、この新張側ではほとんどガードレールを見ない。見渡すようないい眺めはないが、標高が高いのでうっそうとした林に囲まれることもない。木漏れ日の中に気分のいい林道が続く。

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湯の丸スキー場を望む (撮影 2010. 5. 5)

   
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沿道の様子 (撮影 2010. 5. 5)
穏やかな様子

   
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三方ヶ峰登山口 (撮影 2010. 5. 5)

<三方ヶ峰>
 途中、三方ヶ峰への登山道が分かれて行く(地理院地図)。看板には「至 三方が峯」と書かれていた。地理院地図では「三方ヶ峰」である。地蔵峠方面から歩いて登って来きたら、そちらが三方ヶ峰への正規のルートになるのだろう。しかし、車でコマクサ峠まで走れば、池の平経由で歩いた方が容易そうだ。
 
 この登山道は、三方ヶ峰頂上より北西方向に延びる尾根上を登る(地理院地図)。もしかしたらそれが中央分水嶺かとも思ったが、やはり三方ヶ峰は中央分水嶺上にはない。

   

<中央分水界(余談)>
 篭ノ登山周辺から三方ヶ峰一帯に掛かる地形は複雑で、どこに中央分水界の境界線が通っているのかとても読み難い。西篭ノ登山は県境上にあり、一見中央分水界が通っているように錯覚する。しかし、中央分水界は東篭ノ登山から南へ曲がり、コマクサ峠を通り、三方ヶ峰手前の約2,110mのピークに至り(地理院地図)、そこから湯の丸スキー場の只中を通って地蔵峠に下っているようだ。
 
<湯ノ丸山を望む>
 町はまたスキーリフトを潜る(地理院地図)。下方に湯の丸スキー場の施設の一部が見える。レストハウスなどらしい。正面には湯ノ丸山が間近に見えてきた。

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湯の丸スキー場と湯ノ丸山 (撮影 2010. 5. 5)

   

<ゲート箇所>
 地蔵峠側のゲート箇所が出て来る(地理院地図)。峠の手前500mくらいの地点である。ゲート箇所を過ぎると峠周辺に点在する観光・リゾート施設の建物がこの沿道にも並びだす。高峰温泉近くのゲート箇所とこのゲート箇所に挟まれた区間で通行規制がある。

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ゲート箇所 (撮影 2010. 5. 5)
地蔵峠方向に見る

   
   
   

地蔵峠に到着

   

<地蔵峠に着く>
 道は地蔵峠の長野県側に出て終わる(地理院地図)。 地蔵峠も車坂峠以上に開けた峠だ。本峠の峠道は、どこにも暗い所がない。

   
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地蔵峠に着いた所 (撮影 2010. 5. 5)
右が地蔵峠
左に新張市街へと県道が下る

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左の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2015. 9.16)
(この地蔵峠は都合5回訪れている)

   
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長野県側から地蔵峠を見る (撮影 2015. 9.16)
開けた峠だ

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地蔵峠よりコマクサ峠方向を見る (撮影 2015. 9.16)
ここが湯ノ丸・高峰林道の地蔵峠側起点

   

<林道関係の看板>
 湯ノ丸・高峰林道の入口には、いろいろと看板が立つ。多くは通行規制を示すものだ。ゲート内への閉じ込めに注意が必要だ。

   
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コマクサ峠方面への案内看板 (撮影 2015. 9.16)
「池の平湿原 4Km」とある

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通行規制の看板など (撮影 2015. 9.16)
池の平湿原の駐車場は時期により有料となるようだ

   
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林道の右手にも看板が立つ (撮影 2015. 9.16)
奥の建物には「湯の丸自然学習センター」とある

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通行規制の看板 (撮影 2015. 9.16)

   
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林道看板と林道標柱 (撮影 2015. 9.16)

<林道看板・林道標柱>
 いろいろな看板の片隅に、朽ち掛けた林道看板と林道標柱が立っているのを見付けた。何か情報がないかと写真に収めて置いた。
 
 林道看板は金属製らしく、文字はしっかり読めたが、延長が7,330mということくらいしか分からなかった。車坂峠までの距離としては少し短い。多分、この地蔵峠から高峰温泉手前のゲート箇所までの距離だろう。
 
 林道標柱の方は殆ど何も読めない状態だった。林道開通年でも分かれば良かったのだが。
 
 林道標柱については小さく簡易的な物が新しく立っていた。しかし、こちらにも単に「湯の丸高峰林道」とあるだけだった。

   
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林道看板 (撮影 2015. 9.16)
湯の丸高峰林道
専用起点
延長 7,330M
上田営林署 

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林道標柱(上部) (撮影 2015. 9.16)
「分類 幹線林道」とあるようだが、他は全く読めない

   
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林道標柱(下部) (撮影 2015. 9.16)

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新しい小さな林道標柱 (撮影 2015. 9.16)

   

<湯ノ丸(余談)>
 山の方は未だに「湯ノ丸山」(ゆのまるやま)と書くことが少なくないようだ。しかし、峠に立つ案内看板などを見ると、その他の「湯の丸高原」や「湯の丸スキー場」、「湯の丸高峰林道」などについては今は「の」の方を使うのが普通らしい。 一方、1980年代頃に発行された文献(角川日本地名大辞典)では「湯ノ丸・高峰林道」など、殆ど「湯ノ丸」と書いている。
 
 古く江戸期の地蔵峠は信州から上州の鹿沢(かざわ)温泉へと湯治客の往来で賑わった峠であったそうだ。 近代になって湯ノ丸山東麓に湯の丸牧場(地理院地図)が開設され(明治37年)、産業面での開拓も試みられた。 しかし、現在の地蔵峠は昭和30年代から開発が始まった「湯の丸高原」ので知られる大観光地の様相である。その変貌は大きなものだったろう。つい最近も地蔵峠を越える県道の改修が行われ、沿道の湯の丸牧場などは今はレンゲツツジ(昭和31年国天然記念物に指定)の大群落が見られる地となっている。

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地蔵峠にあった「湯の丸高原」の看板 (撮影 2015. 9.16)

   
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看板の地図の拡大 (撮影 2015. 9.16)
「東御市」の箇所は書き変えられた跡が見える
2004年(平成16年)4月1日に旧東部町は東御市の一部になっている

   

 コマクサ峠を越える湯ノ丸・高峰林道はそうした観光開発の只中に身を置く。一般の林道とは全く毛色が異なっている。峠に隣接する池の平湿原は格好の観光資源となるだろうし、篭ノ登山や三方ヶ峰などへのハイキング・登山にも便利な道である。 峠前後は未舗装林道だが、コマクサ峠自身には多くの行楽客の車が停められていて、そこだけ別世界の感がある。最近のスキー事情は分からないが、スキーリゾート以外のこうした行楽・観光の開発は重要だろう。
 
 また、峠道は山腹横断道として眺めも抜群で、普段にはない面白いドライブが楽しめる。その一方、一般の観光客がこうした険しい山間部に通じる林道の危険性を十分理解しているか、ちょっと気になるところでもある。

   
   
   

<おわりに(余談)>
 これまでこのコマクサ峠は、峠としてあまり認めたくない気がしていた。これで標高さえ高くなければ、どうでもいいことだったかもしれない。しかし、2,000m超えでは無視する訳にはいかない。
 
 今回、どうやら本峠は中央分水嶺となる重要な稜線上に位置することが分かり、見直した思いだ。一方、峠道はその稜線を跨いで何度か行き来している。こんな峠道,、他にはない。結論として中途半端だが、半分だけ峠として認めようかと思ったりする、コマクサ峠であった。

   
   
   

<走行日>
・1993.10. 9 長野県→地蔵峠→群馬県/ジムニーにて
(1994. 8.11 万沢林道(野宿)/ジムニーにて)
(1994. 8.12 万沢林道/ジムニーにて)
・1999. 7.25 群馬県→車坂峠→長野県/ジムニーにて
・2004. 2.13 長野県→地蔵峠→群馬県/キャミにて
(2006.10.22 万沢林道/キャミにて)
・2010. 5. 5 長野県→車坂峠→コマクサ峠→地蔵峠→群馬県/パジェロ・ミニにて
・2015. 9.15 長野県→車坂峠→群馬県/パジェロ・ミニにて
・2015. 9.16 群馬県→地蔵峠→長野県/パジェロ・ミニにて
・2017. 9.13 群馬県→地蔵峠→長野県/ハスラーにて
 
<参考資料>
・関東 2輪車 ツーリングマップ 1989年1月発行 昭文社
・中部 2輪車 ツーリングマップ 1988年5月発行 昭文社
・ツーリングマップル 3 関東 1997年3月発行 昭文社
・ツーリングマップル 3 関東甲信越 2003年4月3版 1刷発行 昭文社
・ツーリングマップル 4 中部 1997年3月発行 昭文社
・ツーリングマップル 4 中部北陸 2003年4月3版 1刷発行 昭文社
・県別マップル道路地図 10 群馬県 2006年 2版15刷発行 昭文社
・県別マップル道路地図 20 長野県 2004年 4月 2版 7刷発行 昭文社
・県別マップル道路地図 20 長野県 2010年 2版21刷発行 昭文社
・WideMap 関東甲信越 (1991年頃の発行) エスコート
・角川日本地名大辞典 10 群馬県 平成 3年 2月15日再発行
           (初版 昭和63年 7月 8日) 角川書店
・角川日本地名大辞典 20 長野県 平成 3年 9月 1日発行 角川書店
・日本歴史地名大系 10巻 群馬県の地名 1987. 2.24 初版第一刷 (株)平凡社
・日本歴史地名大系 20巻 長野県の地名 1980. 2. 5 初版第三刷 (株)平凡社
・日本の分水嶺 堀公俊著 2000年9月10日発行 山と渓谷社
・旅先で入手した観光パンフレット各種
 
<参考ウェブサイト>
・角川日本地名大辞典のオンライン版(JLogos)
・地図のウェブサイト 「Google マップ」、「NAVITIME」、「MapFan」、「Yahoo! マップ」など
・川のウェブサイト 「川の名前を調べる地図」(道路名も参考に)
・小諸市、東御市の公式ホームページ
・その他の各種ウェブサイト
 (本サイト作成に当たって参考にしている資料全般については、こちらを参照 ⇒  資料

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