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鞍掛峠  (長野県・岐阜県)
再掲
  くらかけとうげ  (峠と旅 No.018-3)
  長野県王滝村の最奥に通じる峠道
  (掲載 2026. 1.26  最終峠走行 1997. 9.21)
   

   長野県側   岐阜県側   峠・おわりに

   
   
   

  (鞍掛峠・再掲 1/4)

   
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鞍掛峠 (撮影 1997. 9.21)
右奥が長野県木曽郡王滝村
左手前が岐阜県益田郡下呂町(現下呂市)
道は長野県側は御岳御厩野林道など
岐阜県側は県道442号・白草山公園線など
峠の標高は約1,430m (ツーリングマップルより)

峠には「鞍掛展望台」が立っている
開けて眺めがいい峠だ
木曽御嶽山なども望める

   
   
   
   
   

<掲載動機(余談)>
 前回、三重・滋賀県境の鞍掛峠(国道306号線の鞍掛トンネル)を掲載してみた。同じ名だが、今回の峠は長野県と岐阜県の境に位置する。 この鞍掛峠については最初「行止りの峠」(掲載 1997. 7. 5)の一つとして取り上げ、続いて第2話(主に岐阜県側の峠道)として単独のページ「鞍掛峠」」(掲載 1997.10. 4)で掲載した。どちらも古いことで、まだダイアルアップ回線でインターネットをしていた時代である。やっとADSLが普及し始めたのは、ITバブルが弾けた2000年以降になる。
 
 当時は制作できるページの大きさには限りがあった。そこに掲載できる写真データの容量も制約され、今からすると貧弱な画像だった。それが最近では光ケーブルや5Gでネットをするのが当たり前の時代である。 精細な動画さえ見られる世になった。これなら静止画など何の支障もない。思う存分、高容量の写真を貼り付けようと思う。

   

<余談の続き>
 ただ、この峠は私が訪れた頃からほとんど一般車両通行止となってしまった。上記のホームページ掲載後にも何度かその近辺を訪れているのだが、峠までは到達できていない。 よって、ここに掲載できる峠の写真は今から30年程前の古い様子だけである。高精細のフィルムスキャナを使い、ネガフィルムの解像度目一杯まで画像データ化してみたが、何せ古いフィルムである。あちこち傷だらけだった。この点もご了承を。

   

<峠の所在>
 峠道は大筋東西方向に通じる。ただ、峠部分はやや南北方向に傾く。峠の北東側は長野県木曽郡(きそぐん)王滝村(おうたきむら)になる。王滝村は江戸時代から一村を通し、大字を編成しない。 但し、峠を王滝村側に下ると最初に滝越(たきごし)と呼ばれる集落が出て来る。この「滝越」は多分字名になるのだろう。そこで鞍掛峠の長野県側は「王滝村滝越」と表現しておく。 江戸期の滝越は王滝村の枝郷として滝越村と呼ばれていたそうだ。
 
 峠の南西側は岐阜県で、益田郡(ましたぐん)下呂町(げろちょう)大字御厩野(みまやの)だった。下呂町は平成16年(2004年)3月1日に旧益田郡の萩原町、小坂町、金山町、馬瀬村と合併して下呂市(げろし)になっている。よって現在の峠の岐阜県側は下呂市御厩野である。 江戸期では御厩野村であった。

   

<地理院地図(参考)>
 国土地理院地理院地図 にリンクします。


   
本ページでは地理院地図上での地点を適宜リンクで示します。
   

<峠の見付け方(余談)>
 今回の鞍掛峠は、長野県と岐阜県の境に位置する比較的大きな峠なので、地図上ではそれなりに見付け易い。と言っても、地理院地図やグーグルマップで闇雲に拡大・縮小を繰り返しても、なかなか出て来てくれない。 「鞍掛峠」で検索すれば済む話なのだが、一度探し当てたとしても、あちこち見ている間にまた姿を隠してしまう。
 
<下呂温泉>
 王滝村と言われて、その所在が直ぐに分かる者は少ないだろう。その点、下呂町(現下呂市)の方は比較的広く一般人にも知られているのではないだろうか。 「日本三大温泉地・日本三名泉」というのがあるそうだが、それは群馬県の草津温泉、兵庫県の有馬温泉、そして岐阜県の下呂温泉となるらしい。 鞍掛峠は一般によく知られたこの下呂温泉(地理院地図)のほぼ真東の県境である。それでも、そもそも下呂温泉の位置が分からなければ話にならないが。
 
<御嶽山>
 王滝村は一般人向けではないが、登山愛好家や一部のスキー客には知られた地だ。木曽の御嶽山(おんたけさん)への登山基地やスキー場がある。「御嶽」は「御岳」と書いても特に問題ないと思うが、地理院地図では「御嶽」と記されているので、それに倣う。御嶽山(地理院地図)は北アルプス・飛騨山脈の主脈を南に延長した位置にそびえる日本百名山の一つだ。王滝村は御嶽山の南麓一帯に大きく広がる。これも鞍掛峠を見付け出す一つの手掛かりである。
 
<長野県最西端>
 一番簡単なのは、長野県が最も西に出っ張った部分を探すことだ。王滝村は長野県最西端の地なのである。長野県は南北に長いが、南から1/3くらいの所で最も西に張り出している。その岐阜県との境に高森山(地理院地図)があるが、そこから県境沿いに南に少し下ると鞍掛峠が出て来る。この手がいい。

   

<水系/長野県側>
 王滝村はまた木曽川の支流・王滝川(おうたきがわ)源流の地となる。王滝村の西奥に王滝川本流を堰き止めた三浦ダムが築かれていて(地理院地図)、大きな三浦貯水池が広がる(地理院地図)。この場合の「三浦」は「みうれ」と読むそうだ。相模国から逃れてきて三浦大夫を頭とする三浦一族が開拓した土地といわれ、それが元となるようだ。現在は神奈川県の三浦半島(みうらはんとう)と呼ぶが、元は「みうれ」だったのかもしれない。
 
<王滝川>
 王滝川本流の最源流は御嶽山南西麓だが、その本流以外にも三浦貯水池には多くの支流が流れ込む。その一つが水無沢(地理院地図)で、鞍掛峠はその水域上部にある。
 
 王滝川は流長約54kmの一級河川だそうで、その源流部には鞍掛峠
以外に峠道が通じていない。よって、王滝川水域は全て鞍掛峠の範疇と言える。長く険しい峠道が予想される。

   

<水系/岐阜県側>
 こちらも同じ木曽川水系なのだが、その支流の飛騨川(益田川とも)の更に支流の竹原川(たけはらがわ、地理院地図)水域になる。鞍掛峠は竹原川の源頭部に位置するので、竹原川水域は全てその範疇と言える。尚、飛騨川源流にはあの野麦峠が越えている(地理院地図)。
 
<竹原川水域>
 竹原川はその支流の乗政(のりまさ)川を合する川合(地理院地図)より上流部を、別名「御厩野川」(みまやのがわ)とも呼ぶそうだ。総延長約12Kmと短いが、峠から直線距離で約5Kmの間、鋭く険しいV字の谷を形成している。そこに通じる峠道がまた楽しい。
 
 竹原川沿いの道は全て鞍掛峠の峠道と言い切ってしまいたいところだが、舞台峠(地理院地図)を越えて来た国道257号が御厩野以降、竹原川沿いに通じる。そこは国道に譲り、峠直下の谷の部分だけを鞍掛峠の領域としておこうと思う。

   

<峠名の由来>
 この鞍掛峠の名の由来については、はっきりしたことが言えない。ただ、一般的には峠の様子が「馬の鞍」に似ていることから「鞍掛」と呼ばれるようになったと言われる。今回の鞍掛峠についても、岐阜県側から望む峠の様子は見事な鞍部なっている。その姿が「鞍掛」なのかもしれない。
 
<鞍掛山>
 一方、鞍掛山と呼ばれる山も日本各地にある。その山名はやはり山頂の形が「馬の鞍」に似ていることに由来するとのこと。鞍掛山の近くに通じる峠が鞍掛峠と呼ばれる例がまま見られる。
 
<三国山>
 実は、今回の鞍掛峠の近くにも「鞍掛山」があるのだ。峠から稜線上を南東方向に少し行くと、三国山(1,610.9m、地理院地図)がある。 信濃(長野県)・美濃(岐阜県の南半分)・飛騨(岐阜県の北半分)3国の境にあることからそう呼ばれる。文献(角川日本地名大辞典)の「御厩野」の項に、この三国山は「鞍掛山とも」呼ばれると記されているのだ。 もしかすると鞍掛峠の名の起こりは、峠の方ではなく、山の方が「馬の鞍」に似ていることから来ているのもしれない。あるいは、峠や三国山を含むその付近の稜線全体の山容が「鞍掛」なのかもしれない。

   

 今回の鞍掛峠は掲載する写真が多く、話しも長くなりそうなので、4編に分けようかと思う。
●序(本ページ)
 峠の概要など
長野県側
 1992年10月、2001年4月、2013年5月に王滝村を訪れた時のこと。
岐阜県側
 1997年9月、2007年8月に下呂町を訪れた時のこと。
峠・おわりに
 1992年10月に王滝村側から、1997年9月に下呂町側から峠を訪れた時のこと。それと結言。
 (何とか書き終えられるといいのだが・・・)

   

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