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湯之奥・猪之頭峠
 
ゆのおく・いのかしら とうげ  (峠名は仮称、峠は湯之奥猪之頭トンネル)
 
富士の絶景が望める峠道
 
湯之奥猪之頭峠 (撮影 1991.12.14)
湯之奥猪之頭トンネルのこちら側が山梨県下部(しもべ)町湯之奥
反対側が静岡県富士宮(ふじのみや)市猪之頭
 

湯之奥の集落を見下ろす
 下部町の国道300号より、「下部温泉」の看板に従って県道415号・湯之奥上之平線に分かれる。直ぐに身延線の踏切を下部駅のすぐ脇で渡り、その後暫くして温泉街の中のゴミゴミした道へと入っていく。
 
 下部温泉はひなびた温泉町だ。朝方や夕暮れ時などには、浴衣姿でのんびり散策している温泉客もいる。どこか懐かしさを感じる日本的な風景である。でも、路肩に停めた車も多く、車で通過するには苦労する。
 
 下部温泉の外れで急に狭い道となり、この先道が続いているか心配になる箇所もあるが、直ぐに下部川に沿う静かで落ちついた県道へと戻る。谷は狭く両側から切り立った山が迫り、あまり視界は広がらない。
 
 下部温泉から4〜5Kmも走ると、この県道沿いの中では比較的大きな集落へと出る。湯之奥の集落だ。下部温泉の奥に位置することから、そう呼ばれたとのこと。
 
 湯之奥は、中世から近世にかけて湯之奥金山で栄えた地である。また、国の重要文化財に指定された門西家住宅が今でも残っているようだ。
 
 湯之奥に通じる今の県道の前身は、江戸期には湯之奥道と呼ばれた。大正13年からは下部湯之奥林道として改修に着手され、昭和8年に富里林道として完成している。「富里」とは下部町となる前の旧富里村を指すようだ。
 
 昭和18年からは、県境を越えて静岡県の富士宮市猪之頭まで通じる、湯之奥猪之頭線として改修が進んだ。しかし、昭和51年には、下部町の下部駅近辺の上之平と湯之奥までを結ぶ区間が、県道湯之奥・上之平線と命名された。湯之奥から先の道は県道にはなれず、林道の名前を引き継ぐことになったようだ。

湯之奥林道途中
道は舗装済み
 

遥かに南アルプスを望む
 それも無理からぬことで、県道を湯之奥集落まで走って来ると、まるで行き止まったかの様に思われる。辛うじて県道の突き当たりを左に、山の南斜面を登るように細い道が始まっている。これが峠へ続く湯之奥林道だ。とても県道の続きとは思えない道である。
 
 1991年の12月に来た時は、林道入り口に「冬季通行止 12月中旬〜4、5月まで」とあった。しかし、ゲートもなく、見る限り積雪もないので、登り始めることにした。
 
 湯之奥集落は、日当たりの良い斜面に家々が肩を寄せ合うように、ひっそり佇んでいる。その中の狭い道を九十九折れで一気に登って行く。上から見下ろすと、湯之奥集落は日だまりの中で暖かそうだった。ここにものどかな山里の風景が残っていた。
 
 湯之奥林道は、静岡県側の猪之頭林道と合わせて、林道湯之奥猪之頭線とか、その逆に猪之頭湯之奥線などとも呼ばれるようだ。
 
 林道とは言え、1990年前後からこの峠を越え始めたが、その時には既に全線舗装されていた。ただ、下部町側はやや道が荒れていて、路面に落石がゴロゴロと転がっている時もあった。特に峠に近付くに連れて、その傾向が強く、崩れ易そうな崖が目立っていた。
 
 湯之奥林道が築かれた谷は奥深く、振り返ってもあまり広い視界はない。谷の隙間から遠くに雪を頂いた山並みが僅かに望める。南アルプスだろう。

トンネルの少し手前より下部町側を望む
 

トンネル直前にゲート
このゲートの先がトンネル
 冬季閉鎖を登って来たら、トンネル直前でゲートに阻まれてしまった。一方、静岡県側の猪之頭林道側は通行可能なようで、ゲートの前に車が数台停められていた。
 ゲートの湯之奥林道側に立てられた看板には、次のようにあった。
 
 お知らせ
この林道は積雪凍結
落石等があり通行は
危険ですので下記の
とおり冬期の閉鎖
します。     

期間 自平成3年12月10日から
   至平成4年 5月20日まで
        鰍沢林務事務所 
 
 冬期閉鎖が5月20日までとは、また随分長い期間である。その間、湯之奥集落の人は直接には静岡県側に出られないわけである。まあ、普段の生活ではわざわざ峠越えをしてまで、静岡に出る必要はないだろうが。
 
 車がゲートで阻まれても、どうしても静岡県側に出たい理由があった。そこでトンネルを歩いて越えることにした。
 
 どうでもいいことだが、ツーリングマップ関東編(1989年1月)には、「猪之頭湯之奥林道」との記載があったので、これまでトンネル名も「猪之頭湯之奥トンネル」だとばっかり思っていた。今回写真をじっくり見たら、何とトンネルの名板に「湯之奥猪之頭トンネル」とあった。猪之頭と湯之奥が逆であった。
 
 トンネルの中は電灯がなく真っ暗だ。ちょっと怖い気がする。それに吹き込む風も冷たい。それでも行く価値があるのである。

冬の富士 (撮影 1991.12.14)
写真では見難いがハンググライダ-が数機飛んでいた
 

夏の富士 (撮影 1992. 8.15)
 トンネルを抜け、少し歩くと俄然と目の前が開けてくる。そして前方に富士の秀麗な姿がすっくと立っているのが見渡せるのだ。いろいろな富士の眺めはあるだろうが、この峠道からの眺めの特徴は、富士が裾野を大きく広げている点だ。雄大さを感じる。
 
 富士が眺められる峠道は数々あろうが、この峠道からが一番だと思う。特に冬の季節がいい。それで、無理をしてまでも峠を越えて来たのである。期待通りであった。澄んだ空気に富士の姿ははっきり浮かび上がっていた。
 
 よく見ると、青空にハンググライダーが数機飛んでいた。ゲート近くに停めてあった車も、この為である。猪之頭林道はハンググライダーをする者達の道でもある。
 
 静岡県側からの峠へのアクセスは、林道の名前ともなっている富士宮市の猪之頭からとなる。「猪之頭」の地名は、「井之頭」などとも書く。「白糸の滝」がある芝川の、水源地を意味した言葉だそうだ。
 
 猪之頭で県道414号(旧国道139号)より西方向に分岐する路地の様な道に入っていく。何らかの道路標識があったと思う。芝川を渡ると間もなく登りが始まる。すると直ぐにも視界が広がりだす。高く登れば登るほど富士の眺めはいい。途中、ハンググライダ-がテイクオフする場所を過ぎる。
 富士が山陰に隠れて見えなくなると、間もなくトンネルである。猪之頭林道は全線に渡って比較的道はいいが、ハンググライダ-を積んだ車がよく通るので要注意となる。

秋の富士 (撮影 1995.10. 7)
 

春の富士 (撮影 1994. 4. 23)
 富士の北麓の方から西方に抜けるには、本栖湖の脇を通る国道300号を下るのが一般的だろう。でも、通行止となる冬場を除いて、わざわざこの猪之頭から登る峠道を越えて行くのが好きであった。富士を眺め、湯之奥猪之頭トンネルを抜けた先で素朴な湯之奥集落を訪れる。そしてその後、大笹(山伏)峠や安倍峠といった本格的な峠へと向かったのだった。言ってみればこの湯之奥猪之頭峠は、本命の峠を越える前の肩慣らしのようなものだったのかもしれない。
 
 それと、現在の国道139号(富士宮道路)は、以前は猪之頭附近で有料だったので、猪之頭に近付くには注意が必要だった。国道139号は使わずに、まず県道71号を通って「人穴」に出て、そこから猪之頭に辿りついたものだ。
 
 最近の道路地図を見ると、富士宮道路は無料になり、猪之頭を通っていた国道は今では県道414号と改められたようだ。これからは安心して行けるのがいい。以前の様に行き掛けの駄賃とばかりに越えるのではなく、今度はじっくり味わって越えたいと思う湯之奥猪之頭峠であった。
 
<制作 2002. 2.19>
 
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