サラリーマン野宿旅

野宿実例集 No.11  2泊3日のお手軽野宿旅


 今年はサラリーマン稼業が忙しく、5月のゴールデンウィークは見事に潰れ、その先に控える大事な夏休みも危ぶまれる7月下旬、メモリアル休暇なるものが取れた。これは年に一度、自分の誕生日や、既婚者なら結婚記念日の1週間前後に、1日休んでもよいと言うものだ。しかし休みとは言ってもそれは特別休暇などではなく、自分で持っている有給休暇を使うのである。本来個人の都合で使っていい有給休暇を、わざわざ使う日を会社から指定させられるなどとは要らぬお世話なのだが、現実問題なかなか有給休暇が使えにくい状況のもと、日数の消化を進める上での措置なのである。何だか悲しいメモリアル休暇である。

 仕事は忙しいが、そんな事を言ってたらいつまでも休めないと、思い切って自分の誕生日がある週の月曜日にメモリアル休暇を取ることにした。週末の土日と合わせて3連休である。思えば今年は全く野宿が不作の年であった。何と去年の秋以降一度も野宿をしていないのだ。久しぶりの野宿旅である。出発前日の金曜日に、物置から埃をかぶったテントやシュラフなどの野宿道具をあれこれ引っ張り出す。また少しの着替えやら食料やらを幾つかのバッグに分けて詰め、それらを玄関に並べると、たった3日間の旅なのに、案外荷物の量は多くなる。これが10日間になってもたいして量は増えない。たった一回でも野宿するのであれば、野宿道具の必要なものは必要なのだ。短い野宿旅は荷物の点では極めて効率が悪いのである。一度では運びきれない荷物は翌朝車まで運ぶことにして、子供の頃の遠足前夜の様な気持ちで早めに眠りについた。明日は4時起きである。

 ところが翌日目覚めたのは、目覚し時計のベルとは比べ物にならない大きな火災警報器のベルの音の為であった。訳あって私が住んでいる4階建てのビルに、その晩は私一人しか居なかった。火災警報装置の操作は私がやらなければならないのだ。布団を跳ね除け、服を着て、住まいにしている4階の部屋を飛び出し、火災警報装置の操作盤がある地下まで階段を走って下る。階段や踊り場は火災警報器の音が大きくこだましている。地下室の鍵を開けて中に入るが、そこは1、2階に入っている飲食店の厨房になっていて、これまでもほとんど入ったことがない。どこに照明のスイッチがあるかも分からず、薄暗い常夜灯を頼りに、ランプが点滅する火災警報装置の操作盤に近づく。検知器が作動したのが1階であるのを確認したところで、ベルを止めようとするが、以前の操作盤が付け替えられていて、全く操作法方が分からない。警報ベルはけたたましい音を続けている。耳をふさがずにはいられない程だ。夜中の2時過ぎでは近隣にも大迷惑である。かまわずあっちこっち手当たり次第に操作盤をいじくるが、ベルは一向に止まる気配はない。遂にパニックになり「こんなじゃわからないよ〜」と思いっきり怒鳴った。すると少し気持ちが落ち着いた。けたたましいベルの騒音の中にいても、冷静さを取り戻せる様になってきた。操作盤をよく見ると蓋があり、開けると幾つかのスイッチが並んでいる。目が悪い上に薄暗い常夜灯で、しかも操作盤は大きな冷蔵庫と壁の間の狭い所にあり、顔を近づけることもできない。スイッチに銘板が貼ってあるが何が書いてあるか分からないのだ。仕方がないので端から適当にスイッチをいじくると、やっと何個目かのスイッチで警報が止み、深夜のひっそりとしたビルに戻ったのだった。

 その後も検知器が作動した1階の店舗に入ろうとしたら、鍵が付け替えられていて入れず、店の責任者の自宅に電話をして呼んだり、何だかんだと収拾がつくのには時間が掛かった。結局火災報知器は店内の湿度が高かった為に誤動作したのだとの結論だった。やっと部屋に戻り、布団に潜り込んだのは朝の4時である。もう旅などに出掛ける気力は全く失せていた。どうとでもなれとばかり、やけになって寝てしまった。次に目覚めた時は9時近かった。折角交通渋滞を避けた早朝出発を目論んでいたのに台無しである。でもこのまま家でくすぶっていたら、尚更気が滅入ってしまう。今日の移動時間は予定よりかなり短くなって、どこまで行けるか分からないが、とにかく出発することにした。


 今回の旅は北へ進路をとる。栃木県から福島県に帝釈山峠(仮称)で抜け猪苗代湖周辺を回り、熱塩加納村より谷地峠を越えて山形県まで北上し、後は日本海側に出て、新潟より関越自動車道で帰って来るという計画だ。勿論宿泊の予約などしていない。漠然としていて、それでいて部分的には通る峠がはっきりしている旅である。ひとまず東北自動車道に向けて国道をひた走る。早朝に出発できていれば渋滞など無用だったのにと悔まれた。高速に乗ってからはどこで降りるかが問題だった。早く人気のない辺ぴな道に潜り込みたいのだが、あまり早く高速を降りてしまうと、今朝の時間のロスがひびいて、予定のコースを回り切れない可能性がある。考えた末、矢板ICで降りて塩谷町の林道あたりから今回の旅を始めることとした。

西荒川林道 西荒川林道入口
西前高原林道が通行止の代わりに、この林道を見つけた。

 目指した西前高原林道は「工事中 通り抜けできません」で敢え無く断念。代わりに東古屋湖の上流、西荒川林道に入る。この林道は地図に載ってなく、その場に行って分かったものだ。こんな風に野宿旅は通行止に遭ったりして思う様には進まないが、代わりにちゃんと埋め合わせができる。これが計画のない野宿旅の信条である。東古屋湖ののどかな湖面を眺め、西荒川林道で久し振りのオフロードを走る頃には、もう今朝の騒動も忘れ、どっぷり旅気分である。林道途中にある滝にも寄ってみる。「名勝 大滝 塩谷町観光協会」と大書された看板に誘われて、わざわざ川に降りてみるが、大した滝ではない。でもいいのである。観光客がどっと押し寄せる有名な観光地よりも、誰もいない一人占めのこの大滝の方が、私には楽しいのである。時間を気にせず、滝を上から眺めたり、下から見上げたりと、好きなだけ散策し、飽きたらプイとまた車を走らせる。道草を食うのが野宿旅である。

 勝手気ままな旅とは言っても、ある程度の目的は持っておく。何にもないと、東西南北どの方向に進んでいいか分からなくなるからだ。今日の目的は帝釈山峠(仮称)である。栃木県の栗山村と福島県の檜枝岐村を繋ぐ川俣檜枝岐林道の峠で、近くに帝釈山という名の山があるのでそう呼んでいる。ほぼその峠に進路を向けて、相変わらず道草食いながらの旅を続ける。帝釈山峠はこれまでその存在は分かっていたのだが、まだ一度も通ったことがない峠で、かねてよりぜひ制覇しようと思っていた。毎度のことで通行止になるかと危ぶんで入った林道だが、あっさり峠に立つことができた。


 今日の旅の唯一ともいえる目的も達成し、残るは今夜の野宿地の心配である。時間も夕方5時を過ぎ、そろそろ日が傾いてきた。何の束縛や執着もない野宿旅だが、この野宿地探しは少々気疲れする。峠を下りながらも何処かに野宿できる所はないかと、きょろきょろよそ見をする。峠より栗山村側は人気がなく、野宿しようと思えばできそうな所はいくらでもあったのだが、檜枝岐村側には全然ない。道に沿う舟岐川に何度か降りるてはみたが、そこには既に先客のキャンパーが居て、一目散に退散する羽目となった。道を進むと遂にはキャンプ場が出現した。ちょっと覗いたが、狭い敷地に結構な人数がひしめいている。それに家族や友人達で賑やかにやっているキャンプに混じって、男一人の野宿人が野宿する所ではない。あっさりキャンプ場を通り過ぎた。しかしこの先ますます村の中心地に近づけば、野宿地の見込みもますます難しくなる。何度か車を止めて思案するがいい手がない。日は容赦なく暮れてゆく。

 いよいよ困ったなと思った時に、道路より一瞬よさそうな河原が目にとまった。そちらに降りて行きそうな道に曲がると、すぐにチェーンで通行止だ。車を道端に寄せて止め、歩いて先に進む。先程目にした河原はやはり野宿には最適だった。道路からはさほど人目に付かず、それに誰もいない。ただ問題がひとつあった。

キャンプ禁止の看板 キャンプ禁止の看板
私のは遊びのキャンプではなく、宿泊の為の野宿だから許してもらうこととする。

 その河原の近くにキャンプ禁止の看板がデカデカと立っていたのだ。この場所以外にも檜枝岐村のその近辺でキャンプによさそうな所には、あちこちこれと同じ看板が立っていた。看板の文句にあるように夜中にテントを撤去させられたのではかなわない。かと言って、もう他に野宿地を求める時間の余裕もない。取り敢えず暗くなる前に夕食でもしながら様子を見ようと、車に戻り、食事道具を河原まで運ぼうとしていると、1台の怪しい車がやってきた。近くに止まり、2人の男が降りてくる。早くも村役場の回し者かと思いきや、全身をゴム服に包み、川の上流にスタスタ歩いて行く。魚採りに来た者のようだ。一安心である。


野宿地 今日の野宿地
夕食も済ませ、テントを張った。なかなかいい場所だ。

 車から河原まで少し遠くて、荷物を運ぶのに苦労はするが、なかなか雰囲気があっていい野宿地である。細い川筋の近くにテントを張る。川の流れを近くで見れるのは楽しい。しかし上流にはキャンプ場など人間や人間が作ったものが多くあるので、決して見た目程きれいな水ではない筈だ。せいぜい手を洗う程度にしておく。

 一時はどうなることかと思ったが、こうして野宿地も決まり、まったくどうにかなるものである。日が暮れてからコーヒーを沸かす。コーヒーは危険だから普段は滅多に飲まない。たいへんな甘党なので通常の3倍から4倍の砂糖を入れるのである。こんなコーヒーをちょくちょく飲んでいたら、命が危ない。しかしこんな時は飲むことにしている。甘ったるいコーヒーをすすると、気持ちが落ち着いてくる。できれば焚き火もしたいが、煙を見て村役場の監視人でもとんで来たらかなわないので、旅の途中で出たごみを燃やして少し火遊びをする。

 夜になって困ったことには、懐中電灯の電池が切れかかっているのに気が付いた。前回の野宿から随分時間が経っているから仕方がないが、予備の電池までも使い物にならなくなっていた。通常テント内の照明にはローソクを使うので、そんなに不便はないが、夜中に何かあった時には、やはり懐中電灯の方が便利である。今後の野宿の為にも早めに電池を買い揃えておこう。文明の利器は確かに便利だが、反面もろさがある。私が使っているのは1台で懐中電灯の他にラジオや目覚し時計の機能があるものだが、電池が切れたら何の役にも立たない。その点ローソクはシンプルで信頼性がある。マッチさえあればどこでも確実に使える。

 テントの中でエアマットの上に横になり、ラジオが駄目なので、ローソクの明かりで地図を眺めて時間を過ごす。久しぶりの野宿である。時折近くを通る車の音がするが、それ以外は虫の声がするばかりである。穏やかな夜が更けてゆく。


 

野宿の跡 野宿の跡
夜半に雨になった。翌日テントを撤収すると、乾いたテントの跡が残った。

 夜半にテントを叩く雨の音で目が覚めた。降ったり止んだりを繰り返す。それほどの雨ではなさそうなので、また眠りにつく。翌朝目覚めてテントの入口を開けると、まだしとしと降っていた。いつもだとテントを片づけてから朝食にするが、今日は雨に濡れない様に体はテントの中に入れたままで、腕だけ外に出して即席ラーメンの朝食を作る。テントの中で湯気の出るラーメンをすすり、シュラフやエアマットなどを片づけ、雨が小ぶりになった時を見計らってキャンプを撤収した。こんな時車までの距離があるのが困りものである。雨の中を何度か往復して荷物を運ぶ。最後に昨夜の野宿地を眺める。雨に濡れていないテントの跡が地面にくっきり白く残った。それ以外は何の痕跡も残さない様にして立ち去る。


七ヶ岳林道 旅の二日目は林道と峠三昧
林道七ヶ岳線 福島県田島町の旧中山峠の道より分岐する。長い未舗装路が続く。    

 旅の二日目は林道三昧、峠三昧であった。生憎昨夜からの雨は断続的に続き、天候には恵まれなかったが、思う存分走り回った。特に猪苗代湖の南の方にある安藤、馬入、勢至堂、諏訪、三森、御霊櫃の峠群を片っ端から越えた。ところがあまり時間を費やしたものだから、その日の目的地である熱塩加納村の谷地峠には到底行き着かない羽目となった。それに天候の悪さもあり、少々ウンザリしてきていた。これから野宿地を探すのも大変だし、旅で残された明日一日で日本海側に出て関越を回って帰るのは不可能である。すると必然的に東北道でまた帰ることになる。ならばちょうど郡山ICの近くにいるし、今夜はサービスエリアにでも車内泊すればいい。そこであっさり帰路につくことにした。谷地峠はまたの機会にする。途中コンビニで夕飯の弁当を買い、郡山ICで高速に乗るとひたすら東京に向けて走った。


安積PA 東北自動車道の安積PA
最初ここで車内泊にしようと思ったが・・・。

 さてどこのパーキングエリア(PA)かサ−ビスエリア(SA)で車内泊にするかだ。まだ明るい内にとまず近くの安積PAに入った。大きなSAより小さなPAの方が人が少ないだろうと見込んでのことでもあった。適当に車を止め、買ってきた弁当で夕食とする。食べながら周囲の様子をうかがっていると、狭い上に人が案外多い。安眠を邪魔されずに車を止められる所がない。まだ日があるので、別のPAへと走った。ところがそちらも一晩車を止めておくのに都合がいい場所がない。なるべく人が来ない隅の方に車を止めたが、そこだと本線を走る車の騒音がうるさくてしょうがない。仕方なくまた車を発車させた。もう日が暮れてライトを点けなければ走れない状態だ。遂に那須高原SAまで辿り着き、広い駐車場の片隅に陣取って、そこを今宵の車内泊の地と覚悟を決めた。

 選んだ場所は木の陰で、照明があまり届かない暗い場所である。それでも眠りにつくには明る過ぎる。また通りかかる車のライトや人目も避けたい。そこで案内所でもらってきたSAPAガイドやらタオルやら、使える物は全て使ってブラインド代わりに窓に掛ける。それから防虫剤を顔や首、腕や足につけて蚊の対策をする。窓を閉め切ったままでは暑くて眠れたものではないのだ。左右の窓を1/4ほど開くと、僅かだが風が車内を抜けて、まあまあ涼しい。靴や靴下を脱ぎ、腕時計も外し、なるべくリラックスできるようにする。邪魔なクラッチやブレーキがない助手席に移り、リクライニングシートを目一杯倒して横になる。

 こうして安眠できるようにいろいろ対策するのではあるが、やはり熟睡できるものではない。後から来て近くに止まったトラックが、冷房の為にエンジンをかけっぱなしにしている。うるさい上に排気ガス臭くてかなわない。それにSAの中でも一晩中車の移動が絶えることがない。近くを車が通るたびにライトが車内に差し込み、眩しい思いをする。SAはトイレや洗面所があり、ただのお茶も飲めて便利ではあるが、何度も車内泊する所ではない。時々目をさます浅い眠りのままで朝を迎えた。旅の三日目はどこに寄ることもなく、昼過ぎには家に着いた。久々の野宿旅でちょっと疲れ気味でもあり、後の半日はゆっくり休むこととした。


 よく旅はストレス解消になるなどと言うが、そんな積もりで旅をしたことはなかった。あくまで旅が好きだから旅をしているまでである。しかしこの時ばかりは、それまで仕事が忙しかったこともあり、ほんとにリフレッシュしたなと実感した。案の定その後の夏休みは仕事で全くとれなかったことを考えると、尚更貴重な三日間の旅であった。


☆実例集目次