サラリーマン野宿旅

野宿実例集 No.13  悲惨な野宿も考え様


 野宿旅をいくら長くやっていても、野宿地探しはいつまでも簡単なものとはなってくれない。工夫を凝らし、経験を積むことで、少しはいい野宿地にめぐり合う確立は上がるかも知れないが、その確立は100%には到底おぼつかないのである。そこが野宿旅の最大の欠点であり、また考え様によっては野宿旅がいつまでも新鮮味を失わない魅力とするところなのかも知れない。それでもやっぱり野宿地探しで苦労するのはしんどいな・・・。
 山口県徳地町中で佐波川沿いの県道(現在の国道489号)を下流の佐波川ダム方面へ下っていた。ダムに堰き止められてできた大原湖周辺に、いい野宿地が見つからないかと期待してのことだった。湖の周辺で野宿地を探すのは野宿旅での常套手段である。しかしその湖は今回初めて訪れるもので、当然土地感は全く無い。期待と希望に反して全く見つからないまま、ダムよりさらに下流の野谷の集落まで出てきてしまった。どうやら大原湖周辺は切り立った崖が多く、運悪く野宿ができる平地が無い地形なのだ。当てが外れてしまった。ぽうぽつ集落の家々に明かりが灯り始めている。人家の近くでの野宿は禁物である。少々焦りが出てくる。集落から離れようと地図に載っていた近くの長者ケ原というキャンプ場にも行ってみたが、管理が行き届き過ぎていて、許可なしでは立ち入りもままならない。キャンプ場で野宿ができないとは皮肉である。集落の外れの狭い脇道に入り込んだが、行き止まりばかりで、らちがあかない。街灯も無い暗く狭い脇道を慌てて引き返そうとして、危うく川に落ちそうになった。ハンドルを握る手の平が冷や汗でびっしょりだ。このままではほんとに事故を起こしかねない。何とかしなくては。
 最初に県道を来る途中、野宿地にどうかと一度のぞいてみた空き地があった。あまりひどいので、あっさり放棄した場所だった。しかしこうなったら他に方法がない。観念して真っ暗になった県道をひたすら戻る。今になってはそこだけが頼りである。記憶を辿ってどうにかその場所を見つけ出し、車を乗り入れた。

大原湖野宿山口県徳地町大原湖近く
県道(現在の国道489号)脇の資材置き場で野宿した朝

 そこは車が行き交う県道の直ぐ脇の狭い資材置き場で、土管などの資材が積まれ、地面はテントを張るのが躊躇させられる程汚らしく、周りは木が立林してなんの景色も見えない所だった。野宿地としては最低ランクである。そこが今日の野宿地となる羽目になったのだ。暗くてテントのペグを打つのにも苦労させられる。車の位置を工夫して、ヘッドライトを頼りでの作業となる。川に落ちそうになった興奮と気疲れで、テントに入ると直ぐに横になった。
 それでも暫くシュラフの上で休んで落ち着くと、食事をする余裕も出てきた。それに物は考え様で、この時間になればもう誰もこの資材置き場に来る心配はない。暗くなれば景色がいいか悪いかも関係ないことだ。テントに入ってしまえば、その中の狭い四角錐の空間だけが全てである。時折通る車の騒音と、一瞬テントに向けられるヘッドライトの光が外界のことを感じさせる。それ以外は薄ぼんやりとローソクの炎に照らし出されたテントの中の物が目に写るだけである。自分が何処に居ようが関係無い。
 軽く夕食をとってしまえば、今日の日にやらなければならないことは、もう何も残っていない。また横になり、明日の旅の為に地図を調べたりするのも面倒で、ローソクの炎の揺らめきなど眺めながら無為に時間を過ごす。傍らの県道を通過する車もめっきりなくなった。そうなるとかえって寂しく感じる。稀に遠くから車の走る音が聞こえてくると、それはどちらの方角から来るかとか、そろそろライトがテントに当たるタイミングだぞとか考えている自分がおかしい。


 今は会社を辞めて出掛けた長い旅の途中である。少なくとも会社を辞めた事を悔やんだり、悲観したりはしなかったが、かといってその後の具体的な進路に当てがあるでもなく、淡い期待や希望さえもなかった。沈黙したテントの中で、これまでの自分の人生やこれからの生活のことを考えているような、いないような、漠然とした思いで時間が過ぎて行く。野宿地探しに苦労した後遺症は残っているが、それ以外は不思議と何の苦悩も無い。こうしていい時間が過ごせているのも、旅のテントの中ならではである。ただただ薄暗がりの中に自分一人が居るだけだ。
 またかすかに車の音がする。これはダムの方から上ってくる車だな。


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