サラリーマン野宿旅
野宿実例集 No.14  スキー場の野宿

 初掲載 1999. 7.12  オフシーズンのスキー場は野宿地の穴場?


 時々スキー場に行くことがある。しかし生まれてこのかたスキーをしたことは一度もない。スキー場に行くのは他の人とはちょっと違って雪がない時期なのである。勿論目的は野宿地探しだ。

 スキー場には斜面に造られたゲレンデ以外に平坦地に大きな駐車場が必ずある。シーズン中はスキー客の車でごった返すが、雪のない夏場などはだだっ広い単なる野原である。一般の駐車場と違ってアスファルト舗装などされていないので、テントを設営するのには打って付けだ。

 それにスキー場は比較的辺ぴな所に建設されていて、近くには山以外に何もなく、野宿にはもってこいのロケーションが多い。それでいてそこまでの道路は周囲の状況にそぐわない程広く立派な完全舗装路で、アクセスに何の苦労もいらない。さらにスキー場の大きな案内看板が迷うことなく導いてくれる。

 オフシーズンのスキー場は野宿地の穴場だったりするのだ。


 ある年の10月中旬、広島県より名も知らぬ県境の峠を越えて岡山県の神郷町に入ってきた。峠道は終始狭い上に山や谷が迫り、野宿する場所を見つけられないまま長久と呼ばれる集落の付近まで下ってきてしまった。今日も野宿地に苦労しそうだ。このまま幹線路を走っていても、ますます民家が密集してくるばかりである。イチカバチカで途中で見付けた一本の脇道に入る。

 幹線道路を外れて行止りになりそうな寂しい脇道に入っても、そう簡単にいい野宿地が待っているとは限らない。大抵は幾つもの脇道に出たり入ったりを何度も繰り返すことになる。ところが今回は直ぐに道の舗装が途切れて道幅が急に狭くなり、そこに野宿にはもってこいの草地が広がっていた。傍らを見ると山の緩斜面に鉄骨の塔が立ち並んでいる。スキー場のリフトだ。雪のない時のスキー場のリフトは異様な光景である。野宿にちょうど良いと思った草地はどうもそのスキー場の駐車場らしい。しかし今は雑草が伸び放題で、ちょっと見ただけでは駐車場には見えない有様だ。4輪駆動車でなければ入りこ込みたくはないような状態である。

スキー場の野宿 岡山県神郷町長久付近
スキー場の駐車場で野宿  オフシーズンは雑草が伸び放題
 

 野宿地探しがあまりにもうまく行き過ぎているので、ここは少し慎重になる。直ぐにテントを張ったりはせず、まず近辺の偵察を十分行う。野宿者は臆病なのである。
 
 近くの小高い丘の上に気に掛かる倉庫の様な家が一件建っていた。離れて見る限りは誰かが住んでいそうな雰囲気はない。しかし確認するまで安心して野宿はできない。恐る恐る歩いて近付いてガラス戸越に中を覗くと、ガランとした部屋の壁にスキー板がずらりと並んでいた。貸しスキーである。次のスキーシーズン到来まで、ひっそり出番を待っているのだ。中は薄暗く人の居る気配はない。まずは一安心。

 次に道の先を車で少し進んでみる。上の方に人家があるかもしれないからだ。しかし道は駐車場を過ぎてからは未舗装の狭い急坂の林道が続き、脇に小さな畑がある程度で、その先何かある様には思えない。どこにも通じることなく行止りとなりそうだ。路側にUターンできるスペースを見付けて、早々に引き返してきた。

 どうもこの道は幹線路からスキー場までの往復に使われるのが主で、さらにスキー場から先はスキー場の整備や林業などの為に時々使われる程度であろう。雪のかけらもなくスキーが行われない今の時期なら、ここまで来る者は稀なはずだ。これで今夜はこのスキー場の駐車場で安心して野宿ができる。

 ここは比較的小さなスキー場で、駐車場もそれ程広くはない。でもテント一つ張るには十分過ぎるのは言うまでもない。適度に草が伸びそれがクッションになって寝心地が良さそうな場所を探し、テントの設営を開始する。焚き火もしたいところだが、雑草は多いが枯れ枝などは少なく、たきぎには不自由する。それに集落からあまり離れていないので、小さな焚き火で我慢する。

 予想通りその日ここを通りかかる者は一人もいなかった。ただテントサイトから見上げる丘の上の無人の建物が、何か幽霊屋敷の様に思えて仕方がなかった。日が沈むとまだ明るい西の空に黒いシルエットとなって浮かび上がった。夜になってからは、誰も居ないのに今にでも窓に明かりがポッと灯るのではないかと不安で、時々テントから顔を出しては見上げたりした。
 
 しかし幽霊に襲われることもなく、スキー場の一夜は無事に過ぎていった。


 広島県芸北町の雲月山スキー場の近くで野宿をしたことがある。広く整地した空き地で、畑でもなく、何に使われているのか分からなかった。後で考えてみると、やはりスキー場の駐車場にでも使われていたのかもしれない。とにかく野宿地にはもってこいであり、車を乗り入れてテントを張った。

 とかく野宿をするところは狭く暗い場所が多い。山深い中ではどうしても十分広い野宿地は得られないのが普通である。それに比べてスキー場の駐車場は、山を切り崩して広々とした平坦地が造られている。テントサイトとしても空が大きく広がっていた方が気持ちがいいのである。これがスキー場の駐車場で野宿する時の一番大きなメリットなのである。

雲月山野宿 雲月山スキー場近くの野宿
広々としていていい野宿地だと思った。しかし夜中に獣が走りまわる。

 但し場所が良くてもいい野宿ができるとは限らない。
 芸北町での野宿の夜、テントの周りを獣が走り回り音で目がさめた。低いうなり声を上げている。一匹だけではない。複数居る。野犬だろうか。テントの中からでは何の動物だか分からないのが怖い。薄いテント地などでは身を守ってくれないので、こんな時のためにと護身用に枕元にナタを置いておいた。普段は薪を作る時などに使うが、いざという時に襲ってくる獣に立ち向かおうというのである。そのナタを握りしめはしたものの、体は横になったまま恐怖で硬直気味。冷や汗びっしょりである。幸い襲ってくることもなく無事に一夜が明けたが、ほとんど寝ることができなかったのであった。


 スキー場での野宿に味をしめて以来、スキー場を見付けると、のこのこ野宿地探しに出向いて行くようになった。
 ところが最近のスキー場は冬場のスキー場経営だけでは物足らず、夏場にはキャンプ場やらパラグライダーの練習場やら、いろいろ経営を多角化してしまっている。オフシーズンで雑草が生い茂り、誰もいない閑散としたスキー場を期待して行ったら、カラフルなテントがあちこち設営され、子供達が走り回り、行楽客で賑やかな広場と化していたりして、がっかりさせられる場合が多い。お金を払ってまでスキー場のキャンプ場にテントを張りたいとは思わないので、しぶしぶ引き返してくるのであった。

 野宿地探し以外にスキー場に行ったことはないが、スキー自体は面白そうだと思っている。やってみたい気もある。でもどこのスキー場も混んでいそうで、雪の寂しい峠道を走るならいいが、スキー場までの雪道で渋滞に遭うのは真っ平後免である。それにあのカラフルなスキーウエアなど似合うはずもなく、アフタースキーを皆で賑やかになどというのも、性に合うはずがない。現代のスキーファッションには縁がなさそうだ。
 でもどこか地方の雪国に住んで、家の裏の戸口を開けるとそこに雪原が広がっていたりして、そのままスキーができるなんてのは夢である。静かな雪の林の中をクロスカントリースキーでのんびり散策なんてのは、是非やってみたいと思うのであった。


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