サラリーマン野宿旅
野宿実例集 No.17 北海道の無料のキャンプ場
        使わない手はない

 初掲載 2000. 4.10

 やっと春になり、そろそろ野宿も解禁だ。
 今回の冬は雪上キャンプにでも挑戦しようかと、ジムニーにテントやシュラフなどの野宿道具を、去年から積んだままにしておいた。しかし一度も使うことなく、ジムニーの燃費を悪くしただけのことだった。でも、もう少し待てば5月のゴールデンウィークである。そうなれば、やっと野宿道具の出番だ。それまで、このまま荷台にほうり込んでおこうと思う。

 今は冬場にさびついた野宿の感覚でもよみがえらす為、何年も前の野宿のことなど思い出す。
 アルバムをぺらぺらめくっていたら、一つの写真が目にとまった。現在のホームページのトップページにも写真がある、「ピョウタンの滝キャンプ場」での野宿である。場所は北海道、季節は7月下旬の初夏。いい季節だ。北海道は嬉しいことに無料のキャンプ場がある。そう沢山あるわけではないが、それでも高い値段のオートキャンプ場ばかりの本州に比べたら、北海道は太っ腹なのである。
 それに北海道にはヒグマという特別な事情がある。素人が自然の中のどこでもかまわず野宿をすると、凶暴なヒグマに襲われかねない。現実に襲われないまでも、心配でおちおち眠れないのだ。比較的大きな都市の近郊でも、ちょっと幹線道路をそれて脇道に入ると、「最近クマが出没しました」などという恐ろしい看板に出くわす。これではおちおち野宿などできないのである。その点キャンプ場なら、ひとまず安心して野宿ができる。時々おばちゃん連中のカラオケがうるさかったりするが、それもクマよけだと思えば、まあ我慢できるのである。
 今回の「ピョウタンの滝キャンプ場」は、そうした無料のキャンプ場のひとつだった。(実は、本当に無料だったかは定かでない)
 


 前日は阿寒湖畔キャンプ場に泊まった。
 キャンプ場入口には管理人の小屋があり、そこに料金表が出ていて、紛れもない有料キャンプ場なのだ。阿寒湖という観光地内にあり、阿寒湖温泉にも隣接する立地条件からして、有料なのは致し方ないことなのだろう。料金は今から8年前のことで、テント一張が確か300円前後と記憶している。
 料金表を眺めながらしばし考えた末、まあ仕方ないかと財布から小銭をジャラジャラ出して、料金を払おうとした。すると管理人のおじさんは、その車も停めるんだろうとジムニーを指差して聞くので、ハイと答えると、さらに駐車料金を請求してきた。世間知らずとは言えウカツにも、キャンプ場で駐車料金を別に取られることがあるとは思ってもみなかった。駐車料金は確か1000円程度と、テントを張る料金よりずっと高いではないか。
 小銭を握った右手を慌てて引っ込める。今更高いので止めますとは、恥ずかしくて言えない。なるべく平静を装い、財布より1000円札を出して代金を払った。身なりがみすぼらしいので尚更のこと、千数百円程度のお金なんて、何でもないよという振りをした。事実、長年独身貴族をやっているおかげで、見た目ほどには貧乏でない積もりだ。しかし、野宿をするのにそれだけの金額を払うということには、かなりの抵抗があったのも確かである。

 管理人のおじさんは、そうした私の動揺を見逃しはしなかった。料金を払い終わると管理人室から出て来て、車はどこそこに停めるといいとか、今夜は雨が降りそうだとか、荷物を運ぶのにリアカーを貸そうかなどと、やたらと親切にしてくれるのだ。それは有り難いことなのだが、かえってほっといてもらった方が気が楽なのである。ちょっと苛立った気持ちで、恨めしげに料金表を見上げてみると、確かに駐車料金の記載が別にあった。見落とした自分が悪いのである。
 リアカーは丁重に断って、荷物は持って運ぶことにした。それ程多い荷物ではなし、せいぜい2往復すれば済む量である。ところが駐車場の近くは既にテントが並び、行けども行けども途切れることがない。あまり他人の近くで野宿をしたくはないので、結局この先誰も居ないというキャンプ場の奥の方まで歩く羽目になってしまった。人の親切は素直に受けるべきであった。
 

阿寒湖キャンプ場 阿寒湖キャンプ場にて

混雑を避けて奥の方にテントを張った


 まだ他のキャンパーが寝静まっている早朝にテントを撤収し、阿寒湖キャンプ場を出発した。野宿の旅人は、そんじょそこらの、にわかキャンパーとは違うぞと、せめてもの意気込みであった。

 阿寒湖から西へ、さほどの距離もない所に「秘湖」と呼ばれる「オンネトー」という湖がある。その湖の南端にも「国設オンネトー野営場」というキャンプ場があった。湖を眺めるついでに、どんなキャンプ場だかのぞいてみることにした。恐る恐る入口に近づくと、駐車場は無料のようである。その点は良心的だ。さすがに「国設」だと、訳も分からず納得する。適当に車を停め、歩いてゲートを抜けて中に入った。
 「秘湖」と呼ばれる自然を守る為なのか、ゲート以外からは湖岸に造られたキャンプ場に接近できないようになっている。ゲートから湖の岸まで下る緩斜面が、キャンプサイトである。山に囲まれた湖の岸辺に、十分な広さのキャンプ場は期待できない。狭い敷地にはテントがぎっしり詰まっていた。朝早いので、まだ寝ている者もいれば、もそもそ起きだしてきた者もいる。しかし、テントとテントの間にはほとんど空間はなく、テントから出ても身の置き所がない。居並ぶテントの間を縫って歩いていると、なんだか難民キャンプのような気がしてきた。

 その内、異様な臭いが鼻をついた。見ると小さなトイレである。これだけの人数に対して、あまりにもキャパシティが小さ過ぎる。臭いが強いのは、トイレが水洗ではないというだけではなさそうだ。更に悲惨なのは、そのトイレの直ぐ近くにもテントを張っていることだ。キャンプ場に入ったものの、既に他にテントを張る余地はなく、仕方なかったのだろう。日本の貧困なキャンプ場の実態がそこにあった。哀れというより、悲しい気持ちになった。
 湖の岸に辿りつき、湖面をちらりと見たら、直ぐに背を向け引き返した。オンネトーは、その「秘湖」らしい神秘的な湖面の色などより、キャンプ場の強烈なトイレの臭いとして、印象に残ってしまった。

 
秘湖と呼ばれるオンネトー オンネトー

西岸沿いを通る道路より眺める
湖の向こうにそびえる山は、左が雌阿寒岳、右が阿寒富士

 


 日がな一日、北海道の奥深い自然の中の林道を堪能した後は、今日もそろそろ野宿地探しの時間である。出た所は帯広市に隣接する豊頃(とよころ)町。十勝川が太平洋に注ぎ込んでいる町だ。平地に広がる砂浜ならクマも出ないだろうと勝手に思い込み、十勝川の河口近くの浜辺に行ってみた。すると濃い霧でほとんど視界がない。海がどこにあるのか、自分が砂浜のどこらあたりに居るのかさえ、まるで分からない始末。こんな所で野宿をしては、突然霧の中から大型のオフロード車が現れて、テント目掛けて突っ込んで来るかもしれないし、急に高波にさらわれるかもしれない。それにここでは野宿をしても、何の景色も見えないのでは、全く面白くない。あっさり諦めた。
 
十勝川河口附近の浜辺 十勝川河口附近の浜辺

濃い霧で砂浜以外何も見えず、ここで野宿する気にはなれない



 十勝川の河口から数キロ離れた所に、長節沼というのがあり、そこに長節湖キャンプ場というのがあるのをマップで見つけた。早速行ってみる。キャンプ場は直ぐに見つかったが、やはり駐車場とテントサイトが区分けされている。昨日の荷物運びの苦労が頭をよぎる。
 それとキャンプ場を前にして、何となく気が進まないのだ。車が何台か停まっているので、既にキャンパー達がいることは間違いない。他人が居ると、どうも気後れしてしまう。キャンプ場の敷地が十分広く、車でそのまま乗り入れられて、目立たない隅の方に、ちょこっとテントがはれれば、それでいいのだが、衆人監視の中、空きスペースを求めてうろうろ歩き回るのはやだ。そしてやっと見つけた僅かなスペースに、近くのテントのキャンパーに気遣いながら、テント張りをするのは、身がちぢむ思いがする。ここも断念することにした。
 
長節湖 長節湖
 
看板はあるが、どこが湖なの分からない
ここのキャンプ場も気が進まない
 


 野宿地がなかなか決まらず、本来なら焦ってくるところだが、そこはそれなりに経験を積んでいるので、野宿地探しだけにきゅうきゅうとすることはないのだ。旅は旅らしく、ちゃんと寄り道もする。忠類村で国道336号を少しそれたところに、ナウマン象の化石が出た場所というのがある。古代史などには何の関心もないのだが、気が向いたので行ってみたのだった。でも結局記念碑があるだけで、何のことはない。看板によると別の場所に記念館があるそうだが、有料なのでそこまで行く気にはならなかった。ただこれだけの寄道ではあるが、今でも「ナウマン象化石発掘地」なる場所に行ったことがあるという記憶は残っている。旅なんてこんなものだろう。

 何事にも余裕は肝心だ。気持ちにゆとりがあると、考え方も柔軟になり、問題解決の糸口が見つかりやすい。野宿地探しにも、それは当てはまる。ちょっとした寄道で、ひょんな所にいい野宿地が見つからないとも限らないのだ。とは言うものの、さすがに不安になってきた。ナウマン象化石発掘地を出発する時には、車の発進も普段よりやや急で、落ち着きがないのであった。

 
ナウマン像化石発見の場所 ナウマン像化石発見の場所

石碑があるだけで、何のことはない

 


 海岸沿いがダメなので、内陸に目をやることにした。ツーリングマップ上で、「ピョウタンの滝キャンプ場」というのが偶然目に入った。その面白い名前は何を意味するのか、キャンプ場は有料だろうか無料だろうか、その滝はなにか有名なものなのかなど、さっぱり情報はない。ただただツーリングマップに示されている小さなキャンプ場のマークだけをたよりに、行ってみるのである。

 帯広市の南に隣接する中札内村を流れる札内川に、その「ピョウタンの滝」というのがある。札内川は北海道の背骨とも言われる日高山脈にその源を発し、流れは十勝川に注いでいる。道道294号から分かれた道が、札内川の右岸に沿って日高山脈に向かって伸びている。しかし日高山脈を越えることはなく、行き止まりの道だ。
 道道を離れてから10kmほども行くと、あっさりキャンプ場らしき施設が右手に現れた。でもキャンプ場に直ぐには入らず、道をもっと先の方へ進んでみることにする。わざわざキャンプ場で野宿することもなく、他にいい野宿地が見つかるかもしれないからだ。どうせ道は行き止まりなので、進めば進むほど人家はなくなり、人目を気にせずに済むだろうという目論見である。しかし道から見る限り、野宿に良さそうな空き地は見当たらない。それに、確かに行けば行くほど周囲は鬱蒼とした森林で人気はないが、逆にクマが出てきてもおかしくない状況である。結局行き止まりまで行く必要もなく、引き返すこととなった。
 


園地内にある日高山脈の説明 日高山脈の説明

この園地は日高山脈襟裳国定公園内いあるようだ
左の看板には次のようにある。
「芝生で焼き肉をされる方は、ブロックをお貸ししますので、レストハウスまでご連絡下さい」
 

 「ピョウタンの滝キャンプ場」は道より札内川に架かる橋を渡って入る。
 見ると川には段差の低い滝がある。これが「ピョウタンの滝」と呼ばれるものだろうか。規模は小さいし、ちょっと人工的な感じがする。この滝ならそれ程有名なものではなさそうだ。キャンプ場に名前を付けるのに、滝の名前を使ったというだけのことで、滝自信はわざわざ見に来る程のものとは思えない。どっちにしろそんなことはどうでもよくて、それより今は、ここで無事に野宿ができるかどうかが、差し迫った問題である。もう日はかなり傾いてきているのだ。

 中に入り周囲を見渡すと、単にキャンプサイトがあるだけの純粋なキャンプ場ではなかった。木立の中に芝生が広がり、バーベキューでもやって一時を過ごす、憩いの場としての公園の雰囲気である。ツーリングマップには滝の近くに「札内川園地」という文字もあり、キャンプ場とは別物かと思っていたが、その札内川園地の一部がピョウタンの滝キャンプ場ともなっているようだ。
 

駐車場 園内にある駐車場

車のエンジンを切り、やっと落ち着くことができた
背後には木立の中に芝生が広がる
さて、どこにテントを張ろうか

 そんな性格の公園というわけで、キャンプ場内は小さな子供達で賑やかであった。小学校中学年くらいの子供が20人くらいもいるだろうか。教師に連れられて、キャンプ実習にでも来ているのだろう。静かな大人の雰囲気のキャンプ場とは全くかけ離れている。これはかなわない。どうしようかと思っていると、公園のトイレの近くを通って小さな沢を渡り、その先に車の駐車場があった。アスファルトもひかれ、公園の設備の良さを物語っている。走りまわる子供たちに気をつけながら、ジムニーを駐車場に乗り入れた。停めてある車はほとんどなく、人の出入りはない。また、ここまではうるさい子供たちも来ないので、やっとひと心地着くことができた。

 園内にはレストハウスがあり、当然管理人も常駐していそうだ。でも、「使用届け」を出せとか、「料金を払え」といったうるさい看板は見掛けなかった。有り難い。黙ってこのままテントを張ってしまおうと思う。でも、どこに張ろうか。まさか、あの子供たちに紛れて一緒にキャンプするのはちょっとご免だ。ふと見ると、駐車場の端は川に面しており、その附近はアスファルトも途切れ、草地になっていた。そこからは川の流れを見渡すこともでき、キャンプサイトとしてはもってこいである。刈り揃えられた芝生がひかれ、あまりにも整えられ過ぎた正規のキャンプサイトなどより、ずっといいのである。それにテントの近くに車を停めることもでき、昨日の野宿のように駐車場とテントサイトの間を野宿道具の運搬で苦労する必要もない。

 早速、テント設営に取りかかる。場所の品定めをし、なるべく寝心地が良さそうな平らな地面を選ぶ。そこに出入り口を川の方に向けてテントを張った。エアーマットやシュラフをテントの中に入れ、ジムニーをテントの脇に配置すれば準備完了。設営したテントを背に草地に腰を下ろせば、目の前に自然の川や森林が広がり、ここが公園の一角とは感じさせない。園内を散策することもなく、このままここに居座ることとした。
 しかし、夕食の支度をしながらも、本来のテントサイトでない場所にテントを張っているのが気になった。今にも管理人がやって来て、「困りますよお客さん」と怒られはしまいか。それに、高い使用料でも請求されるんじゃないかと。でもそした心配をよそに、一向に誰も来る様子はない。河原に座り小石を川の流れに向かって投げたりしていると、静かに今日の日は暮れて行った。ただ、もうあたりが暗くなってしまってから、1台のオフロードバイクがライトを点けてやって来た。荷台にはシュラフやアルミマットなどのキャンプ用具が山盛りに。そして直ぐ私の右隣でテントの設営を始めた。世間から外れた野宿者同士、お互いに挨拶を交わすこともなく、無口にそれぞれの野宿の夜を迎えた。

 夜は雨になった。
 それ程強い降りではない。かすかにテントを叩く雨音がする。かえって静かな夜を感じさせる。こんな野宿もいい。


野宿の朝 野宿の朝

正規のキャンプサイトを外れて、園内の駐車場の隅にテントを張った
背後には川の流れ
昨夜は雨になった

 いつもの様に早起きをする。普段のサラリーマン生活では考えられない程早い時間である。まだお隣さんは寝ている様だ。簡単な朝食を済ませ、野宿道具を片付ける。昨夜の雨で濡れたテントを畳むのは苦労するが、それも終えて、後は生理現象。園内の設備のことはよく把握していなかったが、トイレの場所だけは記憶していた。念の為トイレットペーパーを持って出掛ける。昨日の子供たちもそろそろ起き始めていた。まだ眠たそうな顔をした男の子と入れ替わりにトイレに入る。皆が雨の為に泥だらけになった靴で使うので、トイレの中は悲惨な状態であった。ズボンの裾を汚さない様に、滑って便器の中に落ちない様に、慎重にしゃがみ込んだ。
 こうした公園で野宿すると、トイレがあって便利な様だが、汚かったり臭いが強かったりで、閉口させられるのもしばしばである。こんなことならシャベルを持って山の中に入り、野中で済ませた方がよっぽどましだ。「国設オンネトー野営場」の例もあるように、一般にキャンプ場のトイレは設備が貧弱なことが多い。テントサイトに芝生をひいたり、柵で囲ったり、散策路を設けたり、駐車場を舗装したりするより、なるべく自然のままで残し、代わりに大きな御殿の様な立派な水洗トイレと浄化設備が欲しいと思うのであった。

 出すものを出せば、直ぐに出発である。結局料金を取られることもなく、ピョウタンの滝キャンプ場はいいキャンプ場であった。でも、テントを張ったのは正規のキャンプサイトではないし、今では園内の様子などほとんど覚えていない。
 



 こうして北海道のことを思い出していたら、無性に行きたくなってきた。ここ何年かご無沙汰している北海道である。あの大陸的な雄大さ、深い自然、空の広がり、そして無料のいいキャンプ場。考えただけでも旅心がそそられるのである。今年の夏こそは、また北海道に行くぞ!!!(無事、休みが取れればいいのだが・・・)


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