サラリーマン野宿旅
野宿実例集 No.18   おすすめの野宿地
 

<初掲載 2000. 6.27> <修正 2019. 7.4>



 電子メールを頂いた方から、「どこそこにいいキャンプ地がないですか」と、時々問われることがある。そんな折り、どう返信したらいいか悩んでしまう。

 「サラリーマン野宿旅」の野宿は、旅の宿泊の手段であって、キャンプすることが目的ではない。 早々とキャンプ地に着き、アウトドアをして過ごすなどということはないのである。 陽のある内は旅を続けるのが基本。日暮れ前に野宿地が探し当てられればいい。野宿地の条件も、安全に夜が過ごせることが第一で、それが「いい野宿地」である。 「いいキャンプ地」とは、多分意味が違うだろう。

 それに、旅は成り行きで、行き当たりばったりの野宿では、二度と同じ所に野宿することはない。 今では「同じ所に二度と野宿はしない」というのが、私の野宿旅の信念ともなっている。 一度しか訪れたことのない土地で、そこが一番いい野宿地だったか、何の保証もないのだ。もしかすると近くにもっといい野宿地があったのかもしれない。 また、その野宿地が今でもあるか、分かったものじゃない。造成工事などで跡形もなく消え失せている可能性もある。

 「キャンプ地」と違って「野宿地」は、人から聞いたりするのではなく、自分で見つけるのが本筋。それが野宿旅の醍醐味でもある。

 と言いながらも、野宿地がなかなか見付けらない時は、以前野宿した所に行ってみようかなどと、ついつい弱気になることも多いのは否定できない。 「同じ所に二度と野宿はしない」という信念を通すのは、なかなかストイックなことなのである。

 しかし例外の野宿地が、この広い日本に1ヶ所だけあるのであった。そこには二度どころか、もう既に三度か四度も野宿している。 1度タガが外れると、止まらないといういい例である。今回はそこをおすすめの野宿地として紹介したい。


 ところは静岡県静岡市井川。お気に入りの土地だ。だから野宿の回数も多くなる。野宿地は大井川の上流にある井川湖の、更にそのまた上流にある。

 野宿地に行く前に、まずは大井川の最上流をご紹介。道は主要地方道60号、その名も南アルプス公園線。なんだかウキウキしてきそうな名前だ。 井川ダムに堰き止められてできた井川湖の右岸を通り、大井川に沿って南アルプスの南側の最奥まで続いている。 一時期、赤石温泉より手前で崖崩れによる通行止になっていたが、現在はその箇所を大綱トンネルがバイパスして通れるようになっている。


県道の崖崩れ  南アルプス公園線の崖崩れ、1994年頃

今はこの箇所を大綱トンネル(1997年3月竣功)でバイパスしている
<撮影 1994. 4.24>

 右に大井川の渓谷を眺めながら走ると、途中畑薙第二ダム、畑薙第一ダムが次々と姿を現す。 以前は畑薙第一ダムの堰堤を渡った所で一般車通行止であったが、現在は湖の左岸をもう少し上流まで行ける。


畑薙第一ダム上流、以前はここまで来れなかった  畑薙第一ダム上流
<撮影 2000. 5. 5>

 道路脇には所々に高速道路のキロポストのようなものが立っている。それは南アルプス公園線の終点を0kmとした距離を表したものだ。 終点の地は南アルプスの登山基地となっている。道路脇に設けられた駐車場には、季節ともなると登山者の車がズラリと並ぶ。 目の前には南アルプスの山がそびえ立つ。登山をしなくても、キャンプのついでに一度は訪れてもいい所である。


公園線終点 南アルプス公園線の終点

車のかげにある管理人小屋に、おじさんが一人暇そうにしていた
<撮影 2000. 5. 5>


 南アルプス公園線の途中には赤石温泉白樺荘がある。キャンプの合間に一風呂といきたい。 しかし営業時間が午前10時から午後4時までと短いのが難点だ。


 
赤石温泉白樺荘の入口  赤石温泉入口
 
ここから川原近くにある温泉まで降りて行く
<撮影 2000. 5. 5>

赤石温泉白樺荘   赤石温泉白樺荘

営業時間が短いので、これまで1度も入れたことがない。この時も、もう誰も居なかった。
<撮影 2000. 5. 5>


 それでは、肝心なおすすめの野宿地であるが、井川湖の上流で小河内(こごち)への分岐を右に見てから、幾つかのトンネルを抜けた先で、右に河原に下りる道がある。 その分岐は最近できた大綱トンネルのやや手前である。狭い道だが他に間違える道はないので、注意していれば必ず見付かる。


野宿地の入口 野宿地の入り口

ここより大井川の河原に急降下する
<撮影 2000. 5. 5>

 道の入口には下のような看板が立っている。キャンプ禁止などと堅いことを言わないのがいい。自分の命のことだから、川の増水くらいならいくらでも注意する。 道は以前は未舗装だったが、今は下の河原まで完全舗装である。でも道幅は以前のままなので、対向車がやって来ないことを祈ることになる。

 河原に下りる直前に、何かの建物らしい跡がある。以前はもっと痕跡がはっきりしていたと思うが、今はほとんど気付かれないくらいになっている。 怪しげな建物であったような気がしてならない


看板  増水注意の看板
<撮影 2000. 5. 5>

 降り立ったところは広い河原である。やはり野宿地はこの様に空が開けた明るいところがいい。 地面は石ばかりでなく土や草地の部分も多くあるので、テントを張るのには都合がいい。 ただし、いい場所は当然人も多く来る。キャンパーも居るが、それより釣などをして遊びに来ている者が多い。 昼間は賑わっているが、日が暮れてくると三々五々家路に着き、夜をここで過ごす者は意外と少ない。


おすすめの野宿地、広く明るい河原  おすすめの野宿地
<撮影 2000. 5. 5>

 今年の5月の連休にも、3度目か4度目の野宿をここでしたが、薄暗くなると釣人や子供を連れで遊びに来ていた家族らの車は、次々と河原を後にした。 結局テントは私以外に離れた所に一張り見えるだけである。ところが、こちらのテントの近くに後からやって来て、いつまでも居座っている2組の若いペアが居た。 どうも目障りである。4人で盛大にバーベキューでもやっている様だ。こちらはいつものレトルトのわびしい夕食である。とっぷりと日が暮れても、まだ帰る様子がない。 こちらはさっさとテントにもぐってしまった。そしてもう、うつらうつら眠り掛けた頃になって、ようやくヘッドライトの光がテントをかすめ、車のエンジン音が遠ざかっていった。 やっと、心静かな夜が訪れたのであった。


野宿の朝  野宿の朝

近くに昨夜は見掛けなかった3台のバイクと一つのテント、右端にあるのは簡易トイレ
<撮影 2000. 5. 6>

 野宿の朝は早く起きる。特にこの様にいいキャンプ地は人が押し掛けて来るので、その前に撤収してしまいたい。 いつものことだが、朝一番にテントを開ける時は、何となく不安なものだ。 夜中のうちにテントの周囲で何か異変でも起こっていないかと、恐る恐るテントのジッパーを開け、顔をのぞかせる。 すると、近くに昨夜にはなかった3台のバイクが置いてあり、その傍らにテントも一張りあった。どうもこちらがぐっすり寝ている真夜中になって、やって来たらしい。 それ以外は異常なし。すがすがしい河原の朝である。

 相も変らぬ即席ラーメンの朝食をとり、テントを撤収している間にも、バイクの連中は起きてくる気配が全くない。代わりに早くも釣人がやって来た。 野宿をしていると釣人とかち合うことがままあるが、それにしても釣人の朝が早いのには驚かされる。釣にはそこまで人を駆り立てる魅力があるのだろうか。

 この河原の片隅には小さな掘建て小屋がある。白地に赤色のストライプのある目立つ造りで、小さなたこ焼き屋の屋台のようにも見える。 多分トイレだと思っていたが、確認のため覗いてみた。中には板が2枚敷いてあり、その間に穴が掘ってある。 小屋の当初の目的は分からないが、今はやはりトイレとしての役割を担っているようだ。 ドアはあるのだが窓が大きく開いているので、立ちあがれば人が入っていることは丸見えだ。 母親が小さな女の子を連れて行くのを見たことはあるが、おとなの女性が利用するには、かなり抵抗がある代物である。


「てしゃまんくの里」のトイレ  トイレ

奥の三角屋根の建物がトイレ、立派で清掃が行き届いている
<撮影 2000. 5. 6>

 こうした正規のキャンプ場ではないところで野宿すると、確かにトイレで困ることになる。女性なら言うまでもないが、男でも「大きい方」は処置が難しい。 しかし「おすすめの野宿地」と言うからには、その点は抜かりがないのだ。野宿地から車で数分の所に、公衆トイレの立派なのをちゃんと見付けてある。

 キャンプ地の河原から県道に戻り、井川湖方面へ走る。小河内への分岐を過ぎ更に行くと、左手に井川オートキャンプ場がある。 その少し手前の右手に「てしゃまんくの里」と書かれた小屋と、車が10台ほど停められるアスファルトの駐車場がある。 その駐車場の奥に三角屋根の建物が建っているが、それがトイレである。比較的最近作られた物で、建物や設備は新しい。 虫が入らないようにと密閉性のいいドアがついていて、中は清掃が行き届き、いつもきれいだ。勿論トイレットペーパーも備わっていて、不自由したことはない。

 こんないいトイレが無料なのだから、使わない手はない。井川で野宿した朝は、まずここに寄って用を済ませ、すっきりした気分で、その日の旅を始めるのである。

 それに引き換え、道の反対側にある井川オートキャンプ場を使うと、いろいろお金が掛かりそうである。料金表を眺めてみると、入場するだけで一人300円取られる。 それにサイト使用料が1区画一日3,500円もする。そして夜はゲートが閉まり、車は夜9時から翌8時まで出られない。 野宿旅では朝が早い。明るい内はなるべく旅をしたいからだ。遅くとも朝の6時には野宿地を出発したいものである。それを8時まで拘束されてはかなわない。

 井川オートキャンプ場の営業妨害をする積もりはないのだが、今回ご紹介した河原で野宿をし、「てしゃまんく」のトイレを使えば、全くお金を使う必要がない。 それにいつも自由でいられて、やっぱり最高の選択である。

 しかし、井川にはちょっとすまないような気もする。食料は全部持ち込みで、自動販売機でジュース一本買うわけでもなく、1円たりともお金を井川に落とさないからである。 その点は、以前旅館に泊まったこともあるし、ガソリンスタンドで都会よりずっと高いガソリンを入れたこともあるし、 地元の人をヒッチハイクで乗せてあげたこともあるので、勘弁していただくとする。


てしゃまんぐ  「てしゃまんく」は力持ち
<撮影 2000. 5. 6>

 ところでさっきから、「てしゃまんく」とか「てしゃまんくの里」とか出てきたが、何のことかと思われるだろう。 トイレがある駐車場脇に案内板があるが、なんでも井川の里(田代の里)に住んでいた力持ちのことらしい。 手者万九と書き、「三十人力 手者万九居士 寛永ニ年」という墓石も里に残っているそうだ。 看板に書かれている冠石のエピソードを読むと、単なる力持ちというだけではない。手者万九とは手の達者な知恵者を意味するらしい。

 井川は、南アルプスの奥まった土地。 なかなか行けるところではないが、その静かな山里でキャンプし、昔住んでいたといういた手者万九の逸話に思いを馳せたり、その墓石を探したりと、 のんびり過ごすにはいいところである。



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