サラリーマン野宿旅

休暇


●休暇が肝心

 旅をするのに一番重要なのは何か。それは利用する交通機関,乗る車や使う道具、旅の目的地や経路などではない。会社の休みが取れるかどうか、その一点にかかっている。サラリーマンの辛いところだ。休みが取れなければ何も始まらないのだ。
 また如何にいい時期に休みが取れるかで旅が大きく左右される。紅葉が見たくても夏休みや冬休みを使って見に行くわけには行かない。
 週末の土日2日間の休みや、土日に祝日がくっついたり有給休暇を1日つけたりした3日間程度の休みなら、今のサラリーマンにもどうにかなる。しかし充実した旅をするには不足である。ある程度遠くに行きたいし、それでいてばたばたあわただしい旅は本意ではない。するとどうしても1週間以上の休みが欲しくなる。例えば有給休暇を月曜から金曜まで連続5日間取り、その前後の土日を合わせれば合計9日間の休みになる。大抵の方は有給休暇は沢山残っている。5日間ぐらいは十分あるだろう。人によっては繰り越しできずに、毎年切り捨てられてしまうほど持っている人もいる。机上の計算では2+5+2は9である事が十分成り立つのが分かってはいる。しかし実行できる日本のサラリーマンが存在するだろうか。連続5日の休暇届けを会社の上司に出せるる勇気はない。そんな事をする者はサラリーマン失格である。失格以前にサラリーマンを続けさせてはもらえない。

●会社を止めるか

 会社を止めてまでもと考える者もいる。会社を止めて日本国中、世界各国を旅している人が中にはいる。よく若者がバイクに野宿道具を山積みにしてツーリングしているが,そんな中に会社を止めて日本一周に出発してきましたなどと言う者がいる。また日本で半年、1年アルバイトで稼ぎ、貯めた資金を持って東南アジアなどを貧乏旅行する者がいる。

 しかしわれわれ節度のあるサラリーマンは,そんな人生を捨てにかかっている様なまねをすべきではない。サラリーマンをしているからこそ安定な生活があり、それをバックボーンに野宿旅ができるのだ。くれぐれも野宿旅に生活や人生をかけてはいけない(そんな奴はいない)。

●転職を機に

 特別な手ではあるが転職をする時に連続して次の会社に直ぐに出社するのではなく,1カ月程度間をおいてその間に旅をするという方法がある。人生の内にそう何度も使える手ではないし、旅をする為に転職すると言うわけにはいかないが,昨今転職はそれ程珍しい事ではない。私の周りにも中途採用の社員が沢山いる。かく言う私も転職3回のつわものであり,転職を機会に長期の旅を何度かやっている。転職は日本のサラリーマンにやっと許されてきた数少ない権利の一つである。

 しかし私のような転職ベテラン者は別として,転職の機会に休みを取ろうなどと考える余裕のある人は少ない。転職にまつわり、前の会社の残務処理,健康保険や厚生年金の手続き,退職金の処置,転職先の会社でのこれからの仕事の不安。いろいろあって旅どころではないのが普通である。そこをぐっと落ちついて,退職日と次の会社の入社日の間を1ヵ月程度あけるように転職先の会社の人事部と交渉してみるとよい。私の経験ではわりと理解してもらえた。まさか旅ををして遊びたいのですとは言えないが,長いサラリーマン生活の中で一生に一度ぐらいは1ヶ月ほど時間を頂いてリフレッシュしたいのですとでも言えば,相手も同じサラリーマン,分かってもらえると思う(保証はできかねます)。

 しかしほんとうに転職でもしない限りわれわれサラリーマンには1ヶ月などという長期休暇は一生手にする事はできない。年をとり退職した後に時間ができても遅い。まあまあ若くて体が丈夫でなけれな野宿旅などできない。仮にできたとしても例えば60才過ぎてみすぼらしい姿で野宿している光景は何となく異常である。よっぽど複雑な事情があるのではないかと警察でも呼ばれかねない。

 勤勉で知られるドイツ人には毎年1ヶ月の夏休みがあると聞く。私が元気でサラリーマンをやっている間に、この日本で連続して10日を超える休みが毎年自由に取れるような時代がやって来るだろうか。

●3大連休

 日本のサラリーマンに毎年保証されている長期の休みとなると、結局のところ5月初旬のゴールデンウィークと8月お盆前後の夏休み、年末年始の冬休みの3つが相場である。この3大連休に心血を注ぐことになる。どれも5日程度からそれ以上の連続休暇としている会社が多い。それら会社が決めた休みに有給休暇を1日でも付け足す事ができれば幸せ者である。

 しかし問題なのは日本全国ほとんど一斉に休む事だ。中には夏休みをフレックス制にして時期を自由に選べるとしたところもあるが、そうした良心的な会社はまだ少ない。その結果ご存知の民族大移動という現象が毎年飽きもせず繰り返される。その大移動の波に罪もない野宿旅の旅人も少なからず巻き込まれるのである。


渋滞50Km 東北自動車道の渋滞
盛岡まで行くつもりなのに、「館林−宇都宮渋滞50km」とは先が思いやられる

●渋滞

 実際に経験した者にとっては身の毛もよだつ恐ろしい日本の風物だ。テレビの前でアナウンサーが「東北自動車道50Kmの渋滞」などと喋っているのを炬燵に入ってミカンでも食べながらのんきに聞いているならよいが、その50Kmの直中でカーステレオから流れてきた日には背筋が寒くなる。会社までの片道15Kmでさえも長いと思っているのに、50Kmの車の列など想像を絶している。東京近郊では渋滞など日常茶飯事だが、高速道路の超大型渋滞は別格である。

 まだ超大型渋滞の恐ろしさを知らないうぶな頃、ある年のゴールデンウイークに四国の山中を旅した後、本州に渡って岡山県津山ICより高速道路を使って東京まで帰ることとした。その日は瀬戸大橋を渡り、雄大な景色を見た後で気分もよく、残された帰路の長距離ドライブもさほど気にしてはいなかった。その日はできるだけ距離を稼いで名古屋を過ぎた辺りで一泊し、次の日の午前中には家に着けるかもしれないなどと甘い考えを持っていた。
 しかしまもなく渋滞に巻き込まれた。日が暮れてもまだ大阪にさえも届かない。考えてみれば当然だ。都会は東京だけではない。大阪、名古屋といった大都会に近付くたびに渋滞になる。東京から遥か遠くにいて、東京に近付く時の渋滞しか頭になかった。中央高速なら笹子トンネル付近から始まる渋滞しか経験はないし、意識もなかったのだ。
 夜になり路上に見渡す限り赤いテールランプがつながった光景は幻想的であった。きれいと表現してもいい。腹が立つ前にこの異常な状態の中から生きて帰れるのだろうかという心配が先に立った。閉所恐怖症という病気がある。私には若干その気がある(大脱走のチャールス・ブロンソン)。この長い車の列からは自由に抜け出すことができない。そして自分は狭い車の中にただじっとして座り、時々前のテールランプが動けばその分だけこちらの車も詰めるという単純作業を繰り返す。それがいつ果てるとも知れない。閉所恐怖症の症状が出るのではないかと心配になった。
 また一度道路の渋滞が始まるとあらゆるものが渋滞してくる。サービスエリアはそこに入るでけでも車の列ができてしまう。やっと入っても車の洪水で駐車スペースを探すのに一苦労。トイレ、食堂、売店、電話ボックス、全て長蛇の列。特に困るのはガソリンである。のろのろ運転を続けてしているからガス欠が心配になる。誰しもガソリンを満タンにしておきたいと思うのが人情だ。その結果サービスエリアのガソリンスタンドの周りは蟻がたかったように車が押し寄せる。どこにどのように順番待ちしているのか全く分からない始末だ。皆先を争って殺気立っている。ぼやぼやしていると取り残されてしまう。
 結局その日はさんざん待たされたがどうにかガソリンを入れる事はでき、サービスエリアの一画に車を停める場所を確保する事もできたので、そのまま車内泊と決めて仮眠した。しかしまだ大阪のずっと手前である。翌朝明るくなると直ちに高速道路の流れに再び入った。今日は連休の最終日、今日中には家に帰り着く必要がある。明日からはまた会社が始まるのだ。その後も大阪、名古屋、東京と次々襲ってくる大渋滞を乗り越えなければならない悲惨な運命が待ち受けていた。

車の列 東北自動車道の渋滞
見渡す限り車の列。夜になるとテールランプの明かりがきれい…、なんてのんきなことは言ってられない。


●連休の使い方

 このように3大連休はまともにいったのでは跳ね返されてしまう。しかしこれを利用する以外に我々に残された道はない。そこで工夫する。
 まず誰しも考えるのは連休の前後に有給休暇を付け足すことだ。人より早く出発する、または人より遅く帰って来る。一日違うだけで天国と地獄である。しかし言うだけ無駄だ。簡単に有給休暇が取れるなら始めから苦労はしない。

 それでは時間帯を工夫してみる。これも当たり前だが朝早く出発してみる。例えば東京近郊から地方に出かける場合、東京から離れれば離れるほど渋滞から逃れられる。渋滞が異常発生する前に抜け出せばよい。また帰って来る時間も夜中とか早朝にするなど工夫してみる。しかし夜中でも高速道路を走っている車は思いの外多い。また普段の生活のリズムが崩れるので体に悪い。会社の始まる日の朝に家に帰り、そのまま出社などどいうのを試みてみたが辛いものがある。しかしその日一日適当に仕事を乗り切ってしまえばこっちのものだが。

 時間的な自由度がだめならば、空間的な自由度について考察してみる。すなわち高速道路を使わないのである。かといって高速道路とほぼ並んで走る国道を走るという意味ではない。思い切ってコースを外すのである。非常に大回りになるが渋滞でいらいらするよりましである。そしてなるべく辺ぴで険しい道を選ぶ。そもそもそうした道を好むのが野宿旅である。単なる移動と考えるとうんざりする道も、野宿旅の一部と考えれば楽しいものだ。

 ある旅の終わり、長野県は諏訪市より都心に向かって帰路についた。常識では中央高速に乗って帰るが、渋滞を予想して麦草峠を越えて臼田町、田口峠を越えて埼玉県南牧村、塩ノ沢峠を越えて上野村、志賀坂峠を越えて秩父市、山伏峠を越えて名栗村、小沢峠を越えて東京都青梅市と帰ってきた。確かにこのコースなら渋滞など何処吹く風である。田口峠越えなど誰も通らず寂しいくらいであった。しかし塩ノ沢峠に差し掛かる頃には日が陰り、志賀坂峠を下る時には真っ暗になってしまった。夜の峠越えは薄気味悪い。高速道路のテールランプの方が良かったと後悔した。しかも掛かる時間では渋滞したとしても高速道路を使った方が有利だ。度が過ぎるのも考え物である。


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