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畳平
  たたみだいら  (峠と旅 番外編)
  車道最高所の峠のような峠でない峠道
  (掲載 2017.10.20  最終峠走行 2016.10. 7)
   
   
   

<車道最高所>
 峠は登って下る最高点という簡単な定義からすると、畳平(たたみだいら)に隣接する長野・岐阜県境を越える道は正に峠である。 以前は、日本に於いて一般の車道が通る最高所、言い換えればマイカーに乗って行ける最高所として知られ、公には標高2,715m(2,716mとも)という数値が示される。しかし、この場所を誰も峠だとは言わない。
 
<最も高い車道の峠>
 車道が通じる峠で、どこが最も高いだろうかというのは素朴な疑問だ。それに対する答えは、概ね大弛峠(おおだるみとうげ)ということになっている(標高三大峠)。標高は2,360mである。そこで問題となるのは、畳平は本当に峠ではないのかということである。畳平が峠なら、大弛峠より350m以上も高い峠が存在することになってしまう。

   

<所在>
 乗鞍岳から北に続く稜線上、富士見岳(2817m)と大黒岳(2772m)の間の緩やかな鞍部にその問題の地点はある。 その稜線に接して岐阜県側に広がる平坦地を一般に畳平と呼んでいるようだ。乗鞍岳への大登山拠点となる。長野県側は松本市安曇(あずみ)・旧南安曇郡安曇村(あずみむら)で、岐阜県側は高山市丹生川町(にゅうかわちょう)岩井谷(いわいだに)・旧大野郡丹生川村(にゅうかわむら、にうかわむら)岩井谷となる。

   

<地形図(参考)>
国土地理院地形図 にリンクします。
   


(上の地図はマウスによる拡大・縮小、移動ができるようです)
   

<畳平への道>
 畳平へは、長野県側からは県道84号(主要地方道)・乗鞍岳線(乗鞍エコーライン)が登って来ており、岐阜県側からは県道5号(主要地方道)・乗鞍公園線(乗鞍スカイライン)が県境手前まで到達している。 県境を越えているのは県道84号の方で、岐阜県側に入って300m程進み、畳平の中で県道5号に接続しているようだ。ただ、この点は微妙で、地図によってやや記載が異なる。
 
<マイカー規制>
 乗鞍エコーラインや乗鞍スカイラインは、以前は自ら車を運転して走ることが出来たが、環境保護を目的に畳平へのマイカーの乗り入れが規制されるようになった。 乗鞍エコーラインは平成15年(2003年)7月から、乗鞍スカイラインは平成15年(2003年)5月からと予告された。スカイラインは毎年11月初旬から翌年の5月中旬まで冬期閉鎖だから、実質的に2002年が一般車両の走り納めとなった。

   
2002年に訪れた時もらったチラシ (撮影 2017.10.17)
   

<2002年の渋滞>
 その年の9月にノコノコ出掛けたのは大失敗だった。長野県側からも岐阜県側からも、頂上の畳平へと向かってマイカーが押し寄せて行った。 畳平にある駐車場は広いものの、それでも限界がある。一般的な峠道なら、峠は単なる通過点に過ぎず、ちょっと立ち止まる程度のことはあるかもしれないが、長く留まることは滅多にない。 しかし、畳平は観光地であり登山基地でもある。周辺を散策して眺めを堪能したり、乗鞍岳頂上まで登山に行ったりと時間を要す。一旦駐車場に入った車は、容易には出て来ないのだ。長野県側から登るエコーラインに並ぶ車は畳平に近くに連れ、ほとんど動かなくなった。

   
長野県側からエコーラインを登る (撮影 2002. 9.29)
この先に見えている鞍部が県境
路上にはマイカーが列を成している
   

<渋滞の様子>
 同乗者(後の妻)が、車を降りて歩いて様子を見に行った。随分先まで行ったようで、なかなか帰って来ない。 やっと姿が見えたと思ったら、血相を変えてぎこちない足早でこちらに向かって来る。そして車内に入るなり、「クマが居る」と言う。唐突な話で状況が呑み込めない。 こんなに車がひしめく中、野生のクマなど出てきそうにないと思うのだが、どうやら本当にクマを見掛けたようだ。上の稜線に近い所に子グマらしい小さなクマが歩いていたらしい。 ただ、私が見上げた時はもう、影も形もなかった。親グマにはぐれ、誤ってノコノコ人の目に付く所に出て来てしまったのかもしれない。場合によっては親グマが近くに居て、危険な状態だったかもしれないと、胸を撫で下ろす。しかし、肝心な渋滞の状況ははっきりしない。どこまでも車の列が続いていたそうだ。

   
マイカー規制直前で混雑する県境 (撮影 2002. 9.29)
県境看板には「岐阜県 丹生川村」とあった
   
前の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2016.10. 7)
この時はバスで畳平を訪れた
県境看板は「岐阜県 高山市」に変わっていた 
   

<畳平到着>
 暗雲たる気持ちでそのまま列に並んでいた。車列は、少し進んでは暫く全く動かない。また少し進み、また止まる。その繰り返しだ。そんな尺取り虫走行でも、やっとどうにか県境に達した。その先が畳平だ。

   
マイカーが列を成す県境 (撮影 2002. 9.29)
県境看板は「長野県 安曇村」
   
前の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2016.10. 7)
県境看板は「長野県」とのみ、下には薄く「松本市」とある
   

<畳平素通り>
 畳平は岐阜県側から登って来た乗鞍スカイラインの終点に駐車場がある。そこが車道の行止りともなる。 県境を越えて来たエコーラインもスカイラインに合流し、双方の車が駐車場入り口へとなだれ込んでいる。しかし、駐車場に空きができない限り、もう一歩たりとも進まない。さすがにこれ以上辛抱できなくなった。やっとたどり着いた畳平だったが、素通りすることとした。

   
鶴ヶ池を中心に広がる畳平 (撮影 2002. 9.29)
駐車場の空き待ちの車がスカイラインに並んでいる
   
前の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2016.10. 7)
   

 今度は私が車を降り、スカイラインとの合流点付近を偵察する。岐阜県側から登って来た車も長い列を作っていた。やはりこれではらちが明かない。 車に戻ると意を決し、左脇に寄って停まる車列を抜け出し、スカイラインの下り車線までどうにか辿り着いた。後はスイスイである。 畳平を目指す車の渋滞を横目に、スカイライン起点の平湯峠へと下る。しかし、畳平を初めて訪れた妻は、とても残念がっていた。夫婦で再び訪れたのは、その14年後となった。

   
エコーラインにも駐車場待ちの車が溢れている (撮影 2002. 9.29)
この先でスカイラインに合流し、車列は左手の駐車場方向に曲がって行く
   
県境から岐阜側を見る (撮影 2016.10. 7)
前の写真より少し県境寄り
   

<畳平の標高>
 畳平には、どこにも流れ出す川のない鶴ヶ池があり、畳平の象徴のようにして青い水が溜まっている。畳平ではその池が標高が低い部分になる。 文献などでは畳平の標高を2,740mとしているのもあったが、古い数値なのか、あるいは畳平の別の場所を指しているのかもしれない。
 
 現在の畳平の公称の標高は約2,700mだ。更に細かくは2,702mという数値が示される。スカイラインの終点に乗鞍バスターミナルなどの建物が立ち、その前に鶴ヶ池駐車場が広がる。 その平坦地が2,702mとなるようだ。駐車場の一角に標高を示す看板も立っている。ここがバスが通る最高所、最高所にあるバス停ともなる。

   
「終点畳平 標高2700m」とある (撮影 2002. 9.29)
エコーラインがスカイラインい接続した地点
この奥が道の終点
   
「終点畳平 標高2702m」とある (撮影 2016.10. 7)
スカイラインの終点
   

<初めての畳平>
 畳平には1993年9月にジムニーで訪れた。単に車道最高所ということに魅かれてやって来たもので、乗鞍岳の登山基地だという認識もなかった。 当時から畳平の駐車場は満杯で、必ずしも登山者だけではなく、一般の観光客も多かった。三角形の飛騨森林管理署の奥に、新しく大きな建物を建設中だった。現在の乗鞍バスターミナルだったようだ。

   
以前の鶴ヶ池駐車場 (撮影 1993. 9.11)
飛騨森林管理署の三角形の建物が立つ
その右隣に現在の乗鞍バスターミナルを建設途中
   

<現在の畳平>
 飛騨森林管理署、休憩所やレストランを兼ねた乗鞍バスターミナルの他に、乗鞍本宮や銀嶺荘・白雲荘の宿泊施設が立ち並ぶ。もうマイカーで混雑することはなく、ゆったりしている。それでもバスを使って訪れる者は多い。最近の世相を反映し、高齢者の登山客やアジア系外国人の観光客が目立つ。

   
乗鞍バスターミナルなど (撮影 2016.10. 7)
左手奥が乗鞍岳、その手前に宇宙線研究所など
   

<県境の標高>
 スカイラインが県境を越える部分は、畳平の鶴ヶ池駐車場(2,702m)より僅かに高い。パンフレットなどで2,715mまたは2,716mという数値が示されている。 現在の地形図でもほぼその標高に道が通じる。富士見岳から大黒岳へと続く稜線の鞍部の様子を眺めると、改めて「峠」と言っても良さそうに思えて仕方がない。

   
岐阜県側から県境を見る (撮影 2016.10. 7)
正面の鞍部より左手前に通じるのがエコーライン、手前の左右に通じるのがスカイライン
右奥に登るのは観測所などへの道
   

<車道の開削>
 平湯峠でも触れたが、この畳平への車道の開削は、戦時中に始まった。 昭和18年に当時の陸軍が、成層圏での航空エンジンの研究をする為、岐阜県側の平湯峠から乗鞍岳山頂近くまで乗鞍軍用道路を作った。それが乗鞍岳へと車道が通じた最初となったようだ。その後、戦後の昭和23年に平湯峠から畳平までが岐阜県道となる。更に昭和44年から観光用としての再整備が進められ、昭和48年7月に現在の乗鞍スカイラインとして開通している。
 
<車道最高所>
 畳平より更に南の乗鞍岳(最高峰の剣ケ峰)頂上方面へと登ると、東京天文台コロナ観測所・宇宙線研究所・山岳気象観測所・高山医学研究所などの学術研究施設が点在する。 その道は、通常は乗鞍岳への登山道の一部として使われ、車の進入はできない。しかし、道幅は十分に広く車の通行が可能な車道となっている。元はそれらも乗鞍軍用道路ではなかったろうか。 乗鞍岳の一部となる摩利支天岳山頂にもコロナ観測所があり、そこまで関係車両なら登れるようだ。その標高が2,872mである。一般車は入れないが、そこが車道が通じる最高所と言えるのではないだろうか。
 
 尚、普通の車では行けないが、ブルドーザーなら富士山も登れる。石原裕次郎主演の「富士山頂」という映画あるが、それを見るとほぼ頂上近くまでブルドーザーが到達していた。 裕次郎もそれに乗って映画撮影に出掛けたのではないかと想像する。富士山ならもうそこより高い場所は日本になく、文句なく最高所だ。
 
<マイカー最高所>
 畳平がマイカー規制となった現在、マイカーで行ける最高所はどこかとなると、多分、静岡県の富士スカイラインの終点、新五合目付近の約2,380mではないだろうか。それまでの畳平近くの県境2,715mよりグッと低くなった。それに僅差で大弛峠の標高2,360mが続く。

   

<畳平は峠?>
 話は最初の疑問に戻って、乗鞍エコーラインが越える県境部分は、果して峠であろうか。その地形的な形態からすると峠に酷似する。 しかし、通常の峠道は、峠を越えた先に目的地があり、あるいは峠を挟んだ両地域の人の往来・物資の輸送を目的とする。峠はあくまで一通過点でしかない。 その点、エコーラインもスカイラインも、頂上の畳平が最大の目的地となる。戦中は航空エンジンの研究を行い、戦後は宇宙線などの学術研究や乗鞍岳登山に使われる。それに峠道はなるべく楽に峰を越えようとし、わざわざ高い所には登らない。乗鞍岳の南には野麦峠(1,672m)が通じ、北には安房峠(1,790m)が越えている。長野と岐阜の県境を跨いで行き来するのに、2,700mの高所まで登る必要はない。
 
 畳平にある一見峠の様な部分は、そこに通じる道の使われ方・利用目的の観点からすると、やはり峠とは言えないようだ。 エコーラインやスカイラインを登って辿り着いた畳平では、その周辺に広がる素晴らし眺望に感動させられる。しかし、遥々と峠を越え、その向こうの地に向かうという、峠本来の感慨はない。

   
   
   

 前回、平湯峠を掲載しながらこの畳平を訪れたことを思い出していた。以前はマイカーで訪れることが出来る最高所として、とても気になる存在だった。しかし畳平に通じる道は峠道ではない。そこで、ややこじつけでの掲載となった、畳平であった。

   
   
   

<走行日>
・1993. 9.11 長野県→岐阜県 ジムニーにて
・2002. 9.29 長野県→岐阜県 キャミにて
・2016.10. 7 長野県側からバスで畳平まで往復
 
<参考資料>
・角川日本地名大辞典 20 長野県 平成 3年 9月 1日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典 21 岐阜県 昭和55年 9月20日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典のオンライン版(JLogos)
・県別マップル道路地図 20 長野県 2004年 4月 2版 7刷発行 昭文社
・県別マップル道路地図 21 岐阜県 2008年 2版15刷発行 昭文社
・中部 2輪車 ツーリングマップ 1988年5月発行 昭文社
・ツーリングマップル 4 中部 1997年3月発行 昭文社
・ツーリングマップル 4 中部北陸 2003年4月3版 1刷発行 昭文社
・その他、一般の道路地図など
 (本サイト作成に当たって参考にしている資料全般については、こちらを参照 ⇒  資料

<1997〜2017 Copyright 蓑上誠一>
   
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