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富士見峠  路線バスの通る峠


<掲載 1998/ 9/18>
今月の峠 1998年 9月 (峠と旅 No.063)
新しい富士見峠のページ(掲載 2019. 7. 4)

富士見峠
富士見峠  落合側より見る (撮影 1998. 5.23)
上の道路標識には「↑えほんの郷18Km、↑井川ダム13Km、P富士見峠→」とある

 富士見峠は定期バスの経路にある。バスは静岡県静岡市の市街地真っ只中にある静岡鉄道新静岡駅と、富士見峠を越えて、同じ静岡市なのではあるが市街地とは比べ物にならないくらい山懐深い井川とを結んでいる。
 
 井川とは、大井川のずっと上流の井川ダムによって堰き止められた井川湖畔にある集落の名でもあるが、ここでは井川湖周囲の地域全体を指す地名として井川と呼ばせて頂く。

 井川への陸路は鉄道だと東海道本線金谷より蒸気機関車も時折通る(今は通らないのか?)大井川鉄道大井川本線を使い、さらに千頭より小さなトロッコ列車の井川線を乗り継いで井川ダム近くの井川駅まで行ける。 車だと、ほぼその鉄道沿いにも行けるが、その道は接阻峡近辺が険しく、マイナーな道である。 また山伏峠(大笹峠)で紹介した山梨県よりやって来る林道もあるが、しょっちゅう通行止でこれも極めてマイナーである。
 
 やはりメインルートはこの富士見峠を越える道だ。しかもあのオモチャの様な井川線のミニ列車を見てしまったら、尚更この道が井川へ通じる陸路の唯一の頼みの綱だとさえ思えてくる。 しかし、そのメインルートがこれまた狭くて曲りくねっているのだ。

   

 この「峠と旅」で取上げてきた峠は、ただでさえ通る車などほとんどないものばかりで、ましてや路線バスが越えている峠など、これまでなかったのではないかと思う(確信はないが)。 中には昔は国鉄バスが運行していたと言われる峠もあるにはある。例えば矢ノ川峠がそうだ。しかし実際に訪れてみると、バスが走っていたなどとは到底想像もできない峠道だ。 それに現在の矢ノ川峠の道は峠から半分は廃道と化し、オートバイでも通れたものじゃない。
 
 そんな峠ばかり取上げてきたが、この富士見峠は一応現役でバスが通る。 それでもその峠道の味わいは他の峠と比べて、そん色がないのである。 このホームページを見てメールをくれた女性から、自分には自家用車の足がないので、バスで越えられるいい峠はないかとの問いがあったのだが、その時はないと返答してしまった。 しかし、ここにちゃんとあったではないか。

   

 そういえば、まだ運転免許も持っていない以前に、一度だけこのバスを使って井川への旅をしたことがあった。
 
 新静岡駅を出発したバスの中は、満員ではないにしろ、そこそこ座席が埋まっている。 賑やかな静岡市の市街地を抜け、北に伸びる安倍川沿いの道に入れば、早くもバスの車窓からはのどかな景色が眺められた。 そのままその道を真っ直ぐ行けば、安倍川最上流にある梅ヶ島温泉に通じる。井川行きのバスは途中で安倍川を右岸に渡り、一路西に向かって進む。 道は主要地方道27号井川湖御幸線。 しかし、間もなくバスは落合にて県道189号三ツ峰落合線に入る。実は御幸線も大日峠を越え、その先で富士見峠を越えて来た道に合流して井川湖に通じている。 バスの経路として富士見峠と大日峠とどちらがいいかと言えば、どっちもどっちなのである。
 
 お茶で有名な静岡だけあって、山の斜面に茶畑が目を引く。きれいに刈り整えられた茶畑は、見ていて気持ちがいい。 しかし山の峰が迫り、道が険しくなるともう遠望はきかず、周りには林が迫ってくる。バスが急カーブを曲がるたびに、窓の景色はくるくる回りだす。

 バスは一度休憩の為に停まる。小さな山の中の店屋の前で、僅かな路肩に大きな図体を寄せて停車する。 店のトイレが借りられることになっているらしく、乗客の一部が降りていく。私はトイレの心配より、乗り物酔いが心配であった。 子供の頃のバス遠足では嫌な思い出がある。しかし今回はこれだけくるくる回っても、今のところは大丈夫そうである。ほっとしながら出発を待った。

   

南アルプル公園線分岐
笠張峠の近く (撮影 1998. 5.23)
左は県道189号三ツ峰落合線 右は県道60号南アルプス公園線
手前は富士見峠へ

 バスが行く道に沿っては西河内川が流れている。木々に囲まれて視界が広がらない代わりに、時折見えるその沢の流れが目を楽しませてくれる。 大きな岩が滝を造っている箇所もある。
 さらに行くと道は県道60号南アルプス公園線に合流する。峠を越えて井川に通じているのはこの県道である。 しかし南アルプス公園線はつい最近まで一部未開通で、それまでは峠まで車で行くには、やはりこのバス路線を使うしかなかった。 この近辺をよく車で走り回っていた時、どうしても南アルプス公園線を完走できないのが心残りで、未開通区間を歩いて通ったことがあった(今思えば全く変人としか考えられない)。
 この県道の分岐の近くは地図によると笠張峠であることになっているが、走っていてもどこがそうなのかは判然としなかった。

   

峠の標識
峠にある標識 (撮影 1998. 5.23)
「井川高原国民休養地」
「富士見峠」
「ようこそ井川へ」

林道開通記念塔
「井川林道開通記念塔」 (撮影 1992. 8.15)

 富士見峠はそれまでの道とは対照的に明るく開けた峠で、駐車場があり、峠の標識や林道開通記念塔などがあり、当然バス停もある。 しかしこんな所でバスを降りる人は滅多にいない。降りても近くに人家はないし、どこに行くにもまたバスが来るのを待つしか、他に交通手段がないのである。

   

 峠を井川に下ると、暫くは眺めがよく、井川湖が見下ろせる箇所もあったと思うが、下るにつれてまた木々の中の急カーブの連続となる。 ゆれるバスに催眠術をかけられ、呆然と意識が遠ざかりそうになった頃、一つの暗いトンネルを抜けた先で、ぱっと明るい井川ダムの堰堤に躍り出る。 我に返って、やっと目的地に着いたのを悟る。堰堤を渡った突き当たりのT字路を右に行けば、ダムの管理棟などを過ぎて湖の展望所に出る。 バスはT字路を左に進み、近くにある井川駅へ向かう。

   

 バス停で降りて展望所まで歩いて戻る。ひとしきり湖面を眺めれば、他に何もする当てがない。もともとただ来るだけが目的の様な旅である。 徒歩ではどこにも行けないし、早々と帰ることにした。まさか帰りもバスでは能がないので、井川線のミニ列車に乗ろうと駅まで戻ったが、生憎観光シーズンで乗客がいっぱいである。 乗れずにこんな所にひとり取り残されたら大変である。一方バスの時刻表を見ると、もう直ぐ静岡行きが発車である。 バスの方も便が極めて少なく、これを逃すと次がなかなか来ない。迷った末、仕方なくバスに乗り込み、また峠道に揺られる羽目となった。

   

峠を行くバス
バスが静岡市街に向けて峠を下って行く
(撮影 1998. 5.23)

峠のバス停
「富士見峠バス停 静岡鉄道」 (撮影 1998. 5.23)


 ある時また車で峠を越えに来て、峠でぶらぶらうろついていたら、偶然バスが井川の方からエンジン音を響かせて登って来た。 車では何度も来ている峠道だが、これまでバスを見掛けたことがない。それほど便が少ないということである。しかしこの道の途中でバスになど出くわさなかったのは幸運だ。 マイクロバス程度ならまだいいのだが、本格的な大型バスだから、すれ違いがこれまた大変なのである。
 
 バスは乗客を降ろすでもないのに、バス停で止った。近くをうろつく私を利用客とでも思ったのだろうか。 しばし遠ざかって様子をうかがっていたら、またおもむろに巨体を揺らして静岡市へ向けて峠を下って行った。

   

井川湖
井川湖  展望所より (撮影 1998. 5.23)


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