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月夜沢峠
 
つきよざわ とうげ

<初掲載 2000. 2. 6> 本格的な未舗装林道の峠

 
月夜沢峠
月夜沢峠
手前は長野県開田(かいだ)村、奥が同県奈川(ながわ)村
村と村の境にしては、非常に険しい峠なのだ
遠くにそびえるは乗鞍岳だろうか
 
 愛用のツーリングマップの月夜沢峠がでているページは、早くからほとんどの道に黄色いマーカーが塗りたくられていた。黄色いマーカーとは自分でバイクや車を使って通ったことを示す印である。それほどこの信州の近辺はよく旅をした所なのだ。しかし、なぜか月夜沢峠の部分だけは、ぽっかりあいた空白のように、いつまでも黄色く塗りつぶされることはなかった。もちろん峠があるのは分かっている。しかしどうも関心が向かなかったのだ。
 一度開田側より入りかけたことがある。しかし途中で通行止の看板は出てくるわ、道はダートで草に埋もれてるわ、支線林道など通行止でなくても入る気にならないほどの荒れ方だわで、結局途中で引き返してしまった。それでなくとも以前から、何となく近寄りがたい怖そうな峠に思えていた。それでずっと縁遠い峠となっていたのだ。それに開田村には野宿に良さそうな所がいっぱいあるのに、村の条約かなにかでキャンプ禁止となっているのが許せない。でもいつまでもマップに空白地帯を残しておくわけにはいかない。ここはひとつ反対側の奈川村より峠を目指すとした。
 
 奈川村は、峠としてはあまりにも有名なあの野麦峠で、お隣の岐阜県と繋がっている。その峠を通る県道39号奈川野麦高根線、通称野麦街道の途中より月夜沢の峠道は始まる。県道より直ぐにも未舗装の林道だ。入口には左側に並んでもう一本砂利道がついているが、それは近くの河原に下りて行く。前日はその河原で野宿した。奈川村はキャンプ禁止などと堅い事は言わないのである。とてもいい野宿地であった。
 林道入り口の左脇に、木の柱の林道標識がある。草に埋もれているので、注意して探さないと見つからない。車を運転しながらでは、尚更気が付くのは不可能だろう。そこに「奈川林道」とあるのが辛うじて読める。他にも何か書いてあるのだが、古ぼけてよく読めない。その傾き朽ちかけた小さな木の柱を除けば、県道上にそこで分岐するか細い林道の正体を示すものがないのだ。同じ峠でも観光客がわんさか訪れる野麦峠と比べると、月夜沢峠の存在は消え入りそうなほど寂しいのである。
 
 実はツーリングマップには「月夜沢林道」という記述はあるが、「奈川林道」なるものは出てこない。この林道で本当にいいのだろうかと不安であった。そこで野宿の朝は早起きして、まず野麦峠まで往復してきた。以前に野麦峠を訪れた時は、観光客があまりにも多いので素通りしてしまっていた。今回は早朝なのでゆっくり野麦峠を見て回る為でもあった。その調査の結果、奈川林道以外にそれらしい分岐は発見されず、やっとその道に入る決心がついたのだった。
 
 林道は最初不自然なほど直線的で、そこを抜けるとちょとした広場に出る。その一角に何か石碑のようなものがあった。そしてその碑の傍らには一人の女性が立っていた。周囲には人家など全くないこんな山深いところで、しかもまだ日が昇ったばかりの早朝である。しかしその人はお化けなどではない。昨夜この近くで一人でキャンプした女性キャンパーである。きのう野宿地を求めて河原に下りた時にちょっと見掛けていた。それにしても女性一人でキャンプとは珍しい。何か深い事情でもあるのかと話しを聞きたいところだが、相手に怖がられると困る。何か勘違いされて悲鳴でも上げられたら事なので、知らん振りして通過した。
  
奈川林道
奈川林道
森を抜けてやや開けてきたところ
でも道はぬかるんで険しい
 広場を抜けると密林の中に入る。前方の道を何かが横切った。その場所まで来て車を降りる。背後でキャーキャーと甲高い鳴き声。頭上の木の枝が大きく揺れる。周囲に猿が何匹か居るようだ。こちらを威嚇しているらしい。直ぐに車に戻る。周りは鬱蒼と樹木が茂り、それでなくともあまり車から出たくない道である。こんな所は車と言う鉄の鎧をまとわなければ、普段サラリーマンをやっている文明人には、通れたものじゃないのである。

 しばしの我慢で森を抜けると、徐々に谷間の景色が広がる。しかし道は相変わらずじめついて、ぬかるんだ箇所もある。なかなか険しい。崩落の痕跡を生々しく残すところもあり、景色に見とれてはいられない。要注意である。

 

 更に高度を上げると、益々景色はいいのだが、益々見ている余裕がなくなる。岩盤が露出した如何にも険しい山岳道路の様相を濃くする。路面にも角張った石がごろごろ転がるようになってきた。久しぶりの本格的な林道で、車の運転が慎重になる。

 道幅が狭い上に路肩が脆そうな箇所が現れた。脱輪したらそのまま落ちてしまうだろう。運転席からは崖の底がどこにあるのか見当もつかないので尚更恐ろしい。車から降りて崖の下をのぞいてみると、ほとんど垂直に遥か下の谷底まで切れ落ちていた。よくこんな所に道を切り開いたものだと感心する。

 ほんとにちょっと間違えば谷底まで真っ逆さまで気が抜けない。それでも時々車を停めて、視線を路面から上げれば、見渡す限り山また山。景色は抜群である。

険しい奈川林道
峠道最大の難所  狭い道に脆そうな路肩
ガードレールもつけようがないのか
崖は垂直に切れ落ち、落ちたら昇天間違いなし

 

那須橋
見渡す限り山また山
でも景色を見るときは車を停めてから

 

峠を望む
前方に峠
 難所を過ぎると峠が近いたのが分かる。振り返ると幾重にも連なった山並が、もうほとんど目線の高さに広がっていた。これから越える稜線ももうすぐそこだ。こうした開けた山岳道路は、自分の現在地や峠の位置が読み取れるので好きである。

 道も心持ち安定して、安心して走れるようになる。すると前方に峠がはっきり見えた。雄大な山岳道路にふさわしく、高い稜線を雄大に越える峠である。

 

 峠が越える稜線部分はほとんど水平で、あまり鞍部という感じがしない。まるで稜線という垂直に切り立ったまっ平らの壁を、ひょっこり越えていくかのようだ。切り通しも幅が広く、空に開けた峠である。
 峠手前左に林道が一本分岐するが、ゲートで通行止。その上草木で覆われ、もう道の体裁をなしていない。
 峠のまさに頂上の境界部分に開田村の林道標識が立っていた。「月夜沢併用林道終点 巾員4.0米 延長4,842米」とある。奈川村側が奈川林道で、開田村側は月夜沢林道と呼ぶことになるらしい。

 月夜沢という名は、木曽福島に関所が設けらた後、それをかい潜る為に使った裏街道で、通るのはいつも月夜の晩だったからという話しがあるそうだ。今は険しい地形に無理やり車道を通して、殺伐とした感じを受けるだけだが、それなりに歴史のある峠道でもある。

 峠からは開田側の眺めもいい。下の方にこれから下る道筋も見える。岩盤が露出した峠を、峰を越える風が吹き抜けていく。歴史の重みより、人気のない荒涼とした寂しさを感じる。
 峠の開田村側に比較的新しい看板で「この先キャンプ禁止」とあるのが恨めしかった。

月夜沢峠開田側
月夜沢峠の開田村側

  

開田村側の眺め
 峠より開田村側を眺める
眼下にこれより下る道筋も見える
 
月夜沢林道
月夜沢林道の起点とも思われる所
そこより峠方向を見る
喜んで入り込みたいとは到底思えない林道である
左の看板には

林道月夜沢線
危 険 進 入 注 意
この林道は一般道路では  
ありません。関係車両以外は
遠慮して下さい。       
        管理者 開田村

 開田村側に下りると、最初こそ険しく急な下り坂だが、それを過ぎると後はゆるい傾斜の直線的な未舗装路である。訪れたのが7月下旬ということもあり、草が道にはみ出してきていて、狭いのなんの。奈川村側のような怖さはないが、ちょっと気持ちの悪い道だ。

 もう随分走ってウンザリする頃、林道起点とも思われる所に出る。脇に月夜沢林道と書かれた看板が立つ。峠にあった林道終点の標識からすると、峠からここまでが約4.8kmなのかもしれない。峠から来るとここで右に一本林道が分岐する。しかし通行止で、それよりなにより完全に草に覆われていて、道ではなくなっていた。

 以前開田村より来た時は、ここで引き返したのだった。そこに来る途中に通り向けできないとの看板が出ていたのと、その先の道の状態を見ては、入り込む気にはなれなかったのである。でも林道看板には「進入禁止」ではなく、「進入注意」と書かれているから、まあ入ってもかまわないかもしれない。気になる人は今回の様に奈川村から入れば、何の看板もなく、良心を痛める心配がないのである。

 

 月夜沢林道起点らしき所を過ぎても、そこからまた道が延々と続く。それまでの林道の様に狭苦しくはないが、川に沿った単調な道である。時々支線林道が現れるが、ことごとく通行止だ。傍らの河原を見ると、野宿に良さそうな所があり、キャンプ禁止が全く残念に思われる。

 途中一度道幅は同じままで、路面だけ真新しい舗装になった。これで退屈な道もはかどるかと思いきや、数十秒アクセルはふかしただけで、また元の未舗装路に戻ってしまった。

月夜沢林道の後
時々分岐があるが通行止

 

第一排水池
左に第一排水池と正面に全面通行止の看板
 峠からもう10km近くも走ったろうか、やっと第一排水池という所に出る。そこよりもう途切れることのない舗装路が始まった。

 未舗装と舗装の境附近に道路情報の看板が出ていた。そこには「土砂崩落のため全面通行止」と書いてある。もしかするといつでもそう書いてあるのかもしれない。やっぱり奈川村から入るのがいいのである。

 

 舗装路になってから間もなくして人家が現れ、すぐに別の道路に突き当たって今回の峠道も終りとなる。ここは開田村の小野原という集落だと思う。険しい峠越えだったので、こうして人里に出てくると何となくほっとする。そこまで撮る写真には山ばかりしか写らなかったのが、ようやく人工物が写るようになった。

 道の終点をふと見ると林道標識が立っていた。「月夜沢線」と書いてある。どうも峠からここまで全部を、月夜沢林道とも呼ぶらしい。林道標識の近くには、第一排水池にあった道路情報と同じ物が立っていた。奈川側には通行止の看板はない代わりに、月夜沢峠を示す標識などは何もないかった。一方開田村は標識はあるのだが、峠を越えさせないよう、またキャンプをさせないようにとしつこいのであった。

 突き当たった道を右に1,2km行けば、国道361号に出る。出た国道を渡って反対側の村道を進めば、国道361号の旧道、地蔵峠に通じる。近くの国道上にも「地蔵峠」の標識が出ている。

 これでようやくツーリングマップの気になる空白地帯も、めでたく黄色いマーカーで塗ることができるはこびとなった。まるで満願成就で、だるまに目を入れる思いである。後はあの険しい林道が舗装されるようなことがあれば、その前にもう一度越えておきたいと思う月夜沢峠であった。

小野原集落
集落に出て峠道は終った
左に月夜沢線の林道標識が立っていた
軽トラックの陰には全面通行止の看板も
 
峠と旅