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北海道の峠には、峠の両側にある地名の一部をくっ付けて、峠の名前にするケースがままある。例えば狩勝峠は石狩地方の「狩」と十勝地方の「勝」をくっ付けている。同じように訓北峠は釧路と北見、日勝峠は日高と十勝といったぐあいである。またトンネルの名前ではあるが、厚雲隧道(厚沢部町と八雲町)もそうしたネーミングのひとつだ。そして今回の雲石峠は八雲(やくも)町と熊石(くまいし)町の境の峠ということになる。
こんな峠名では味わいも何もあったものではないが、名前を付けるには簡単だろうし、とにかく分かり易くていい。ただ、どう読んでいいのか分からないのが難点だ。ちなみに狩勝は「かりかち」、訓北は「くんぽく」、日勝は「にっしょう」、厚雲は「こううん」だと思う。ただし確信はない。念のため雲石峠を図書館の辞典で調べたら、「うんせき」で掲載されていた。「やくも」と「くまいし」の境だが、「くもいし」とは呼ばないようなのである。 雲石峠は、日本海と内浦湾を最短で結ぶ国道277号の峠である。道東の渡島(おしま)山地の比較的高いところを越えている。檜山支庁と渡島支庁の境でもある。 |
![]() 熊石町側の峠道の始まり 日本海沿いの国道229号から入って直ぐの所 見慣れぬ車が停まっているが・・・ |
左の写真は今年(2000年)の北海道旅行で、熊石町側の日本海沿いを走る国道229号より国道277号に入ったところ。見慣れぬ車が写っていると思ったら、この時は数日前に車のトラブルに遭い、車の修理工場で借りた代車に乗って旅を続けていたのだった。真夏というのに代車にはスタッドレスタイヤが装着されていて、それで北海道をガンガン走り回り、最後には函館から大間にフェリーで渡り、陸路を東京まで走ったのだった。
思えば雲石峠は過去にバイクで2回越えていた。最後に越えたのは10年前である。その時は江差に居て、その晩泊まる宿がなくて困っていた。結局予約が取れたのは室蘭だった。日の暮れる雲石峠をバイクで突っ走ることとなった。とにかくいい道であって欲しいと願った。ただただ早く着きたかった。事故を起こす不安を抑えながらも、思いっきりスロットルを開けた。まるでジェットコースターのようだった。街灯もなく1台の対向車も来ない峠道を、ハイビームを頼りに走り抜けた。
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現在の峠道である国道277号の前身は、道々八雲熊石線である。峠附近は積雪量も多く、たびたび不通となり、古くから難所と知られていた。渡島と檜山の両地方を結ぶ行政・経済上に重要な道路として国道に昇格し、急速に改良・整備が進んだそうだ。
今年走ってみると、10年前に比べても道はずっと良くなっているように思えた。それに、今現在も改良工事が進んでいるようで、熊石と八雲のそれぞれ1ヶ所で、肩側交互通行の信号待ちを強いられた。 峠にある石碑には、概ね次にような道の変遷が記されている。
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![]() 峠の石碑 八雲町側に建つ |
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![]() 八雲町側より峠方向を望む 以前とすっかり変わった国道277号 前方で道々1029号が交差、 その先は陸橋で函館本線を越えている |
雲石峠は空が開けた峠である。峠だけでなく、途中の道もそうで、撮った写真を見返してみると、空ばかり写っていた。薄暗い道が多い本州などの峠と違って、いかにも北海道らしい。
峠の八雲町側の路肩には、トイレと車を停めるスペースがある。道路を挟んでその反対側に峠の石碑が建ち、八雲町側に広がる景色をずっと眺めている。 峠を八雲町側に下りてくると、内浦湾沿いを通る国道5号との合流附近が、以前とすっかり変わっていた。以前は函館本線の八雲駅方向に曲がっていたはずが、今は新しい道でストレートに国道5号に突き当たっている。 |
10年前に越えた時と違って、今回は青空の下で、のんびりとした峠越えを楽しんだ。やはりこの方が安全でいい。バイクのヘッドライトに照らし出されただけの峠道なんて、しょうもないことだ。でも、あの時の恐怖とも快感とも思える感触の方が、よっぽど深く脳裏に焼き付いているのも確かである。
峠はただ越えただけでは、つまらない。越えた峠の数を競うように闇雲に走っても、ただ「記録」が残るだけだ。峠越えにはやはり何か一片でもいいから心に残る「記憶」、思い出が欲しい。旅の思い出と峠が結びつけば、その峠に対する思いも深くなる。だから「峠と旅」なのである。その意味では、10年前の雲石峠の方が、心に残った峠であった。 |