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大川峠
 
おおかわ とうげ
 
超悪路の大川林道を行く

 
大川峠
大川峠 (撮影 1997. 8.10)
手前が福島県田島町、奥が栃木県黒磯市
道は一般県道369号・黒磯田島線
と言うより大川林道と言った方がぴったり(未舗装・・・どころの話じゃない)
 
 ひどい道を上ってやっと頂上に着いた。峠は道がそのまま広がり、ちょっとした広場の様になっている。隅に白いバンが止めてあると思ったら、タイヤも外されていて、どうやら捨てられているようだ。これから下りる田島町側を見ると、峠よりまた狭い林道が続いている。
 車を降りて辺りを調べる。草むらの中に一本の木の柱が立っているのを見付けた。何か書いてあるようなのだが、傷みがひどくてどうしても判別できない。結局ここでも峠の名前を知る手掛かりは見付けられなかった。峠は男鹿岳(おじかだけ/おしかたけ)から北に延びる稜線上の近くにあるので、仮に男鹿岳峠と呼ぶことにした。(後日、大川峠であることが分かった)
 
 ここは栃木県黒磯市と福島県田島町との県境の峠。標高は比較的高く1200mを少し越える。現在の道の名前は「一般県道369号・黒磯田島線」となっている。以前は黒磯市側を大川林道、田島町側を町道男鹿岳線と呼んだようだ(峠道全線を大川林道と呼んだのかも?)。しかし、峠の黒磯市側の道のひどさは、相変わらず林道以外の何物でもない。それより、「車道」と言っていい代物なのか、疑いたくなるのである。
 
 
深山湖
深山(みやま)湖と深山ダム
湖の前方中央に見えるのは大倉山(1885m)
ダムの堰堤を渡った少し先より、未舗装の峠道は始まる
 
 以前からこの大川林道を走りたいと思っていた。地図を眺めていると、如何にもハードな峠越えだ。しかし、訪れる度に通行止の標識に遭い、その都度、素直に断念していたのだった。今回は行けるとこまで行ってみようと思う。

 黒磯市側の峠道の入口は深山(みやま)湖である。この湖も何度目かに訪れるものだ。堰堤を渡って湖の左岸を行く。途中、湖に流れ込む沢に掛かる「鬼ヶ面(おにがつら)橋」と言う名の橋を渡る。この直前で舗装は途切れる。橋の先はそれまでの道と違って、消え入りそうな細い道だ。ちょうど前を走っていた観光に来たらしい家族連れのワゴン車は、ここまで来て先に進むのを断念した。
 峠越えを前に、愛車ジムニーを路肩に停め、その橋の袂から湖など眺めて一休みする。その間にも深山ダムの方から数台の車がやって来た。しかし、皆、橋の前で躊躇し、橋を渡ることなく引き返していった。
 深山湖をちょと眺めに来たという程度の、良識ある不通の観光客なら誰もがそうするだろう。しかし、峠を越えようなどと企んでいる普通じゃない観光客は、未舗装にも、鬼ヶ面という橋の名前にも、橋の先に続く狭い道にも負けず、道を進まなければならない。鬼ヶ面橋は峠への第一の登龍門なのである。


深山湖左岸沿いの道  未舗装
この先鬼ヶ面(おにがつら)橋
 
通行止め
深山橋
ゲートが閉じられるようになっている
ここが第二の登龍門
 湖の上流で大川の右岸に深山橋で渡る。橋の手前に何台かの車が所狭しと停めてあり、近くで子どものはしゃぐ声がする。湖岸や川岸に水遊びに来た人達だろう。鬼ヶ面橋を渡って来る一般人は、まま居るのである。
 今は夏で、野外で過ごすにはいい季節だ。しかし、現在のこの日本に、アウトドアに適した場所などそうあるもんじゃない。勢い、こんな狭苦しい所にも人や車は入り込んでくる。峠越えをする者に負けず劣らず、なかなか手強い人達なのである。
 
 深山橋の袂に通行止めの看板が出ていた。期間はと見ると「当分の間」。これではらちがあかない。橋の直前にはゲートが閉められる様になっているが、今は開いている。少しためらったが、この「第二の登龍門」も、今回ばかりは通らせてもらう。
 
 尚、鬼ヶ面橋と深山橋のそれぞれ手前を右に分岐する林道があるが、深山ダムの駐車場にあった周辺観光案内図によると、どちらも通り抜けができる道のようだ。暇があったら入り込んでみるのもよい。
 
 深山橋を渡った先でも、まだちらほら路肩に車が停めてあるのが見られた。デコボコのひどい道なのに、よく普通乗用車でやって来れたものだと関心する。
 大川の河原には、ところどころ色とりどりのテントやターフが張られ、おもいおもいの夏休みを楽しんでいた。しかし、大川は名前と違って狭い川で、広い川原などあまりない。私も仕方なくひどい所で野宿することがままあるが、その私でさえ、よくまあこんなところでと思う場所で、キャンプしているケースも見掛けられた。
 やっぱり一般人と言えど、なかなか手強くて、油断がならないのである。
 
 大川のかなり上流まで人影が見受けられたが、大川の谷が深まれば、水遊びに適した場所もなくなる。すると人気がぱったり途絶えた。これより先に進む用事がある一般人は、ほとんどいないのである。これが第三の登龍門だ。峠道を旅する者の出番である。さあ寂しく楽しい峠道の始まりだ。
 
 先に進むにつれ、大川林道は草木が道に覆い被さり、軽自動車で走っていても狭いくらいだ。まあ、草が伸びるのは夏だから仕方ないが、それにしても待避所がほとんどない。こんな道で対向車と出会ったら、どうやってすれ違おうかと心配になる。これまでの峠の旅でも、よくそう思ったものだ。
 しかしよくしたもので、すれ違いができない様な道では、必ずと言っていい程、対向車はやって来ないのである。これはほとんど「法則」と言ってもよい。そんな所を好んで走る変人が、接近遭遇する確立は非常に低いということなのであろう。万が一やって来たら、よっぽど日頃の行いが悪い変人なのである。また相手は人間の顔をしているが、宇宙人か何かだから注意したほうがいい。今回も田島町側に下りるまで、車の対向車は1台も来なかった。日頃の行いが良い変人なのであった。
 
大川林道
草に覆われた大川林道
軽自動車のジムニーで走っていても狭い
ガレ場
大川林道のガレ場
これでもまだまだ序の口
 
 道は狭いし、路面は荒れているしで、なかなか早くは進めない。暗い谷の中で、視界もない。それでもやっと空が広がりだし、峠は近いと思い始めた時、前方から3台のバイクが下りて来た。左いっぱいに避けて止まったが、バイクでさえもすれ違いはやっとである。最初の2台がどうにか通り過ぎた後、最後のバイクがこちらの運転席の横で止まった。
 
 「頂上までもう少しです。ただ丁度ここから頂上までがひどいガレ場になってます。でもこの車なら大丈夫でしょう。頂上から先の下りはずっと楽です
 
 手短だが、こちらが知りたい事を簡潔に教えてくれた。有り難い。礼を言って分かれる。
 初めて越える峠道は不安なものである。それでなくても、険しい峠道の状況は変わりやすく、この先、道がどうなっているか、常に気掛かりなものだ。それを察し、こちらが何も言わないのに、わざわざ止まって知らせてくれた。バイクと車では峠を越える趣は異なるが、同じ峠越えを楽しむ者同士として、何だかうれしかった。
 それにしても、ここまでもひどい道だと思っていたのに、更に荒れるとは・・・。
 
 道は教えられた通り間もなくガレた。滅多に使わない4WDのローギヤに入れる。コースを選ばないと車底を擦ってしまう。特にひどい所は車を降りてコースを確認
する。
 超悪路を越えて、これはもう道ではない。これほどひどいのは、廃道以外にはないだろう。現役の道としては、最高ランクである。
 岩盤を砕いた石をそのまま路面に引き詰めたらしく、鋭角に尖った石がゴロゴロしている。こうした路面ではパンクが心配だ。タイヤの接地面ではなく、側面が裂かれて修復不能のパンクをよく引き起こす。タイヤに負担を掛けない走りを心掛ける。
 
 サルが居た。車に気付いて崖を少しよじ登ったが、途中でお尻をこちらに向けたまま、しばしこっちの様子をうかがっている。間違いなくオスである。フロントガラス越しに記念写真を一枚撮ると、森の中にのそのそ消えていった。
 一息入れてまたガレ場に挑む。「この車なら大丈夫」と言われたのが心強い。

ガレ場もほぼ抜け、峠は近い
 
峠

手前が黒磯市、奥が田島町
 ガレは1Km程もなく、それを過ぎると直ぐに峠に出た。それまでの悪路が嘘の様に、穏やかな様相の峠である。後で調べてみると、ダム湖上流の深山橋から峠まで、1時間7分も掛けていた。のんびりした旅であった。
 
 峠は、東北と関東を隔てる帝釈(たいしゃく)山地の、東の端の一峰・男鹿岳(1,777m)の直ぐ北に位置する。これより西の帝釈山脈上には、山王(さんのう)峠、安ヶ森峠、田代山峠、仮称帝釈山峠と、並み居る峠が目白押しだ。楽しい山脈である。

 峠の黒磯市側に大川の源を発し、その下流には昭和48年に深山ダムが完成したが、それ以前には大川渓谷とも呼ばれる渓谷が広がっていたそうな。
 峠の田島町側は、「南会津郡田島町大字栗生沢字男鹿岳」という地名であるのが、峠にあった看板で分かった。

 
 峠から田島町に下る。こちらは普通の未舗装林道で、ほっとする。これが道と言うものだ。上りは走行することに夢中で、景色を見るゆとりもあまりなかった。また、あまり眺望もきかなかった。田島町側は谷が明るく開けて見通しがよく、気分よく走れる。
 
田島町側
田島町側の下り  谷が広い
 
 道は下ると水無川沿いを走るようになる。河原に下りる道があり、行ってみるとなかなかいいキャンプ地である。先客のキャンパーが何組か居たが、河原は広くてガランとしている。大川の混雑とは天と地である。キャンプしようか少し迷ったが、基本的に誰も居ない所で一人でキャンプすることにしている。これが変人の生きる道。元の道に戻る。
 
 まだ未舗装のままの道を走っていると、1台の車が前方からやって来た。手を上げたので止まると、この道は通り抜けられるかと聞く。道はひどいがゲートなどは閉まっていないと答える。最後に「その車なら大丈夫ですよ」と付け加えた。相手の車はメーカーは違うが(M社)、こちらと同じ軽の4WDである。しかし、別に確信があった訳ではない。ただ、バイクの真似をしてみたかっただけだった。

水無川沿いの道
道路工事中の看板が出ていた
 
田島町側の集落
田島町の最初の集落を過ぎる
 そのうち舗装が始まり、田島町側の最初の集落を通り過ぎた。集落の周りには、あの険しい峠付近とは打って変わり、のどかな田園風景が広がっている。峠道の楽しみはこうした風景の変化である。一本の道が色々な景色を見させてくれる。
 
 間もなく会津鉄道沿いの県道に突き当たり、左に行けば国道121号に出て田島町の中心地に入る。県道に突き当たる直前に通行止の標識が出ていた。「8Km先通行止」とだけ書いてある。
 丁度2年前に来た時は「町道男鹿岳線土砂崩れの為8Km先通行止め」とあり、諦めて引き返した覚えがある。土砂崩れが改修されても、結局通行止のままではないか。
 それにしてもひどい道だった。いくら変人でももうゴメンだ。これで気が済んだから、二度と来る事はないだろう。
<制作 1998. 6.25> <追加 2001. 2.18>
 
田島町側終点
田島町側の峠道の終点
通行止の看板が立っていた
 

 
 この峠については、ホームページ「峠と旅」で、最初「男鹿岳峠」の仮称で登場していた。近くにある安ヶ森峠や田代山峠が、山から名前を取っているので、それに準じてみたのだ。ところがつい最近、「角川日本地名大辞典」を図書館で調べていると、栃木県編の「男鹿岳」の項目で、登山道として「赤柴山との間にある大川林道の通る大川峠からのルート」があると出ていた。赤柴山がどれだか分からないが、この峠を大川峠と呼ぶことは間違いなさそうだ。

 大川峠を越えてから、もう3年半が経つ。越えた直後は、あんな悪路は一度越えればもう沢山だと思っていた。しかし、時間が過ぎるとまた越えたくなってくる。道の改修が行われ、一般県道369号・黒磯田島線と言う名にふさわしい道路にでも生まれ変わったら、それこそ行く気が失せてしまう。そうならない超悪路のうちに、今度は大川峠と分かって越えたいものだ。

<修正 2001. 2.18>
 
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