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金山峠  (桧原峠)
 
かねやま とうげ   (ひばら とうげ)
 
吾妻連峰を未舗装林道でこっそり越える峠道
 
金山峠 (撮影 2001.10.22)
奥が山形県米沢市綱木(つなぎ または つなき)
手前が福島県北塩原村金山(かねやま)
峠の標高は約1,100m
 

<吾妻連峰越えの峠たち>
 
 福島県の北塩原村にある桧原湖付近から、山形県との県境を成す吾妻連峰を越えて米沢に至るには、何と言っても白布(しらぶ)峠を越える有料道路のスカイバレーである。 道路地図を見ても桧原湖畔の早稲沢(わせざわ)から米沢側の白布温泉まで、青く塗られた太い線がくっきり描かれている。 どう考えても県境を越えるには、この有料道路を使うしかないと思い込んでしまう。
 
 同じくこの付近で福島県と山形県の県境を越える峠としては、白布峠のずっと東に板谷峠と栗子峠(トンネル)が福島市から米沢に越えている。 また、西に目を移せば、喜多方とやはり米沢の間に大峠がある。しかし、わざわざ板谷峠や大峠に迂回する者は居ないだろう。 スカイバレーは眺めはいいし、道は快適だしで、誰もが何の疑いも無くお金を払って通行している。

  
<金山峠とは>
 
 でも、古いツーリングマップ(昭文社 東北編 1989年5月発行)をよくよく見ると、白布峠の少し西側にチョロッと書かれた道がある。 それは県境を越えて繋がっていた。スカイバレーという有料道路と並んで走る道とは、如何にも怪しいのである。 容易に通れる道路なら、わざわざ有料道路を使う者は誰も居ないだろうと思うのだ。
 
 前記のツーリングマップより後で購入した別の道路地図では、全くその峠道は記載されていなかった。 しかも、ツーリングマップでさえ、福島県側の道が細い一本線で描かれている始末で、車が走れるような道路かどうか分かったものじゃない。 気になるところではあったが、実際に行ってみることはなかった。
 
 ところが、最近になって買ったツーリングマップル(1997年3月発行)を改めて見ると、未舗装ながらしっかり道が描かれている。 しかも、県境部分には「金山峠」と峠の名前までも記載されているではないか。これならどうやら通れそうである。 今度機会があったら有料の白布峠はパスして、この金山峠とやらを越えてやろうと思いはじめていた。
  

綱木の集落を過ぎた
米沢市街方向に振り返って見たところ
<綱木集落へ>
 
 その機会は去年の10月にやってきた。いつもの様に迷走の旅で、どんな経緯(いきさつ)だったかさっぱり覚えていないが、とにかく米沢方面から南下することとなった。 地図を見れば金山峠は射程距離圏内にある。これはまたとない絶好の好機だと思った。
 
 金山峠の米沢側起点は、綱木(「つなき」または「つなぎ」)という集落だ。綱木は米沢市の南端に位置し、なかなか山深い地で、そこまでたどり着くだけでも大変である。
 しかも、その先の金山峠がそう簡単に通らせてもらえるかどうか分からない。通行止に遭う可能性も非常に高いのである。 引き返す羽目になるのではないかと、やや不安な面持ちで綱木に到着した。
綱木峠を参照)
 
<通行止の看板>
 
 綱木は道の両側に人家が並ぶ細長い集落だった。歩くほどの遅さで車を走らせていても、集落はあっという間に通り過ぎてしまった。
 
 その先で道が分岐し、ちょっと分かりにくい。なるべく左手の綱木川に沿う道を選ぶと、どうやら本線に乗ったようだ。 すると案の定、「通行止」看板のお出ましである。
 
この先、福島県側 
たかのす山林道で 
土砂崩れの為、当面
 関係者以外通行止
       米沢市

綱木集落の先に通行止の看板
 

道の左手に綱木川の砂防ダム
峠方向を望む
 あまりにも予想通りの通行止で、かえって驚いてしまった。でも、ゲートなどはないし、ここまで来たからには行けるだけ行こうと思う。 「福島県側で土砂崩れ」とあるので、少なくとも峠まで行ける可能性がある。金山峠が見られるだけでもよしとしよう。
 
 道の名は「たかのす山(鷹ノ巣山)林道」ということが分かったのは収穫だ。ただ、峠道全般を指すのか、福島県側の一部かは定かでない。 以前のツーリングマップでは、山形県側から福島県側の途中まで県道標記になっていた。
 
 道は看板を過ぎると、直ぐ左手に綱木川を見て進む。比較的新しそうな砂防ダムが造られている。それに比べて古そうな舗装路面が現れる。 その先にはこれから越えようとする山並み見えてきた。
 
<未舗装に>
 
 間もなく舗装が途切れる。そこからは走り易そうなダートが続いていた。この先、峠を越えて反対側の福島県に下るまで、もう集落などはないだろう。 人が住まない寂しい峠道が続くのみである。
 
 ダートになって直ぐに綱木川を渡り、川の右岸を進むようになる。すると、対向車が1台現れた。のんびり下って来る。 すれ違いざまに見ると、割と年配の男性が乗っていた。林業関係者には見えず、一般の通行者らしい。もしかすると福島県側から峠を越えてきたのだろうか。 この峠道が抜けられるかもしれないという期待が湧いた。

未舗装となる
 

道がやや悪くなった
 進むに連れ、右手に見える谷が段々狭くなってくる。道もやや窮屈である。こんなところで対向車に遭わなくて良かったと思わされる。
 
 路面に落ち葉が溜まって荒れた感じになってきた。でも、周囲の木々が赤や黄色に色付いてきている。 この分なら、紅葉のいい眺めが見られるかもしれない。
 
<本格的な登りが始まる>
 
 綱木川の谷を南いっぱいに詰めると、道は大きく右手に回り込み、谷底を離れてグングン高度を上げていく。いよいよ峠に向けての本格的な登りが始まった。
 
 ひとしきり登ると、道幅が広く谷を望めるちょっとした展望場所に出る。それまで走ってきた綱木川の谷間が一望できる。 谷の北の方を見れば、綱木川の下流、綱木集落近くまで見渡せた。砂防ダムらしきものが小さく見える。
 
 また、谷の対岸の山肌は、なかなかきれいな彩りである。この季節、峠の旅では何と言っても紅葉が一番の楽しみだ。

ちょっとした展望場所
 

綱木集落方向を望む

紅葉を眺める
 

険しそうな登り

 展望場所の先からは、やや険しそうな上り坂が続いていた。法面の土が露出し、崩れやすそうな地形である。ガレた石が路面に転がっている。 しかし、概ね危険はなさそうである。土砂が路面に大きく崩れているような所もなく、未舗装林道としては比較的よく整備されている。
 
 道の方向がまた南を向くようになると、谷間を左に見て、峠はほぼ正面にありそうだ。この峠道のコースどりは単純なので、初めて来ても把握するのが容易である。 自分が今どの辺りに居るのか分かるので、走っていても不安がない。もう直ぐそこが峠だと思うと、その先にちゃんと峠があった。

もう直ぐそこが峠
 

金山峠
綱木側から見る
<峠に到着>
 
 金山峠は尾根を回り込むように作られており、道は峠で急なカーブを描いている。だから、見方によって峠の様相が変わる。 こういう峠はどのアングルで写真を撮ればいいかいつも悩む。なるべく峠らしく写したいものだ。 このページの一番最初に掲載したのが、まあまあ峠らしいと思った写真である。
 
 峠の綱木側は少しは開けているが、途中にあった展望場所の方がよっぽどいい眺めである。 峠の旅では先を急がず、やっぱりちょこちょこ道草を食うのがいいのであった。
 
 一方、峠の福島県側はほとんど展望がない。少し道を下らないとダメのようだ。峠の両側に展望があることは滅多にないので、これは仕方がない。
 
<峠の名前>
 
 この峠名の「金山」とは、どこからひょっこり湧いて出たのかと思ってしまう。それ程有り触れてあっさりした名前に思える。 地図をよく見ると、峠の福島県側である北塩原村に、金山という集落が目にとまる。桧原湖の北岸に位置している。 「かなやま」ではなく、「かねやま」と発音するようだ。峠の名前はその「金山」からきていると推測するのが普通だろう。
 
 でも、国土地理院ホームページの「地形図閲覧システム検索」で調べても、この地に「金山峠」という名称は見つからなかった。 今のところ「金山峠」の文字を見たのは最近のツーリングマップルだけである。どれほど普及した名前だか分からない。

峠を福島県側から見る
 

峠の福島県側
見方によって峠の様相は異なる
全面通行止米沢市」の看板が立つ
<桧原峠のこと>
 
 ツーリングマップルにはこの金山峠を指して、「会津と米沢を結ぶ歴史の古い峠」との記載があった。 どんな歴史か分からないが、峠に行けば何かしらの手掛かりがあるかと期待していた。でも峠には何にもない。石碑の一つも、立て札の1つも、立っていない。 全く殺風景な林道の峠である。こんな比較的新しそうな車道に、歴史があるとは思えないのであった。
 
 後で考えてみると「歴史の古い峠」とは桧原(檜原)峠のことを言っているのではないかと思い当たった。桧原峠は金山峠の北西1〜2Kmほど離れた稜線上に位置する。 車道が通じた峠ではないので、一般の道路地図には記載がない場合も多いだろうが、古くは桧原街道(米沢街道)の要衝の峠であった。
 
 山形県側で通過した綱木集落は、桧原峠の米沢側の最初の宿場にあたる。 そう言えば、集落内を真っ直ぐ通る街道の両側に人家が並ぶ様子は、今でも昔の宿場をほうふつとさせていた。
 
 現在、車道の金山峠の道と歴史ある桧原峠の道 は、峠の前後数Kmでコースが異なるが、概ね道筋は一致している。その意味で、金山峠と桧原峠を同一視していいかもしれない。しかし、峠そのものは全く別 物のようである。
 
<峠道の変遷>
 
 吾妻連峰越えの峠として、桧原峠以外にも大峠や白布峠といった峠も古くから存在していたようだ。 ただし、桧原峠が米沢と会津を結ぶ正式な「公道」であったのに対し、当時の大峠や白布峠は「間道」に過ぎなかったらしい。
 
 でも、その公道たる桧原街道も、綱木の宿場までは牛が使えたが、それより先の峠越えは人の背によって荷が運ばれる険しい道だった。 桧原峠は明治期まで使われたそうだが、明治17年に大峠が馬車を通す道として開通すると、一挙に衰退していった。 大峠(1,150m)は桧原峠(1,094m)より標高が高いが、距離が短くなり勾配もゆるく、また南向きの為、雪解けが早いという利点があった。 一方、桧原峠の道は桧原峠以外に、米沢側に綱木峠、 会津側に蘭峠(あららぎとうげ)や 萱峠(かやとうげ、大塩峠とも)などの峠があり、峠越えは一度では済まないという欠点があった。
 
 桧原峠に取って代わった大峠は、昭和10年には自動車の通行も可能となり、昭和28年には国道に昇格している。 しかし、相変わらず大型車は通行不能で、車道としては険しい道のままであった。
 
 そこに昭和38年のスカイバレー開通とあいなる。峠の標高は1,420mとぐっと高いが、車道としては快適だ。 観光道路としても眺めがいいし、温泉があるときている。大峠の利用が減るのも無理からぬこと。
 
 ところがどっこい、平成に入って大峠道路・新大峠トンネルの完成によって、俄然大峠の巻き返しが始まる。 道の快適さではさすがに最後に造られたので、大峠道路がダントツである。特に冬期の通行を可能にしている点も特筆される。 ほとんど峠を越えるという感触がない峠道なのだ。また、何と言っても無料である。

 そんな峠道の変遷の中で、この金山峠を通る未舗装の車道が、いつ頃開通したのかは分からない。 しかし、発展する大峠や白布峠の道に対して、桧原街道が一矢報いるような峠道ではないことは確かである。
 
 
<参考文献>
 角川日本地名大辞典(福島県編、山形県編)


峠から福島県側を見る
木々に邪魔され、展望がないのは残念
 

福島県側に下る道
<福島県側に下る>
 
 峠から福島県北塩原村側に下る所にも、北塩原村側に向かって「全面通行止」の看板が立っていた。 理由や期限など全く書かれていないが、綱木にあった「福島県側で土砂崩れ」のことだろう。 看板は道の端の方に遠慮がちだし、もう半分まで来てしまっているのだから、何の躊躇もなく福島県側に下ることにした。
 
 峠からの下りは、最初こそやや険しい感じを受けるが、危険なほどではない。それより、こちらも紅葉が綺麗である。
 
 土砂崩れは結局どこにもなかった。法面が新しく修復してあった箇所を通り過ぎたが、多分そこがそうだったのかもしれない。 あまり気にしないで走ると、かえってすんなり走れるものである。
 

福島県側の紅葉

紅葉の中を下る
 
<桧原峠への分岐>
 
 桧原湖に流れ注ぐ長井川の近くを通る頃、右手に大きな柱の標識が現れた。「史跡 旧米沢街道桧原峠別」とある。 よく見ると、その脇から山道が分岐していた。入口から見る限りでは、草がはびこり桧原峠まで無事にたどり着けるのかと心配になる道である。
 金山峠は歴史的な味は全くなかったが、この道を苦労して歩けば、塚の一つも佇む趣のある桧原峠が見られるかもしれない。 時間の許す旅なら、是非歩いてみたいものだと切に思う。
 
 こちら側に桧原峠への分岐があるなら、綱木側にもあったのかもしれないが、全く気付かなかった。明治期以来、廃道の道を進んできた峠である。 綱木側の峠道はもう自然に帰ったとも考えられる。

桧原峠への分岐点
 

鷹ノ巣山林道の標柱

桧原峠へ道
史跡 旧米沢街道桧原峠別
 
<道の名前>
 
 桧原峠への分岐と並んで林道標柱が立っていた。漢字で「鷹ノ巣山林道」とある。管理者 北塩原村、巾員3.6m、延長2,343.8m。 随分距離が短い。この後、金山集落に入る所でも同じ林道標柱を見かけた。
 
 どうも鷹ノ巣山林道とは、金山集落から始まって長井川に沿い、桧原峠の分岐点までのことを言っているのかもしれない。
 
 そうすると、金山峠を越えている道は何なんだということになる。 米沢市街から綱木まで伸びる県道233号・綱木西米沢停車場線か、同じく県道234号・綱木小野川館山線の、どちらかの延長線と考えるのだろうか。
 

舗装路となる
<舗装路になる>
 
 桧原峠の分岐を過ぎ、道は左手の長井川に沿っている筈だが、川面などはほとんど見えない。 道幅は狭く草木に覆われ、やや閉塞感のあるダートが続く。
 
 するとひょっこりアスファルト路面が現れた。振り返ると赤地に白抜きの文字で「通行止」とくっきり書かれた看板が、側らの木にくくりつけられていた。 未舗装路に通行止の看板。一般者ならここで引き返すかもしれない。
 
<昼食休憩>
 
 舗装路になって間もなく右手に道が分岐したかと思うと、その角に手頃な空き地があった。ちょうど昼時なので、そこで昼食を食べることにした。 何もないただの空き地だが、誰にも邪魔されず誰の迷惑のもならず、安全に車を停めてのんびりできる場所は、旅の途中では有り難い存在なのだ。
 
 早速カセットコンロを出して、お湯を沸かし始めるが、風が吹いてきて、いつまで経っても沸騰しない。 カセットコンロは風にめっぽう弱いのだ。丸めたリュラフやクーラーバッグなどを盾にして苦労する。

手頃な空き地を発見
 

昼食をとることに
 その最中に、金山の方から乗用車が一台やって来た。こちらに気付いて車を停め、車内から山形県に抜けられるかと聞く。 道の状態を思い返し、その乗用車でも多分大丈夫だろうと判断、「行けますよ」ときっぱり返事をした。それを聞いて勿論乗用車は先に進んで行った。
 
 未舗装であることも通行止の看板が出ていることも、何も付け加えはしなかった。 それはまずかったかもしれないが、こちらはお湯を沸かす為に風と格闘中で、それどころではなかったのだ。あまり気が利かなかったのも仕方がない。
 
 程なくしてさっきの車が戻ってきて、そのまま元来た方向に走り去った。やっぱりちょっと言葉が足りなかったようだ。悪いことをしたかと思った。
 
 でも、見るからに一般の通行者で、こちらの軽とは段違いの立派な乗用車に乗っていた。 白布峠の有料道路・スカイバレーをケチってやって来たのなら、世間はそうは簡単に問屋が下ろさないのである。
 
 
<金山集落へ>
 
 お湯を沸かすのに手間取ったり、のんびり食事をしたのもあり、1時間近くも経ってからまた旅の続きである。 一路、金山集落を目指す。真新しい舗装路が谷間を縫って走る。もう谷は浅く空は広い。道幅はやや狭めだが、交通量がないので「快適」と言っていい道だ。

金山集落へ向かう
 

金山集落に入る (峠方向を見る)
側らに林道標柱が立つ
 道が快適だと車の旅はあっという間に距離が進んでしまう。ものの数分で人家が現れた。もう金山集落に到達してしまったようだ。
 
 集落の取っ付きには林道標柱がポツリと立っている。これが県境の峠を越えている峠道の始まりかと思うと、随分あっさりしたものだ。
 
 道はそのまま金山集落の真中をつっきり、直ぐにも桧原湖沿いを走る県道に、やや斜めに合流する。県道上には分岐を示す道路標識などは一切ない。 福島県側から峠に向かう時は、ちょっと迷うかもしれない。県道越しに桧原湖が僅かに見えていた。
 

桧原湖沿いの県道に出る

県道越しに桧原湖を望む
 
 金山峠は越えてしまってみると、随分あっさりした峠道という感じが残った。運良く土砂崩れなどの改修も終わり、通行しやすい時期にあたったせいかもしれない。 まだ地図を眺めているだけの頃は、もっと険しい道を想像していたのだ。
 
 未舗装と言えども整備が行き届き、紅葉も楽しめる道だ。 通行止の看板さえ出ていなければ、4WDのオフロード車と言わずセダンタイプの普通車でも、それ程無理をせず越えられるのではないかと思う。
 
 これならまたいつでも通ろうかという気になるが、そうはいかないのが峠道である。今年(2002年)は台風の当たり年であった。 今頃金山峠は牙をむいた険しい様相を見せているかもしれない。
<制作 2002.10. 7>

金山峠(追補) (掲載 2016. 8.30)
久しぶりに金山集落を訪れました


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