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勢至堂峠
 
せいしどう とうげ
 
ちょっとした歴史散歩の峠道
 
勢至堂峠 (撮影 1998. 7.26)
奥が福島県郡山市湖南町、手前が同県岩瀬郡長沼町勢至堂
道は国道294号の旧道
峠の長沼町側は林に囲まれ暗く、郡山町側は明るい
 

郡山市側の旧道分岐
 勢至堂峠は現在では勢至堂トンネルができ、トンネル前後の区間を繋ぐ僅かな距離が旧道として残されている。旧道と言っても元々は国道であり、険しい道などではない。旧道沿いや周辺の土地にある史跡などをのんびり訪れながら、気楽に越えられる峠である。
 
 勢至堂峠のある猪苗代湖の南側一帯は、沢山の峠が集中して並んでいる。このうちの幾つかは過去にも越えたことがあるが、単なる通りすがりでは一度の旅で一峠しか越えられない。これではなかなか面倒である。そこで、片っ端から越えてみたことがある。
 ある2泊3日の旅の中日に、今回の旅の目的の一つであった安藤峠を北から南へと登って来た。ちょうと峠に着いたところで昼飯の時刻となり、持ち合わせのパンなどで簡単に食事を済ませる。安藤峠を下ってから先の予定は全く考えていなかった。天候はあまりよくなく、これからどうしたものかと思案に暮れた。ツーリングマップルを見ると、ごちゃごちゃと峠がいっぱい並んでいる。これではどこをどう走っていいかさっぱり分からない。いろいろ考えるが名案は浮かばず、幾分やけっぱちな気持ちで、それなら全部越えてやれと思った。
 
 安藤峠を南に下ってから直ぐに、今度は馬入峠へと北へ引き返す。馬入峠は一部未舗装で寂しい峠だった。峠を北に下りきったところで、またも反転し国道294号を南へと向かう。
 
 さすがに国道は快適である。馬入峠とは訳が違う。2車線路を快走すると、左に峠に続く旧道らしき道が分かれていた。標識などないが、如何にもそれらしい道である。迷わず入り込む。
 
 旧道は新道より少し高いところを暫く新道にほぼ沿って進む。時折右下に新道を望む。下では車が快適に流れている。
 一方こちらはのんびりしたものだ。道は狭いが不用意に路肩に車を停めても、誰にも文句を言われる心配がない。ただし、道の老朽化が進んでいるところもあり、時折アスファルト路面にひびが入っていて、快適に走ろうにも走れない道ではある。

下に新道を見る
旧道の路面は若干荒れていた
 


手前が郡山市、奥が長沼町
 峠の郡山市側はこれと言って目を引くものはなく、楽しめる眺めもあまりない。元々旧道区間は短く、特に郡山市側は湖南町から峠までの高低差が少ない。何となく物足りなさを感じたまま、直ぐにも峠に到着してしまった。
 
 現在の勢至堂峠は、郡山市側半分の両側面をコンクリートで固められた切り通しの峠であった。一方、コンクリートでない長沼町側は草木が道を覆うように生い茂り、郡山市側から見ると暗いトンネルの様である。
 
 ここの峠の名は、峠より南東約2Kmにある長沼町の集落・勢至堂からきている。「勢至堂」の由来は、地内に天文年間蘆名盛氏が勢至仏を奉ったことにちなむと、勢至堂村の古文書にあるそうな。ならば「勢至仏」とは何かということになるが、切りがないのでこの辺で詮索は打切りとする。
 
 勢至堂峠の道は会津藩の参勤交代路であった。峠近辺は旧白河街道の要衝である。往時、勢至堂村は宿場としての役目も持ち、関所も置かれたそうな。歴史ある峠道ということなのである。
 
 峠の長沼町側は、暗い林の中を下ることになる。遠望は全くと言ってない。郡山市側と異なり、道は急勾配の地形に築かれている。九十九折りで一挙に高度を下げる箇所もある。こんな道でも元は国道であった証拠に、道路脇に国道標識が残っていた。
 
道路脇に国道標識があった(写真の左端)
 

史跡 殿様清水
ここより車道を少し下った所で清水が汲める
車道を離れて右に下るは、古い峠道の跡であろうか
 注意して見ていると、車道の傍らに「太閤道」とか「殿様清水」とか書かれた標柱がポツリポツリと立っている。また、車道から分かれて、昔の峠道らしい道筋も僅かながら見られる。これらが現在この峠道の歴史を偲ばせる唯一のものとなっているのだろうか。
 
 実際に参勤交代の折りにでも会津藩の殿様が喉を潤したかどうかは分からないが、「殿様清水」は現在も地元の人に使われているようだ。小雨がぱらつく天候にもかかわらず、清水が湧き出す路肩には2〜3台の車が停められ、数人の人が賑やかに清水をポリタンクに詰めていた。道端に並べられた色とりどりのポリタンクの数は半端ではなかった。
 
 峠に車道が通じ、その下には新道のトンネルができた現在では、昔の峠道はほとんど跡形もない。そんな中で、こうして清水が健在なのは嬉しいことだ。単に偲ぶだけの歴史ではなく、実際に体験でき、今に生き続ける歴史は貴重な存在だと思う。
 
 小刻みなUターンを繰り返す九十九折りが、如何にも峠道らしく、ちょっと楽しい一時だ。しかし、そこを過ぎると暗い沢沿いの道で、後は新道に合流するばかりである。それで勢至堂の峠道も終わりとなる。
 
 勢至堂峠を南に下りた後は、諏訪峠、山森峠(トンネル)、御霊櫃峠とジグザグに越えて行った。夕方が近付くにつれて、雨足は激しくなった。この分では今夜の野宿は諦めるしかない。かといってどこかに旅館やホテルを予約する気も起こらない。取り敢えず国道49号沿いに見付けたコンビニに入って、今夜の夕食を買い込んだ。その後はもう何もする気にならなかった。無闇に峠のはしごなどしたせいなのか、何だかむなしい気持ちで一杯だ。こんなのは「旅」ではないと感じた。
 
 コンビニの駐車場に停めた車の中で、雨の落ちる空をぼんやり見上げていたら、思いがけず携帯電話が鳴った。親しい友人からだった。一人旅は慣れっこだが、こんな時は人恋しい。他愛のない話を数分交わしただけだが、それだけでも何となく元気が出た。今夜は車内泊で乗り切って、また明日旅を続けようと思った。

長沼町側の旧道分岐
左に見えるは勢至堂トンネル
L=1147m、標高642m
 
 最近、人の話に聞くところによると、崖崩で旧道の勢至堂峠は車では越えられなくなったそうだ。十羽一からげのように越えた峠の中の一つではあったが、今となっては越えておいてよかったと思う勢至堂峠であった。
 
<制作 2002. 2.18>
 
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