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ドンデン線の峠
   
後編
   
   
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入川方面へ 
   

<ドンデン山荘より入川方面へ>
 昭和62年発行の佐渡の観光ガイドブックを持っているのだが、それによると入川側の車道は改良工事中で、「悪路で一般の車の通行は無理」と記している。 現在の県道81号の元は、ドンデン山観光や大佐渡ロッジへのアクセス路として、まずは旧両津市側から完成したようだ。ドンデン山荘から県道に戻り、その険しい入川方面へと進む。
 
<山頂ゲート>
 100mも行かない内にゲート箇所が現れる。「県道山頂ゲート」と呼ばれる。ここはまだ大佐渡山地の稜線を越える前だが、実質はこのゲートから先が入川方面となる。

   
山頂ゲート (撮影 2019.10.28)
右の道はドンデン山荘へ戻る
   

<県道最高所?>
 「県道山頂ゲート」と呼ばれるので、もしかするとこのゲート箇所が県道81号の最高所かもしれないが、非常に微妙である。 ドンデン山荘への最初の分岐がある道路情報看板が立つ位置の方が、やはり僅かながら高かったような気がする。 また、ゲートの直前をドンデン山荘に戻る別の道が分かれていて、ゲートの位置をこの地点に設置せざるを得なかった筈である。 「県道山頂ゲート」とは正確な道の最高所を意味するのではなく、ドンデン山の頂上付近とでもいうニュアンスではないか。
 
 尚、ドンデン山荘から梅津方向の道を降りて来ると、県道に入って入川方向に進もうにも、軽自動車でさえ一度では曲がり切れない。それ程カーブが急になる。ドンデン山荘から入川方向へは、ゲート脇に下る道を使う方が無難だった。


ドンデン山荘に通じる道が分かれる (撮影 2019.10.28)
ドンデン山荘から入川方面には、ここを下って来る
   

山頂ゲートより梅津方面を見る (撮影 2019.10.28)
左の道はドンデン山荘へ
ドンデン山荘から入川方面に進むなら、この道を来た方がいい

山頂ゲートを梅津方面に見る (撮影 2019.10.28)
ゲートの看板には「全面通行止」とある
   

<山頂ゲート以降>
 道は蜂ガ峰の西麓を回って大佐渡山地の稜線へと向かう。直ぐには高度を下げず、水平移動に近い。どこが最高所か分かり難くしている。視界は広く、ついには前方に海が見えて来た。外海府側の日本海である。

   
道の様子 (撮影 2019.10.28)
外海府側の日本海を望む
   

尻立山方向を見る (撮影 2019.10.28)
前方の左急カーブの所を右に作業道分岐

<一度稜線を越える>
 実は、前の写真付近で道は一度大佐渡山地の稜線を越えている。やがて左急カーブに至るが、そこは既に佐渡市高千(たかち)の筈だ。
 
 左カーブより右手に寂れた道が分岐するが、ドンデン山のトレッキングコースの案内看板にあった「作業道(行止り)」の道だ。この付近の斜面に稜線が走るが、そこを通る縦走路はないようだ。

   
   
   
稜線越え 
   

<S坂>
 道は稜線付近の斜面を急なS坂で一気に高度を下げる。また椿側に戻り、再び高千側へと向かう。道はなだらかな下り坂に戻る。

   

S坂を下り切った所 (撮影 2019.10.28)

大きな標柱が立つ (撮影 2019.10.28)
   

<稜線上>
 すると、道路脇に大きな標柱が立ってる。そこが最終的に県道が稜線を越える地点だ。道は一方的な下り坂なので、何もなければそこに重要な境界線が通るとは気付かない。
 
 ここは大佐渡山地主脈の稜線上、両津湾側と外海府海岸側を分かつ分水嶺上になる。標高は822m(ドンデン山荘のトレッキングコースの看板より)。本来ならここが峠となってもおかしくないが、とにかく県道は下る一方で、峠の様な雰囲気は皆無だ。

   

稜線上の金北山縦走路入口 (撮影 2019.10.28)

金北山縦走路入口を椿方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

「金北山縦走路入口」の標柱 (撮影 2019.10.28)

<金北山縦走路入口>
 大きな標柱には「金北山縦走路入口」とある。大佐渡山地の縦走路は、この地点より金北山方面へと再び始まっている。足元には「青ネバ十字路」とか「花の百名山」といった看板が朽ちて落ちていた。側に一台の車が停まが、縦走路登山を楽しんでいるのだろう。
 
<行政区の境界>
 現在の地名では佐渡市椿と佐渡市高千との境界線がここを通ることになるようだ。最初は梅津と入川との境かと思っていて、地形図などでもそのように表示されるのだが、正確には違うようだ。少し前は両津市と相川町との市町境で、これは間違いないないだろう。
 
 江戸期には小さな村同士(椿と高千?)の境であった。明治22年からは羽吉村と高千村の村境。明治34年に羽吉村が加茂村に、更に昭和29年からは両津市なり、一方、昭和31年からは高千村が相川町となって行った。

   

<縦走路入口の反対側>
 県道を挟んで金北山縦走路入口とは反対側を見ると、やはり登山道らしき道は確認できない。蜂ガ峰へと稜線伝いに通じる登山道はないようだ。ただ、草の斜面に幾つかの看板が転がっていた。「ドンデン山荘へ 1.2k →」とか、左が「入川」、右が「両津」とある。正確な行政境を示す看板が欲しいところだ。
 
 
<県有林の看板>
 縦走路入口脇に「県有林案合図」という看板が立ち、これは他の看板や標柱と違い、しっかりしている。ただ、これと言って参考になる内容はなかった。外海府側が「入川団地」となっていて、高千なのか入川なのか再び迷わされた。


蜂ガ峰方面の斜面 (撮影 2019.10.28)
壊れた看板が残る
   

縦走路入口脇に立つ県有林の看板 (撮影 2019.10.28)

看板の案内図 (撮影 2019.10.28)
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)
   

<アオネバ越>
 この県道横の金北山縦走路入口(822m)から西へ直線距離で300m余り、縦走路を行くと1.1Kmで青ネバ十字路などとも呼ばれるアオネバ越(767m)である。 東の蜂ガ峰(934m)と西のマトネ(938m、孫次郎山・笠峰などとも)のほぼ中間の鞍部にあり、ここより標高差で55mを下ることになる。峠では梅津のアオネバ登山口から登って来た道と縦走路が交差する。
 
 地形図を見ると、峠より高千側にも少し道が延びる。しかし、入川沿いに至るずっと前で道は途切れている。ドンデン山荘にあったトレッキングコースの看板でも、「廃道」の文字が見える。かつてのアオネバ越の峠道は、梅津・椿側ではアオネバ登山道として残るが、入川・高千側の直下ではもう失われてしまったようだ。

   
   
   
高千側へ 
   

<高千側へ>
 分水界を跨ぎ、道は梅津川水系より入川水系へと入る。車道の道筋や行政区は複雑だが、地形は正直である。この地に降った雨は、入川(河川名)を経て外海府海岸へと注ぐ。
 
 道はこれまでと変わりない1.5車線のアスファルト路面が続く。これといって険しくなった訳ではない。


道の様子 (撮影 2019.10.28)
   

<ドンデン池への分岐>
 高千側を数100m行くと、右手の山側に分岐がある(下の写真)。路上に横たわる看板に、「ドンデン池 0.9km」と書かれていた。 椿越峠方面から下って来た道である。しかし、元の椿越峠の道筋ではないだろう。縦走路に代わり、ドンデン山荘や尻立山をバイパスして、金剛山方面へと進む山道である。少しアスファルト舗装が見えるが、それはこの直ぐ上に砂防ダムが見えるので、そこまでの作業道としてだろう。

   

右手に分岐 (撮影 2019.10.28)

「ドンデン池 0.9km」とある (撮影 2019.10.28)
   

<ジグザク道へ>
 道は暫し緩い蛇行を続けていたが、突然急カーブの連続が始まり、入川上流部へと真っ逆さまに下りだす。地図を見てもウンザリするような九十九折りである。 カーブの途中に「放牧牛注意」などど標柱が立つが、ドンデン池周辺に広がる方牧場の牛が、この辺りまで来るのだろうか。椿越峠の道が入川沿いへと降りて来ていたと思われるが、その様な道は確認できない。

   

カーブミラーのあるカーブ (撮影 2019.10.28)
「放牧牛注意」の標柱が立つ
山腹に通じる道などはないようだが

カーブ番号がある (撮影 2019.10.28)
   

<カーブ番号(余談)>
 カーブミラーをよくよく見ると、小さな札に番号が記してある。カーブ番号のようだ。それにしても既に「80」とは多い。下るに従い数は増えて行った。 ドラレコで確認すると、ドンデン山荘から下って来た最初のカーブミラーが「52」であった。梅津のアオネバ登山口で「6」。カーブミラーのない所では番号札がないので、どこから始まっていたか正確には分からなかったが、梅津ゲートより更に手前からのようだ。

   

<尾根近く>
 道は谷筋ではなく、尻立山から北西方向に延びる支尾根付近を蛇行している。その為、遠望はないが比較的開けた道である。地形図を見ると、途中に尾根先端に位置する479.6mの三角点があり(カーブ番号91)、そこを過ぎると入川本流が近い。

   
周辺の様子 (撮影 2019.10.28)
尾根筋なので、比較的視界が広い
   

<入川源流付近>
 入川上流部は幾つかの支流に分かれしていて、道はそれらの川を横切って行く。斜面から漏れ出た水が路面を洗っている箇所もある。谷底が近付いて視界が限られ、暗い雰囲気となる。

   

<入川沿いへ>
 遂に入川本流に出る。既に川幅は広く、右岸沿いに平坦で広い道が通じる。入川本流の部分は高千と入川(地名)の境となるようだ。右岸側を通る場合は高千に居ることになるのだろう。

   

入川右岸沿いに出た (撮影 2019.10.28)
左手に砂防ダムが架かるようだ

入川右岸 (撮影 2019.10.28)
   

<入川右岸沿い>
 谷は鋭く深く、川岸にも木々が多くて、川面などはあまり伺えない。かつてのアオネバ越の道がこの左岸に降り立っていた筈だが、既に廃道ということもあり、何の様子も分からない。橋なども架かっていないようだ。

   

岩の間を抜ける (撮影 2019.10.28)

ちょっとした滝が流れ下る (撮影 2019.10.28)
   

少し川面を望む (撮影 2019.10.28)

<道の様子>
 路面から川面までの高さは低いのだが、道路脇からそそり立つ崖の方が高い。岩を砕いた間をすり抜けるような箇所もある(上の写真)。斜面から染み出て来た水が路面を洗う。谷底を這うかのようだ。

   
   
   
入川渓谷 
   

<擁壁>
 入川沿いに下ること1Km余り、前方に高い擁壁が現れた。それがまた巨大だ。道路脇からほとんど垂直に立ちあがっている。コンクリートがやや老朽化した箇所もあり、怖いくらいだ。そうした擁壁が次々と続く。


擁壁が出て来た (撮影 2019.10.28)
   
高い擁壁が続く (撮影 2019.10.28)
   
擁壁を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

対岸の岩の様子 (撮影 2019.10.28)

<入川渓谷>
 谷は増々狭まって行く。対岸を望むと巨大な岸壁が見上げるようにそそり立つ。
 
 最近のガイドブックなどではあまり紹介されていないようだが、入川の中上流域は「入川渓谷」の名で知られ、紅葉や新緑の名所となる。 旧相川町側の車道が完備されていない頃でも、入川沿いを徒歩で1時間以上遡って訪れたそうだ。入川渓谷の場所はあまり正確に示されないが、ある資料の説では主脈上のマトネとその北の間峰(まみね、907m)の境とある。丁度この擁壁が連続する辺りに相当する。紅葉を愛(め)でるよりも、擁壁に戦(おのの)く渓谷である。

   
峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
高い擁壁が連続している
   

<峡谷部>
 道は一段と狭い箇所を過ぎる(下の写真)。谷を鋭く刻んで流れる入川沿いに、辛うじて車道一本が通じる。高い擁壁と岩壁に挟まれ、この峠道一番の難所であろう。 よそ見などしている暇はなく、早く無事に通り過ぎたいと思う一心だ。入川側の車道開削が遅れるのは当然で、毎年の冬期閉鎖後に、この道を開通させるのも容易なことではないと思う。ここが佐渡という島であることを忘れさせる谷間の光景だ。

   
峡谷部分を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

「112」のカーブ (撮影 2019.10.28)

<112番カーブ>
 「112」の札の掛かるカーブミラーが立つ。そのカーブを曲がると、ほぼ峡谷部を過ぎたことになり、一安心である。

   

県有林の看板 (撮影 2019.10.28)
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)

<県有林の看板>
 カーブミラーに並んで県有林の看板が立つ。稜線から続く入川団地の範囲が、ここで終了するようだ。
 
 ドンデン山荘まで8.8Kmともある。現在は車道が通じるが、かつては健脚向きの登山コースだったそうだ。入川本流を詰めた後、2時間余り掛かってドンデン池畔に出た。 現在の県道はドンデン山荘方面へと迂回して登るが、当時のコースは椿越峠の峠道に近いような道筋を行ったのではないだろうか。

   

<左岸へ>
 112番カーブの直ぐ後、道は入川本流を渡り、左岸へと移って行く。橋の直ぐ上流側で支流が流れ込んでいた。名は、小又川とか野田沢とか不動沢とか、正確には分からない。
 
 その川の左岸沿いに林道が分かれて行った。路肩には草木がはびこり、落石が路面に転がり、寂れた様子だ。県道の方も補修を怠れば、直ぐにこのような状態に陥ってしまうだろう。


左岸へ渡る橋 (撮影 2019.10.28)
   

入川を上流方向に見る (撮影 2019.10.28)
右手より支流が流れ込んで来ている

支流左岸沿いに遡る道 (撮影 2019.10.28)
落石があり、荒れている
   
橋の部分を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
これで擁壁区間をほぼ抜けた
   

<入川左岸沿い>
 道は左岸沿いになり、入川(地名)側に入ったものと思う。谷は依然として狭いが、高く切り立った崖は影を潜めていった。至って普通の渓谷である。入川の川面も間近に見える。


左岸沿いの道 (撮影 2019.10.28)
   

入川ゲートに着く (撮影 2019.10.28)

<入川ゲート>
 左岸沿いに6、700mでゲート箇所に至る。入川ゲートである(地形図)。山頂ゲートからは約9.5Km、ゲート脇に立つ通行規制の看板によると入川−梅津間は17.1Kmである。
 
 山頂ゲートから入川ゲート間は最大幅2.0mの標識による規制区間となっている。地形は険しかったが、トンネルなどはなかった。狭い峡谷部はあったが、それでも道幅が狭いという印象は持たなかった。

   
入川ゲートを峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
手前にこ広い空地がある
   

最大幅2.0mの標識 (撮影 2019.10.28)
カーブ番号は「116」

通行規制の看板 (撮影 2019.10.28)
「佐渡縦貫線 佐渡市入川−佐渡市梅津間 L=17.1Km」とある
   
   
   
入川ゲート以降 
   

ゲート以降の道 (撮影 2019.10.28)

<入川ゲート以降>
 差して変わらぬ道が続く。それでも谷の深さは和らぎ、渓谷という雰囲気は薄らいだ。ただ、海岸沿いに抜けるまで、まだ5Km以上を残す。

   

<周辺の様子>
 峠方向を見て、「注意 この先ゲートあり 新潟県」という看板があった。そこを過ぎると道幅は一段と広くなり、沿道には僅かながらも耕作地があるようだった。
 
 沿道から覗く入川の様子も穏やかである。路面とあまり変わらない位置に水面がある。


「注意 この先ゲートあり」の看板 (撮影 2019.10.28)
峠方向に見る
   
入川の様子 (撮影 2019.10.28)
   

<高千鉱山>
 入川ゲートも抜け暫く行くと、左手の山腹へと登る道が分かれる。その直後の沿道には、古いコンクリート製の何かの遺構の一部が見えた。選鉱所などの跡ではないかと思える。

   

左に分岐 (撮影 2019.10.28)

鉱山跡か? (撮影 2019.10.28)
   

 入川流域にはかつて高千(たかち)鉱山があったそうだ。入川集落などは鉱山華やかなりし頃、大変賑わったらしい。 高千鉱山は江戸期から戦前くらいまで続き、金や銀が採掘されたそうだが、今は昔の面影を留めないとのこと。一般の道路地図や観光パンフレットなどでも、もう高千鉱山の場所を示すものはほとんどない。 一つ、県道が右岸から左岸に渡る対岸辺りを高千鉱山とするパンフレットを見掛けたが、果たしてどうであろうか。鉱床は入川水域に複数あったそうで、県道脇に見た鉱山跡以外にもあるかもしれないが。

   
鉱山跡のような箇所を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

左地に現場事務所のような建物 (撮影 2019.10.28)

<事務所(余談)>
 鉱山跡の前の道はどういう訳かそこだけコンクリート舗装になっていた。少し行くと道路脇に工事現場の事務所の様な建物があった。まさか、かつての高千鉱山関係ではないだろうが、もうあまり使われている様子もない。

   

<採石場?>
 鉱山跡で県道から分かれた道は、高ズコウ山方面へと登って行く。その周辺の山肌は大きく削られ、岩が露出している様子だ。多分、鉱山跡地で採石が行われているのではないだろうか。事務所はその関係ではないだろうか。


事務所の様子 (撮影 2019.10.28)
   
コンクリート路面が続く (撮影 2019.10.28)
県道を峠方向に見る
   

<分岐>
 再びアスファルト舗装に戻り、単調な県道が続く。川の蛇行に従った細かい屈曲が多い道で、一部に狭い箇所がある。なかなか入川の谷は広がってくれない。途中、左手に分岐があった。 川沿いを通らず入川集落へと出られそうだ。高千鉱山が現役だった頃、入川集落の住民がこの道を使ったかもしれない。場合によっては近道になる。

   

左に分岐 (撮影 2019.10.28)

分岐を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   
   
   
谷が広がる 
   

<広い河川敷>
 ところどころ谷が広がり、広い河川敷が見えるようになる。その河川敷を利用し、建築資材置き場としているような場所もある。重機も置かれていた。

   
広い河川敷が見える (撮影 2019.10.28)
   
河川敷の資材置き場 (撮影 2019.10.28)
   

<倉庫>
 事務所か倉庫の様な建屋も出て来た。遂には沿道に大きな倉庫が並ぶ。

   

倉庫が並ぶ (撮影 2019.10.28)

「第1倉庫」とある (撮影 2019.10.28)
   

<2車線路>
 一旦谷が狭まり、次に広がると、路面にセンターラインが出て来た。梅津川に架かる大山橋以降のことになる。

   

センターラインが出て来た (撮影 2019.10.28)

峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

<耕作地>
 入川沿線は更に広がり、道の両側に耕作地が広がった。田んぼがほとんどだ。人里は近い。

   
沿道に耕作地が広がる (撮影 2019.10.28)
   
峠方向を見る (撮影 2019.10.28)
正面に見える山は間峰あたりだろうか
   

 耕作地の片隅に人家の様な建物が見えたが、廃屋のようでもあった。
 
<道路情報看板>
 遂に前方に海が見えて来た。外海府海岸の海だ。何かの看板を過ぎる。後でドラレコで確認すると道路情報の看板だった。「ドンデン線 落石・急カーブ 走行注意」とある。これまでの道路情報や交通規制の看板では皆「佐渡縦貫線」となっていた筈だ。「ドンデン線」という文字を看板で見るのは、これが初めてではないかと思う。これで「ドンデン線の峠」と呼ぶことも、了解頂けよう。


沿道に廃屋 (撮影 2019.10.28)
   

海が見える (撮影 2019.10.28)

右手に道路情報看板が立つ (撮影 2019.10.28)
   
道路情報看板の所を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
「ドンデン線」とある
   
   
   
県道45号に接続 
   

<対岸に建物>
 海が前方に迫り、峠道の終りが近いことが分かる。対岸に建物が見えるが、倉庫などのようで、県道81号沿いにはやはり人家はなさそうだ。

   
対岸に建物 (撮影 2019.10.28)
   

<入川橋>
 入川に架かる入川橋が見えて来る。これは現県道45号の前身となる旧道に架かる橋だと思う。

   
入川橋が見える (撮影 2019.10.28)
   
入川橋の袂を峠方向に見る (撮影 2019.10.28)
   

<県道45号に接続>
 旧道を過ぎて直ぐ、県道45号・佐渡一周線に接続する。梅津でこの県道と別れ、またここでその県道に合流する訳だ。これで「ドンデン線の峠」の道は終りである。梅津側が約14Km、入川側が約15Km、合計約29Kmであった。

   

県道45号に接続 (撮影 2019.10.28)

案内標識 (撮影 2019.10.28)
   

<分岐の様子>
 県道81号方向には、「ドンデン 入川渓谷」と案内がある。道路情報の看板も立ち、やはり「ドンデン線」と出ている。
 
<県道45号>
 現在の県道45号の方には入川大橋が入川に架かっている。それを渡れば佐渡市高千だ。反対の相川市街方向は佐渡市入川である。日本海沿いに快適な道が通じる。
 
 かつてこの北部海岸は佐渡の中でも交通の発達が遅れた地域だった。古くは交通機関と言えばもっぱら船に頼るか、磯伝いの細い道を歩かなければならないことも多かったそうだ。 しかし、現県道45号の改良が進み、車社会の現代、もう不便を感じる地ではなくなったのかもしれない。15年前に訪れた時と比べても、随所で県道45号の改修が見られるようだった。


分岐に立つ看板 (撮影 2019.10.28)
   
県道45号からの分岐の様子 (撮影 2019.10.28)
左が県道45号の入川大橋、右が県道81号をドンデンへ
   

県道45号から分岐方向を見る (撮影 2019.10.28)
前方が弾崎方面

分岐の看板 (撮影 2019.10.28)
   

<外海府>
 この佐渡の北部海岸方面では、ほぼ旧相川町の町域を指して「相川エリア」と呼ぶようだ。また、外海府(そとかいふ)という呼び名もある。相川市街の北にある千畳敷から外海府北端の弾崎(はじきざき)までを外海府海岸とするそうだ。この場合、相川の中心地は含まないのだろう。
 
<入川集落>
 外海府海岸に於いては、入川(地名)は比較的大きな集落だったそうだ。かつて高千鉱山で賑わったこともある。その集落は旧道沿いに広がり、今の県道沿いからはあまり様子は分からない。 それでも大きな建物はほとんど見られず、家屋の板塀は潮風で傷んだりしていて、寂れた様子は否めないようだった。アオネバ越を通り、両津湾や国中平野方面と交流を行っていた当時は、どのような集落であったろうか。

   

電光掲示板が立つ (撮影 2019.10.28)
入川(北)バス停前
入川集落の北の端の方

電光掲示板 (撮影 2019.10.28)
   
前の写真とほぼ同じ位置 (撮影 2005. 5. 4)
   

<電光掲示板(余談)>
 入川(北)バス停近くに電光掲示板が掲げられている。15年前に来た時は、「ドンデン線入川側 冬期閉鎖」と出ていて、がっかりさせられた。今回はどうにかドンデン線を全線通ることができ、心残りが一つ減ったのだった。


電光掲示板 (撮影 2005. 5. 4)
   
   
   

 佐渡の山間部で走りたい道と言えば、ダントツに大佐渡スカイラインで、次にこの県道81号・ドンデン線であろうか。15年前の旅ではドンデン線は通行止だったが大佐渡スカイラインは走った。 去年の旅では大佐渡スカイラインは通行止だったがドンデン線が走れた。長い時間が掛かったが、これで佐渡の旅も一応満足とする、ドンデン線の峠であった。

   
   
   

<走行日>
(2005. 5. 3 県道81号の入川側通過 キャミにて)
・2005. 5. 4 梅津よりドンデン山荘まで往復(入川側冬期閉鎖) キャミにて
・2019.10.28 梅津→入川 ハスラーにて
 
<参考資料>
・角川日本地名大辞典 15 新潟県 1989年10月 8日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典のオンライン版(JLogos)
・大きな字の地図 新潟県 2001年4月発行 人文社社
・ツーリングマップル 3 関東   1997年3月発行 昭文社
・ツーリングマップル 3 関東甲信越 2003年4月3版 1刷発行 昭文社
・WideMap 関東甲信越 (1991年頃の発行) エスコート
・日本百名峠 井出孫六編 平成11年8月1日発行 メディアハウス
・佐渡島の観光パンフレット各種
・その他、一般の道路地図など
 (本サイト作成に当たって参考にしている資料全般については、こちらを参照 ⇒  資料

<1997〜2020 Copyright 蓑上誠一>
   
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