峠と旅
長尾峠
 
ながお とうげ
 
富士を眺望し箱根仙石原を見渡す峠道
 
長尾峠 (撮影 2001. 1. 6)
見えているのは長尾隧道の静岡県御殿場市側の坑口
トンネルの反対側は神奈川県箱根町
道は静岡県側が県道401号・御殿場箱根線、神奈川県側が県道736号・深沢仙石原線
 

峠の茶屋(箱根側)
その前にバス停「長尾峠」
 長尾隧道を越える峠道は、箱根側の長い緩やかな登りが特徴的な峠道である。
 
 箱根町を国道138号・箱根裏街道で西の乙女峠の方向にやって来ると、乙女トンネルに入る1Kmほど手前で長尾峠への県道が左に分岐する。その県道に入ると直ぐに、神奈川県と静岡県の県境を成す箱根外輪山の山腹を伝って、稜線目掛けて徐々に高度を上げるようになる。
 道の左手は遮るものがなく常に大きく開け、下に箱根の仙石原高原が、その先には箱根の山々が見渡せる。日本有数の火山地帯ということもあり、何となく荒涼とした景色だ。
 
 道は広くはないが、かと言ってそれ程狭くもなく、交通量が少ないこともあって、走り難さはあまり感じない。凹凸のある山肌を縫う為、やや屈曲が多いが、それは峠道として仕方ないことだ。カーブの先の対向車さえ注意すれば、長尾峠の道は、ここが一番楽しい所である。
 
箱根仙石原高原の眺め
正面に箱根山(神山)、その右に芦ノ湖
 
 峠道は最終的には稜線にまで達することはなく、頂上を目前にして右にカーブして行く。その先には長尾隧道が口を開けて待っている。
 
 隧道手前にはあまり広いスペースはないのだが、眺めが良いということもあり、今でも1軒の小さな茶屋が店を開いている。また、「長尾峠」と刻まれた峠の石碑や、何を象徴した形をしているのか分からないがUの字をしたモニュメントなどが並んでいる。石碑は「かながわ景勝50選」を示すものだった。この峠から箱根側の眺めがいいことに因むのだろう。モニュメントのUの字の間からは、その先に芦ノ湖の姿があった。
 

峠の石碑(かながわ景勝50選)

モニュメントとその先に芦ノ湖
このモニュメントは何を象徴したものだろうか?
 
 長尾隧道の箱根側坑口の左手前より、稜線上にある峠へと続く山道が始まっている。見上げても稜線までそれ程の高さはないように思える。実際に登ったことはないのだが、隧道ではない本当の長尾峠まで歩いてひと登りだろう。山道の脇にある看板には「10分」とあった。
 
 ただ、車で訪れると駐車スペースが少ないのが困りものだ。茶店専用と思われる僅かな駐車場はあるのだが、茶店にも寄らず長い間車を駐車するには気が引けるのだ。
 長尾隧道を御殿場側に抜けた所には、車が置けそうなスペースがある。でも、御殿場側に峠への登り道があったかどうか記憶にない。

箱根側にある峠への登り口
 

隧道の銘板(箱根側)
明治45年1月 公平書」とある
 長尾隧道の道は、最近の分県地図などを見ると、箱根側が県道736号・深沢仙石原線、御殿場側が県道401号・御殿場箱根線と書いてあった。ちょっと古いと県道393号と記述のある道路地図もある。
 
 しかし、元々は国道138号であった。それはそんなに古い事ではなく、例えばツーリングマップ関東編(1989年1月)では、北にある乙女峠(乙女トンネル)の道と一緒に、まだ国道を示す赤い線で描かれている。
 乙女トンネルの開通は昭和39年10月だそうで、一方、長尾隧道の開通は、隧道坑口の上に掲げられている銘板の日付によると、明治45年1月である。現在は乙女トンネルのみが国道となって威張っているが、長尾隧道の方が乙女トンネルよりずっと先輩なのであった。
 
 でも、更に時代を遡り、どちらの峠にもまだトンネルがない大昔では、乙女峠には番所も置かれ、歴史的には格が上であるということになりそうだ。
 
 箱根と御殿場を結ぶ峠道としては、長尾隧道は乙女峠の遥か南へと、如何にも大回りをしているように見える。これは、最初に車道を通す上で、乙女峠より長尾峠を越える方が、道の建設が容易であった為と推測する。
 
 しかし、その後の技術の進歩により、初めの内は有料道路として乙女トンネルが開通する運びとなる。すると、それまで箱根裏街道としてそれなりに交通量もあった長尾隧道は、急激にさびれることとなった。
 
 そういえば、長尾峠の箱根側などを走っていると、目に入る風景とあいまって、何となく寂しさを感じる。元は国道であった道が、今はほとんど通る車もない。路面も心なしか荒れてしまったように見える。時の流れと共に、峠道の衰退を感じる思いである。

長尾隧道の箱根側坑口
 

峠からの富士の眺め
 長尾隧道を御殿場側に抜けると、左に箱根スカイライン(別名長尾スカイライン)の有料道路が分岐する。この道は箱根外輪山の稜線に沿い、南の湖尻峠までの5.1Kmを繋いでいる観光道路だ。眺めがいいと聞くが有料なので、湖尻峠先の芦ノ湖スカイラインと共に、いまだ通った経験はない。いつも無料の長尾峠からの眺めで我慢している。
 
 御殿場側の峠道の本線は、隧道の先でやや右にカーブするように下っている。その車道越しに富士の眺望が見えてくる。
 
 乙女峠は「富士見三峠」のひとつ(あとのふたつは御坂峠と薩捶峠)だそうだが、それは勿論車道の峠のことではない。「富士見三峠」といっても、車で越えられる峠に限るなら、国道として交通量が多い乙女トンネルより、ずっと静かな長尾隧道の方が上である。
 
 ただ、この附近ではあちこちで富士が顔をのぞかせる。その為、長尾峠からの富士の眺めが、格別いいとも思えない。また、長尾峠を訪れた時は偶然あまり天候が良くなく、眺めに恵まれなかったせいもあるのか、長尾峠からの富士の姿はほとんど印象に残っていないのだ。「富士の見える峠」として三つ挙げる中には、個人的には長尾峠は入れ難いのだった。
 
 隧道出口の正面に、店仕舞いして久しいと思われる食堂兼土産物屋(「花高原ハーブ屋」とかいう)が、富士を眺めて建っている。通り掛かりにその店先に車を停める者もいるが、大して富士に見入ることもなく、また車を走らせて行った。
 
 峠道を下る手前右へ、稜線に向かって急坂の林道が一本分岐している。確か一般車両通行止だったように思うが、地図を見る限りでは稜線近くを北の丸岳まで続いている道のようだ。
 
 峠を形成している箱根外輪山の箱根側は急斜面だが、変わって御殿場側は緩斜面となる。その為、峠を御殿場側に下る道はゆったりしている。また、箱根スカイライへ続く道としてか、箱根側より道の状態がいいように思う。反面、峠道としては何の面白味も感じない。時々木々の間から僅かに富士が見えるだけだ。
 
 箱根近辺はあまりにも観光地として有名で、都心からもさほど離れていないこともあり、四季を問わず観光客で混雑する。よって、あまり近付きたくない所でもある。そんな中で、この長尾峠の道は比較的落ちついて走れる道だ。今度は時間をとって、峠の稜線まで歩いて登ってみようと思う。そうすれば、また富士の眺めの印象も違ってくるかもしれない長尾峠であった。
<制作 2002. 2.27>
 
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