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日ノ尾峠 (日の尾峠) Part2
 
ひのおとうげ/ひのをとうげ
 
九州自然歩道とともに越える峠道
 
日ノ尾峠 (撮影 2003. 4.29)
奥が熊本県一の宮町、手前が同県高森町
標高は約990m
道の名は鍋の平林道?
峠の途中から手前の高森町側は未舗装になっている
 
 日ノ尾峠は一種独特な峠だ。日本には数々の峠があるが、こんな峠道はちょっと他にはない。 何しろ今も噴煙を上げる阿蘇山の山岳地帯を車ごと越えるのである。 高森町側の穏やかな高原牧場の風景。 一転して一の宮町側の荒々しい溶岩原。 阿蘇山最高峰の高岳と、ぎざぎざ頭の特異な山容を持つ根子岳。 正にその山と山の間を豪快に抜けて行く。目に入って来るものは、どれもこれもただものではない。 普通の峠ではなかなか体感できないものをこの日ノ尾峠は持っている。
 
 今回の日ノ尾峠は、思えば11年ぶりのことだった。 その間、何度か九州は訪れているものの、行きたい所は沢山あって、やっと再び機会が巡ってきたという訳だった。
 
 高森町側の県道より望む高岳(左)と根子岳(右) (3枚のパノラマ写真)
 
 ところで、阿蘇山とは阿蘇外輪山とカルデラ内の山の総称だそうだ。 そして中央にそびえる山塊の内、東から根子岳、高岳、中岳、鳥帽子岳、杵島岳の五つを阿蘇五岳と呼ぶ。 これらの山々が外輪山の中をほぼ東西に連なり、北側の阿蘇谷と南側の南郷(なんごう)谷とに大きく二分している格好だ。
 
 また阿蘇五岳らは、しばしば涅槃仏(ねはんぶつ)に例えられるそうだ。 簡単に言えば仏様が横たわっている姿である。 差し詰め、根子岳が頭で高岳が肩の部分であろう。 日ノ尾峠とは、阿蘇谷と南郷谷を、仏様の喉を越えて通じる峠道である。
 
 11年前と同じく南郷谷の高森町側からの峠越えとなった。高森町から道を探すのには、ちょっと戸惑ってしまう。目の前に見えている高岳と根子岳の間を目指せばいいので、一見簡単そうなのだが、いざとなると狭い道が幾つかあり、どれを進めばいいか迷うのだ。
 
 南郷谷をほぼ東西に通る国道265号のちょっと北側に、ほぼ国道に平行するように、多分県道だと思われる比較的幅の広い車道が一本東西に通じている。そこを走りながら、どこの分岐に入ろうかと思っていると、狭い道が一本県道に交差し、そこに立つ九州自然歩道の標識が目に付いた。それには「日の尾峠 4.8KM」とあった。
 
 日ノ尾峠は九州自然歩道の一部になっている。そしてこうした九州自然歩道の標識は比較的よく整備されていて、車からでも時折見かける。それならば、この標識に従って進もうと考えた。

九州自然歩道が県道と交差する地点
 
正面に高岳と根子岳 (高森町側の九州自然歩道より望む)
 

前原集落の手前に立つ九州自然歩道の標識
右:日の尾峠 4.3Km 鍋の平 1.5Km
手前:村山 3.7Km
 県道からは片側に見えていた高岳と根子岳を、今度はフロントガラス越しに真正面に見て走る。入り込んだ九州自然歩道は開けた草原の中を一筋通る、コンクリート舗装の道であった。快晴にも恵まれ、壮観な気分である。
 
 道はこのまま峠へと続くのかとも思われたが、急に狭い路地の様な角を曲がり、ひょっこり小さな集落の端っこに出た。前原(まえばる)という集落らしい。大きな木が集落の象徴の様に一本立ち、その周囲の空き地で子供らが遊んでいる。静かな集落内には犬と走り回る子供達のはしゃぐ声だけが響く。のどかな雰囲気だ。
 
 こんな平和な日本の風景は、もう自宅付近ではお目にかかれない。親が交通事故などの心配をする必要もなく、安心して子供らを自由に遊ばせておける土地だ。都会では車やバイクの騒音公害に悩み、他人のマナーの悪さに憤慨し、犯罪に怯えなければならない。これらは元を正せば全て人間の仕業である。人間同士の刺々しい軋轢に神経をすり減らすことなく、本当に心が休まる場所。こうした所に住みたいものだとつくづく思う。
 
 集落を後にし、尚も九州自然歩道のコースを進む。すると両側から高い土の斜面で挟まれた薄暗い道。コンクリート舗装はされているが、落ち葉が積って荒れた感じを受ける。狭くて車で通るのもちょっと気が引けたが、自然歩道としてもあまり好んで歩きたいと思われない様な道だ。
 
 どうなることかと思いつつも、ゆっくり車を進めると、間もなく右から来た本線に合流した。以前はこの道を真っ直ぐ来た筈だった。その時、どのような経路でやって来たか、今となってはさっぱり分からない。やっぱり高森町側の道は分かり難い。

前原の集落内
 

狭く薄暗い九州自然歩道

暗い道を抜けると、右から本線が来ていた
 
 本線の車道はアスファルト舗装で、少し進むと欄干もない小さな橋を渡る。渡った橋の右手の袂に林道標柱が立っていた。「鍋の平林道」とある。実は日ノ尾峠を越える道の正式な名前を知らない。手元の地図には全く載ってない。「日ノ尾峠越林道」とどこかで書いてあるのを見たことがあるが、どれが正式名称かは定かでない。
 

鍋平キャンプ村
 林道標識を過ぎると右手に鍋平(なべのたいら)キャンプ村が現れた。なかなか大きそうな施設である。以前来た時にもこの前を間違いなく通った筈なのだが、全く記憶にない。初めて越える未知の峠を前に、気づかないほど緊張していたのか、それともその後に大きく改築されたのかもしれない。
 
 キャンプ村は開けた所に位置し、テントを張るにもよさそうな感じある。ただし、キャンプ村の看板によると、開村期間は7月10日から8月31日までと短期間である。今回のゴールデンウィークではまだ閉鎖されていた。
 丁度前の道の路肩に数台のバイクが停められ、その周りを若者がたむろしていた。もしかすると、昨夜はここでキャンプしたのかもしれない。
 
 鍋平キャンプ村を過ぎると、路面は狭いコンクリート舗装となる。左手に高原牧場の風景が広がり、目の前には高岳が大迫力で迫ってくる。高森町側の峠道のクライマックスといったところだ。
 
 この鍋の平と呼ばれる地は、標高700から800mの高地に位置し、根子岳・高岳の南麓に広がる扇状地の頂上部を成している。阿蘇地方に於ける高原野菜の先駆的な地域なのだそうだ。また、山腹に広がる草地を利用し、肥後の赤牛で知られる褐毛和牛の飼育も行われているとのこと。今回は牛の姿は見られなかったが、太陽の温かい日を受けて、のどかな草原が広がっていた。
 

牧場風景の中をコンクリート舗装が伸びる

正面に高岳
 
 草原を過ぎると森林地帯に入り込み、道も未舗装となった。ここから峠までの登りはさほどの距離はないが、以前来たときは、なかなか険しい道であったのを記憶している。日ノ尾峠道、最大の難所といったところだ。
 
 樹木に囲まれ薄暗い中を、先の見えないタイトな九十九折りが幾つか続く。さっきまでの草原と高岳を望む開放的な雰囲気が嘘の様である。路面は砂利で勾配もそこそこあり、オンロードバイクではちょっと苦しいだろう。しかし、以前はもっと深い轍が掘れ、それこそ4WD車が威力を発揮するような荒れた道だったが、今は幾分改修されたようだ。これなら普通乗用車でも行けそうである。

未舗装が始まる
 

峠の一の宮町からまた舗装路となる
 未舗装は1Km程の距離も続かず、またアスファルトとなった。そこが峠だった。
 
 日ノ尾峠は直線の長い切り通しである。両側から草木が覆い被さり、峠やその前後からは何の展望もない。ただただ頭上に細長く切り取られた空を見上げるばかりだ。あれだけ望めていた根子岳も高岳も、これだけ近付いてしまうと、もうその存在を周囲の木々より感じ取るより仕方ない。峠そのものとしてはあまり魅力的には思われない。
 
 それでも、前回、11年前に撮った峠の写真を改めて眺めてみると、少しはいい雰囲気があった。赤茶けた火山礫を敷き詰めた路面が、荒々しい感じがしていい。今はその部分はアスファルトである。
 
11年前の日ノ尾峠 (撮影 1992. 5. 1)
一の宮町側から望む
 
 峠にはいろいろと看板が多い。ここが九州自然歩道でもあり、また高岳や根子岳への登山口ともなるからだろう。残念なのは、単純に「日の尾峠」と書かれた標識がないことだ。堂々とした石柱とはいかないまでも、木の柱くらいはあって欲しい。11年前には、木製の標識が道端に落ちていたので、それを車のボンネットに乗せて写真を撮った。今は、それに代わる峠の標識がない。
 
 ところで、日「」尾峠と書くか、日「」尾峠と書くか、どうでもいい話しではあるが、どちらにしようかちょっと迷うところでもある。国土地理院のホームページで検索したら、「日ノ尾峠」でヒットしたので、今回はそれを採用した。念の為、このページの表題には、どちらも併記している。

峠にはいろいろな看板が立ち並ぶ
 
 一般的な検索エンジンによるヒットも「日ノ尾峠」の方が多いようだ。ツーリングマップルも「日ノ尾峠」を採用している。ただ、現地にある看板などでは、どれもこれも「日の尾峠」であった。最初に訪れた時に、それらの看板を見て「日の尾峠」と覚えたので、私個人としては断然「日の尾峠」派である。
 
 余談だが、国土地理院で調べた読み方には、「ひのとうげ」とあった。誤植の可能性もあるが、昔はそう書いたのかもしれない。
 

九州自然歩道の標識
 峠にある九州自然歩道の標識には次の様にある。
 
 宮地駅 12.6KM  村 山 8.0KM
 ここは日の尾峠    鍋の平 2.8KM
 
 
 また、以前にはなかった日ノ尾峠に関する次のような記述の看板があった。
 
 日の尾峠    
 この峠は阿蘇、南郷を結ぶ道として古来から重要な役割を果たしてきました。かつて南郷方面の人々は阿蘇神社詣でや、宮地の郡役所へとこの峠を往来していました。
環境省・熊本県 
 
 以前からある九州自然歩道の看板の内容を下記に写す。
 
九 州 自 然 歩 道 (阿蘇くじゅう国立公園)
   阿蘇自然歩道
阿蘇は九州中部本県の東部に位置する典型的な複式火山で 世界一といわれるカルデラは周囲約128KM 東西約17KM 南北約24KM 面積約379KMから成っています。この広大な輪のように連なるカルデラを外輪山とよんでいます。
この歩道はその外輪山の東側を縦断しています。
 
お願い
 ・根子岳へ登る西尾根ルートは岩登りのベテラン向きです
  一般の登山者は危険ですからご遠慮下さい。
 ・植物や動物を大切にしましょう。
 ・たばこの吸いがらは 必ず吸いがら入れに。
 
桜ヶ水     〜日の尾峠    5.6KM
日の尾峠   〜鍋の平      3.2KM
鍋の平     〜国民休暇村  4.0KM
国民休暇村  〜南外輪山歩道入口(村山)3.0KM
南外輪山歩道入口 〜高森   1.0KM
                  環境省・熊本県
 
 以前と変わったのは、「環境庁」が「環境省」になったこと。
 
 明治期の日ノ尾峠は、宮地(みやじ)(一の宮町)の古神から馬見原(蘇陽町)往還が通り、宮地に郡役所が置かれたことからも人の往来は多かったとのこと。まだ根子岳の東側を通る道(現在の国道265号)が発達していなかった時代である。
 
 しかし、明治中期から大正期に掛けて、南郷谷を白川沿いに立野へ通じる道路(現在の国道325号)が、また、昭和3年には高森線(現在の南阿蘇鉄道)が通じ、阿蘇谷と南郷谷は西側から連絡されるようになった。更に、昭和46年に国道265号が全面舗装で開通しては、日ノ尾峠の利用は激減する運命であった。
 

峠から一の宮町側への下り道
完全舗装

時折、高岳を望む
 
 現在の日ノ尾峠は、九州自然歩道を歩いて自然に触れようとするハイカーや、根子岳・高岳への登山を楽しもうとする登山者の利用が最も多いのではないだろうか。特に今では、峠から始まったアスファルト舗装は、一の宮町側の麓まで切れ目なく続いている。
 
 折りしも、峠で休んでいる短い間に、一の宮町より普通のセダンタイプの乗用車が1台登って来て、峠の端にある2、3台の駐車スペースに我々の車に並んで停まった。見ていると一人の男性が降りてきて、登山案内の看板を眺めている。様子からするとこれから登山のようである。
 
 私にとっては以前の未舗装路の方が楽しいのだが、一般の登山者などにしてみれば、舗装化されて便利なったという訳である。これで、車に乗って峠を訪れる者が多くなったのは間違いないだろう。
 

そろそろ視界が広がる
 峠の一の宮町への下りは、まだ暫く暗い樹林帯が続いている。時折木々の上から高岳や根子岳が頭を少し出す程度だ。しかし、そこを過ぎると一挙に展望が広がってくる。ここが日ノ尾峠道の一番いいところである。
 
 峠の北側に広がる火口原には高い木がなく、流水で浸食された幾本もの筋が、山肌をあらわに斜面を下っている。道はその筋と筋との間の小さな尾根上を選んで縫うように走る。だから視界がいい。
 
 坂を下るに連れ、下界に阿蘇谷が広がりだす。そしてその谷の向こうには、外輪山の連なりが控えている。
 

阿蘇谷とその向こうに外輪山が見えてくる

眺めのいい小さな尾根上の道
 
 なだらかな斜面は後方の視界もいい。左を振り返れば高岳、右を振り返れば根子岳。自分自身が今、広大な景観の只中に居ることに気づく。
 
 ただ、道幅は狭く待避所もほとんどないので、対向車が来ると厄介だ。車を停めてのんびり景色を堪能したいところだが、安心して車を停められる場所が見つからない。もったいないと思いつつも、車はドンドン下っていってしまう。
 

根子岳への登山道の分岐

左は根子岳へ、右は日ノ尾峠へ
 
 ほぼ坂を下りきると、右手に鋭角に根子岳への登山道が分岐する。行止りの支線林道になっているのだろう。分岐に立つ看板からすると、日ノ尾峠から2.1Km下ってきた地点である。11年前に来た時は、この分岐辺りまで未舗装が続いていた。
 
 また少し本線を下ると、右手に2本ほど道を分ける。その角にまだ新しそうな地蔵が一体立っていた。地蔵そのものにはあまり関心がないのだが、その台石に刻まれた文字が気になった。「根子岳峠」とあるのだ。
 
 「峠」という文字にはことさら敏感である。さて、その根子岳峠とはどこのことだろう。地蔵の周辺に手掛かりを探したが他には何もない。この場所がそうだとしても、地形的に全く峠らしくないのだ。どこからどこへ越えるというのか。腑に落ちぬまま、暫くうろうろしていたが、埒(らち)が明かないので出発することにした。
 
 一の宮町側はこうした支線の分岐がいくつかあるが、どこにも九州自然歩道の標識が立ち、しっかり日ノ尾峠を矢印で指し示してくれる。峠に向かうには一の宮町側からの方がずっと分かりやすい。

地蔵
 

高岳から更に西方の山々を望む
 左手に広がる火口原の向こうに、高岳から西方に連なる山々が望めるようになる。その山の中腹に白い仏舎利塔らしき建物が見え、その手前を一筋の道が山を駆け上っている。阿蘇観光として重要な仙酔峡道路だ。
 
 この道の終点からは仙酔峡ロープウェイが運行しており、今も噴煙を上げる中岳の火口東展望台へと多くの観光客を運んでいる。仙酔峡道路は観光客を乗せた自家用車や観光バスが頻繁に通り、終点の大駐車場は車で溢れている。こちらの日ノ尾峠の道とは雲泥の差である。しかし、火口展望台から望む中岳の噴火口の景観は、その雄大に於いてこの日本の中でも屈指であろう。今日は寂しい日ノ尾峠の道を越える旅をしたが、昨日は仙酔峡道路を走ってしっかり観光をしていたのだった。
 
 そろそろ人家が道の両側に現れると、もう何の変哲もない道となる。雄大な阿蘇の景色はどこかへ影をひそめてしまった。
 
 ひとつ大きな十字路に出ると、その角にも九州自然歩道の標識があった。標識は更に宮地駅の方を矢印で示している。もう市街地は近い。道をそのまま進めば、宮地駅付近で国道57号へ突き当たり、この日ノ尾峠の道も終わる。もうこの先は、いちいち車を停めて九州自然歩道の標識を確認してなどいられない道である。九州自然歩道のことは忘れて、次の目的地へと旅を進めることとなる。

市街地近くの十字路に立つ九州自然歩道の看板
手前が日ノ尾峠、先が宮地駅
 
 <参考資料>
 角川  日本地名大辞典 熊本県 平成3年9月1日発行
 昭文社 ツーリングマップ  九州 1988年7月発行
 昭文社 ツーリングマップル 九州 1997年3月発行
 昭文社 ツーリングマップル 九州 2003年4月発行
 国土地理院発行 2万5千分の1地形図
 
<制作 2003. 10.19 <Copyright 蓑上誠一>
 
日の尾峠 (Part1)
 
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