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加久藤峠/堀切峠
 
かくとう とうげ/ほりきり とうげ

 初掲載 2000. 9. 5 「今月の峠 2000年9月」として

 
加久藤トンネル
九州自動車道の加久藤トンネル(えびの市側) (撮影 1999. 5. 8)
 
えびのループ
国道のループ橋 えびのループ
高速道路上より見上げる
 九州の熊本県人吉市と宮崎県えびの市との間には、険しい県境を越えて幾つかの車道が通じている。つい最近には九州自動車道の加久藤トンネルが開通し、高速道路で県境を抜けることができるようになった。ただしトンネル部分はまだ片側1車線の対面通交通である。それでもトンネル前後でほとんど上り下りがない道は、ほぼ一直線に県境の峰を貫通している。車を運転していても、峠を越えるという感触は全く感じない。

 えびの市側から高速道路の加久藤トンネルへ向かう途中、右上を見ると国道221号のループ橋が望める。ループ途中に2つのトンネルを抜ける珍しいループである。人吉側にも人吉ループがあり、峰の両側ともループで一気に高度を上げ、その間を国道の加久藤トンネルで峠を越えている。

 
 国道の加久藤トンネルは昭和47年に開通している。その後昭和52年、53年に人吉ループ、えびのループと完成し、その後も改修され、約10年の歳月を費やして現在の形態に至っているそうだ。高速道路の加久藤トンネル開通も大工事であったろうが、国道の巨大なループもなかなかのものだ。そこまでして越えなければならない県境である。西の方に鉄道の肥薩線が通るが、こちらも矢岳トンネルやループ線、スイッチバックと大変なことだ。ここは九州山地を越える交通の難所なのである。

 その難所をトンネルを抜けずに越えるのが加久藤峠である。現在のえびの市にある加久藤町にちなんだ名称だ。峠はまた堀切峠とも呼ばれる。国土地理院の地図には堀切と記されている。

加久藤峠旧道
加久藤峠を越える旧道 (撮影 1994. 5.27)
遠くに加久藤トンネルを抜ける国道が見える
 
旧道途中
旧道途中(えびの市側)
徐々に険しさを増す
 えびの市側はまだ峠への旧道が比較的しっかり残っている。国道から分かれ、牧之原の集落を抜け、更に旧道を進むと、空が開けてきて見晴らしがいい。下にループを通る国道が見下ろせる。
 この旧道が加久藤トンネルが不通の場合の、エスケープ路のようなことが書かれた看板が立っていた。しかし看板は朽ち果て、第一この道はもうそのような役には立ちそうにない。
 道は未舗装になり険しさを増す。一度では曲がりきれないような急カーブもある。峠が近付くにつれ、薄暗い道となる。何となく恐ろしくて、ゆっくり車を進める。

 不意に平らな草地に出た。草に隠れそうな道で、左に一本分岐があった。道をそのまま直進するとまた暗い林の中に入り、直ぐに下り始めた。峠の場所がはっきりしなかったが、分岐の附近がそうなのだろう。

 
 人吉側に下ると、そこはもう道とは言えない状態だった。何度か引き返そうかと迷う。しかし引き返すのも一苦労だ。Uターンする余地など全くないのだから。
 道には土砂がなだれ込み、放置されたまま時が経ち、そこに草が茂り、もう既に山の斜面の一部となっている。車体が倒れそうなくらい傾むく。歩くより遅い速度で慎重に車を移動させる。車体で草木を掻き分けて行かなければならない。視界が悪く道の痕跡を見失いそうである。
 ふと見ると、10mくらい先に一頭の鹿が、今は車道とはとうてい言えない道の真中に立っていた。こちらをじっと見ている。「なんでお前なんかがここに居るんだ」と言わんばかりに。もうここは人が通るところではなくなっていた。自然に戻っていたのである。

 どうにか峠を下り、国道に入り、立派な人吉ループを人吉市街に向けて走り下る。ちょっと前までのあの廃道がうそのようだ。フロントガラスにへばりついた一匹の虫が、幻ではなかったことの証明だった。

 非常に残念なことがある。峠に向かう途中、右の写真を撮ったところでカメラのフィルムがなくなった。肝心な峠も、あの恐ろしい廃道も、出会った鹿も、何も撮っていないのだ。なんてこった。そう簡単には、あの峠は越えられないんだぞ。(もうニ度といやだ)

峠への上り
峠への上り
この先に峠があったのだが・・・
(撮影 1994. 5.27)
 
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