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犬越路隧道  丹沢山塊の只中を行く
いぬこえじ


<掲載 1999/ 5/23> 今月の峠 1999年 5月

犬越路隧道
犬越路隧道  山北町側

 丹沢は神奈川県や東京都またその近県に住む者にとって、山歩きは勿論のことその周辺に楽しめる自然が多く、週末にちょっと出掛けるのにはもってこいの憩い場である。我家からも日帰りできる近距離にあり、暫く長い旅にご無沙汰している時など、旅心をなだめるのによく出掛ける場所となっている。また丹沢の北側をかすめて通る国道413号、通称道志みち(どうしみち)は、国道20号や中央高速を使う代わりに山中湖や富士を眺めに行く時に使う道で、道沿いにはキャンプ場や温泉、釣り場などがある楽しい道である。

 しかしその丹沢山地が邪魔に思う時がある。丹沢の東にはヤビツ峠を越える道があるのだが、それより西に丹沢山塊を縦断する道がないのだ。結局山中湖の方まで行って、ぐるっと一周してこなければならない。さすがにこれには時間が掛かる。また行きか帰りに丹沢の南側を通る国道246号(通称ニーヨンロク)を使うことになるのだが、246は空いている時はどの車もここぞとばかりに猛スピードで走っていて恐ろしいし、逆に渋滞になるとこれでもかという長蛇の車の列ができてうんざりさせられる、全く面白くない道なのだ。かと言って往復に道志みちを走るのでは能がない。それに道志みちは、狭くて曲がっていてアップダウンが多く、日が暮れてただただ家路を急いでいる時に走るには向いていないのである。

 余談だが、その道志みちを中央高速や20号の渋滞時に抜け道として、休日の夜に車の集団が猛スピードで駈け抜ける時があるのだ。間違ってその集団に入りこむと大変なことになる。道が狭いから簡単に追い越させる訳にもいかなく、一緒について行くのに必死な思いをするのだ。遅れをとった車は後ろに連なる殺気立った車の列に恐れをなして、途中の僅かな路肩に逃げ込み隊列を脱落する。先頭車が変わると隊列のスピードが一段と上がり、さらについて行くのが大変になる。道はカーブが多いし勿論街灯が不充分だから、先頭で速く走るにはハイビームにしなければ到底走れたんものじゃない。ところが時々対向車が来るから、ロービームとの切り替えが頻繁になる。夜道で先頭なんて走るものじゃない。単独で走っている時に後ろからその恐ろしい集団が近付いたら、迷わず道を譲った方が無難である。それにしても夜の静かな山里を10台前後の車の集団が駆け抜けるなんて、妙な現象が起きるようになってしまったものだ。

 話を戻し、地図をよくよくみると、丹沢湖の奥より西丹沢を縦断して道志みちまで一本の車道が描かれている。これが今回の犬越路隧道を抜ける峠道である。残念ながら津久井町側の大半は一般車通行禁止だ。もしもここが通り抜けられたならと、いつも地図を見て恨めしく思うのである。特に丹沢湖を訪れたときは、同じ道をまた246まで戻らなくてよくなるのだ。丹沢ドライブのバリエーションがぐっと広がるのにと思うのであった。

県道分岐
山北町側の県道から林道への分岐
看板に「これより5.4Km先 通行止
津久井方面への通り抜けは出来ません」とある

 神奈川県山北町の246より県道76号山北藤野線に入り、丹沢湖を過ぎてさらに奥に進む。勿論この県道は藤野町まで続いてはいない。中川温泉などを過ぎ、タンチョラ沢の出合と呼ばれる所で右に林道が分岐する。県道をそのまま直進しても、だんだん険しい道になり、遂には行き止りである。峠の隧道へ行くにはこの林道を進む。

 林道入り口には例の赤い通行止の道路標識が立ち、たじたじとさせられるが、上に掲げられた青色の看板を見ると「5.4Km先で通行止」とある。それは隧道までの通行は出来ることを意味しているらしい。だから峠までは大手を振って走ってもいいのだ。

 何年も前にバイクで初めてこの林道に入った時は、工事のダンプが頻繁に通っていて、邪魔者扱いされながらそれでも隧道までは越えたことがある。その頃に比べると今は整った舗装路に通る車もなく、落ち着いた山道となった。

 途中右に一本の支線の様な林道を分岐する。バイクで入ったらあまりの深砂利に引き返そうと思った瞬間コケてしまった。砂利に足を取られ、バイクを引き起こすのにも苦労したことを思い出す。正確には判らないが、県道から分岐する道は東沢林道と呼び、この深砂利林道がその続きで、峠に続く犬越路林道の方が東沢林道より分岐したものらしい。でも現在は県道より峠まで一本の舗装路となっているので、東沢林道が途中より分岐しているとしか見えないのだ。

 この峠道は中川川が丹沢山地の奥に食い込んだ所から始まっているので、いくら登って行ってもあまり遠望はきかない。周囲は丹沢の奥深さばかりがあふれている。

山北町側の景色
犬越路林道途中より山北町側の景色
中央に中川川を見下ろす
周囲は丹沢の奥深さばかり

隧道を望む
山北町側
中央やや上に隧道入り口を望む
手前には荒々しい沢が横たわる 

 峠近くになると左手に荒々しい沢が現れる。幾段にも治山ダムが造られている。その沢の頂上付近に目をやると小さく隧道の入り口が見え出す。隧道はその沢を上で渡った先にある。

 隧道は神奈川県足柄上郡山北町と津久井郡津久井町の境となっていて、丹沢山地最高峰の蛭ケ岳から大室山に続く峰上に位置する。

 入り口の左側には「犬越路富士見園地」と書かれた柱が立ち、アスファルト敷きの広場と小さな東屋などがある。この様子は少なくとも一般人がここまで入ってくる事を想定したものだ。園地は小綺麗に整えられ、柵越しに荒々しい沢の様子が見下ろせる。ただやはり遠望はきかず、園地の名前からして富士が見そうなものだが、天候のせいか見えたことがない。

 また隧道の右側には「犬越路林道完成記念碑」が立っている。こちらは古く、石碑の裏側にある説明文も読みとりにくい。碑文よるとこの地は神奈川県の秘境といっていいほど発展の道が閉ざされていたので、産業と文化の発展の為に津久井町側の神ノ川(かんのがわ)林道と連絡させる林道として造られたとのこと。昭和41年着工で4年後の昭和45年3月に完成している。

 犬越路の名は武田信玄が小田原の北条氏康を攻めたときに、あまりの険しさに軍犬を先導させて峠を越えたという伝説によるものらしい。しかし本来の峠である犬越路は、犬越路隧道のもっと西にあり、今では東海自然歩道のひとつとなっている。信玄が隧道を抜けたのではないのでお間違いなく。

犬越路林道完成記念碑
犬越路林道完成記念碑

通行止ゲート
津久井町側のゲート
実は鍵が掛かっていない

 隧道を抜けると左に未舗装の林道が分岐している。これは神ノ川林道の続きであろうか。本線は右に曲がって下って行く。しかし道は直ぐに通行止である。以前は標識だけだったりしたが、現在はバイクさえも通さないしっかりしたゲートが道いっぱいに立ちはだかる。隧道出口付近には時々車が停めてあったりする。登山者のものだろうか。

 ところである時ゲートの反対側より一台の車が上って来たではないか。男が一人降りてきて手慣れた感じでゲートを開くと車を通し、またゲートを閉めて未舗装林道の方に走っていった。一体何者なのだろうか。ゲートに近付いてよく見ると、実は鍵が掛かっていない。ゲートを開けてその先に車で進んでみたいという衝動をぐっと押さえるのであった。

 仕方ないので歩いてゲートをすり抜け、少し坂道を下ると津久井町側の眺めが広がる。かなり遠望もある。谷の下には神ノ川林道が通じているのが見える。あの林道が通れたらなと思う。道はゲートの先暫くの間まで舗装が続いていたが、それより先の事は歩くのが面倒なので何も知らない。未だ踏み込んでいない未開の地として現在も残っているのだ。

 ずっと前の事ではあるが津久井町側の東野より神ノ川林道に入った事がある。その時は未舗装林道を暫く走ると山小屋(神ノ川ヒュッテ?)が現れ、そしてその先はやはり関係者以外通行禁止であった。

津久井側の景色
津久井町側の眺め

 

 産業と文化の発展の為に開通した林道ではあるが、峠道の片側半分の往復しか一般車が通行できないのは、やはり残念である。しかし今は自然保護の世相の方が優位だ。条件なして許される「発展」という言葉は影を潜めてしまった。林道開通当時では予想できなかった時代の急激な変化があったということか。


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