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釣瓶峠 (仮称?) 青森と秋田の県境、釣瓶トンネル
 
つるべ とうげ
 

 初掲載 2000. 7.18

 
釣瓶峠
釣瓶トンネル 秋田県側の入り口(1999年 8月11日 撮影)
トンネルは新しいのだが、ご覧の通り、道は荒れている
 
 等高線と河川ばかりが描かれた殺風景なマップに、また一本の車道が現われていた。そこは青森県と秋田県の県境、ブナの原生林が鬱蒼と広がる白神山地の東の外れである。その附近には既に長慶峠の林道が県境を越えていたが、長慶峠よりも更に西側を越える峠道だ。その峠の部分は「釣瓶」(つるべ)と呼ぶトンネルになっているが、峠としての正式な名前を持っているかはっきりしない。そこでいつもの様にこの「峠と旅」では、「釣瓶峠」と峠の名前を付けて呼ばせてもらう。

 普段の生活の中で、辺ぴな峠道を私にわざわざ教えてくれる人など誰もいない。私が峠の偏執者であることを知る者は少ないのだ。それに峠に関心など示す者は滅多になく、「峠が趣味です」と言っても、「陶芸がご趣味ですか」と勘違いされるのが落ちだ。私が峠愛好家であることは、なるべくしゃべらない様にしている。よって峠道を探すのは、おのずと自分だけが頼りとなってくる。市販の道路地図を丹念に眺め、さびしそうな峠道を見つけ出すのが常套手段である。その為、新しく出来た峠道の存在を、暫く知らないままでいることがある。この釣瓶峠もそうだ。昭文社の1997年3月版ツーリングマップル東北編を買った時、初めて知って驚いた。それまで長慶峠より西には、車が通れる峠はないものと信じていたからだ。

 世間をはばかる隠れ峠フリークではあるが、これほどの峠を知らない、行ったことがないではプライドが許さない。ちょうど友人と青森に出掛ける計画があったので、気の進まぬ知人を説得し、その途中でついでに釣瓶峠も訪れることにした。ただし、移動手段はいつものジムニーではなく、普通乗用車なのがちょっと気になるのであった。

 
 青森県の大都市弘前から主要地方道28号、岩崎西目屋弘前線を西へ走る。

 この道はすごい。津軽峠などの幾つかの峠を越えて、名前の通り岩崎村で日本海側まで通じている。以前の弘西林道である。西目屋村から先は、鬱蒼としたブナ林の中を抜ける未舗装林道であった。しかし最近県道に昇格してからは、どうも岩崎村の方から舗装化がどんどん進んでいるようだ。

 その県道を弘前市街から20km弱も行くと、岩木川に造られた目屋ダム、美山湖が右手に現われる。ただし県道からはほとんど湖面を眺められない。そこから先は左へ分岐する道に注意する。釣瓶峠への分岐には道路標識が完備されていないからだ。

目屋ダム
目屋ダム/美山湖 (1992年 7月29日 撮影)
この時はまだ釣瓶峠があることを知らなかった
 
峠道の分岐点
峠道の分岐点 県道上を弘前方面に見る
 前方に湯ノ沢川に架かる橋がある
ここは十字路になっていて釣瓶峠は右方向
見えている二階建ての建物は砂子瀬農業共同組合
 ダムを過ぎて間もなく、美山湖に注ぐ湯ノ沢川に架かる橋を渡る。渡って直ぐに信号機もない寂しい十字路がある。ここが峠道の起点だ。そこに立つ道路標識によると弘前から25kmの地点である。
 ここは西目屋村の砂子瀬と呼ばれる地区で、そこまでほとんど何もない県道沿いだったが、そこだけ建物が集まり、集落らしくなっている。十字路の角には砂子瀬農業共同組合の二階建ての建物が建ち、近くには公民館や郵便局もある。美山湖温泉というのもある。

 その十字路から左手に(南へ)分岐する道が今回の峠道である。ツーリングマップルによると県道317号西目屋二ツ井線と呼ぶ。その峠道は青森県西目屋村と秋田県藤里町を繋いでいる。県道とは言え、途中には未舗装区間もあるようだ。本来大喜びするところだが、今回は走り慣れたジムニーではない。何となく胸騒ぎがするのであった。

 
 峠道に曲がると直ぐに、「通行止のお知らせ」が目に入ってきた。
(秋田県への通り抜けは出来ません)
区間 秋田県境から秋田県藤里町黒石沢分岐点
期間 平成11年5月26日から
    平成11年6月30日まで
理由 道路工事のため

 今はもう8月で、期間がとっくに過ぎているのに安堵する。

 分岐から暫くはまだ集落が続いた。酒屋などの商店もある。しかし真夏の熱い昼下がりでは、通り掛る住民は一人もなく、人気が全く感じられない。地面から湧きあがる様な熱気に、集落全体が気だるそうである。

峠道起点
峠道起点より峠方面を望む
通行止のお知らせ」があるが、期間が過ぎていた
 
未舗装路
青森県側の未舗装路
左にある標識には「釣瓶トンネルまであと5km」とある
この先で少しで舗装路となった
 道は集落を抜けると、左手に湯ノ沢川を見る様になる。比較的直線的な浅い谷に沿う道で、暗い感じはないが展望もない。大した登りもなく、そのまま舗装が途切れダート道となった。すると道の周囲がやたらに白い。土ぼこりが沿道の草木について、白っぽくなっているのだ。本来、光合成を行う緑の葉っぱが、哀れな姿である。

 道は整備が行き届いた安定した砂利道で、巾の広い所もあり、近いうちの舗装化が想像される。いつものジムニーなら何てことない道だが、今は友人の運転で慎重の上にも慎重に走る。ダートなどほとんど経験がないので、極端な程の低速走行である。
 峠まであと数kmという所まで来ると、真新しい舗装路となった。道幅はかえって狭い。それでも青森県側のダートを抜けたという思いで、一安心した。

 
 ところがそれも束の間、左後方よりキュルキュルという音がする。それまで砂利道走行だったので、砂利を蹴散らす音に、気付かなかったのだろうか。不吉な予感。スピードを緩めるとその音も静まる。明らかに車から出ている音だ。慌てて止まって車を降りる。見事に左後輪がパンクしていた。タイヤは完全に空気が抜けてペシャンコである。近くの砂利の路肩に車を停め直し、潰れたタイヤをしげしげと見る。巾数cmの亀裂が出来ていた。友人は慣れないダート走行の上に、自分の愛車を襲った悲劇にただ呆然とするだけで役に立たない。タイヤ交換を自分でしたこともないのである。
 私の方も、いつものジムニーならタイヤ交換など手馴れたものだが、人の車ではフォイールキャップの外し方さえ分からない(ジムニーにはフォイールキャップはないのだ)。それにただでさえ低い車高の車がパンクすると、ジャッキを差し込む隙間もない程になる。こんな状態でどうやってジャッキアップすればいいというのだ。
 しかしいいことを思い付いた。こんなこともあろうかと瞬間パンク修理材(ホルツのタイヤパンドー)を持ってきてあったのだ。車に乗り始めてから間もなく買ったもので、もう10年近く前の品である。とっくに使用期限は切れている。捨ててしまってもいいくらいな積もりで、何の気なしにトランクにほおり込んで置いたのだ。ただ、これまでの経験では、瞬間パンク修理材が役に立った覚えがない。未舗装林道でパンクすると、釘が刺さった程度のなまやさしいパンクでは済まないケースが多い。大きく裂けてしまったり、タイヤの側面に亀裂が入ったりしてしまう。そんなパンクには瞬間パンク修理材は全く効果がないのだ。
 しかしダメ元で、とにかくやってみることにした。瞬間パンク修理材を注入してからは、直ぐに走ってタイヤを回転させなければならない。友人を運転席に座らせてスタート出来る準備を整え、私が瞬間パンク修理材を注入した。やはり大きな亀裂からは勢いよく空気が漏れ出してくる。それでもどうにかタイヤは膨らんでくれた。いそいで瞬間パンク修理材を外しキャップを閉め、助手席に乗り込む。車をゆっくりスタートさせ、のろのろ走りながら窓から首を出してタイヤの様子をうかがった。最初はシュッシュと空気が漏れる音がしていたが、直ぐにそれも止んだ。とにかく走り続けなければならない。その後も時々首を出してはタイヤをのぞいて見た。弱々しいまでもタイヤは一応膨らんでいる。どうにか成功である。
 
 道は舗装路のままで峠に着いた。峠前後は道幅も広く、トンネルは新しく立派である。長さは157mとそれ程大きいトンネルではなく、見上げると県境の峰の頂きは峠の直ぐ上にある。

 トンネル入口では工事の作業者が何やら作業していた。まだ工事が完成してないのだろうか。強い日差しを避ける為か、トンネル内には工事車両も数台停めてあった。

釣瓶トンネル青森県側
釣瓶トンネル 青森県側
トンネル附近に工事作業者が居た
 
峠の秋田県側
峠の秋田県側
トンネルの上は直ぐに峰の頂上だ
落石が路上になだれ込み、
ガードレールは醜く曲がっていた
 駐車車両に注意しながらトンネルを秋田県側に抜ける。峠の秋田県側はセンターラインもある幅の広い舗装路となった。青森県側が比較的なだらかな道であったのに対し、秋田県側は谷の深い山岳道路風である。風景もそれなりに険しく見えるが、あまり遠望は無い。

 最近開通したばかりの車道の峠だけあって、路面のアスファルトや白線も、トンネルのコンクリートも、ガードレールも、みんな新しい。しかし路面には落石がなだれ落ち、ガードレールは一部醜く曲がり、既に荒廃した雰囲気がある。険しい峠道は車道を通してからも、それを維持するのが大変である。

 元々ここには釣瓶落(つるべおとし)峠という名の峠が通じていた。その峠を越える古道は、古く室町時代くらいまで遡るようだ。藩政期には間道として利用された。また西目屋村は有数の鉱山地帯であり、その中でも最大規模の尾太鉱山に、北秋田地方から鉱夫が釣瓶落峠を越えて入出したそうだ。

 
 その峠の近くに車道のトンネルができ、どういう訳か「落」の字が落ちて釣瓶トンネルと名付けられた。「落」という字は「転落」などを連想させ、峠道には縁起が悪いとでも判断したのだろうか。ツーリングマップルではこの場所を釣瓶峠と記している。はたしてコンセンサスを得た名前なのか疑問である。「釣瓶トンネル」の「トンネル」を取って、代わりに「峠」を付けただけの、やはり「仮称」の様な気がしてならない。
 「落」というのは確かにふさわしくないかもしれないが、それなりに歴史のある峠名なら、「釣瓶落」の名前をそのまま使って欲しかった。そして現在のトンネルの峠は、「新釣瓶落峠」とでも呼びたかった。
 ところで元の釣瓶落峠はどこにあったのだろうか。現在トンネルがあるその真上だろうか。トンネル前後にはそれらしい痕跡は見当たらなかったが。
峠からの秋田県側の景色
峠より秋田県側を望む  あまり遠望はない
 
秋田県側交通規制
秋田県側の交通規制
上に「この先16km間 落石等のおそれ有 通行注意
 峠を秋田県側に下ろうとすると、それまでなかった交通規制の看板が出ていた。なんと11月24日まで平日通行止とある。今日は水曜日の平日。これはまずい。

 ちょうどそこへ秋田側より1台の4WDワゴン車が登って来た。手を挙げて止まってもらい、通れるかと聞く。こちらの車を暫く眺めてから、通れるがトラックが頻繁に走っているので注意とのこと。

 交通規制はあるは、工事トラックが走っているは、パンクしたタイヤの心配はあるは、で不安な面持ちで秋田県側に下ることになった。それにまた未舗装が予想される為、友人の負担を軽くしようと、運転を代わってやった。しかしジムニーならともかく、軽自動車の車幅感覚しかない私では、かえって心もとない運転である。

 
 最初は2車線の舗装路だが、案の定それも気休め程度で、直ぐに未舗装路となった。しかもかなり荒れている。タイヤに負担を掛けない様に、車の底を擦らない様にと、緊張を強いられる。
 そこへご忠告通り、前方より道幅いっぱいにでかいトラックがやって来た。交通規制を無視して入り込んでいる手前もあり、こちらがよけなければならない。バックして適当な路肩に退避するのだが、慣れないオートマ車で、車幅感覚も全くないから、冷や汗ものである。一つ間違えれば谷底に落ちてしまう。
 相手のトラックをやきもきさせながらも、どうにか一台クリアした。しかしその後も次から次と大きなトラックがやって来るのだ。その都度後退して避けるのに七転八倒する。それにゆっくり走っていると、後方から追いつかれる可能性もある。あまりのんびりもしていられないと焦る。その為か、途中で道を間違えて工事現場に入り込んでしまった。自分ながらややパニック状態と思う。友人は「なに道を間違えてるのよ」と、かえって平静である。苦労して本線に戻り、また悪路走行に集中した。
 
 それでもどうにか無事に黒石沢分岐点まで辿りついた。ここまで来ると工事車両も少なく、未舗装ながら路面は安定し、車幅もトラックが来ても慌てずに済む程度となった。パンクしたタイヤも今のところ無事である。

 黒石沢分岐点では、右に鋭角に県境近くまで続く登山道路を分ける。その道の方向を示す標識には「白神山地」と書かれてあった。
 分岐に立つ「白神山地イラストマップ」によると、その道の先には「くるみ台野営場」や「ブナ二次林試験地」、「岳岱自然観察教育林」、「田苗代湿原」などがあるそうだ。いろいろ楽しそうなのだが、今回は寄道する時間も精神的な余裕もないのであった。

 尚、「白神山地イラストマップ」では「釣瓶トンネル」とは別に、その東側に「釣瓶落峠」の文字が記されてあった。現在のトンネルの峠と釣瓶落峠とは場所が違うようだ。

黒石沢分岐点
黒石沢分岐点
向かって左が登山道路、右が釣瓶峠へ
 
太良峡
太良(だいら)峡 菅江真澄の歌碑が立つ
 道は藤琴(ふじこと)川に沿い、太良(だいら)橋を渡って川の左岸に出る。この附近は太良峡というらしい。道路脇には菅江真澄の歌碑が立っていた。路面はまだダートだが、間もなく舗装されることだろう。
 藤里町の早飛沢の附近で遂に舗装になった。

 冷汗かいたが、釣瓶峠を自分の目で確認することができた。1度しか通っていなくても、峠フリークとしてこれで知ったかぶりできるというものだ。それに開通して直ぐではないが、まだ未舗装区間も十分残っている時に訪れることができてよかった。

 
 現在のところ、釣瓶トンネルより西には、遥か日本海沿いを通る国道101号以外に、県境を越える車道は見当たらない。しかしこれからも新しい峠道が日本のどこかで開通するんじゃないかと、道路地図から目が離せないのである。

 尚、一度パンクし、瞬間パンク修理材で復活した例のタイヤは、釣瓶峠を越えた後も暫くは無事でいた。空気圧が足りないのでガソリンスタンドで空気を入れ、漏れも確認してもらったが大丈夫であった。しかし、「高速道路でのパンクは怖いよ、急にやってくるよ」と係員に言われたのが、どうもにも気になった。迷った末、翌日東京への帰路として東北自動車道に乗る直前に、インターチェンジ近くにあるオートバックスに寄ってタイヤを交換することにした。ついでだからと4本とも新品にすることとなり、未舗装の峠越えを希望した責任上、私も2万円を負担した。釣瓶峠越えは、随分高くついてしまった。

 


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