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白髪隧道 (猿田峠)
  しらがずいどう (さるたとうげ)  (峠と旅 No.323)
  林道完成記念碑がポツンと佇む峠道
  (掲載 2024. 5. 4  最終峠走行 1993. 5. 4)
   
   
   
白髪隧道 (撮影 1993. 5. 4)
トンネル手前は愛媛県四国中央市富郷町寒川山
トンネルを抜けた先は高知県長岡郡本山町沢ヶ内(坂瀬?)
道は愛媛県側が県道126号・上猿田三島線
高知県側は県道264号・坂瀬吉野線
(当時はトンネル前後は林道猿田白髪線)
トンネルの標高は970m (文献より)
(上の画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)
もう30年以上前に越えた峠
 
 

総論

   

<白髪>
 前回白髪峠を掲載し、分かり易い「白髪」繋がりだ。また、今回の白髪隧道は同じく四国にある峠で、やはり一度しか越えたことがないことも一緒だ。 白髪峠の約1年前に訪れていて、今からするともう30年以上も前のこととなる。

   

<所在>
 この峠道は愛媛県と高知県の境をほぼ南北方向に通じている。大まかな位置は、四国の形を鉄アレイとかダンベルと呼ばれる筋トレ器具に例え、その中央の細くなったグリップ部分に峠道はある。
 
 愛媛県側の住所は四国中央市(しこくちゅうおうし)富郷町(とみさとちょう)寒川山(さんがわやま)で、以前の伊予三島市(いよみしまし)の大字富郷町寒川山になる。尚、同市に寒川町(さんがわちょう)という地名があるが、紛らわしいがそことは異なる。
 
 高知県側は長岡郡(ながおかぐん)本山町(もとやまちょう)沢ヶ内(そうがうち)になる。「そうがうち」という読みが難しい。 尚、大きい「ケ」を使って「沢ケ内」と記すことも多いが、これまでの習慣でここでは小さい「ヶ」を使って「沢ヶ内」とする。尚、沢ヶ内の代わりに「坂瀬」という地名もあるようで、そこのところは結局はっきりしない。

   

<地形図(参考)>
国土地理院地形図 にリンクします。


   
(上の地図はマウスによる拡大・縮小、移動ができるようです)
   

<峠名>
 峠には白髪隧道が穿たれ、林道猿田白髪線が通じたが、峠としての名は持たなかったようだ。
 
<白髪山>
 隧道の名は高知県側の本山町にある白髪山(しらがやま、1,469m、地理院地図)に関係するようだ。同じ高知県に同名の山(1,770m、地理院地図)が存在するが、そちらは前回の白髪峠に関係する。
 
 今回の白髪山は県境にある訳ではなく、峠道にそれ程近い訳でもなく、何となく関係が薄そうに思える。ただ、それなりに知られた山なのだろう。
 
<白髪・白峨>
 文献(角川地名大辞典)には山名の由来について、「白く光る石(結晶片岩)からなっているため白峨(白い岩の意)と記していたが、現在の奥白髪に猿田彦神(白髪の老翁)という白峨山霊を祀ったことから白髪と改められたという」とある。 「峨」(ガ)という字は「けわしい」とか「けわしく高い山」という意味もあるそうだ。一方「白髪」は馴染み易く覚え易い名称だが、やや安っぽい感じは否めない。
 
 尚、「奥白髪」という地名については、地理院地図に奥白髪谷(地理院地図)という川が見られ、多分その付近の地名かと思われる。

   

<林道猿田白髪線>
 また、猿田白髪線という林道名の「猿田」は愛媛県側の寒川山(さんがわやま)にある地名だ。猿田川という川が流れ、その沿線に下猿田と上猿田という集落が立地する。

   

<猿田峠>
 車道の峠に名はないが、白髪隧道の上には猿田峠(さるたとうげ)と呼ぶ峠道が通じている。その地点(地理院地図)には峠名の記載はないが、文献には猿田峠の項があり、「古くからの道」との記述が見られる。この峠名の「猿田」も愛媛県側の地名から来ているようだ。白髪隧道の位置や道のつながりからしても、新しい車道の峠は新猿田峠と呼んでもおかしくない存在だ。
 
 余談だが、猿田峠という同名の峠は、福岡県の鞍手町(くらてまち)と宗像市(むなかたし)との境にもあるようだ(地理院地図)。行ったことはないのだが。

   

<立地>
 今回の峠道は四国山地を縦断して通じる。四国山地は「四国島の脊梁(せきりょう)山地」とか「四国の屋根」などとも呼ばれる。概ね、西の石鎚山を中心とする石鎚山地(いしづちさんち)と、東の剣山を中心とする剣山山地(つるぎさんさんち)と、その中間の中間山地(中央山地とも)に分かれる。
 
 鉄アレイに例えると、石鎚山地と剣山山地が左右の鉄球で、グリップ部分が中間山地に当たる。標高2,000m近い山がそびえる石鎚・剣山の両山地に比べると、峠道が通じる中間山地は標高1,300〜1,500m前後の山地群になる。その中では白髪山は代表的な山と言えるようだ。

   

<水系>
 峠の北の愛媛県側には、猿田峠の稜線の鞍部を源頭とする猿田川が下り、銅山川(どうざんがわ)に注いでいる。
 
 一方、南の高知県側は吉野川支流の汗見川(あせみがわ)の源流部に当たる。汗見川の最源流は県境にある佐々連尾山(地理院地図)だが、ツーリングマップに記載のある坂瀬集落(地理院地図)で幾つかの支流が合流している。猿田峠を源頭とする支流はその一つだ。文献でも坂瀬を汗見川の源としている。
 
 峠は四国山地を南北に通じていて、峠の北側は何となく瀬戸内海の水系に思えるが、銅山川は吉野川の支流である。すなわち峠道全体は同じ吉野川水系にある。細かくはその支流同士の銅山川と汗見川の分水界に峠はある。

   
   
   

愛媛県側

   

<銅山川沿い>
 峠の愛媛県側には銅山川沿いに県道6号、47号と続いている。以前は銅山川上流部で県道は行止っていたが、今は大永山トンネルが通じ、周遊コースで旅ができるようになった。銅山川の名の由来は別子銅山から来ている。その遺構はなかなかの見物だ。
 
 銅山川の谷は狭く、そこに通じる県道沿いに大きな集落は見られない。視界の広がらない道が永遠に続くかのようだ。


銅山川沿いの県道6号 (撮影 2004. 5. 8)
富郷渓谷付近(地理院地図
   

<県道126号へ>
 その県道から峠への道が細々と分岐する(地理院地図)。ほとんど何の案内看板も立っていない。この先本当に県境を越えて高知県側に出られるのかと疑いたくなる。
 
 道は一応県道で、126号・上猿田三島線という。「上猿田」(地理院地図)とはこの峠道の愛媛県側最終の集落になる。「三島」とは、今は四国中央市になっているが、以前はの伊予三島市のことであろう。

   

猿田川沿いの野宿地 (撮影 1993. 5. 4)
奥に県道126号が通じる
手前は猿田川を望む
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<野宿(余談)>
 今回は峠道に入って早くも野宿である。前回の白髪峠も野宿しながら一泊で峠越えをしたが、こうして峠道沿いで野宿する機会は多い。野宿できるような寂しい峠道ばかり走っている為だ。 私以外にも峠越えを楽しむ趣味人は居るかもしれないが、泊まり込みで峠越えをする者はそうは居ないだろう。
 
 道は銅山川の支流・猿田川の左岸沿いに通じている。 どこかにいい野宿地はないかと探していると、猿田川に面して広い空き地があった(地理院地図)。 造成途中のようで、整地した広場に車でそのまま乗り入れられる。県道からの入口は狭く、木々が林立してあまり目立たない。一方、猿田川側は谷が開けていて見晴らしがいい。これはなかなかいい野宿地である。こんな好条件の場所は滅多にお目に掛れない。一晩お借りすることとした。

   

 テントはコールマンのしっかりしたテントを選んだ。唯一持っているメーカー製である。いつもは安物だが大きな4人用のテントを使う。その方がゆったり眠れる。 しかし、この場所は眺めがいい分、強風の心配がありそうだ。夜中にテントを飛ばされてはかなわない。そういう時の為にと、この一人用の小型のコールマン製を一つ持っている。
 
 風向きなどを考慮してテントの設営位置を決める。造成地なのでテントを止めるペグは打ち易かった。最後にジムニーをテント脇にピッタリ寄せて停め、少しでも風除けになるようにする。 いつもの様にジムニーは出入口方向に向けてある。全てのドアの鍵は開けてある。車のキーも差したままだ。 何かの緊急事態にはテントから這い出して直ぐに車に飛び乗り、エンジンをかけて移動できるようにしておく。


猿田川の谷に面した見晴らしのいい野宿地 (撮影 1993. 5. 4)
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 最近、キャンプが人気のようだが、ちょっと危なっかしい気がしてならない。設備の整ったキャンプ場といえども普段の自宅で過ごすのとは訳が違う。 自然の中に身を置くのだから、周囲の状況には充分注意を払い、想像力を働かせたい。 強風が吹く、大雨が降る、木が倒れ掛かって来る、崖が崩れ落ちて来る、地盤が沈み込む、野犬が襲って来る、等々いろいろな危険が考えられる。 可能な限り対処しておこうと思う。テントで寝る時は護身用にといつも枕元に鉈を置いてある。通常は焚火をする時の薪作りに使うのだが、いざクマに襲われたらこれで立ち向かう積りだ。 ただ、四国ではクマはほとんど生息していないので、その心配は少ない。こうしていろいろ準備し、それでも万が一被害にあったら、その時はあっさり諦めようと思う。 キャンプにはそれくらいの覚悟をしておくのも必要ではないだろうか。
 
 いろいろな心配をよそに、猿田川沿いの一夜は無事に過ぎた。深夜にテントが吹き飛ばされることもなく、得体の知れない動物の唸り声を聞くこともなかった。

   

<3つの集落>
 初期のツーリングマップ(1980年代発行)は字が細かかったが、それなりに使い易かった。特に小さな集落もしっかり記載されていたのが良かった。 それによると、猿田川沿いには下流側から下猿田(地理院地図)、芋野(地理院地図)、上猿田(地理院地図)という3つの集落があることになっている。 野宿したのは下猿田に近かったが、集落は谷の斜面を少し登った先にあるようで、県道沿いに人家は見られなかった。同じく芋野も下猿田へ向かう道の途中から分岐する林道芋野線沿いにあるようだ。 唯一、上猿田の集落は県道沿いに人家が集まっている。銅山川沿いから更に猿田川沿いを6キロほど遡った地である。なかなか奥深い。そこが愛媛県側最終の集落になる。

   
   
   

   

白髪隧道の愛媛県側の様子 (撮影 1993. 5. 4)
林道完成記念碑が立つ
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)

 古くから利用された猿田峠の下に白髪隧道が穿たれ、林道猿田白髪線が通じた。今の自動車社会からすると何とも狭いトンネルで、車一台がやっと通れる幅しかない。トンネル内での離合は全く不可能だ。
 
<記念碑>
 それでも林道の完成を記念し、愛媛県側の坑口近くに石碑が立つ。碑の表に「関連林道 猿田白髪線完成記念」と題されている。 また、昭和41年(1966年)3月15日竣工とあり、それが林道開通の日であろう。続けて当時の伊予三島市長(篠永恭一氏)の書であることが明記されている。一方、下に書かれた碑文の最後には高知県側の本山町長(大石里喜氏)の名がある。更に、トンネルの扁額は林野庁長官の書である。

   

<標高など>
 文献によると、猿田峠の標高は約1,137mで、一方トンネルの方は970mと出ている。現在の地理院地図を調べてみても妥当な数値だ。隧道の延長については820mとのこと。また、「この林道は予土県境一帯の豊富な森林資源開発のため高知営林局が森林開発公団に委託し、3億7,000万円の巨費を投じ、7年の歳月をかけて建設したもので、林道の全長16km」ともある。これらは記念碑にある碑文の冒頭の内容とほぼ同じで、それを引用したように思える。
 
<林道猿田白髪線>
 林道区間は愛媛県側の上猿田集落から高知県側の坂瀬集落(地理院地図)までだと思っていた。 当時のツーリングマップではその間が林道のように描かれていて、とびとびのダートが5km残るとコメントされていた。しかし、それだと距離で13kmに満たない。
 
 すると文献に、「本山の吉野から竜王橋までは県道坂瀬吉野線、竜王橋から白髪トンネルまでは町道となっている」と出ていた。 汗見川の支流に竜王川という川(地理院地図)があり、多分それを渡る橋(地理院地図)が竜王橋だろう。 近くに龍王神社もある。上猿田からその竜王橋までだとほぼ16kmとなり、ピッタリだ。
 
 現在は峠道の全てが県道に昇格していて、林道区間は一切ない。また、1980年代くらいまではダートが残っていたようだが、1993年5月に訪れた時には既に全線舗装済となっていた。

   
愛媛県側の白髪隧道坑口付近の様子(再掲) (撮影 1993. 5. 4)
   

<扁額>
 トンネル坑口の上部に掛かるトンネル名が刻まれた横書きの額は、通常「扁額」(へんがく)と呼ばれる。白髪隧道の場合は左から右に「白髪隧道」とある。「トンネル」ではなく「隧道」の文字が使われている点はやや古さを感じさせる。
 
 これは全くの個人的な経験値だが、戦後まだ間もない昭和20年代頃までは右から左に「何々隧道」と書かれていた。それが昭和30年代頃からは左から右に変わって行った。 更に昭和40年代以降は「隧道」の代わりに「トンネル」が使われるようになった。白髪隧道は林道完成の昭和41年(1966年)以前の開通であり、扁額に「隧道」と書かれる最晩年の時期に完成したトンネルと言えそうだ。

   

<関連林道(余談)>
 猿田白髪線完成記念碑の最初にある「関連林道」というのがずっと気になっていた。「峰越林道」などというのは聞いたことはあるが、何が「関連」する林道なのだろうかと思っていた。 碑文の中にも「関連林道」と出て来るのだが、あまり意味ははっきりしない。ただ、営林署が関係して指定される林道のようだ。猿田白髪線については昭和34年に「関連林道」と指定されたとのこと。

   
   
   

高知県側

   

<沢ヶ内>
 地理院地図で調べると、峠の高知県側の住所は長岡郡本山町の大字沢ヶ内(そうがうち)になる。しかし、沢ヶ内は別の所にもある(地理院地図)。汗見川中流域左岸にある集落だ。文献などからしても、こちらが大元で、峠近くは飛び地なのだろうか。
 
<坂瀬>
 一方、県道名「坂瀬吉野線」にも使われる「坂瀬」という地名が見付からない。「吉野」は吉野川沿いに見られる地名だ(地理院地図)。唯一、ツーリングマップに集落名で「坂瀬」と記されている場所がある(地理院地図)。現在そこに人家は全く見られない。しかし、かつてはその地にも人が住み、猿田峠の高知県側最終の集落となっていたのだろう。文献では「汗見川上流の坂瀬」とか汗見川は「本山町北部の坂瀬に源を発し」とかで登場する。坂瀬山と呼ぶ山もあるようだが、場所は分からない。
 
<汗見>
 川の名になっている「汗見」(あせみ)は、元は吉野村の大字であったそうだ。昭和30年に本山町が吉野村を合併した折、汗見は吉野と改称されたとのこと。 現在の本山町の大字吉野がそのままかつての大字汗見の地域になるのだろう。

   

<道の様子>
 四国山地を挟んで北の愛媛県側は全般的に地形が急峻だが、南の高知県側は比較的傾斜が緩い。道は終始川に沿って通じ、道幅は狭く視界は広がらないが、山岳道路のような険しさを感じることはない。 竜王橋を過ぎ、汗見川も中流域以降になると、沿道にポツリポツリと人家も見られる。愛媛県側の猿田川沿いよりはずっと人の営みを感じさせる雰囲気がある。
 
 この汗見川沿いに遡る猿田峠越えの峠道は、古くは土佐と伊予との国境を繋ぐ道であり、江戸期には番所なども置かれたそうだ。 点在する小さく素朴な集落を訪ねながら、のんびり旅をするにはとても味わいのある峠道である。

   

<通行止>
 この道をもう一度走って白髪隧道も越えてみたいと、平成27年(2015年)6月に高知県側からアクセスしたことがあった。 県道263号から汗見川沿いの県道264号に入り、100mも行かない所に常設の道路情報の電光看板が設置してある(地理院地図)。 すると、その横に臨時の通行止看板が立っていた。峠の少し手前で路側崩壊があり通行できないとのこと。越えられない峠道ではどうにも仕方ない。あっさり諦めたのだった。

   

通行止の看板が立つ (撮影 2015. 6. 1)
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)

道路情報看板の箇所 (撮影 2015. 6. 1)
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<通行止看板の内容>
 その時の通行止箇所は、現在地から17km先、県境の3km手前ということで、県道が最上流部で汗見川を渡る付近になる(地理院地図)。また、県道の延長はほぼ20kmと計算される。看板にある「白髪山林道入口」は、奥白髪谷川沿いに通じる道がその白髪山林道で、県道からの分岐点(地理院地図)のことであろう。
 
 崩落箇所の住所が「本山町坂瀬」になっていて、ここでも「坂瀬」が出てきている。峠の本山町側は正規では大字沢ヶ内だが、地元では慣例的に坂瀬の名で通っているのかもしれない。
 
 それにしても白髪隧道は生涯で一度しか越えられなかったのは残念だ。西隣に県道6号の大田尾越という峠があるが、ここは2004年5月に訪れたが通行止で、結局今まで一度も越えられていない。東にある笹ヶ峰隧道もいつだったか通行止に遭った覚えがある。どうもこの付近の県境の峠には縁がないようだ。

   
通行止看板の内容 (撮影 2015. 6. 1)
   

<吉野付近>
 愛媛県側とは異なり、白髪隧道の峠を高知県側に下り切ると、大きな集落が待っていてる。本山町の吉野とか寺家(じげ)といった集落だ。峠からずっと一緒だった汗見川は、寺家付近で本流の吉野川に注いでいる。この付近は汗見川沿いというより、もう四国一の大河である吉野川沿いと言える。

   
本山町吉野 (撮影 2015. 6. 1)
県道264号沿いを峠方向に見る
この少し先が道路情報看板の箇所
   

<県道263号に接続>
 吉野川沿いには国道439号、通称「ヨサク」が通じるが、白髪隧道から下って来た県道264号・坂瀬吉野線は、一旦県道263号・田井大瀬線に接続する。峠道もほぼここで終点になる。


この先で県道263号に接続する (撮影 2015. 6. 1)
(画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます)
   

県道263号からの分岐 (撮影 2015. 6. 1)
県道263号を吉野橋方向に見る
橋の手前を右に県道264号が分岐する

分岐に立つ看板 (撮影 2015. 6. 1)
   

吉野橋から汗見川上流方向を見る (撮影 2015. 6. 1)
隣に古い橋が架かっている(今はもうないようだ)

<吉野橋>
 県道263号を早明浦(さめうら)ダム方向に進むと、吉野橋で汗見川を渡る。以前は隣に古い橋が架かっていた。多分、元の吉野橋であろう。
 
 汗見川の川名について文献には、「あせび(馬酔木)」が「あせみ」に転訛したという説もある」と出ていた。

   

<早明浦ダム(余談)>
 白髪隧道の峠道とは直接関係ないが、直ぐ近くに吉野川本流を堰き止めた早明浦ダムがある。このダムは四国最大の貯水量を誇る。それだではなく、全国的にも知られている。異常渇水などの時にNHKテレビに登場するのを時折見掛ける。

   

前方に早明浦ダム (撮影 2004. 5. 7)

展望台より早明浦ダムを望む (撮影 2004. 5. 7)
   

<嶺北>
 本山町を中心としたその付近の汎称地名に嶺北(れいほく)という呼び名があるようだ。早明浦ダム湖畔や道の駅・土佐さめうらでその案内看板を見掛けた。 高知県は土佐湾に面して東西に長い湾曲した形をしているが、そのもっとも奥まった北部の四国山地の麓付近を指すようだ。白髪隧道は高知県において笹ヶ峰隧道に次ぎ、最も北部に通じる車道の峠と言える。


嶺北地図案内図 (撮影 2004. 5. 7)
さめうら湖沿いにあった看板より
地図は下が北
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 白髪隧道はもう30年前に一度だけ越えた峠で、残念ながら峠道の詳しいことなどはほとんど覚えていない。もう一度じっくり旅をしてみたかった。笹ヶ峰隧道や大田尾越も同様で、どうもこれらの峠道では通行止に遭ってばかりだと悔やまれる、白髪隧道であった。

   
   
   

<走行日>
(1992. 4.27 高知県側通過/ジムニーにて)
・1993. 5. 3 愛媛県側で野宿/ジムニーにて
・1993. 5. 4 愛媛県→高知県/ジムニーにて
(2004. 5. 7 高知県側通過/パジェロミニにて)
(2004. 5. 8 愛媛県側通過/パジェロミニにて)
(2015. 6. 1 高知県側通行止/パジェロミニにて)
 
<参考資料>
・角川日本地名大辞典 38 愛媛県 昭和56年10月 8日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典 39 高知県 昭和61年 3月 8日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典のオンライン版(JLogos)
・中国四国 2輪車 ツーリングマップ 1989年7月発行 昭文社
・ツーリングマップル 6 中国四国 1997年9月発行 昭文社
・マックスマップル 中国・四国道路地図 2011年2版13刷発行 昭文社 (2016年より使用)
・その他一般の道路地図、ウェブサイトなど
 (本サイト作成に当たって参考にしている資料全般については、こちらを参照 ⇒  資料

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