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雁坂峠(トンネル)

長いトンネルでやっと繋がった埼玉県と山梨県


雁坂峠トンネル
雁坂峠  雁坂トンネル埼玉県側出口

 埼玉県の西の端、秩父地方はちょっと無理すれば自宅から1日でドライブできる距離にあり、私には休日の朝、急に思い立って気晴らしに行ってこれる、お手軽な場所となっている。林道などもぽつぽつあり、いろいろ探索の楽しみもあって、もう何度となく出掛けた。

 秩父地方は周囲を山に囲まれ、そのため峠が多い。特に西方の長野県や群馬県との県境の先に楽しい峠が目白押しだ。しかしそうした峠を越えてその先に行ってしまうと、到底1日では帰ってこれない。ワンデイドライブで秩父に行った時は、おいしい峠を目の前にして帰ってこなければならないのが非常に惜しまれる。

 また秩父市、荒川村、大滝村を貫いて通る国道140号は大滝村の先、山梨県三富村との県境雁坂峠で不通になっている。秩父地方を一日楽しく遊び回っても、結局最後は元来た道を長々と引き返さなければならない。ましてや帰り道で渋滞にでも会えば、折角気晴らしの為のドライブだったのに、家に夜遅くクタクタになって辿り着き、何の為に出掛けたのか分からない時がある。雁坂峠さえ越えられれば、中央高速まで出て、楽々帰ってこれる。また同じ道を通らず、山梨県、埼玉県とぐるっと回ってこれるのが何より魅力的だ。地図を見るとトンネルが作られる計画がある様なのだが、いつ出来るのか当てにはならない。途切れた国道の赤い線を眺めて、恨めしく思った。

 それが今年4月、遂に開通した。

秩父湖
大滝村秩父湖  真冬で湖面が凍っている

栃本
大滝村栃本
秩父湖上流、滝川の谷に沿った上の道 集落内は狭い

 秩父市より国道140号を西にやってくると、秩父湖二瀬ダム直前の交互通行のトンネル入口で長い信号待ちに会う。トンネル内で左に三峰山への分岐を見て直進し、そのままトンネルを抜ける。その先道は秩父湖上流の滝川に並んで走る道と、谷の上の集落を通る道に分かれる。上の道は時々現れる集落内で狭苦しい思いをするが、谷間を眺められて私は好きである。

 特に最奥の集落、栃本周辺の眺めはいい。ちょっとのんびり、栃本関所跡などを見学してぶらぶらするとよい。のどかな春の日には谷間の斜面に広がった家屋や畑や花が周囲の自然に溶け合い、ほのぼのとする眺めである。

栃本の風景
栃本関所前の風景
春には左下の斜面に鮮やかな色の花が咲き、いい眺めだ

栃本関所
栃本関所

 集落のある所は道幅が限られていて、到底国道とは思えない狭さだ。それがその先で2車線の立派な道と変わる。しかし何となく変な感じのする道路であった。新しいことは確かだが、ほとんど使われたことがないので、ほこりをかぶって薄汚れた感じを受けた。

 私が秩父に訪れる様になった頃には、既にその道路を通って豆焼橋の直前まで車で行けた。そこにバリケードが築かれていて、一般車両どころか工事車両も通れない。車を降り、どうにかバリケードを乗り越えて、赤い欄干の橋の上に立った。しんと静まり返り、トンネルの工事など全く進んでいる気配が無い様だった。

ゲート
トンネル工事が進んでいる時のゲート
「雁坂トンネル開通まで、しばらくおまち下さい」

豆焼橋
豆焼橋

 それがいつ頃からだったか、橋よりもっと手前にゲートが設けられ、一般車はそこで通行止とし、工事の車を通す様になった。いよいよトンネル工事が進められるのだなと分かった。

 そのゲートの傍らに雁坂トンネル工事の案内看板などが立ち並ぶ中に、「雁坂トンネルの石」と称して小さく砕かれた石のかけらが、一つ一つビニールの袋に入れられて置かれていたことがあった。今、私の机の引き出しの中にも一袋転がっている。その石の簡単な説明書きの終わりには「今後になりますが、貫通石は、古来より安産の石と称せられています。」とある。「今後」とは雁坂トンネルが貫通した後と言うことだ。何の変哲も無い堆積岩だが、トンネルが完成した今では御利益のある石なのだろう。しかし私にとっては今後とも、役に立ちそうにない代物だ。

 豆焼橋の右手奥にくすんだ黄色い橋が望める。その橋を渡った先が雁坂トンネルの埼玉県側の入り口である。埼玉県側からの工事が再開してからも、相変わらずいつになったら一般車が通れる様になるのか、気を揉まされ続けた。それがつい最近、偶然NHKのテレビニュースでトンネル開通と報じているのを見た。何でも高速道路などを除いた一般車道の中では、最も長い約6.6Kmの長さを誇るとのこと。

埼玉県側トンネル入口
橋の右が雁坂トンネルの埼玉県側入口

料金所
山梨側のトンネル手前の料金所

 雁坂トンネルは今年(1998年)4月より一般車の通行が可能になった。ただし暫くは大型車両通行止で、しかもトンネルは有料である。山梨県側のトンネル入口直前に料金所があり、普通車で710円と高い。

 トンネル内には注意して見ていると、埼玉県と山梨県の県境の看板がある。これまで境を接する両県には、車が通る道は一本も通じていなかった。この雁坂トンネルによって始めて車の行き来が行える様になった意味は大きいのだろう。

 国道140号が通じ、これで1日ドライブのいい周遊コースができたことになる。秩父から山梨へ、または山梨から秩父へとぐるっと回ってこれるのは楽しい。三富村の広瀬湖に寄ったり、秩父の三峰神社に行ったりと、いろいろ寄り道の多いコースでもある。

 開通後間もなくして、そそくさと車で出掛けた。ところが1度行ってしまった後は、どうもまた行こうという気が起こらない。トンネル開通に合わせるかの様に大滝村や荒川村に道の駅が出来て国道沿線が便利になった。また秩父側は現在尚も大規模な道路工事が行われ、その内国道全線が立派な道となるだろう。まだ大型車通行止ではあるが、私が出掛けた日は天気のいい休日で、行楽の車やオートバイで賑やかだった。

広瀬湖
山梨県三富村の広瀬湖

 それがいけない。昔のあの寂しさをそのままで、開通してくれればよかったのだが、やはりそんな訳にはいかなかった。これはどうも、開通する前の行き止りの国道の時の方が、開通した後より、よく出掛けていた、なんてことになりかねない。

 ドラム缶を並べて作られたバリケードの先に、大きく沈黙して佇んでいた、あの豆焼橋の方がよかった。ひと気が全くない橋の上から一人で眺めるガスで煙った谷底は恐ろしい程深く、その寂しさは、苦もなく乗り越えられる低い赤い欄干を跨ぎ、このまま飛び降りて死んでしまいたくなるほどだった。その橋を今はひっきりなしに車やバイクが通りすぎて行く。もうこんな所を死に場所にしようなどとは思わない。


 峠道状況(1998年5月)

 大滝村で工事が進行中。新しい国道は栃本より峰一つ北側の中津川沿いの谷間に通す予定の様だ。 


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