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猫峠
 
ねことうげ (峠と旅 No.184)
 
温見峠のバイパス路の峠道
 
(初掲載 2011.10.5  最終峠走行 2001.11.11)
 
 
 
猫峠 (撮影 2001.11.11)
奥が岐阜県本巣市根尾大河原方面
手前が同市根尾越波方面
峠の標高は約600m(国土地理院 2万5千分1地形図より読む)
道は猫峠林道
 
 
 
 今回、何故「猫峠」なのかと言うと、このホームページ「峠と旅」では「あいうえお」順に峠を並べた峠リストを作っている。最近、何の気なしに調べてみると、「え」、「そ」、「ね」、「へ」、「め」、「ら」、「る」、「れ」、「ろ」で始まる名前の峠がリストにない。どれもこれも、ありそうでなかなかない峠ばかりだ。
 
 そんな中でも、「ね」で始まる猫峠だけは、直ぐに思い付いた。猫峠と言う峠は幾つかあるようだが、わたしが唯一越えたことがある猫峠は、岐阜県の旧根尾村(ねおむら)にある。根尾村の中央部を北の福井県の県境方向から南に流れ下る根尾川は、その上流部を西の根尾西谷川と東の根尾東谷川に分かつ。猫峠は、根尾西谷川と、更にその支流の河内谷との間の尾根をちょこっと越えている小さな峠道に過ぎない。道は猫峠林道と呼ぶが全線舗装で、その総延長も4.5Kmとそれ程長くはない。
 
 どこの市町村境にもなっていない峠なので、なかなかその場所を指し示すのも難しい。ましてや、今の根尾村は本巣市(もとすし)と言う新しく生れた市の一部になり、旧根尾村自身がどこなのかも説明し難い事態である。
 
 そんな猫峠ではあるが、重要な任務を背負っているのだった。
 
 岐阜県と福井県の県境を越える国道157号には、あの温見峠(ぬくみ)が存在するが、2000年より前の頃から、岐阜県側で通行止が続いた。国道157号は県境からほぼ根尾西谷川沿いを根尾村に下って来るが、途中の黒津(くろつ)と能郷(のうごう、のうご)の間が通行できなくなったのだ。本巣市になってからは、それぞれ根尾黒津、根尾能郷と呼ぶ。黒津から下流の根尾西谷川の谷は屈曲が激しく、昔から国道157号の最大の難所と言われたようだ。その因縁の場所でまたしても道路崩壊の憂き目に遭った。国道157号は谷沿いの寂しい一本道で、都合の良い迂回路などはない。
 
 そこで国道157号の通行止区間のバイパス路として、猫峠林道が登場したのだ。猫峠林道の起点に立っていた案内図が分り易かったので、その一部を下に掲載する。
 
猫峠林道の起点に立つ案内図 (撮影 2001.11.11)
福井県側にも通行止とあるが、この日はそちらからやって来たのだった。
 
 
 そのバイパス路を簡単に言うと、国道157号が通る根尾西谷川から、東の上大須ダム下流の根尾東谷川へと、猫峠林道ともう一つ折越林道で走り繋いで、両谷を結んでいるのだ。
 
 根尾西谷川と根尾東谷川を結ぶ道は以前からあり、現在の市道黒津越波線に相当する道が黒津と越波(おっぱ)を繋ぎ、現在の折越林道に相当する道が、越波と根尾東谷川沿いの越田土を結んでいた。
 
 猫峠林道は、黒津より更に上流の大河原から、越波までを結んでいる。市道黒津越波線の代わりとなる存在だが、より温見峠に近いことから、岐阜と福井との間を行き来をする車には、非常に都合が良い道となっている。上の案内図で見るよりも、実際の猫峠の道は効果的である。
 
 猫峠林道は比較的新しく開削された道で、以前の道路地図には載っていない。何でその存在を知ったのか、もう覚えていないが、2001年11月に福井県側から岐阜県側に温見峠を越えた時は、最初からその猫峠林道で国道通行止箇所をバイパスする積りでやって来ている。国道157号の通行止と猫峠林道開通の時期がほぼ一致していて、どうやら猫峠林道は、初めから国道の迂回路が目的で造られたのではないかと思われた。折越林道も含め、全線舗装の林道である。
 
 そんな猫峠林道だが、猫峠その物は古くから存在していたようだ。2003年4月発行のツーリングマップル(昭文社 中部北陸編)には、まだ猫峠林道が描かれていないのに、代わりに点線の峠道が書かれていて、その途中に猫峠とある。
 
 現在の国土地理院発行の2万5千分1地形図を調べると、猫峠林道と古い猫峠の道の両方の記載がある。その両者の道筋はほとんど一致せず、肝心な峠の位置も僅かに異なっている。猫峠林道にある峠は、新猫峠とも言うべき存在であった。
 
 
根尾大河原
 

猫峠林道終点 (撮影 2001.11.11)
 温見峠を岐阜県の旧根尾村側に降りて来ると、大河原と呼ぶ地がある。古くはこの大河原を経由して、温見峠や蠅帽子峠(はえぼうしとうげ、這法師峠など呼称は沢山)を越え、美濃と越前との交通が盛んに行われた。現在、大河原は廃村となって、付近の国道沿いに人家は見当たらない。代わりに「大河原 MTB/4WD ゲレンデ」と書かれた看板が立ち、根尾西谷川の河川敷を利用した施設があったりする。
 
 すると、「国道157号線 黒津以遠 通行止」の看板が出てきて、国道の本線から左への分岐に案内される。それが猫峠林道の入口だ。越波側が林道の起点でこちらの大河原側が終点である。
 
 入った道の左手に、「林道猫峠線(終点)」と題した林道看板が立つが、林道走行に関する注意事項ばかりが書いてあるだけである。また、「落石・崩土の恐れがあり大変危険です」とある注意看板も並んでいる。やたらと注意喚起を促すばかりで、この道が国道通行止区間をどのようにバイパスしているのかを示した看板が見当たらない。
 
 わたしは前もって情報を仕入れてあったので、これがうわさの猫峠の道かと、何の迷いもなく入り込んだが、知らずに国道を来た者には、不安が募ることだろう。まあ、温見峠から先、岐阜県側が通行止としっかり看板に出ていたので、そこをやって来る者は、それなりの覚悟はしているだろうが。
 
 

林道猫峠線の看板 (撮影 2001.11.11)
 
 国道から分岐して始まった猫峠林道は、直ぐにも一本の橋を渡る。撮った写真(下)を拡大すると、根尾西谷川に架かる大河原橋であることが確認できた(右)。
 
 地図を見て川の名前は知っていても、現地ではその名を書いた看板などは滅多にない。こうした橋には時々橋の名前と同時に河川の名称も記されているので、確認ができて便利に思う時がある。特に道に迷った場合など、川を渡る時にその名前が分ると、現在地を知る手掛かりになる。
  

橋を渡る (撮影 2001.11.11)
     
「大河原橋」           「根尾西谷川」
(撮影 2001.11.11)
 
 大河原の集落はなくなってしまったようだが、新しくできた林道に架かる橋の名として、「大河原」の地名が残ることとなった。ただ、この大河原は、美濃と越前を結ぶ壮大な峠道が通じていた地である。根尾西谷川とその支流とを隔つ支尾根を越える小さな猫峠ではなく、どうしても国境の峰々を越える温見峠や蠅帽子峠に、思いが馳せるのだった。
 
 
登り
 
 大河原橋に続いて支流・向井谷の小さな流れを越えると、道は一転、根尾西谷川の下流方向に向く。国道とは反対側になる左岸の斜面を斜(はす)に登って行く。左手が尾根の山、右手に根尾西谷川の谷間が広がる。
 
 今からすれば10年ほど前のことで、林道もまだ開削直後とあってか、アスファルト路面は新しく、白線も白くまぶしいほどの車道が、山の斜面を縫って通じて行く。雪深いこの地のことを考えると、11月も中旬となれば紅葉のピークは過ぎているのかもしれないが、山肌を彩る紅葉はいまだ見事で、空は清々しく晴れ渡り、こんな峠越え日和はなかなかない。
 
 道幅は狭いが所々に待避所もあり、勾配は緩く、九十九折れのような急カーブもない。車にとってなるべく走る易いようにと造られた道である。

峠への登り (撮影 2001.11.11)
 
 国道分岐から峠のピークまで約2.5Kmほどと短い峠の旅である。途中、一度路肩に車を停めて景色を写真に収めれば、次に車をスタートすると、もう峠についてしまう。
 

大河原方向を振り返る (撮影 2001.11.11)
向こうには福井と岐阜の県境の峰々が見えているのだろう

この先、峠は近い (撮影 2001.11.11)
 
 
 
猫峠 (撮影 2001.11.11)
奥が越波方向、手前が大河原方向
側らにジムニーが停まる
 

峠からの景色 (撮影 2001.11.11)
多分、大河原方向だと思う
 猫峠林道の峠は、尾根を鋭角に越えているので、ピークは穏やかで、空が広い峠になっている。ただ、峠の部分は木々が多く、その前後であまり遠望がなかったように思う。
 
 この峠は、どこの市町村境にもなってなく、そもそも手持ちの道路地図には猫峠林道自身が描かれていない。また、国土地理院の地形図では、古い峠道の方に「猫峠」の文字があり、林道の峠がどこにあるのかは分からない。
 
 結局、地形図の等高線で最も高い位置を林道が通過している所が峠だろうと思っている。標高で約600mの地点だ。
 
 この車道の峠に、「猫峠」と書かれた物がないかと思ったが、やはりないようだった。「クマ出没 入山注意」や林道の注意看板のような物ばかりである。ここは新しく開削された車道の峠で、元々の猫峠とは位置が違う。それもあって、ここを猫峠とは大っぴらに呼んでいないのかもしれない。ただ、猫峠林道と名付けられていれば、その道の峠は、やはり猫峠だろうと誰しも思うことではあるが。
 
 峠には丁度1台の乗用車が停められていて、多分その持ち主は付近の山に入っているのだろう。ここから名のある山への登山道は続いていないので、登山などではなく、山菜取りか何かであろう。クマに出遭わなければ良いが。
 
 峠の側らに、林道開通を示す木柱が一本立っていたが、それには岐阜県知事の名前と、「平成十一年十月十三日」と言う日付があった(右の写真)。西暦で1999年の開通と言うことだろうか。
 
 ところで、名前を譲ってくれない本来の猫峠は、車道の峠より数100m南に位置する。西の根尾西谷川から尾根に向かって真っ直ぐ最短距離で直登し、標高600m弱の鞍部を越えている。猫峠林道が国道から分かれる地点より下流、大河原集落の場所よりも更に下った地点から、昔の猫峠の道は始まっていたようだ。多分、大河原と越波との集落の間を歩いて行き来するのに、最も適した道だったのだろう。

峠に立っていた木柱 (撮影 2001.11.11)
 
 ところで、猫峠と言う名は面白い名だが、その由来などは分らない。ただ、単純に動物の猫に関係した名と考えていいかは疑問が残る。地名には当て字が多いので、注意が必要だ。元々「ねこ」に近い発音があり、それに「猫」の漢字を当てただけなのかもしれない。現に、ここは旧根尾村で、「ねお」と言う「ねこ」に近い発音が存在する。
 
 動物に関係した峠名としては、牛や馬、猿、鹿、犬などを使ったものを見受ける。牛や馬で荷を運んだ峠もあろう。猿や鹿が頻繁に出没した峠もあろう。猟犬を連れて越えた峠もあろう。そう言えば、野犬が住み着いていた峠に出会ったことがある。でも、家で飼う愛玩動物の猫は、どうにも峠に似合わない気がする。まあ、本当に猫にまつわる話がある峠なら、それもまた面白いことではあるが。
 
 
越波側
 

越波側の景色 (撮影 2001.11.11)
 峠を東の越波側に下る。昔の峠道は常に沢沿いを行った。現在の峠道は車道が開削し易いようにか、やや沢の右岸の斜面を横切って行く。それでも、大河原側が新旧の峠道が全くルートを異にしていたのに対し、越波側は同じ沢筋を河内谷へと真っ直ぐ下って行く。
 
 昔の峠道と猫峠林道は、峠直下のどこかで交差し、古い山道は沢筋へ下り、新しい車道はその右岸の山腹へと続いていた筈だ。しかし、車道を車で走っていては、その交点には気付かない。
 
 越波側の道は短く、1Km少しで河内谷の川沿いに突き当たる。猫峠林道はその川の右岸に沿って尚も下って行く。その地点より右岸に沿って上流方向に上る道が分岐する。ツーリングマップルなどには、河内谷林道とある。1988年のツーリングマップには既にその道が載っている。一方、猫峠林道はまだ影も形もない。
 
 この河内谷との合流地点から猫峠林道の車道は新規に開削されたと思う。ただ、それ以前にも古い猫峠を越える山道があった。ここから峠方向に200mくらいは新旧の峠道は重なるようだ。

河内谷沿いに出る (撮影 2001.11.11)
写真は河内谷の上流方向を見る
左の道が峠へ
右の道は右岸沿いを上流方向へ
 

河内谷沿いを下流に見る (撮影 2001.11.11)
 河内谷に沿ってからは、ほとんど真っ直ぐな道が続く。本来、この区間は河内谷林道であったのだろうが、猫峠林道開通に伴い、アスファルトのきれいな道に生まれ変わったのだろう。
 
 直線道路の向こうに、河内谷の川を渡って横切る道が望める。そこが猫峠林道の越波側起点である。猫峠の旅ももう直ぐ終わりである。
 
 
林道起点
 
 猫峠の峠道の起点は、河内谷に支流の越波谷が注ぎ込む地点である。河内谷沿いを下流から登って来た市道黒津越波線と、越波谷沿いを下って来た折越林道と、猫峠を越えて河内谷沿いを降りて来た猫峠林道の、3本が合流する地点である。
 

林道起点 (撮影 2001.11.11)
峠方向に見る

開通記念碑 (撮影 2001.11.11)
林道起点の脇に立つ
 
 猫峠林道方向には、新しい林道とあってか、「林道起点」と書かれた林道の看板が立つ。折越林道方向には何もなかったと思う。
 
 林道看板では、幅員4.0m、延長4,520mと分る(下の写真)。でも、よくよく見ると「猫峠」とだけ書かれている。「猫峠線」なら分るが、これではここが猫峠のようではないか。
 
 林道起点の右脇に、比較的立派な石碑が立っている。写真を良く見ると、「林道開通記念碑」とある。普通、新しい猫峠線の開通記念碑だと思うが、折越林道も立派に改修されている。記念碑の建立日など見てこなかったので、どちらの記念碑だか定かでない。
 

林道の看板 (撮影 2007. 8.17)

開通記念碑の拡大 (撮影 2001.11.11)
 
 2007年に黒津より市道をやって来た。猫峠林道方向を見ると、案内図の看板が立っていた。林道看板の下には、多分「温見峠 福井方面」とでも書かれていたらしい看板も追加されていた。猫峠林道が国道157号通行止区間の迂回路の役目を負っていることが、これではっきりと分るのだった。
 

市道方向より越波の合流点を見る (撮影 2007. 8.17)
左に猫峠林道が分岐
道なりは折越林道へ
中央に林道開通記念碑が立つ

案内看板 (撮影 2007. 8.17)
(画像をクリックすると、案内図の拡大がご覧頂けます)
 
 越波の合流点から越波谷の左岸を登る現在の折越林道を行けば、昔は越波と呼ばれる小さな集落が、狭い谷沿いに佇んでいたのだろう。しかし現在の折越林道を走っても、人家らしき物はその沿道に見受けられない。それでも、集落があったらしい痕跡に気付くことになる。
 
 越波の集落は、根尾村の中心・樽見(たるみ)まで距離が遠く、途中、峡流部を通過する難所があり、根尾村の中に於いても交通不便な地であった。昭和40年頃から過疎化が進んだとのことだが、いつからか誰も住む者は居なくなったようだ。
 
 昔は、この越波から猫峠の山道を越え、尾根一つ隔てた隣の大河原集落へと、村人の行き来もあったのではないだろうか。今ではその大河原も人の気配を絶って久しい。
 
 
 
 現在の猫峠は、猫峠林道として生まれ変わり、国道通行止のバイパス路の役目を担っている。ここを通る者は逆に多くなったのではないだろうか。わたしも国道が通行止にならなかったら、この小さな猫峠を越え、越波の地を訪れることはなかったかもしれない。
 
 峠を趣味とする者としては、ついつい壮大な温見峠に気が行ってしまうが、旧道の存在や、越波を「おっぱ」と読むことも覚え、小さいながらもなかなか味わい深いと思う猫峠であった。
 
 
 
<走行日>
・2001.11.11 大河原→越波(ジムニー)
(2007. 8.17 黒津から猫峠起点を過ぎ越波へ)
 
<参考資料>
・昭文社 中部 ツーリングマップ 1988年5月発行
・昭文社 ツーリングマップル 4 中部 1997年3月発行
・昭文社 県別マップル道路地図 岐阜県 2001年1月発行
・昭文社 県別マップル道路地図 岐阜県 2008年2版15刷発行
・角川書店 角川日本地名大辞典 21 岐阜県 昭和55年9月20日発行(根尾村の項、他)
・国土地理院 2万5千分1地形図 能郷、能郷白山
・国土地理院 地図閲覧サービス 2万5千分1地形図
・その他(インターネットでの検索など)
 
<Copyright 蓑上誠一>
 
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