旅と宿  No.009

夢千代の里・湯村温泉へ
兵庫県新温泉町/湯村温泉・寿荘
(掲載 2023. 9.11)

   

 ある理由で、かねてより兵庫県新温泉町(しんおんせんちょう)にある湯村(ゆむら)温泉に泊まってみたいと思っていた。しかし、適当な宿が見付からない。 この場合、「適当」というのは「安い」ということとほぼ同義語だ。ちょっと古い昔ながらの旅館や小さな民宿なども選択範囲とすれば、それなりの値段で泊まれるのだろうが、いろいろ事情がある。
 
 まず、旅館や民宿は人との距離が近いのがどうも苦手だ。これがビジネスホテルの類なら、フロントで事務的な手続きをするだけで、後はホテルの従業員と関わることはまずない。 他の泊り客と廊下ですれ違っても、全くの赤の他人のままで澄ましていられる。それと、歳を取ったことによる諸事情が増えた。一番大きいことは、夜中にトイレに行かなければならないことである。 中途覚醒が多くなり、目覚めると必ずと言っていい程尿意をもよおす。部屋にトイレがないと、寝ぼけたまま部屋を出てトイレまで往復しなければならない。始めて泊まる宿では館内の経路に不案内だ。 やっとトイレを済ませたのはいいが、自分の部屋が何処だった覚えていなくて迷子になるという事態も想定される。トイレ以外にも部屋に洗面所が備えつけてあれば、何かと便利である。 更に、以前はたばこの臭いなどあまり気にしなかったが、最近は少しでも臭うと気分が悪くなる。禁煙部屋は必須だ。冷暖房もしっかりしていて、なるべくいい環境で過ごしたい。
 
 会社の出張でよく使ったビジネスホテルやシティーホテルなら、こうした点はまず問題ない。ところが、古くからの温泉地にある宿となると、もろもろの事を慎重に吟味する必要がある。 場合によっては値段を度外視して、いい温泉旅館・温泉ホテルを選ばなければならない。こうした事情を熟考した上、湯村温泉では寿荘に泊まることとした。 この温泉旅館は設備の要件は満たし、部屋は禁煙である。ただ、やはりちょっと値段は高い(後述)。

   

 ところで、湯村温泉に泊まりたいという「ある理由」とは、「夢千代日記」である。原作は早坂暁氏で、吉永小百合さん主演のNHKテレビドラマ人間模様「夢千代日記」でドラマ化された。 最初の放送は1981年だが、歳を取るに連れてあの味わいがたまらなく好きになった。確かVHSテープに録画してあったのだが、断捨離とばかりに何年か前に廃棄してしまった。 それが今年になってまた無償に見たくなり、わざわざNHKオンデマンドで見直す程である。湯村温泉はその「夢千代日記」の舞台なのだ。 ドラマ放送により湯村温泉は一躍全国に知れ渡った。夢千代像が建てられ、夢千代館がオープンした。
 
 ドラマでは主演の吉永小百合さん以外にも多彩な脇役が揃っている。妻に逃げられても殺人犯を追う刑事の林隆三さん、心優しいが偽医者のケーシー高峯さん、がんを患い死出の旅に出る年増芸者の楠敏江さん、 古い木造2階建ての宿を営む女将の加藤治子さん、悲しいエピソードばかりの中でコミカルさが一服の清涼剤となる樹木希林さんなどなど、もう亡くなられた方も多い。 こうした役者さんたちの個性ある芝居がたまらなくいい。

   

余部鉄橋
2002年5月にも再び訪れている
(撮影 1997. 4.29)

   
   

 ドラマのオープニングでは山陰本線の余部(あまるべ)鉄橋が寂しい山陰地方の象徴として登場する。秋吉久美子さん演じる暗い過去を背負う女性がこの鉄橋から飛び降りようとしたことがある。 その鉄骨製の余部鉄橋を旅の途中でわざわざ見に行ったりした(現在はコンクリート製に架け替えられているようだ)。その内、是非湯村温泉も訪ねてみたいと思うようになった。 どうせならやはり宿に一泊し、ゆっくりと温泉街を散策したい。結婚して妻という同伴もできたことだし、そういう訳で今回の旅となった。

   

余部鉄橋
(撮影 1997. 4.29)

   
   

余部鉄橋
(撮影 1997. 4.29)

   
   

余部鉄橋
(撮影 1997. 4.29)

   
   

余部鉄橋を真下から望む
ドラマ「夢千代日記」のオープニングでも
このようなアングルの映像が出て来る
(撮影 1997. 4.29)

   
   

 県道561号の春来(はるき)峠を越えて兵庫県新温泉町に入った。快適な国道9号の春来トンネルを通らないのが、峠好きの面目躍如というところだ。 その後、春来川沿いに国道9号で北上すると間もなく「湯村温泉」の看板が出て来た。

   

湯村温泉の看板
国道9号沿い
今日は生憎の雨
(撮影 2015.11.15)

   
   

 赤い欄干の温泉大橋を渡ると温泉旅館などが並び始め、一気に温泉地らしい雰囲気が出て来る。 直ぐ右手に全但バスの湯村温泉営業所がある。ここは何度かテレビに出ているのを見ている。温泉関係の旅番組などではなく、テレビ東京のバス旅でのことだ。 湯村温泉に泊まってからは妻と一緒になって「ああ、あの場所だ」などと言い合っている。別に全但バスを利用したことがあるのではなく、ただ、その営業所に見覚えがあるというだけのことである。 それでも一度でも旅した所がテレビに出て来ると、ちょっと嬉しいものだ。

   

温泉大橋から宿方向を見る
右手の建物が全但バスの湯村温泉営業所
テレビの「バス旅」で時々登場
(撮影 2015.11.16)

   
   

 今夜の宿はそのバスの営業所の並びに立つ(地理院地図)。 国道の直ぐ脇に建物が立ち、壁面に「壽荘」の看板が掛っている。観光ガイドなどには「木の香いろり・寿荘」と謳っている。
 
 本来、湯村温泉の中心地は春来川沿いにある荒湯(あらゆ)と呼ばれる場所で、「夢千代日記」のロケも主にそこで行われた。周辺は昔ながらの温泉地らしい佇まいを残している。 その反面、密集した建物の間を狭い路地が縦横に通じ、車で訪れるのは遠慮したい地域である。初めて訪れるので土地勘もない。そこで荒湯からは数100m離れているが、安易に国道沿いの宿を選んでしまった。 多分、現在の国道は温泉街をバイパスするように後から通した道路だろう。
 
 宿の手前(建物の右隣)に八幡神社への入口があるが、そこを入った宿の裏手が駐車場になっている。前もって問い合わせておいたので、迷わずに済んだ。 湯村温泉に着いたのはまだ午後4時を少し回った頃だが、生憎の雨模様なので、そのまま宿に投宿することとした。

   

正面の建物が今夜の宿
その裏手が駐車場
(撮影 2015.11.16)

   
   

 湯村温泉は昔からの温泉地で、そこに立つ温泉旅館・ホテルは古くから建つものが多いようだ。今回の宿も裏手の駐車場側から眺めると、やはりちょっと古さを感じる。 館内はきれいにリホームされていたが、建物の躯体としてはほぼ建築当時のままなのだろう。いつもより宿代を奮発したという気持ちがあるので、やや気落ちする。

   

駐車場側から見た宿の様子
(撮影 2015.11.15)

   
   

 部屋は12畳程の広い和室で、「かぼちゃ」の間と言った。この旅館では標準的な部屋だったと思う。大きな広縁が付いているが、裏手の神社側に面していた。 あまり遠望はない。国道側に面していたら、温泉街の方が眺められたであろうか。

   

部屋の様子
「かぼちゃ」の間
(撮影 2015.11.15)

   
   

広縁
(撮影 2015.11.15)

   
   

窓からの眺め
神社方向
私たちの黄色いパジェロミニが見える
(撮影 2015.11.16)

   
   

窓からの眺め
何の建物だろうか?
(撮影 2015.11.16)

   
   

 時間が十分あるので、浴衣に着替えて風呂に行ったり館内を散策したりと時間をつぶす。売店では土産物も豊富に揃っていたが、我々夫婦はあまり触手が延びない。 今回は宿代が高いのでその分節約しようなどという積りはなく、根っから倹約がしみついているのだ。妻に何でもいいから記念に何か買ってはどうかと勧めるが、別に欲しくないと言う。 そういう私も棚に並ぶ多くの土産物を眺めても、どれ一つ欲い物が見付からない。ただ、これでは遺憾と思い直し、最近は旅先で何かしら土産を買うようにしている。 もう二度とこの地を訪れることもないだろうと思うと、少しぐらいのお金なら使う価値があると考えるようになった。

   

風呂場の様子
(撮影 2015.11.15)

   
   

 夕食は豪華だった。こういう点にコストが掛かっているのだろう。ところが、私たち夫婦は食にも全く関心がない。ビジネスホテルに泊まった時などは、近くのコンビニ弁当で済ませてしまう。 弁当にサラダやデザートを付ければそれで十分贅沢だと思っている。旅館で出る豪華な食事は、やたらと食器ばかり多く、食べるのが面倒にさえ思えてくる。味も何だかはっきりしない物が多い。 カレーやカツ丼などの方が、よっぽど食べた気がする。旅館側としては贅を尽くした食事を提供しているのだろうが、私たち夫婦にとってはほとんど効果がなかったのであった。 ただ、この点も最近反省している。今後旅をする機会も少ないことだろうから、なるべく2食付きの宿に泊まるようにし、地元の名物・名産などもなるべく食べるようにしている。

   

夕食の様子
(撮影 2015.11.15)

   
   

 翌朝は旅先の日課になっている散歩に出掛けた。8時の朝食まで1時間程余裕があるので、念願の荒湯まで歩いて行くこととした。 ちょうど旅館近くの国道から荒湯へと下る歩道があり、のんびり周辺を眺めながらその道を行った。

   

荒湯へと続く歩道
(撮影 2015.11.16)

   
   

 湯村温泉にはいくつもの源泉があるそうだが、その代表が荒湯だ。湯村温泉の象徴的な場所となっている。歴史は古く慈覚大師の発見とも伝わる。 98度の高温で茹物に使われた。湯村は山陰道沿いの温泉地として宿場的な存在でもあったが、入浴するには高温過ぎてあまり利用は進まなかったそうだ。 それでも昭和30年以降は観光客が増加し、旅館や飲食店が多くできた。いわゆる戦後の旅行ブームに乗ったものと思う。大型バスを連ねた団体客も多く押し寄せたことだろう。 現在残っている旅館や飲食店もその当時に建てられた物が多いのではないだろうか。 今は社員旅行などの団体客はめっきり影を潜め、マイカーを使った日帰り旅行が多いせいか、宿泊すること自体が減ったように思う。建物の老朽化ばかりが目立ち、やや寂しい気がする。

   

荒湯
(撮影 2015.11.16)

   
   

 荒湯近辺を十分散策する。ドラマで登場した場所である。夢千代像も見たが、吉永小百合さんのイメージが浸みついているので、どうもピンと来ない。

   

夢千代像
(撮影 2015.11.16)

   
   

 荒湯から少し離れているが夢千代館に行ってみた。ただ、まだ時間が早いので開館していない。駐車場などを確認したかったのだ。不案内な狭い温泉街を車で来る為の下見だ。 すると春来川を渡った対岸に薬師湯があり、それに隣接して大きな駐車場があるのを見付けた。宿をチェックアウトした後、ゆっくり夢千代館を見学した。

   

夢千代館(西側)
(撮影 2015.11.16)

   
   

夢千代館(東側)
この手前に大きな駐車場がある
(撮影 2015.11.16)

   
   

 宿に戻って朝食を頂く。オーソドックスな和食だが私たちには十分豪勢だ。

   

館内の様子
(撮影 2015.11.16)

   
   

朝食風景
(撮影 2015.11.16)

   
   

 さて、肝心な宿代だが、一人税込み20,000円丁度であった。それに入湯税150円が加算される。二人合わせて40,300円也。
 
 ところで、私たち夫婦の感覚では、普通の旅館は一人12,000円前後が相場であって、それでもやや高いと思っている。 何故なら、前日福知山市街で泊まったホテル(セイワホテル)も、翌日丹波市街で泊まったホテル(パークインカイバラ)も、ツイン仕様で税込み9,000円であった。 勿論食事は付かないが、夕食はコンビニ弁当かファミレス、朝食は菓子パンなどで済ませれば、二人分でも2,000円出せば十分満足行く食事が摂れる。1泊僅か11,000円以下で済むのだ。 それが一般の旅館では24,000円前後、更に今回の宿は40,000円を超えている。さてさて、それだけの価値があるのだろうか。
 
 やはり致命的なのは、私たち夫婦は食事にあまり価値を見出さないことだ。いくら豪勢な食事が並べられても、ほとんど関心がない。 一方、部屋の居心地良さや風呂などの設備の良さにはある程度の価値を認める。そこで、まあまあいい宿に素泊まりや朝食のみのプランで泊まるのが私たちには最も適っている。 しかし、湯村温泉などにある温泉旅館・ホテルなどでは、そうしたプランはあまり提供していないように思う。利益が見込めないからだろうか。
 
 また、近くに食事が摂れる場所がなかったりすると、どうしても今回ような2食付きのプランとなる。確か、女性物の浴衣が色々カラフルな柄から選べるサービスがあり、それはとても良かった。 しかし、館内の設備や部屋の造りは昔ながらの旅館とあまり変わりなく、妻もやや残念な気持ちだったそうだ。やはり、4万円を超す出費は「イタイ」と感じるのであった。 まあ、これらはあくまで個人の志向の問題ではあるが。

   

領収書と記念の箸袋
(撮影 2023. 9. 9)

   
   

 今回の宿は、今は経営者が変わったのか宿の名前が以前と異なっているが、建物はほぼそのままに営業しているようだ。 ちょっと調べたら、素泊まりや朝食のみのプランがあるようだ。ところが、値段は私たちの場合より更に高くなっている。これも、最近のインフレのせいだろうか。 夢千代日記のロケ地を訪れるのも、お金の掛ることだ。

   

2015年11月15日(日)
湯村温泉・寿荘泊

   
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