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序 |
<利賀村> |
<所在> |
(上の地図はマウスによる拡大・縮小、移動ができるようです) |
<水系> |
<利賀村の3地区(余談)> |
<利賀村へのアクセス路> |
<利賀村への峠(余談)> |
<羽根村間道(余談)> |
八尾町(寄り道) |
<富山市街より> |
八尾町の町並み (撮影 2018. 9.20) |
八尾町の町並み (撮影 2018. 9.20) |
<八尾町> |
最近は、「もうこの地は二度と来ないだろう」などと思うので、悔いのないようにじっくり旅することとしている。井田川沿いの高い擁壁の上に並ぶ人家の景観なども眺めに行く。やっと今日の目的地である利賀村へと向かった時は、既に午後になっていた。 |
<栃折峠の役割> |
会館内のパネル展示 (撮影 2018. 9.20) |
栃折峠に関する記述 (撮影 2018. 9.20) |
またパネル展示では、「遠く県外の製糸工場から帰る娘たちが通る生活の糧を得る重要な道だった」としている。この「県外」とはどこのことだろうか。岐阜県とすると栃折峠は方向が違うし、製糸工場で知られた地ではない。多分、石川県ではないだろうか。利賀村を通ってどのような経路で石川県と繋いでいたのだろうかと思う。 |
室牧川沿い |
<国道472号> |
県道230号 (撮影 2018. 9.20) 細滝(ほそだき)集落を過ぎた先 |
<八尾ダム近付> |
<道の様子> |
右に八尾ダムへと下る道が分かれる (撮影 2018. 9.20) |
「県営室牧発電所」の看板が立つ (撮影 2018. 9.20) |
右に室牧発電所への道が分かれる (撮影 2018. 9.20) どちらが本線か分からない |
右に分岐 (撮影 2018. 9.20) 下の茗温泉へ至る |
<下の茗温泉分岐> |
<ゲート箇所> |
ゲートに立つ看板 (撮影 2018. 9.20) |
ゲート箇所以降 |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) |
<ゲート箇所以降> |
<集落跡> |
石垣が積まれる (撮影 2018. 9.20) (八尾市街方向に見る) |
左に分岐 (撮影 2018. 9.20) |
直ぐに分岐があり、そちらをのぞくと人家らしき建物が立っていた。分岐に立つ看板には「みどりの森再生事業実施地区」とあり、「私有地に付き 入山禁止」ともあった。県道沿いからは一軒の建物しか見られなかったが、道の奥には他にも人家が立つようだ。ただ、もう人が住む様子はない。 |
灯籠と神社らしい建物 (撮影 2018. 9.20) |
<下の名集落> |
左手に登る道 (撮影 2018. 9.20) |
右手奥にも僅かながら平坦地 (撮影 2018. 9.20) かつては人家があったろうか |
<お墓> |
右手にお墓 (撮影 2018. 9.20) |
お墓周辺の様子(撮影 2018. 9.20) (八尾市街方向に見る) |
左手にもお墓 (撮影 2018. 9.20) |
下の名集落以降 |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) 路面に枯葉が目立つ |
<寂れた道> |
<ガードレール> |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) 右手は崖だがガードレースがない |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) (八尾市街方向に見る) |
<谷の様子> |
室牧川の谷の様子 (撮影 2018. 9.20) |
右手に分岐 (撮影 2018. 9.20) |
<室牧ダム> |
<ダム付近> |
何台もの車が並ぶ (撮影 2018. 9.20) |
ダムの管理事務所らしき建物 (撮影 2018. 9.20) ここにも2台が停まる |
ダム湖の上流部 (撮影 2018. 9.20) この右岸(左手)に道が続く |
<ダム湖> |
室牧ダム以降 |
<道の様子> |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) 狭いながらもガードレールなどが完備 |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) コンクリート擁壁と車止めの石が並ぶ |
<道の様子> |
時折、ダム湖を望むが、こちらも殺伐としている。なかなか道の先が見えて来ないという不安が募る。 |
湖を望む (撮影 2018. 9.20) |
路肩に「瀬戸の清水」 (撮影 2018. 9.20) |
<瀬戸の清水> |
瀬戸の清水 (撮影 2018. 9.20) |
瀬戸の清水 (撮影 2018. 9.20) |
ゲート箇所 (撮影 2018. 9.20) |
<ゲート箇所> |
<正間集落> |
ゲート箇所を室牧ダム方向に見る (撮影 2018. 9.20) |
<県道終点> |
県道を室牧ダム方向に見る (撮影 2018. 9.20) 国道接続の直前 |
県道の案内 (撮影 2018. 9.20) 「室牧ダム 1.2Km」 |
この先、国道に接続 (撮影 2018. 9.20) |
<国道に接続> |
<分岐の様子> |
分岐に立つ看板 (撮影 2018. 9.20) |
分岐より国道を正間トンネル方向に見る (撮影 2016.10.10) 2年前に楢峠から下って来た時 現在とほとんど変わりはない |
分岐の看板も変わりない (撮影 2016.10.10) |
正間トンネルの正間側坑口 (撮影 2016.10.10) 1992年6月の竣工 |
<正間トンネル(余談)> |
正間以降の国道472号 |
<道の様子> |
国道472号の様子 (撮影 2018. 9.20) 暫くは快適な2車線路 |
大玉生川を渡る橋 (撮影 2018. 9.20) この手前から狭い道となった |
大玉生川を渡る橋 (撮影 2018. 9.20) (八尾市街方向に見る) |
大型車の対向車 (撮影 2018. 9.20) |
<室牧ダム湖右岸沿い> |
<冬期> |
湖右岸沿いの道 (撮影 2018. 9.20) |
<大長谷川> |
<道の様子> |
擁壁が並ぶ (撮影 2018. 9.20) (八尾町市街方向に見る) |
茗ケ島橋を渡る (撮影 2018. 9.20) |
<茗ケ島橋> |
茗ケ島橋を八尾市街方向に見る (撮影 2018. 9.20) 以前と変わらず、狭い橋だ |
左の写真と同じ場所 (撮影 2016.10.10) 2年前の様子 |
<茗ケ島橋以降> |
茗ケ島橋以降の道の様子 (撮影 2018. 9.20) 対向車が待っていてくれた その先からセンターラインが出て来る |
2車線路からまた狭い道となる (撮影 2018. 9.20) この付近から栃折の地となる |
<栃折> |
<地蔵> |
地蔵 (撮影 2016.10.10) |
しかし、この地蔵はその街道とは無縁のようだ。飛州二ツ屋村間道は八尾から野積川沿いに遡り、布谷(のんたに)からは野積川沿いを離れて谷折(たにおり)を経由(谷折峠)、島地(しまじ)で大長谷川沿いに出ていたとのこと。
島地は栃折よる更に上流側に位置する。その道筋の方が距離的に近い。羽根村間道なども、能登塩の飛騨搬入路であったようだが、この地蔵が居る区間は越中と飛騨との交易とはあまり縁がないのかもしれない。 |
<国道471号分岐> |
栃折峠への分岐の手前 (撮影 2018. 9.20) |
右に栃折峠の道が分岐 (撮影 2018. 9.20) いろいろな看板が立つ |
<分岐の様子> |
<2年前のこと> |
国道471号分岐の看板 (撮影 2016.10.10) (八尾市街方向に見る) 左に分かれる道は白石谷を渡る旧道の跡 |
国道471号分岐の看板 (撮影 2016.10.10) |
八尾市街方向に見る分岐 (撮影 2016.10.10) 左手前が栃折峠、左手奥が八尾市街、手前が楢峠方面 |
栃折の看板が立つ (撮影 2016.10.10) しかし、この付近に栃折の人家はほとんどない |
<八尾市街方向に見る分岐の様子> |
<栃折バイパス> |
栃折バイパス分岐の看板が立つ (撮影 2016.10.10) (八尾市街方向に見る) |
栃折バイパス分岐の看板 (撮影 2016.10.10) 行先は「利賀」になっている |
栃折バイパス分岐の様子 (撮影 2016.10.10) (八尾市街方向に見る) |
栃折バイパス分岐の様子 (撮影 2016.10.10) (楢峠方向に見る) |
栃折バイパス分岐の看板が立つ (撮影 2016.10.10) (楢峠方向に見る) |
<分岐の様子> |
峠への登り |
<国道471号を峠へ> |
峠方向の道の様子 (撮影 2018. 9.20) 国道標識の住所は「富山市八尾町栃折」 |
<上百瀬栃折線> |
<道の様子> |
分岐方向に見る (撮影 2018. 9.20) |
分岐の看板 (撮影 2018. 9.20) 国道471号の行先に遥か先の河合が出ている |
<旧バス路線> |
<墓地> |
沿道に墓地 (撮影 2018. 9.20) |
墓地周辺の様子 (撮影 2018. 9.20) (麓方向に見る) |
屈曲する道 (撮影 2018. 9.20) (麓方向に見る) |
<九十九折り> |
<谷筋へ> |
谷筋に出る (撮影 2018. 9.20) (麓方向に見る) |
谷を詰める (撮影 2018. 9.20) |
<谷を詰める> |
<谷筋の分岐> |
右に道 (撮影 2018. 9.20) |
栃折バイパスの高架 (撮影 2018. 9.20) |
<栃折バイパスの高架> |
<栃折バイパスをくぐる> |
栃折バイパスの高架 (撮影 2018. 9.20) (麓方向に見る) |
再び栃折バイパスをくぐる (撮影 2018. 9.20) |
<栃折バイパスのトンネル> |
<栃折集落> |
栃折バイパスを抜けた先 (撮影 2018. 9.20) |
集落の様子 (撮影 2018. 9.20) ゴミ収集場所の小屋がある |
集落の様子 (撮影 2018. 9.20) 道の先を見る |
集落方向を振り返る (撮影 2018. 9.20) |
<集落を抜ける> |
<栃折バイパスに接続> |
前方が栃折バイパス (撮影 2018. 9.20) |
栃折バイパスを八尾市街方向に見る (撮影 2018. 9.20) |
八尾市街方向の看板 (撮影 2018. 9.20) 大長谷ともある |
<栃折バイパスの様子> |
栃折バイパスを峠方向に見る (撮影 2018. 9.20) 何の案内看板もない |
栃折バイパス以降 |
<栃折バイパス以降> |
<右手に分岐> |
右手に分岐 (撮影 2018. 9.20) |
分岐を麓方向に見る (撮影 2018. 9.20) 左に入る道が元の峠道だったようだ |
<旧道> |
沿道の様子 (撮影 2018. 9.20) (麓方向に見る) 左手の道を登れば、集落があったかもしれない 右手の道を下っても人家があるようだ |
<沿道の様子> |
<快走路の行止り> |
快走路の行止り (撮影 2018. 9.20) ここは右に曲がる |
旧道方向へ進む (撮影 2018. 9.20) |
<旧道方向へ> |
<峠への登り> |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) |
集落方向を望む (撮影 2018. 9.20) (ピンボケ) |
<集落方向を振り返る> |
峠の栃折側 |
栃折側から峠に到着 (撮影 2018. 9.20) |
<峠の様子> |
<地蔵堂> |
地蔵堂 (撮影 2018. 9.20) |
地蔵堂の中の地蔵 (撮影 2018. 9.20) |
<峠周辺の様子> |
峠から栃折側を見る (撮影 2018. 9.20) |
富山市の看板 (撮影 2018. 9.20) 左手に登る道がある |
<看板など> |
<元の峠道> |
<切通し> |
峠の利賀村側 |
<標高> |
<峠の利賀村側へ> |
切通しより利賀村側を見る (撮影 2018. 9.20) |
<峠の利賀村側の様子> |
林道の様子 (撮影 2018. 9.20) |
<林道分岐> |
<切通しの様子> |
<利賀村側の眺め> |
峠を利賀村に下る |
<百瀬川> |
<道の様子> |
道の様子 (撮影 2018. 9.20) 峠方向を望む |
人道の入口 (撮影 2018. 9.20) 右下に小さなトンネル坑口がある |
<人道> |
それにしても、栃折隧道の開削は謎である。車道があるのに別に人道をわざわざ設けたのは何故か。昭和30年代なら自動車もどんどん普及して行った時代だと思う。
また、単にトンネル近辺の住民の利便性だけで、これだけのトンネルを開通させられるとは思えない。個人の力では困難な事業である。 |
<百瀬川沿い> |
百瀬川沿いに降り立つ (撮影 2018. 9.20) 手前が峠、正面奥が百瀬川上流部へ 右手に戻るのは富山市山田方面の道 |
分岐を富山市山田方向に見る (撮影 2018. 9.20) 右手に栃折峠への国道471号が登る |
山田への道にはバリケードが置かれる (撮影 2018. 9.20) 「関係者以外 立入禁止」とある |
<峠道の終点> |
<富山庄川線(余談)> |
百瀬地区(以降は余談) |
ここからは利賀村百瀬地区の峠などに関し、以前の旅の記録を交えて備忘録的に記したい。 |
一の瀬橋 (撮影 2018. 9.20) 国道標識が立つ |
<一の瀬橋> |
<利賀村の紹介> |
洒落たモニュメントが立つ (撮影 2018. 9.20) |
覆道の脇から道が分岐 (撮影 2018. 9.20) (百瀬川下流方向に見る) |
<山田川左岸の道> |
<越道峠> |
右に越道峠への道 (撮影 2018. 9.20) |
<菅沼ダム> |
菅沼ダムの堰堤脇を過ぎる (撮影 2018. 9.20) |
菅沼ダム (撮影 2018. 9.20) 昭和34年完成の重力式コンクリートダム |
<右岸へ> |
菅沼橋を渡る (撮影 2018. 9.20) |
菅沼橋を渡った先 (撮影 2018. 9.20) |
以前は菅沼橋の直ぐ先に「合掌文化村」の標柱が立っていた。やっと集落が出て来るのかと思い、記念写真を撮ったが、集落はまだまだ先だった。 |
人家らしき建物が見える (撮影 2018. 9.20) |
<下谷内> |
下谷内集落 (撮影 2018. 9.20) |
下谷内の看板 (撮影 2018. 9.20) |
<入谷> |
入谷集落に入る (撮影 2018. 9.20) |
入谷の看板 (撮影 2018. 9.20) |
<島地> |
島地 (撮影 2018. 9.20) 右に国道が分かれて行く |
直進は県道229号 (撮影 2018. 9.20) 右は国道471 |
<楢ノ尾峠> |
<上百瀬島地線> |
<上百瀬へ> |
利賀国際キャンプ場付近 (撮影 2018. 9.20) |
<通行止看板の箇所> |
<看板> |
全面通行止の看板 (撮影 2018. 9.20) |
発電所工事の看板 (撮影 2018. 9.20) |
<百瀬川上流> |
砂防指定地の看板 (撮影 2018. 9.20) (画像をクリックすると別ウィンドウに拡大画像が表示されます) |
雨脚がひどくなり、もう車の外に出ていられない。この地は二度と来れないと思っても、もう立ち去らなければならない刻限だ。
全面通行止の看板を見たのを最後に、22年振りの利賀村を後にする。 |
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上百瀬では土砂崩れに見舞われたようで、大規模な復旧工事の真っ最中だった。雨に降られたこともあり、22年振りの利賀村はどこか寂しげな雰囲気だった。
初めて訪れた時は沿道に登り旗などが並び、意外と開けて賑やかな場所だなという印象を持ったことを思い出す。 |
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<走行日> <1997〜2018 Copyright 蓑上誠一>
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