ホームページ★峠と旅  

伊勢峠  伊勢集落の廃村跡を行く


伊勢峠
伊勢峠 和泉村側

 伊勢峠を越える道はほんとに寂しい道だ。

 でも険しい山岳道路が延々と続いているわけではない。道は狭いながらも現在は全線舗装で、峠の標高も約770mとさほど高くはなく、峠前後の高低差も少ない。またこれまで人が住み着いた事がないほど全く人を寄せ付けない厳しい自然環境の土地だというのでもない。逆に以前は峠より和泉村側に下りた所に伊勢と呼ばれる集落があり、人が暮らしていたことがあるのだ。

 

 旅をしていると廃村跡にときたま出くわす。場合によっては廃屋などが残り如何にもそれらしき雰囲気を漂わせているが、ほとんどはその内取り払われるか、自然が元の姿に戻してしまい、人が昔住んでいたという痕跡を留めることは少ない。ただ僅かに真新しい記念碑などが仰々しく置かれているばかりだ。

 しかしこの伊勢集落の跡はまだ人が住み着き暮らしていたという雰囲気を残している。それがこの峠道の旅を寂しいものにするのだ。

 

大谷トンネル
大谷トンネル
和泉村大谷と看板にあるがもちろん民家などない

ふるさとの碑
ふるさとの碑 大谷トンネルの直後

 伊勢峠は福井県の和泉村と大野市との境にある。道は県道230号大谷秋生(あきう)大野線。和泉村も大野市も岐阜県との境に接し、伊勢峠の南方には千数百メートルの県境の峰々が連なっている。

 和泉村より伊勢峠の峠道に入るには国道158号を来て九頭竜湖の上流に架かる箱ヶ瀬橋を渡る。国道脇の土産物屋が目印でその土産物屋と駐車場の間の道をおずおず入って行くと、その本四架橋のテストケースにもされたと聞く箱ヶ瀬の釣橋がある。ちょっとした観光名所で橋を渡るだけでも楽しい。道は橋を渡り終わると右に屈曲し、九頭竜湖の左岸沿いを行く。この先に用がある観光客など滅多になく、交通量は極端に減りいよいよ楽しい。

 今は九頭竜湖の右岸を通る国道158号がメインルートとなっているが、古くは左岸にあった穴馬(あなま)路と呼ばれる道が最初であったそうだ。現在の左岸の道は昭和43年に竣功した九頭竜ダムによって塞き止められ出来た九頭竜湖の岸壁にへばりつくように作られた狭い車道である。メインルートの国道とは打って変わってわびしい限りで、別世界の感がある。

 湖面を眺めながら進むと、面谷(おもたに)橋で九頭竜川の支流面谷川を渡り、その先不意にトンネルが現れやや薄気味悪い。その大谷トンネル抜けた後は伊瀬川の谷に沿う道となり、九頭竜湖からは徐々に遠ざかっていく。道路脇に湖に沈んだ村を偲ぶ「ふるさとの碑」が建てられている。

伊勢川橋
伊勢川橋
橋を渡って伊勢川の左岸を行く

欄干が崩れた橋
伊勢川の上流 欄干が崩れた橋

 赤い骨組みの伊勢川橋を渡ると伊勢川の左岸に沿った道となる。川を溯るに従って谷の険しさは治まり、穏やかな景色が広がり気持ちが和んでくる。明るい谷間の中を一筋に道が伸びている。欄干が壊れた小さな橋が架かっていた。この頃には伊勢川はやさしい小川の様相である。

 しばらくすると道の両脇に人工物がちらほら目に付く。伊勢集落の跡だ。

 道の脇に立てられた看板に「和泉村伊勢」とある。しかし周りを見回しても草木が生い茂るだけで人家などない。あるのは潰れて屋根が落ちた廃屋やら、昔集落があったことを示す「上伊勢集落跡(十五戸)」などと書かれた木の柱ばかりである。よく見れば草が伸び放題に伸びた草地も昔は人家が建っていた敷地のようである。

 昭和39年に工事が開始された九頭竜ダムにより湖や谷に水没することになった多くの村人は離村していった。この伊勢集落も昭和41年に住民全員が離村したそうである。

伊勢集落跡
左の看板に「和泉村伊勢」とある

廃屋
廃屋

 ダムの完成とともに伊勢川の下流は谷に水没したが、川の上流は水没を免れた。水没した村は後に湖岸などに立てられた「ふるさとの碑」などで偲ぶ以外にないが、伊勢集落は人の目に触れながら朽ちていった。それはかえって痛々しい気がする。だからこの峠道の旅は寂しいのだ。

 集落跡を過ぎるといよいよ峠への本格的な上りである。古い昭文社のツーリングマップでは峠前後の道が直線路に描かれているが、心配は要らない。しっかりくねくね曲がりくねっている。集落があった当時はまだ車で峠を越えられなかったそうだが、今もさほど通り易くはない狭さだ。峠そのものも狭くて暗い。和泉村側にやや展望があるが、大野市側は展望が全くない。車の駐車スペースもなく、あまり長居をしたいと思う峠ではない。とっとと下りたくなる。

 大野市の笹生(さそう)川沿いに出るまではそれほど時間は掛からない。川には釣り人がちらほら見られ、暖かい季節にはキャンプを楽しむ者もある。伊勢側がほとんど人気が無かったのとは対照的だ。

上伊勢集落跡
上伊勢集落跡(十五戸)

笹生川ダム
笹生川ダム

 川沿いに道幅も徐々に広くなり、笹生川貯水池、笹生川ダム(昭和32年完成)とあっという間に続く。大野市側もダムによって上秋生(あきう)、下秋生の集落が水没している。峠を挟んで伊勢、笹生両川の谷の集落が10年ほどの時間を隔てて同じ運命を辿っていることになる。

 ダム下流は真名川とも呼ばれるようだ。笹生川第二堰堤を過ぎ、笹生川橋を渡ればその先で国道157号に出る。国道と合流する付近にはキャンプ場や旅行村があり、混雑するときは車が列を成して入場の順番を待っている。国道を川に沿って溯ればあの温見峠に通じる。

 余談だが、笹生橋を渡らずキャンプ場の脇を直進すると麻那姫湖の右岸を走るダートとなる。未舗装だと喜んで進入すると、後悔しても車では簡単には引き返せないとんでもなく狭く荒れた道だ。その先にある湖の左岸に渡れる若生子大橋の吊り橋も、車で渡るにはスリルがあり過ぎる。


 峠道状況(1995年5月)

 1995年5月現在、笹生川ダム下流で工事中だったが、既に完了しているものと思われる。峠の前後がやや狭いが普通乗用車でも問題なし。冬期の通行については不明。 


 

峠と旅        峠リスト