旅と宿
No.002
長野県上松町/旅館・新あづまや |
「木曽路」と聞いただけで旅情を誘われる。よく引用されることだが、島崎藤村の「夜明け前」の冒頭に出て来る、「木曽路はすべて山の中である。」という一節が思い浮かぶ。
その後、「東ざかいの桜沢から、西の十曲峠まで、木曽十一宿」あると書かれている。
最近は奈良井(ならい)や妻籠(つまご)、馬籠(まごめ)といった宿場が往時の姿を残したまま整備され、観光客が多く訪れているようだ。
そうした観光地化が進んだ所では、観光客向けの宿も営まれていることと思う。
一方、当日急に予約を入れても、気兼ねなく泊まれるビジネスホテルやシティーホテルのような類は少ない。例の宿泊情報(JTB)を調べても、「旅館」と銘打つ宿ばかりだ。
それでも、木曽路をのんびり旅している途中で、何とか宿泊したいものだと思っていた。考えあぐねていてもしょうがないので、一度体験してみることとした。 |
旧国道19号 (撮影 2001. 4.29) |
宿の前の様子 (撮影 2001. 4.29) |
宿が見付かったのはいいが、車を停める場所はどうなるのだろうか。宿泊情報では「P有」となっていたのだが・・・。こうした込み入った街中での駐車場はいつも悩みの種だ。
幸い、宿の前の道は、バイパス完成のお陰で車の通りは少ない。
道路脇にちょっとジムニーを停めさせてもらい、宿の者に聞いて来ることとした。すると、対応してくれた女将の話では、その玄関先に停めていいとのこと。
確かに、車道に並ぶ歩道と建物の玄関との間に、車一台分程度のスペースはある。しかし、軽自動車でも車庫入れは難しそうだ。玄関に衝突しないかと緊張しながら、ジムニーをバックで入れる。
間口税は江戸時代の徳川三代将軍・家光によって定められたとも伝わるそうだが、400年後の私にその禍が降り掛かるとは思ってもみなかった。
ジムニーは玄関前にぴったり納まった。しかし、これでは他の泊まり客などが玄関を出入りする折り、ちょっと邪魔ではないかと思われた。 |
駅前にあった観光案内図 (撮影 2001. 4.29) |
部屋に運ばれて来た夕食は驚くほど豪勢であった。かなり奮発してくれたようだ。野宿で即席麺やレトルト食品ばかり食べているので、尚更驚いた。
ただ、食事のメインを張っているのは川魚であった。まだ若い私は肉ばかり好んで食べ、魚料理は大の苦手であった。
今でこそ魚も好んで食べるが、当時は滅多に口にしなかった。ましてや、頭から尻尾まで、皮ごと骨ごと内蔵ごと食べる川魚は、味がどうのこうのという前に、どうも気持ちが悪くてかぶりつけない。
少し箸でつまんだ程度で、魚料理はほとんど残してしまった。後で下膳にやって来た女将は、それを見てちょっと怪訝な顔付をしたように思えた。
そこでつい、「胃腸の具合が悪くて」、などと言い訳がましいことを言ってしまった。
確かに、野宿で体を酷使し、一日中ろくなものを食べていないので、腹の調子がやや悪いことには間違いなかった。
ただ、子供の頃からちょっとしたことでも下痢をする上、普段と違うこうした旅先では、胃腸の具合は絶好調、などということはあり得ない。病気という程の事態ではなかった。
暫くすると、女将が胃薬をもってやって来てくれた。有り難く頂戴する。ただ、私の腹痛はほとんど体質由来なので、これまで薬が効いたためしがなかった。 |
宿の名が入った箸袋と、領収書 (撮影 2023. 6.21) |
宿でもらったタオル (撮影 2023. 6.21) |
余談だが、この2日後、富山県高岡市内のあるシティーホテルのロビーで、同じく一人旅をして来た友人(今の妻)と落ち合った。その時のことを今でも妻はとても驚いたと話す。
フロントの前にここでは場違いなようなみすぼらしい男が一人立っていると思ったら、それが私だったそうだ。
痩せて手足ばかりが細長い猫背で貧弱な身体に、薄汚れてよれよれのジーパンとシャツをまとい、靴は野宿で泥だらけ、頭髪は暫く櫛を入れたことがないボサボサ頭、無精ひげを生やし、
生来の胃弱にレトルトなどの消化の悪い物を食べ続けているので、頬がこけて貧相な顔立ち、強い近眼で乱視のくせに、運転以外では面倒だからとメガネは車に置きっぱなしないので、
本人は気付かない内に鋭いまなざしを人に向けている。野宿続きでは鏡など見る機会がないので、自分がどんな風体なのかさっぱり分かっていない。きっと、愛想笑いも不気味だったことだろう。 |
12年後の2013年5月、妻と木曽・伊那方面を旅行中に上松の近くを通りかかった。そこで、急に思い立ち、ちょっと市街に寄って見ることとした。
パジェロミニを駅前の駐車場に停め、歩いて30分程見て回った。駅から離れた旧中山道の一部に、往時をしのばせる古い家並みが少し残っているのを見掛けた。
ただ、あまり観光客が訪れている様子はなかった。 |
市内の案内看板 (撮影 2013. 5.23) |
2001年4月29日(木) |
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