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サンギリトンネル
  さんぎりとんねる  (峠と旅 No.345)
  北山川源流の地・上北山村へと至る現代の尾鷲街道の峠道
  (掲載 2025.11.14  最終峠走行 1996.11. 3)

   
   
   
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サンギリトンネルの南東側坑口 (撮影 1996.11. 3)
トンネルのこちら側は奈良県吉野郡上北山村大字小橡(ことち)
反対側は同村大字河合
道は林道サンギリ線
トンネル坑口の標高は約850m (地理院地図の等高線より)

この林道は国道425号の坂本ダムから分かれ、
上北山村の中心地・河合へと通じる峠道

   
   
   

   

<上北山村(掲載動機・余談)>
 奈良県北部に位置する上北山村(かみきたやまむら)は、西に大峰(おおみね)山脈(地理院地図)、東に台高(だいこう)山脈(地理院地図)がそびえ、その間を北山川(きたやまがわ、きたやまかわ)が南流する山間の地だ。平地に乏しく、川沿いに小さな集落が点在する。
 
 ちょっと前に掲載した蟻越峠田戸隧道も北山川沿いに立地していたが、そこより遥か上流の地域である。 通常、川に沿って道が通じることが多いが、北山川では事情が違った。屈強が多いことなどから田戸隧道から先で長らく車道の不通区間が存在した。 やっと奥瀞道路(第1期)工事によって国道169号が通じたのは平成8年(1996年)7月のことである。
 
<東熊野街道(>
 そんな上北山村にとっては古くから村の中心に通じる東熊野街道(ひがしくまのかいどう)が生命線だと言えるだろう。吉野町の市街地・上市(地理院地図)を起点に、川上村を通り、伯母峰峠(おばみねとうげ、地理院地図)を越えて上北山村に下る。その後、北山川沿いを縦断し、下北山村から熊野市街の木本(地理院地図)へと至る街道だ。明治33年(1900年)に県道に編入され、大改修の末、明治43年9月に完成を見ている。(上北山村域は明治40年完成)
 
<伯母峰トンネル>
 東熊野街道の中では北山川の源流に位置する伯母峰峠が最大の難所だった。そこに伯母峰トンネル(地理院地図)が開通したのは昭和15年(1940年)6月だそうだ。その後、現在の新伯母峰トンネル(地理院地図)が昭和41年(1966)1月に開通している。
 
 尚、これまで伯母峰峠に車道が通じたのは、伯母峰トンネルが最初であろうと考えていた。ところが、文献(角川日本地名大辞典)の地誌編の上北山村の項で、上市と木本の間に直通バスが通じたのが昭和14年と出ていた。 伯母峰トンネル開通前である。明治に行われた大改修により、既に伯母峰峠は自動車の通行が可能だっのかもしれない。

   

<尾鷲街道>
 上北山村としては、東熊野街道沿いに北へ向かって内陸部の吉野市街に出るか、あるいは遥か南に下って沿岸部の熊野市街に出るかの二択に近い。ただ、文献(角川日本地名大辞典)にもう一つ、「尾鷲街道」(おわせかいどう)という記述が見られた。当村と尾鷲市街(地理院地図)を結ぶ街道で、明治15年から改修が行われ、明治21年に完成したとある。ただ、その詳しい道筋は記されていなかった。
 
<国道425号線>
 現在の車道としては国道425号線がその尾鷲街道に相当するだろう。丁度、前回掲載した八幡トンネルを越える峠道である。ただ、国道425号は直接には上北山村に至らず、下北山村の大字上池原(地理院地図)に出ている。八幡トンネル以外の複数の峠越えを避け、東ノ川沿いに素直に下ったという印象だ。
 
<サンギリトンネル>
 そこで登場するのが今回のサンギリトンネルを抜ける峠道だ。国道425号から東ノ川に架かる坂本ダム(地理院地図)で分かれ、サンギリトンネルの峠を一つ越えて上北山村の中心地・河合(かわい、地理院地図)へと至る。 この道筋はかつての尾鷲街道にかなり近いのではないだろうか。八幡トンネルを補間して現代の尾鷲街道を構成するのがサンギリトンネルと言える。かなりこじ付けではあったが。

   

<所在>
 サンギリトンネルの南東側坑口は奈良県吉野郡(よしのぐん)上北山村(かみきたやまむら)大字小橡(ことち)、北西側坑口は同村の大字河合(かわい)になる。 ただ、上北山村は小橡、河合、白川(しらかわ)、西原(にしはら)の4大字で編成されるが、飛地などがあって区画は錯綜している。中心集落の所在以外は、あまり大字を意識しても意味を持たないように思う。

   

<地理院地図(参考)>
 国土地理院地理院地図 にリンクします。


   
本ページでは地理院地図上での地点を適宜リンクで示してあります。
   

<水系>
 峠の南東側では西ノ谷(地理院地図)から東ノ谷、北山川、熊野川(新宮川)へと流れ下る。峠の北西側は北山川の支流・向谷(地理院地図)の源流部にある。当然ながら東ノ谷は八幡トンネルの峠道の範疇であり、今回のサンギリトンネルは西ノ谷と向谷の分水界上の峠となる。

   
   
   

坂本ダムより峠へ

   

<坂本ダム>
 八幡トンネルから10Km程下って来ると、右手に流れる東ノ川にアーチ型のダムが見えて来る(地理院地図)。電源開発(株)により昭和35年(34年とも)着工、同37年に完成された坂本ダムだ。
 
 この付近の東ノ川は、坂本ダムによる坂本貯水池と、それに続いて下流の池原ダムによる池原貯水池となっていて、普通の川らしい川ではない。深い谷に水をたたえ、荒涼とした景観が続く。恐ろしい程に人の気配を全く感じさせない土地だ。

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坂本ダムの上流側 (撮影 1996.11. 3)
国道425号側より望む

   
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坂本ダムの左岸側堰堤 (撮影 1993. 3.27)

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堰堤脇より坂本貯水池を望む (撮影 1993. 3.27)

   

<東ノ川村>
 しかし、かつてはこの東ノ川流域に東ノ川村という村があったそうだ。その村域は現在は小橡などの一部になっているらしい。 東ノ川やその支流の古川(ふるかわ、地理院地図)沿いに、出口(でぐち)、五味(ごみ)、上宮ノ平(かみみやのたいら)、下宮ノ平、出合(であい)、古川(ふるかわ)、坂本(さかもと)、大塚(含むセビ谷)といった集落が点在していたとのこと。 昭和30年頃には100戸前後、300人以上の住民が暮らしていたそうだ。それらの集落の多くが坂本ダムの建設により昭和36年に水没となっている。
 
 現在の地理院地図では宮ノ平という集落名がまだ見られる(地理院地図)。また、出合橋(地理院地図)や出口峠(地理院地図)といったかつての集落名を冠した名を留める。多分、坂本ダムの近くには坂本集落があったのだろう。今の寂しい景観からはもう人の暮らしがあった当時の様子は窺い知ることもできない。、

   

<坂本ダム堰堤>
 サンギリトンネルの峠道はまず坂本ダムの堰堤を渡ることから始まる。堰堤の左岸(国道)側は河合(かわい)で、渡った先の右岸は小橡(ことち)となるらしい。この後、道は一旦河合に戻り、トンネルを抜けた先も河合である。このあたりが飛地の複雑さである。

   
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坂本ダムを右岸側より上流方向に見る (撮影 1996.11. 3)
手前が峠方向

   

<林道サンギリ線>
 堰堤を渡ってちょっと行くと林道看板が立っている(地理院地図)。「林道サンギリ線」とある。 「サンギリトンネル」に「サンギリ林道」と、分かり易い。残念ながら、看板には林道延長などの情報はない。概ね坂本ダムから峠まで10Km、峠から河合集落まで8Km、合計18Kmといったところだ。

   
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林道サンギリ線の看板が立つ (撮影 1996.11. 3)

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林道サンギリ線の看板 (撮影 1996.11. 3)

   

<道の様子>
 林道サンギリ線は、初めウルメ谷(地理院地図)へ大きくトラバースした後、本来の西ノ谷右岸沿いに戻って来る。 それだけ急峻な谷を登って行く。1989年7月発行のツーリングマップ(昭文社)には「4Kmのダート残る」と記述されていたが、私が走った時点(1996年11月)では既に全線舗装されていたと思う。 林道と言いながらも道幅は充分に広く、屈曲が多いのは仕方ないが、走り難い道ではなかった。西ノ谷沿いとは言っても右岸の尾根の高所を行くので、視界は終始開けている。走っていて気分のいい林道だ。 周囲の山の景色がいろいろ展開され、単調な本線の国道425号を進むよりずっと楽しい。上北山村に直行するなら、お勧めの道となる。ショートカット路としても道程はぐっと短かい。ただ、北山川沿いに通じる国道169号は快適なので、時間短縮になるかは疑問が残る。

   
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林道サンギリ線の沿道から望む西ノ谷の景色 (撮影 1996.11. 3)
峠直前の頃

   
   
   

   

<峠の様子>
 サンギリトンネルは突然左手の尾根を抜けるように現れる。トンネル坑口の手前は相変わらず西ノ谷の景観が広がり、とても開けた雰囲気だ。

   
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サンギリトンネル (撮影 1996.11. 3)
南東側坑口

   

<林道橡谷西ノ谷線分岐>
 以前のツーリングマップ(ル)には全く記載がなかったが、トンネル手前より更に西ノ谷沿いを遡る林道が分岐する。林道橡谷西ノ谷線と呼ぶようだ。最近の道路地図を確認してみると、小橡(地理院地図)まで抜けている。
 
<峠の開通時期>
 サンギリトンネルにはしっかり銘板が架かり、いろいろ知ることができる。竣工は1986年(昭和61年)11月で延長470m、幅員4.0m、高さ4.5mなどと書かれる。 上北山村のホームページによると、「広域基幹林道『サンギリ』線開通」は昭和61年(1986年)とのことで、トンネルの竣工年と一致する。サンギリトンネルを越える峠道の開通も1986年となるだろう。 余談だが、扁額には「奈良県知事 上田繁潔書」とあり、この方の知事の任期は昭和55年〜平成3年で、これもある程度の裏付けとなる。

   
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サンギリトンネルの銘板 (撮影 1996.11. 3)

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サンギリトンネルの扁額 (撮影 1996.11. 3)
「奈良県知事 上田繁潔書」とある

   

<標高など>
 サンギリトンネルの坑口標高は約850mである。この近辺では比較的高い。例えば八幡トンネルの方は約550mだ。またトンネル延長も八幡トンネルは約450mで、サンギリトンネルの方が僅かながら長い。八幡トンネルより険しい峠道と言えそうだ。

   

<北西側の様子>
 サンギリトンネルを河合方面の北西側に抜けると、また一段と遠望が広がり出す。遥かに大峰山脈などがそびえる紀伊山地を眺め、その奥深さを感じさせられる。

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サンギリトンネル北西側の景色 (撮影 1996.11. 3)

   
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紀伊山地の峰々 (撮影 1996.11. 3)

   

<サンギリ峠>
 このサンギリトンネルが通じる峠を「サンギリ峠」と呼んでしまいたいところだが、本物のサンギリ峠が別の所にある(地理院地図)。同じ西ノ谷水域になるが、北山川本流との分水界の稜線上を2.5Km程も戻った辺りにその峠はある。それが本来の「尾鷲街道」の一部になるのだろうか。
 
 ただ、サンギリ峠を通る徒歩道は峰の鞍部を越える峠道の形態にはなっていない。稜線上を北に進み、途中から向谷左岸の尾根上(地理院地図)を河合集落へと下る。車道の峠道とは異なり、徒歩道の場合こうした細い尾根道を通ることがままある。
 
 一言に尾鷲街道と言ってもその道筋は一本とは限らないだろう。点在する集落ごとの事情に合わせた枝道等もあったことと思う。その点、このサンギリ峠は上北山村の中心地・河合を起点にしている。尾鷲街道の本道が通じていたと考えられるのではないだろうか。
 
 尚、サンギリ峠以降、どのようなルートで尾鷲市街を目指したのかは調べていない。上北山村のホームページなどを見てみると、そうした古道を調査している方もいるようで、参考になるだろう。 また、「サンギリ」の由来についても、ある山の形が「散切り頭」に似ているなどと言われるとか。これについてもここではあまり詮索しないこととした。

   
   
   

河合集落へ下る

   

<向谷水域>
 サンギリトンネルの河合方面側は丁度向谷の正面・源頭部に位置する。林道の峠道はその向谷上流域を大きく蛇行しながら川沿いへと下って行く。
 
 トンネルから1Km程も行くと向谷の様子がよく見渡せるようになる(地理院地図)。谷の左岸上部から右岸沿いへと道が刻まれている光景がなかなか険しい(下の写真)。如何にも峠道らしい様相だ。

   
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向谷の上流部を眺める (撮影 1996.11. 3)
これから下る道筋が確認できる

   

<道の様子>
 峠を河合側に下っても、相変わらず沿道に人家などは見当たらない。向谷右岸の川沿いになっても、谷は狭く周辺に耕作地などはないようだった。ほとんどこの林道開削の為に新しく切り開かれた谷のように思える。当初は林業などの産業用の道だったと思う。

   
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「上北山観光案内板」の看板 (撮影 1996.11. 3)
河合集落の入口に立つ

<峠道の終点>
 サンギリ林道はひょっこり人家の軒先が並ぶ路地に出る(地理院地図)。さっきまでの寂しい谷沿いが嘘のようだ。その小さな集落を抜けると北山大橋(地理院地図)で北山川の右岸に渡り、そこで現在の東熊野街道・国道169号に接続する。これでサンギリトンネルの峠道は終わりとなる。
 
<河合集落>
 北山大橋を渡った正面に続く国道の旧道沿いに、村役場などもある河合集落が広がる(地理院地図)。 入口には上北山村の観光案内の看板が立っていた(左の写真)。ここが上北山村の中心地であり、八幡トンネルに続きサンギリトンネルを越える現在の「尾鷲街道」の終着点だ。熊野灘に面する尾鷲市街から遥々とこの北山川上流部の山間地を結んでいる。通しで走ると、それなりの感慨がある。

   
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観光案内図の一部 (撮影 1996.11. 3)
坂本ダムから北山川に架かる北山大橋までが今回の峠道
ふれあい橋(北山川)と清流橋(小橡川)はまだ架かっていない

   

<上北山村(余談)>
 上北山村の4大字については、北山川沿いに上流側から西原(地理院地図)、河合、白川の中心集落が点在し、小橡(地理院地図)だけは支流の小橡川沿いに立地する(下の観光案内図も参照)。この内、西原・河合・小橡集落は昔からの位置にあるようだが、最下流にあった白川は池原ダム(昭和39年完成)により水没したそうだ。現在の白川大橋(地理院地図)を渡った北山川左岸の位置(地理院地図)は集団移転先になる。人家が理路整然と並んでいる。白川大橋の直ぐ下流側で支流の白川又川が流れ込んでいて、付近は荒涼とした雰囲気だ。これも池原ダムの影響だろう。

   
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「上北山観光案内板」の看板 (撮影 2001. 5. 5)
白川大橋の袂に立っていた

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白川大橋より望む北山川下流側 (撮影 2001. 5. 5)
右手より白川又川が流れ込む
池原ダムにより、この付近は荒涼とした景観になっている

   
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観光案内図の一部 (撮影 2001. 5. 5)
図では河合と白川は隣り合っているが、
実際はかなり離れている

   
   
   

<おわりに(余談)>
 上北山村の地には都合5回、足を踏み入れている。ただ、残念ながら宿泊の経験はない。代わりに野宿地探しに苦労した覚えがある。山間部なので、いくらでもいい野宿地が見付かるだろうと思ったが、そうはいかなかった。 これも少なからず池原ダムなどの影響があるだろう。川沿いはほとんど切り立つ崖になっていて、車道脇に充分テントが張れような平地に乏しかったのだ。
 
 それでも上北山村には伯母峰峠行者還峠(トンネル)といった豪快な峠道が通じ、大台ヶ原などの雄大な行楽地があり、紀伊山地の中でも魅力的な地だ。入り込んだことがない林道も多く残っていて、まだまだ旅をし尽くせていないと思う、サンギリトンネルであった。

   
   
   

<走行日>
・1993. 3.27 坂本ダム通過/ジムニーにて
・1994.10. 9 国道169号で上北山村を南へ通過/ジムニーにて
・1996.11. 3 小橡→サンギリトンネル→河合/ジムニーにて
・2001. 5. 5 国道169号で上北山村を北へ通過/ジムニーにて
・2015.10.13 大台ヶ原登山/パジェロ・ミニにて
 
<参考資料>
・関西 2輪車 ツーリングマップ 1989年7月発行 昭文社
・ツーリングマップル 5 関西 1997年3月発行 昭文社
・ツーリングマップル 関西 2015年8版1刷発行 昭文社
・角川日本地名大辞典 29 奈良県 1990年 3月 8日発行 角川書店
・角川日本地名大辞典のオンライン版(JLogos)
・日本歴史地名体系 30巻 奈良県の地名 1981.6.23 初版第一刷 (株)平凡社
・上北山村の公式ホームページ
・その他の道路地図、河川地図、一般のウェブサイトなど
 (本サイト作成に当たって参考にしている資料全般については、こちらを参照 ⇒  資料

<1997〜2025 Copyright 蓑上誠一>
   
   
   
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