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どろぶとうげ (峠と旅 No.348) 旧栗山村の「表」と「裏」を繋いだ峠道 (掲載 2026. 3.26 最終峠走行 2024.10.16) |
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土呂部峠 (撮影 2024.10.16) |
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峠部分は三叉路になっていて、姿としては余り峠らしくない |
序 |
<掲載動機(余談)> |
<土呂部> |
<所在> |
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<地理院地図(参考)> 本ページでは地理院地図上での地点を適宜リンクで示してあります。 |
<水系> |
<五十里湖付近(余談)> |
<立地> |
<役割> |
<峠名> |
<栗山村の峠(余談)> |
山王峠 (撮影 2005.10.30) |
帝釈山峠 (撮影 1998. 7.25) |
田代山峠 (撮影 1994. 8.12) |
安ヶ森峠 (撮影 2001.10.21) |
こう見ると、そうそうたる峠が並ぶ。これだけの峠を指をくわえて見ている訳には行かない。自然、栗山村へと誘(いざな)われ、それで何度も訪れることになったのだ。
勿論、峠ばかりではなく温泉なども豊富で、ダムなどの景勝地にも事欠かない。ただ、現在は帝釈山峠、田代山峠、安ヶ森峠などは通行止となっている様子で、とても残念である。これらの峠を掲載したのはもう随分と前のことになる。
次回は安ヶ森峠でも詳しく再掲載したいと思う。 安ヶ森峠(再掲) |
土呂部方面から峠へ |
<栗山村の中心地へ> |
<青柳平(余談)> |
黒部ダムを望む (撮影 2005.10.31) |
<日光市栗山庁舎(余談)> |
県道23号を青柳大橋方向に見る (撮影 2024.10.16) |
栗山行政センターなどの看板 (撮影 2024.10.16) |
この栗山庁舎の住所は大字日蔭でなく、大字黒部になるようだ。庁舎の建物以外、県道沿いに人家などは全くない。これまで村の中心は日蔭と言われてきたが、微妙なことになった。 |
<土呂部峠への分岐> |
県道23号を青柳大橋(東)方向に見る (撮影 2024.10.16) |
土呂部を示す道路標識 (撮影 2024.10.16) |
<分岐付近の様子> |
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上の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2005.10.31) |
<県道23号旧道方向へ> |
<十字路> |
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黒部橋を渡った先に立つ看板 (撮影 2024.10.16) |
県道249号へ |
<県道249号へ> |
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駐在所前を過ぎる (撮影 2024.10.16) |
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県道標識など (撮影 2024.10.16) |
土呂部ダム (撮影 2024.10.16) |
<土呂部ダム付近へ> |
<一渡戸橋> |
一渡戸橋を渡る (撮影 2024.10.16) |
銘板には「土呂部川」とある (撮影 2024.10.16) |
<土呂部川> |
<湿地> |
林の間から湿地が見える (撮影 2024.10.16) |
店が見られる (撮影 2024.10.16) |
まだ土呂部集落に入った訳ではないが、沿道に僅かながらも建物が見える。食堂などを営む店もあるようだった。一部の池を利用して釣り堀などを営むのかもしれない。 |
<屈曲> |
屈曲部分 (撮影 2024.10.16) |
「大滝」などの看板が立つ (撮影 2024.10.16) |
<広い平坦地へ> |
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平坦地の入口に立つ看板 (撮影 2024.10.16) |
左手に水芭蕉自生地への入口がある (撮影 2024.10.16) |
<水芭蕉> |
水芭蕉自生地への入口 (撮影 2024.10.16) |
入口の様子 (撮影 2024.10.16) |
土呂部集落 |
<沿道に建屋> |
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沿道に建物が見え始める (撮影 2024.10.16) |
<民宿など> |
沿道に民宿 (撮影 2024.10.16) |
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奥に大きな建屋も見える (撮影 2024.10.16) |
畑をなどの耕作地も見られるが、家屋の脇に害獣除けのネットで囲んで僅かに栽培しているものが多かった。ほとんど自給用という程度の小ささで、地域産業としての規模には思えなかった。季節柄、ススキが繁茂している。広い平坦地も、ほとんど利用されていなようであった。 |
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ススキが繁茂する (撮影 2024.10.16) |
<下河原橋> |
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下河原橋を渡る (撮影 2024.10.16) |
<土呂部集落> |
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土呂部集落 (撮影 2024.10.16) |
<集落の様子> |
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集落内にポツンと立つ県道標識 (撮影 2024.10.16) |
集落内に通じる県道は1.5車線幅と狭いが、それでも後年に通じたバイパス路だと思う。下河原橋の竣工年からして、1968年以降に通じたものと想像する。この道路沿いに人家は少なく、少し北側に通じる旧道の両脇に人家が密集する。
県道をそのまま走っているだけでは、余り集落の様子は伺えない。その為かこの集落の記憶はあいまいだ。この30年で過疎化も進み、人家も少なくなったかもしれない。
ただ、狭い集落内によそ者が何の目的もなくお邪魔するのはどうかと思い、遠慮することとした。今回も県道の方をのんびり走るだけで、写真ばかり撮っていた。前後に設置したドラレコの動画も保存してある。 |
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土呂部集落を黒部方向に見る (撮影 2024.10.16) |
<公民館付近> |
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右手の白い建物が土呂部公民館 (撮影 2024.10.16) |
その入口に「土呂部公民館」とあった。その反対側には消防団の建屋が立つ。 |
公民館の建屋 (撮影 2024.10.16) |
公民館の様子 (撮影 2024.10.16) |
<集落の端> |
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土呂部集落を黒部方向に見る (撮影 2024.10.16) |
<土呂部の地> |
<気象観測所> |
土呂部のアメダス (撮影 2024.10.16) |
土呂部に設置されたアメダスの標高は925mだそうだ(気象庁のホームページより)。土呂部の中心地もほぼその標高ということになる。これだけの集落が立地する地としては、なかなか高い標高だ。
現在住む山梨県では、例えば富士の麓の富士吉田よりも高い。これでは積雪も多くなることだろう。今年の秋頃には東京都に転居する予定なので、来年の冬には、またテレビで土呂部の豪雪のニュースを聞けるかもしれない。 |
土呂部集落以降 |
<木戸沢橋> |
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木戸沢橋を渡る (撮影 2024.10.16) |
<冬期通行止> |
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道路情報の看板など (撮影 2024.10.16) |
<キャンプ場> |
左手にキャンプ場 (撮影 2024.10.16) |
キャンプ場の看板 (撮影 2024.10.16) |
沿道の土呂部川 (撮影 2024.10.16) |
<赤四郎沢・木城沢(余談)> |
<橋の連続> |
前方の橋で右岸へ (撮影 2024.10.16) |
<個人のホームページ(余談)> |
2番目の橋 (撮影 2024.10.16) |
3番目の橋 (撮影 2024.10.16) |
土呂部集落から峠までの間は暇である。周囲は林ばかりで視界が広がらない。小刻みに道は屈曲する。ただただ、車の運転に注力するしかない。この区間は3度走っているが、捉え所がなく、記憶に残ることがほとんどない。 |
4番目の橋 (撮影 2024.10.16) |
5番目の橋 (撮影 2024.10.16) |
<土呂部牧入口> |
土呂部牧場入口 (撮影 2024.10.16) |
土呂部牧場の看板 (撮影 2024.10.16) |
<峠直下の登り> |
坂道の途中 (撮影 2024.10.16) |
路程の看板 (撮影 2024.10.16) |
土呂部峠 |
<峠の様子> |
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土呂部峠 (撮影 2024.10.16) |
以前の峠の様子 (撮影 2003.11.29) |
以前の峠の様子 (撮影 2003.11.29) |
<以前の峠> |
峠から湯西川方面を見る (撮影 2024.10.16) |
峠から土呂部方面を見る (撮影 2024.10.16) |
<峠の写真(余談)> |
上の写真と同じ場所 (撮影 2003.11.29) |
峠部分は三叉路ということもあって、道幅は広い。路肩に寄せれば充分車は停められる。周辺の木々は伸びてしまったが、峠部分だけポッカリと空間が広がっている。峠らしい切り通しなどはないが、ちょっと休憩に立ち止まってみたい落ち着いた雰囲気がある。 |
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湯西川側から見る土呂部峠 (撮影 2024.10.16) |
<栗山館山線> |
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峠より旧村道馬坂線方向を見る (撮影 1998. 7.25) |
上の写真と同じほぼ場所 (撮影 2003.11.29) |
上の写真と同じほぼ場所 (撮影 2024.10.16) |
古い道路情報看板 (撮影 1998. 7.25) |
<村道馬坂線・馬坂林道> |
道路情報看板 (撮影 2003.11.29) |
「栗山館山線」の看板の方は新しい (撮影 2003.11.29) |
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比較的最近の看板 (撮影 2024.10.16) |
<変則的な峠(余談)> |
峠から県道栗山館山線方向を見る (撮影 2024.10.16) |
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県道栗山館山線側から見る土呂部峠 (撮影 2024.10.16) |
<案内看板など> |
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峠に立つ看板類 (撮影 2024.10.16) |
<栗山村の案内看板> |
以前の峠の様子 (撮影 1998. 7.25) |
栗山村の観光案内の看板 (撮影 1998. 7.25 |
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観光案内看板の詳細画像 (撮影 1998. 7.25) |
水源かん養・保健保安林の看板 (撮影 2024.10.16) |
湯西川県営林の看板 (撮影 2024.10.16) |
<標高など> |
峠より湯西川方面へ |
覆道の様子 (撮影 2024.10.16) |
覆道の様子 (撮影 2024.10.16) |
<道の様子> |
道の様子 (撮影 2024.10.16) |
県道標識 (撮影 2024.10.16) |
<眺め> |
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沿道からの眺め (撮影 2024.10.16) |
<林道湯西川前沢線の分岐> |
前方に林道湯西川前沢線の分岐 (撮影 2024.10.16) |
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林道湯西川前沢線の入口の様子 (撮影 2024.10.16) |
<マグラリュウ沢沿いへ> |
幅員減少の看板 (撮影 2024.10.16) |
崩落個所 (撮影 2024.10.16) |
<マグラリュウ橋> |
マグラリュウ橋を渡る (撮影 2024.10.16) |
マグラリュウ沢左岸を上流方向に見る (撮影 2024.10.16) |
<マグラリュウの名(余談)> |
<車道開通> |
<マグラリュウ沢沿い> |
マグラリュウ沢沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
マグラリュウ沢沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
藤花橋を渡る (撮影 2024.10.16) |
<藤花沢沿い> |
<橋立沢沿い> |
橋立沢沿いでまた覆道 (撮影 2024.10.16) |
<道の様子> |
橋立沢沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
路程の看板 (撮影 2024.10.16) |
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橋立沢沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
<記念植樹> |
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記念植樹 (撮影 2024.10.16) |
保安林の看板 (撮影 2024.10.16) |
記念植樹の碑 (撮影 2024.10.16) |
<現在地の確認(余談)> |
<三河沢橋> |
三河沢橋 (撮影 2024.10.16) |
<湯西川源流> |
県道を峠方向に見る (撮影 2024.10.16) |
<ゲート箇所> |
<林道三河沢線> |
林道三河沢線の入口 (撮影 2024.10.16) |
三河沢ダムの案内など (撮影 2024.10.16) |
<三河沢ダム(余談)> |
三河沢ダムのダムカード/表 (撮影 2026. 2. 8) |
三河沢ダムのダムカード/裏 (撮影 2026. 2. 8) |
<湯西川沿い> |
沿道に平坦地が見える (撮影 2024.10.16) |
湯西川沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
湯西川沿いの道 (撮影 2024.10.16) |
湯西川集落 |
<湯西川集落へ> |
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沿道が開け始めた (撮影 2024.10.16) |
<建物> |
倉庫の様な建物 (撮影 2024.10.16) |
沿道に廃屋 (撮影 2024.10.16) |
<平家狩人村(余談)> |
左に平家狩人村の入口 (撮影 2024.10.16) |
入口には綱が張られている (撮影 2024.10.16) |
<沿道の様子> |
沿道の様子 (撮影 2024.10.16) |
沿道の様子 (撮影 2024.10.16) |
民宿の看板 (撮影 2024.10.16) |
<民宿の看板(余談)> |
峠にあった民宿の看板 (撮影 1998. 7.25) |
峠にあった民宿の看板 (撮影 2003.11.29) |
<民宿が並ぶ> |
建物が出て来た (撮影 2024.10.16) |
民宿2軒が並ぶ (撮影 2024.10.16) |
人家も出て来た (撮影 2024.10.16) |
<高手> |
<2車線路> |
一時的に2車線路に (撮影 2024.10.16) |
<天楽堂つり橋(余談)> |
左に天楽堂つり橋 (撮影 2024.10.17) |
つり橋の袂に立つ看板 (撮影 2024.10.17) |
<9つの字(余談)> |
<今淵付近> |
今淵付近 (撮影 2024.10.16) |
今淵付近 (撮影 2024.10.16) |
湯平・湯西川温泉 |
<湯平> |
県道より湯平橋方向を見る (撮影 2024.10.17) |
湯前橋より上流方向を望む(1/2) (撮影 2024.10.17) |
湯前橋より上流方向を望む(2/2) (撮影 2024.10.17) |
<湯西川の地名> |
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県道沿いの湯西川温泉街の様子 (撮影 2024.10.17) |
<湯西川温泉の記憶(余談)> |
以前の温泉街の様子 (撮影 2003.11.29) |
左の写真とほぼ同じ場所 (撮影 2024.10.17) |
あれから30年以上経ってやっと湯西川温泉に泊まることになった(2024年10月)。団体旅行は影を潜め、一時は名をはせた大型ホテルも名を変えていた。県道は走りよくなったが、どこか活気が失われているような気もする。
たった一泊だけで湯西川温泉のことが全て分かる訳ではないが、それでもまだ朝早い温泉街の風景などを見ることができた。消防団の車が朝の訓練なのか、狭い県道を走って行く。日本人の代りに外国人観光客が目立つ。
団体の中国人を乗せた大型バスが、丁度ホテルを出発しようとしていた。乗客の一人が楽しそうに窓からこちらに手を振った。国同士はギクシャクしているが、こうして日本を観光しようと来てくれた個人には何のこだわりもない。楽しい旅の思い出を持ち帰ってほしいと、こちらも手を振り返した。 |
沿道の様子 (撮影 2001.10.21) |
左の写真と同じ場所 (撮影 2024.10.17) |
湯平以降 |
<権現橋の道路情報板> |
権現橋を渡る (撮影 2024.10.17) |
但し、今は大きく事情が変わっている。この先の県道は大幅に改修されたのだ。中でも湯西川ダムの建設が大きく関わっている。道路地図の様相が変わる程だ。かつての険しい狭路区間は本の僅かに残るだけで、道程もぐっと短縮されている。
国道121号に接続するまで、13Kmにも満たないだろう。権現橋の袂に立つ道路情報の看板は、かつての難路を示す名残りである。撤去される日も近いのではないだろうか。 |
<湯西川右岸沿い> |
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湯西川右岸沿いの道 (撮影 2001.10.21) |
<安ヶ森峠分岐> |
安ヶ森峠への入口 (撮影 2001.10.21) |
右に安ヶ森峠への分岐 (撮影 2001.10.21) |
<1/2周> |
湯西川水の郷 (撮影 2024.10.17) |
湯西川総合案内図の看板 (撮影 2024.10.17) |
<仲内> |
右に旧道が分かれる (2024.10.17) |
湯西川ダム湖付近 |
<付替道路> |
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湯西川ダムによる付替道路 (撮影 2024.10.17) |
一方、旧道は臼の平紅葉(うすのたいらもみじ)大橋の下辺り(地理院地図)で消え失せているようだ。そこより下流側はダム湖に沈んでいる。 |
一ツ石大橋よりダム湖を望む (撮影 2024.10.17) |
旧栗山村の湯西川水域は、上流側の大字湯西川と下流側の大字西川に分かれる。湯西川側では字仲内と字平沢(ひらさわ)が最下流に位置し、それ以降集落名が見られない。 |
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オクタホリ沢橋(地理院地図)よりダム湖を望む (撮影 2024.10.17) |
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紅葉の湯西川渓谷 (撮影 2001.10.21) |
問題なのはその交通量だ。奥に湯西川という大きな温泉地を控えているので、険しい割に車の往来が多いのだ。個人の乗用車は勿論のこと、特に困ったのは大型バスの存在だ。路線バスやら観光バス、宿の送迎バスなどが行き交う。
バスは狭い県道を道幅一杯になってやって来る。その離合は一筋縄ではいかない。普段、車に乗っていない観光客だろうか、慣れない運転で離合に手こずったりもする。
未舗装林道の険しい峠道を走り慣れていた私も、これにはつくづく閉口した。ツーリングマップルに「ほそい」と一言注意書きを加えて置いた。 |
湯西川ダムの堰堤 (撮影 2024.10.17) |
<湯西川ダム> |
ダム湖(1/2) (撮影 2024.10.17) |
ダム湖(2/2) (撮影 2024.10.17) |
湯西川ダムにあった看板 (撮影 2024.10.17) |
<9つのダム群(余談)> |
看板の地図 (撮影 2024.10.17) |
ダムの一覧 (撮影 2024.10.17) |
上野集落を通過 (撮影 2024.10.17) |
<湯西川ダム以降> |
<旧道に寄り道> |
左が上野トンネル (撮影 2024.10.17) |
旧道の様子 (撮影 2024.10.17) |
旧道の様子 (撮影 2024.10.17) |
<以前の道の様子(余談)> |
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路線バスが先導する (撮影 2001.10.21) |
湯西川温泉駅以降 |
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湯西川温泉駅前より五十里湖を望む (撮影 2024.10.17) |
前方で国道121号に接続 (撮影 2024.10.17) |
<国道121号に接続> |
<湯の郷トンネル区間> |
国道を湯の郷トンネル方向に見る (撮影 2024.10.17) |
湯の郷トンネル手前を福島県方向に見る (撮影 2024.10.17) |
<湯の郷トンネル以降> |
湯の郷トンネルを福島県方向に見る (撮影 2024.10.17) |
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現国道より五十里湖を望む (撮影 2024.10.17) |
<海尻橋> |
海尻橋の袂 (撮影 2024.10.17) |
海尻橋方向を示す看板 (撮影 2024.10.17) |
<海尻> |
海尻橋の左岸側袂 (撮影 2024.10.17) |
袂に立つ看板 (撮影 2024.10.17) |
旧国道の先 (撮影 2024.10.17) |
<旧国道(余談)> |
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<終わりに(余談)> |
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<走行日> <1997〜2026 Copyright 蓑上誠一>
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